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コラム

2025/06/09 No.154EUやASEAN及び中国等のCPTPP加盟の可能性と日本企業への影響~その1 CPTPPの発効で何が変わったか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

TPP11か国の不満を抑え新たにCPTPPに合意

米国も参加した環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉は、2015年10月にアトランタで開催されたTPP閣僚会合において大筋で合意に至った。2016年2月には、TPP交渉に参加した12か国(日本、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国、ベトナム)により署名が行われた。

ところが、TPPは2017年初めにおける米国の離脱により、一旦は岐路に立たされた。しかしながら、日本を始めとしてカナダやオーストラリア、ニュージーランドなどの11か国は、米国抜きのTPPの設立を目指すことになった。TPP11か国は何度かの会合を経て、同年11月10日(金)、ベトナムのダナンにおいて米国の離脱に伴い凍結する項目の話し合いを終了し、新たな自由貿易協定に大筋で合意した。このTPP11か国による新協定は、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(以下、CPTPP、the Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)」と名付けられた。

TPP11か国はCPTPPに大筋で合意したものの、それまでの交渉においては幾つかの大きな懸案を抱えていた。例えば、カナダは固有の問題である文化財保護を始めとして、知的財産権などの分野でのTPP交渉の進め方に対して不満を抱いていた。また、カナダはミルク・バターや鶏肉などの供給管理政策を維持するために、米国の要求に応えて無税での鶏肉・乳製品の関税割当枠(輸入枠)を広げたことに関して、米国の離脱を機に見直したいと考えるようになっていた。

こうした不満を解消するために、ベトナムのダナンでの会合においてTPP11か国が凍結することに合意した20項目を見てみると、その中にはバイオ医薬品のデータ保護期間(8年)や著作者死後70年の著作権保護期間を含む知的財産権、ISDS条項(投資家が相手国政府を契約違反で訴えることを可能にする規定)、などが含まれていた。

また、継続協議が決まったのは、マレーシアの国有企業への優遇措置を段階的に制限する手続き、ブルネイの石炭産業への投資規制を見直す手続き、ベトナムの労働紛争解決手続き、カナダの文化財保護の例外措置、の4項目であった。

その後、2018年1月23日、東京にてTPP11か国は首席交渉官会合を開き、マレーシアの「国有石油企業の優遇廃止」とブルネイの石炭産業への投資規制の2項目を凍結項目とすることを決定し、凍結項目は計22項目になった。カナダが強く主張したカナダの「文化例外」と、ベトナムが導入延期を求める「労働紛争解決ルール」は、元の協定の修正を避けるため、各国と結ぶサイドレター(協定付属文書)に反映させる方向で合意した。そして、TPP11か国は3月8日にチリで署名式を行うことに合意した。これらの一連の動きの結果、TPP11か国は発効に向けた国内審議・承認の手続きを進めることになった。

2018年末に先行する6か国でCPTPPが発効

CPTPPは、11か国のうち過半数の6か国の国内承認手続きが完了してから60日後に発効するとの規定を設けている。メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアの6か国は、CPTPPの議会での批准を2018年10月末までに完了した。その結果、これら6か国において、CPTPPは同年12月30日に発効した。

ベトナムの議会は少し遅れて7か国目に批准したので、その発効日は19年1月14日となった。ペルーでは、CPTPPが21年9月19日に8か国目として発効した。その後、マレーシアでは22年11月29日、チリでは23年2月23日、ブルネイでは23年7月12日に発効した。なお、最も新しい加盟国となった英国は、正式には24年12月15日にCPTPPに加盟した。

米国が撤退したCPTPPは、他のメンバー国にとってインセンティブが低下したことは仕方がないが、自由化率が高く、国有企業、競争政策、労働・環境、電子商取引、知的財産権などに関する条項も整備されており、包括的で質の高いFTAであることは疑いない。したがって、CPTPPの加盟国を拡大することは、アジア太平洋地域だけでなく欧州や中南米などの地域を巻き込んだ魅力的な自由貿易圏の形成に繋がるものと思われる。

CPTPPで何が変わったか

CPTPPが発効したことにより、まず関税が削減され、締結国間の貿易を促進する効果が生まれた。日本市場では、牛肉の関税は発効前の38.5%から16年目には9%になる。豚肉の場合は、高価格品には発効から10年後に関税が掛からなくなり、低価格品には関税は発効前のキログラム当たり最大で482円から50円に削減される。また、10%以上に達するトマト加工品、オレンジ、パイナップル、りんごなどの関税は段階的に削減され、最終的には遅くても11年目には撤廃される。

