2025/05/20 No.152米国とそれ以外の国との通商戦略の二極化を迫られる日本~その1 米中合意による相互関税引き下げで余裕を持って対米交渉に挑む中国~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
米国の保護主義化を反映したトランプ関税の発動により、日本企業の「米国」と「それ以外の国」への通商戦略は変化せざるを得なくなった。1970年代の繊維、鉄鋼、カラーテレビ、さらには1980年代の農産物や自動車を中心とする日米貿易摩擦は、米国の対日貿易赤字の縮小や日本市場への参入拡大を巡る歴史であった。ドナルド・トランプ大統領の二期目の関税引き上げを機に、その再検討を迫られている日本は、自動車産業を中心にさらなる米国での生産・販売を促進せざるを得ない。その一方で、中韓やインド・ASEAN を始めとして、中南米、アフリカ、中東などの米国以外の国へのFTAなどを活用した輸出拡大は、日本企業の国内生産基盤や競争力の強化に不可欠な通商戦略と考えられる。
米中が互いの115%の相互関税の引き下げに合意
トランプ政権は2025年5月12日、米中間の貿易交渉の合意を受け、中国に対する125%の相互関税率を引き下げ、当初の34%に戻すと共に、上乗せ分の24%を90日間停止し、ベースライン関税の10%を継続することを発表した。つまり、結果として90日間は相互関税を115%も削減することになる。
相互関税は、国際緊急経済権限法(米国の外交政策や経済に重大な脅威がある場合の緊急措置、以下、IEEPA)に基づき、「外国が米国製品に課している高い関税率と同水準まで米国の関税率を引き上げることができる仕組み」を指している。
しかしながら、①トランプ第一次政権から続く1974年通商法301条(不公正貿易慣行に対する措置)に基づく中国からの輸入品への「7.5~100%」の追加関税、②IEEPAに基づく麻薬(フェンタニル)の流入防止を目的とした中国からの輸入品への「20%」の追加関税、③1962年通商拡大法232条(国家安全保障に脅威の恐れがある場合の措置)に基づく中国からの鉄鋼・アルミニウム(以下、アルミ)製品及び自動車・同部品に対する「25%」の追加関税は、引き続き維持されることになる。
一方、中国は米国同様に、125%の追加関税を当初の34%に戻し、24%分を90日間停止し、追加関税率を10%とするとしている。そして、重要鉱物などの輸出管理措置を停止する可能性があるようだ。米中は合意の発表後、これらの措置を5月14日までに実施し、それから新たに「経済貿易協議メカニズム」を設立し、交渉を進めることを明らかにした。
こうした、突然の米中による関税引き下げは、両国が高率の関税を発動したことで貿易の流れが事実上ストップすることが明白になったため、両国の経済活動や商品流通に大きな影響が現れる前に、そのリスクを回避しようとする動きの一環と考えられる。
米中合意後も、依然として中国に対する幾つかの追加関税が残ることには変わりはないが、もしも、トランプ大統領によりIEEPAに基づく20%の追加関税が撤廃されたならば、中国にはかなりの負担軽減になることは間違いない。
スコット・ベッセント財務長官は中国のフェンタニル対策を評価するなど、そのような事態になる兆しが見え始めており、中国は新たな「経済貿易協議メカニズム」の枠組みの下での対米交渉を、余裕を持って進めることができると見込まれる。そして、このドラスティックな米中合意の成果は、回りまわって米国と日本・EU・アジアなどとの貿易交渉に大きな影響を与えるものと思われる。
自動車の一定の輸入枠内における関税引き下げなどの米英貿易協定に合意
トランプ大統領は米中合意の数日前の5月8日、米英が貿易交渉に合意したことを発表した。それによれば、米国は英国からの自動車の輸入に対して10万台の輸入枠を設け、枠内の関税を27.5%から10%に引き下げることになった。また、英国政府によれば、米国が英国から輸入した鉄鋼とアルミに対する関税は撤廃される。
ホワイトハウスのファクトシートによれば、貿易交渉の合意により、米国の英国市場へのアクセスが大幅に拡大し、米国の農家、牧場主、生産者に50億ドルの新たな輸出機会が生まれるとのことである。例えば、エタノールの輸出が7億ドル以上、牛肉などの他の農産物が2.5億ドルも拡大する。
トランプ政権は今後の各国との貿易交渉において、鉄鋼・アルミや自動車・同部品への25%関税だけでなく、迂回輸入の懸念からアジアなどへの高率の相互関税をたやすくは引き下げないと見込まれる。しかし、米中・米英合意のように、トランプ政権と各国との貿易交渉が今後も進展し、それぞれの国に課している追加関税の適用条件が変質する可能性が出てきたことは事実である。
日本も米国との貿易交渉の進展具合によっては、自動車・同部品や鉄鋼・アルミへの適用関税の撤廃、あるいは米英合意のように一定の輸入枠での関税率引き下げの可能性が出てきたと考えられる。
