2025/09/18 No.542PCの輸出拠点に変貌したベトナム~台湾EMSの操業が相次ぐ~
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
2025年8月下旬にベトナム中部から北部沿海部の工業団地を駆け足で視察した。ダナンのハイテクパークを皮切りに、旧クアンナム省のディエンナム・ディエンゴック工業団地、チューライ・チュオンハイ工業団地、クアンガイ省のVSIPクアンガイ工業団地を訪問した後、フエ市、ハティン省、ゲアン省、タインホア省、旧ナムディン省(ニンビン省に統合)、ハイフォン市へと北上して各地の工業団地を訪ねた。
視察中、ベトナムの次の主力輸出製品に成長しつつあるノートパソコン(以下、PC)の最新工場を見つけた。旧ナムディン省ミーロック県ミートゥアン工業団地のクアンタ(廣達電腦)の工場である。
1.ミートゥアン工業団地の廣達電腦工場
クアンタは、2023年4月21日に旧ナムディン省当局と工場建設(投資額は1億2,000万ドル)で合意した。クアンタにとって世界で九つ目の生産拠点となる(注1)。旧ナムディン省が発給した投資証明書によれば、操業期間は認可日から48年以内、生産能力は2024年にPC130万台、25年に260万台、26年に360万台、27年に400万台、28年には450万台の生産を計画している(注2)。
クアンタは、もっぱら他社のブランド品の製造を請け負うEMS(電子製品製造受託サービス)と呼ばれている企業の大手である。クアンタが製造を受託生産しているPCは、デル、アップルのノートPC「マックブック(MacBook)」、HP、富士通、ソニーなど多くの有名ブランド品である。

©筆者撮影(2025年8月)
クアンタをはじめとして台湾のEMSは、2021年から24年にかけてベトナムで集中的にPC生産工場を立ち上げている。台湾の情報通信関連の調査機関、MIC(資訊工業策進会)によれば、21年にウィストロンが第1工場で生産を始めた。22年には、ペガトロンがハイフォンで生産を開始、24年には、クアンタが輸出を開始し、鴻海(ホンハイ)がMacBookの生産ラインを新設している。台湾EMSのPC生産は中国を主たる生産拠点としていたが、ここにきて、堰を切ったように脱中国生産を進めている。脱中国の生産移管先は、ベトナム北部に集中している。
表1. ベトナムにおける台湾EMSのノートPC生産投資


資料:ジェトロ地域・分析レポート「台湾企業の生産能力配置の展望ICT産業のサプライチェーン(2)」(2025年5月)
(https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2025/5b72edd68e910a2d.html)
2.ベトナムのコンピュータ及び周辺機器の輸出
台湾のEMSによるPC工場の立ち上げで、ベトナムのノートPCの輸出が急拡大している。ベトナムのノートPCの輸出台数は、トランプ1.0が始まった2018年には589.3万台であったが、23年には1,287万台と1,000万台の大台を超えた。輸出先は、23年で米国が4割弱を占めて最大、次に欧州と続いている。23年には対中輸出も急拡大している。
表1. ベトナムのノートPC輸出台数の推移 (単位:1,000台)

資料:GTAよりITI作成
さらに、ノートPCに加えてその他のコンピュータ及びコンピュータ周辺機器(記憶装置など)に品目の範囲を広げると、ベトナムのコンピュータ関連輸出は、スマートフォンを激しく追い上げている。
ベトナムのスマートフォンとコンピュータ及び周辺機器の輸出額の推移をみると、2010年では、ともに低い水準にあったが、11~2013年間にスマートフォンの輸出が立ち上がった。サムスン電子が中国からベトナムに生産拠点を移したことで一挙に生産能力が拡大した。しかし、ベトナムのスマートフォン輸出は19年以降、伸び悩み、失速している。
他方、コンピュータ及び周辺機器の輸出は、19年頃までは低調であった。コンピュータ及び周辺機器では、リーマンショック後にサムスン電子のような中国からの生産移管が起こらなかった。当時、台湾のEMSもチャイナ+1を模索してベトナムを有力な移管先として考えていたが、台湾のEMSが選択した移管先はベトナムではなく、強力な誘致活動を行った中国内陸部であった。中国内陸部にはノートPC等の巨大工場が開設されて、ノートPCの世界生産では中国の1極集中が進んだ。
ところが、この状況が、コロナ禍とトランプ2.0とで大きく変わった。ベトナムのコンピュータ及び周辺機器の輸出が、2023,24年と急拡大した。24年では、スマートフォンの輸出額、293.5億ドルに対して、コンピュータ及び周辺機器の輸出額が201.7億ドルとコンピュータ及び周辺機器の輸出額とスマートフォンの輸出額の差が縮まってきている。ベトナムにおけるコンピュータ及び周辺機器の生産能力の急拡大を考慮すると、コンピュータ及び周辺機器の輸出がスマートフォンの輸出を追い抜くのは時間の問題であろう。
図1. ベトナムのスマートフォンとコンピュータ及び周辺機器の輸出額の推移