日本のCPTPP発効から1年目(2019年)の輸出で増加した品目を見てみると、カナダ向けではスパナ・レンチ、ニッケル・水素電池、自動車部品、鉄道用車軸・車輪、ニュージーランド向けでは、軽質油、乗用車、貨物車(5トン以下)、などが挙げられる。これらの品目の輸出が増加したのは、CPTPP活用で関税が即時撤廃されたためと考えられる。

また、CPTPPの発効によりベトナムへの小売店進出では、2店舗目以降に適用される経済需要テスト(新規小売店の出店が地域小売市場に与える影響を判断するために実施する審査)が、ベトナムのCPTPP発効から5年後の2024年1月14日に撤廃された。

日本の大手衣料品小売業者などは、ハノイ市やホーチミン市に出店している。さらに店舗を拡大する計画もあるが、これまでは経済需要テストの適用条件を回避するため、ほとんどの店舗がショッピングモール内に出店していた。しかし、経済需要テストが撤廃されたことで、大手小売業者にとって、独立型店舗での展開がより魅力的な選択肢になる可能性が出て来たと考えられる。

さらに、日本や第3国に設置したサーバーによるデータ保管や通信販売が可能になった。つまり、データを保管するサーバーを必ずしも販売先の現地に設置しなくてもよくなり、これは域内での電子商取引の活発化に繋がる。

したがって、CPTPPの出現により、アジア太平洋地域にこれまで以上に自由化が進んだ自由貿易圏や新たなサプライチェーンが創出されたことになる。自由化の進展はモノの貿易だけでなく、旅行などのサービスや直接投資の分野まで広がることになる。

そして、CPTPPの特徴として、国有企業や電子商取引、及び環境・労働の章まで幅広く包括的な分野にまで自由化の対象が広げられたことが挙げられる。米国の離脱により、幾つかの分野が凍結されたものの、新たなFTAを創設する上での一つのモデルに成り得ると考えられる。

トランプ関税に対してCPTPPを中心とするFTA戦略を促進

ドナルド・トランプ大統領が2025年4月に発表した「貿易相手国と同等の高い関税率を課すことができる相互関税」の発動などを機に、CPTPP加盟国がEUやASEANなどに対しCPTPPとの対話や連携の強化を打診する動きが現れ始めている。

日本としても、米国の保護主義に対する通商戦略の一環として、EUやASEAN及び中国・台湾などのCPTPP加盟について改めて検討するタイミングを迎えていると考えられる。

これまでのCPTPP加盟の動きとしては、英国は21年2月に加盟申請を行い、24年12月15日に正式に加盟した。この他に、CPTPPへの加盟申請を行った国としては、中国・台湾(2021年9月)、エクアドル(21年12月)、コスタリカ(22年8月)、ウルグアイ(22年12月)、ウクライナ(23年5月)、インドネシア(24年9月)などを挙げることができる。

これらの国のCPTPPへの加盟申請は、寄託国であるニュージーランドに送られ、同国より他の加盟国にその情報が伝えられることになる。ちなみに、25年の会議の運営を司る議長国はオーストラリアである。

トランプ関税下の日本の通商戦略としては、CPTPPの加盟国の拡大と共に、RCEP(地域的な包括的経済連携)などの締結済みFTAの自由化率の向上、さらにはメルコスールや中東地域などとのFTAの締結が挙げられる。日本は中東との間では、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(以下、UAE)の6か国から成るGCC(湾岸協力理事会)諸国との間で日・GCC(湾岸協力理事会)EPAを2006~09年まで交渉した経緯があるし、UAEとは24年9月に日UAE・EPAの交渉を開始することで合意している。

日本はこれまでに、CPTPPに加え、中国・韓国・ASEANなどが加入するRCEP、さらにはEUともFTA・EPAを締結済みである。一見すると、日本は多くの主要国とFTAを締結しているようにも思えるが、実際にはメルコスールの加盟国(ブラジル・アルゼンチン、ベネズエラ等)や中東諸国などとはFTAを締結していない国も多い。もしも、こうした未締結の国との間で新たにFTAを結ぶことができれば、その分だけネット(純増)で貿易利益を得ることが可能になる。

したがって、日本はトランプ関税等の保護主義に対抗するため、CPTPPの加盟国拡大やFTAを締結していない国との経済連携協定の締結などの通商戦略を打ち出し、アジア太平洋地域だけでなく欧州・中南米などとのサプライチェーンの拡充やリスク回避を推進することが望まれる。

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