また、日本企業の対米通商戦略を考える上で、5月中旬時点でのトランプ関税政策から浮かび上がってくるのは、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の北米原産要件を満たした場合に関税適用免除等の恩恵を受けられるカナダ・メキシコの相対的な優位性である。
もしも、カナダ・メキシコを拠点とする企業がUSMCAの北米原産要件を満たすことができれば、対米輸出に対する「フェンタニル流入での25%関税」や「自動車・同部品での25%関税」及び「相互関税」などの適用は除外・緩和される。
したがって、カナダ・メキシコに進出している日本企業は、トランプ関税への対策の一環として、USMCA活用による関税適用除外のルールを的確に把握し、北米戦略に生かすことが改めて重要になっていると考えられる。
次々と関税賦課の検討や発動を実施
トランプ大統領は2025年2月4日、選挙公約である移民や麻薬の流入問題を早期に解決するため、米国へのフェンタニルの流入阻止のために中国からの輸入品に10%の追加関税を発動し、3月4日には、移民・麻薬対策でカナダ・メキシコからの輸入品には25%の関税を賦課した。
そして、トランプ大統領は2月10日、鉄鋼・アルミへの25%の関税賦課を表明し、3月12日に発動した。2月25日には、銅製品の輸入に米国の国家安全保障の観点から調査を指示。2月13日、貿易相手国と同水準まで関税率を引き上げる相互関税の賦課を表明し、4月3日(世界一律10%)と9日(国別に異なる相互関税)に分けて発動した。ところが、一転して4月10日には相互関税の90日間の一時停止を発表することになった。
一方、トランプ大統領は2月18日、国家安全保障の観点から輸入される自動車や同部品に25%関税を4月2日に発動することを表明した。実際には、自動車の追加関税は4月3日、自動車部品は5月3日に賦課した。また、半導体、医薬品、農産品、木材に対する追加関税も検討していることを示唆。2月27日には、EUが米国の自動車や農産物を受け入れていないことやEUのデジタル政策などを不満として25%の関税賦課を検討中であることを表明した。
最初の関税引き上げは世界一律関税ではなく移民・麻薬対策に発動
2024年米国大統領選挙において、トランプ大統領は世界一律10〜20%のユニバーサル・ベースライン関税の賦課を公約に掲げた。ところが、トランプ大統領は2024年11月25日、ユニバーサル・ベースライン関税ではなく、移民・麻薬の流入に対抗するため、IEEPAを根拠として、メキシコとカナダに25%、中国に10%の追加関税を就任初日に課す意向を表明した。
実際に、表1のように、トランプ大統領は米国へのフェンタニルの流入阻止のために中国からの輸入品に10%の追加関税を2025年2月4日から発動し、移民・麻薬流入対策のためのカナダ・メキシコへの25%の関税賦課に関しては、発動を2月4日から1か月延長した。
そして、トランプ大統領は3月4日、中国には10%の追加関税を上乗せし合計20%の追加関税、カナダ・メキシコへは25%の関税を賦課した。ただし、カナダからの天然ガス・石油やリチウムなどの重要鉱物及びウランなどの輸入には、10%の追加関税の賦課にとどめた。
また、トランプ大統領は3月6日、USMCAで北米産と認定されたカナダ・メキシコからの輸入品に対して、3月7日以降にはIEEPAに基づく25%の追加関税の適用対象から除外することを表明した。
表1. 2025年におけるトランプ関税政策(5月15日時点)
自動車・同部品への25%関税賦課や適用除外措置を発動
トランプ大統領は2025年3月26日、第一次政権時の1962年通商拡大法232条を根拠とする調査に基づき、完成車の輸入の場合は4月3日、自動車部品の輸入は遅くとも5月3日までに、25%の追加関税を賦課する大統領布告を発表した。
追加関税の対象となるのは、乗用車(セダン、多目的スポーツ車(SUV)、クロスオーバーSUV、ミニバン、カーゴバン)とライトトラック、主要自動車部品(エンジン、トランスミッション、パワートレイン部品、電子部品)であった。
トランプ大統領は、USMCAの北米原産要件を満たす自動車については、商務省の認定を受けることができれば、「非米国産部品の価格に対してのみ25%の追加関税」を賦課することを明らかにした。
また、USMCAの要件を満たす自動車部品に関しては、非米国産部品の価格に対して追加関税を課すためのプロセスが確立されたと商務長官が官報で発表するまで追加関税の適用を猶予することになった。しかしながら、いずれは非米国産部品に25%の関税を課す仕組みに移行する可能性がある。
もしも、メキシコ産の乗用車がUSMCAの北米原産要件を満たさない場合、それを輸入する際の米国の追加関税は「MFN税率2.5%+IEEPA(移民・麻薬)25%+232条(自動車)25%=52.5%」となる。メキシコ産のライトトラックがUSMCAの要件を満たさない場合は、追加関税は「MFN税率25%+IEEPA(移民・麻薬)25%+232条(自動車)25%=75%」と乗用車よりも高くなる。メキシコ産の自動車部品がUSMCAの要件を満たさない場合については、「MFN税率2.5%+IEEPA(移民・麻薬)25%+232条(自動車部品)25%=52.5%」となる。
なお、トランプ大統領は4月29日、外国での製造と輸入への依存を迅速に減らし、米国内の生産能力を拡大し、製造を米国に移転させることを目的として、自動車部品への関税の緩和措置を発表した。それによると、自動車部品を輸入し米国内で自動車を製造した企業は、1年目は自動車価格の最大3.75%、2年目は2.5%に相当する輸入調整相殺額を申請できるとしている。
トランプ大統領が相互関税を発表
トランプ大統領は2025年2月13日、外国が米国製品にかけている関税と同水準まで米国の関税率を引き上げることができる「相互関税」の覚書に署名した。その後、トランプ大統領は4月2日にそれに関する大統領令を発表し、この日を解放の日(Liberation Day)とし、米産業は復活し米国はより豊かになると表明した。
同時に、トランプ大統領は貿易相手国の高い関税率や非関税障壁などが米国の大幅な貿易赤字額の要因であり、国家安全保障と経済に脅威として国家緊急事態を宣言。この宣言に基づき、トランプ大統領はIEEPAを根拠に4月5日から世界一律に全品目に対して10%のベースライン関税を賦課した。そして、4月9日には特定の国に対する相互関税を賦課するに至った。
ところが、トランプ大統領は4月9日、相互関税の賦課を4月10日から90日間一時停止し、中国以外の国へは一律に10%のベースライン関税を適用するが、中国へは125%の追加関税を賦課することを表明した。
日本には24%、中国には34%の相互関税
トランプ大統領は4月2日、相互関税率を57 の国・地域ごとに設定し、中国には34%、EUには20%、日本には24%を賦課する旨を公表した。相互関税の対象とならない国は、一律10%の関税を適用する。
ホワイトハウスのファクトシートによれば、今回の相互関税措置はトランプ大統領が貿易赤字や貿易相手国の非相互的待遇がもたらす脅威が解決・軽減されたと判断するまで有効である。貿易相手国が報復措置を取った場合、トランプ大統領は関税率を引き上げることが可能と記されている。
一方、貿易相手国が非相互的な貿易関係の是正措置を講じ、経済と国家安全保障の問題で米国と整合するために重要な措置を講じた場合は、トランプ大統領は関税を引き下げることができる。
相互関税から自動車・スマホ等の除外を発表
鉄鋼・アルミ、自動車・同部品、銅、 医薬品、半導体、木材などは相互関税の対象から除外された。
また、カナダとメキシコは、移民・麻薬の流入問題で25%の追加関税を課せられているため、相互関税措置の対象から除外された。つまり、USMCAの北米産の要件を満たしていると認定された製品の関税は無税で、満たしていない製品は25%、満たしていないエネルギーやカリウムには10%の追加関税を賦課することになる。
カナダ・メキシコへの移民・麻薬問題等での25%関税措置が終了の場合、USMCAの北米原産要件を満たしていない製品には12%の相互関税が適用される。北米産と認められた製品に対しては、引き続き適用されない。
一方、税関・国境取締局(CBP)は4月11日夜、通達を出しスマホ、パソコン、半導体製造装置、SSD(サーバーの記憶装置)、ダイオードなどを相互関税の対象から除外することを公表した。しかし、ハワード・ラトニック商務長官は4月13日、スマホ等への相互関税適用除外発表から一転し、半導体の枠組みで関税を賦課する旨を示唆した。
重要鉱物への通商拡大法232条調査を指示
トランプ大統領は3月1日には木材・製材品、4月3日には半導体・医薬品に対して、国家安全保障の観点から1962年通商拡大法232条調査を指示した。一方、中国は4月4日、サマリウム、ガドリニウム等の7種類の中・重希土類関連品目における輸出管理の実行を表明した。
これに対して、トランプ大統領は4月15日、大統領令で重要鉱物の輸入に関する232条の調査を指示した。商務省は、調査開始から180日以内に最終報告書と勧告を大統領に提出しなければならない。
また、米国通商代表部(以下、USTR)は4月17日、中国企業が運航・所有する船舶や国外で建造された自動車運搬船に、不公正な貿易慣行に対する措置の権限をUSTRに与えた1974年通商法301条に基づき、2025年10月から追加料金を課すことを発表。さらに、ラトニック商務長官は4月22日、232条に基づく中型・大型トラック、中型・大型トラック部品等に対する調査を開始した。
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