コンピュータ及び周辺機器:HS8471
資料:ASEAN StatsよりITI作成
3.米台中の鉄の3角形構造の解体
ベトナムがコンピュータ及び周辺機器の輸出を拡大させている最大の要因は、米国のノートPC輸入における中国からベトナムへのシフトである。米国のノートPC輸入台数は、2024年で対中が744万台、対ベトナムが218万台、ノートPC輸入台数に占めるシェアは対中が73.4%、対ベトナムが21.6%である。米国のノートPC輸入に占める中国の比率は、2009年以降、14年の89.2%を除いて9割以上を占めていた。しかし、23年に82.9%に低下し、024年は73.4%に下がった。25年は、対ベトナム輸入台数が対中輸入台数を上回り、逆転したと見込まれている。
ノートPCは、トランプ1.0の対中追加関税措置では、リスト4Bに分類され対中追加関税が免除される例外品目になっていた。米国の消費者への影響の大きさを考慮したためである。米国のノートPCの対中輸入依存度に大きな変動はなかった。ところが、中国のコロナ対応策とトランプ2.0で風向きが大きく変化した。その最大の変化は、発注者である米国ブランド企業の方針転換である。MICの分析によれば、米国系ブランド企業は、地政学リスクの増大、中国の労働コスト上昇を踏まえて、特に米国向け輸出の生産ラインを中国から移転させる生産拠点の分散化を台湾のEMSに要求している。アップルとデルはベトナム生産、HPはタイでの生産を考えている。
図2. 米国のノートPC輸入台数の国・地域別シェアの推移

ノートPCやスマートフォンは、米国のブランド企業(デル、HP、アップル等)が台湾のEMS企業に発注し、受注した台湾企業が中国を生産拠点とする米台中の生産販売分業体制で製造している。米台中の分業体制は、鉄壁の3角構造と呼ばれる強固な関係で結ばれていた。トランプ2.0では、この鉄の3角構造に亀裂が入り、中国生産が排除され始めている。
MICの分析では、発注元の米ブランド企業は、半分以上を目標にPC生産の生産能力を徐々に中国から移転させる、中国サプライヤーの部品を採用しない、中国国内のウェハー企業および中国以外のサプライヤーが中国で生産したチップの使用を排除する等、脱中国の方針を明らかにしているという。
ベトナムの中部・北部沿岸地域の工業団地を回って、コンピュータ・同周辺機器関連とみられる工場に遭遇した。ベトナムのノートPC組立工場の生産移管は、関連する部品等の周辺産業にも及んでいるようである。ベトナムのコンピュータ及び周辺機器の貿易収支の内訳をみると、2024年で、ノートPCが126.7億ドルの黒字、ノートPCを除いたコンピュータ及び周辺機器が13.6億ドルの黒字と23年の赤字から黒字転換している。これは、その他のPCや処理装置が赤字から黒字転換したこと、記憶装置の黒字幅が拡大したこと等による。スマートフォンの貿易収支では、スマートフォン本体では黒字を計上しているが、通信機器部品では輸入に依存して収支は赤字である。ただし、ノートPCの輸出拡大は、プロッセー及びコントローラーなどの集積回路の輸入を拡大させている。
表. ベトナムのコンピュータ・同周辺機器とスマートフォン関連の貿易収支
注
- ロイター2023年4月24日付
- 「2024年9月30日台湾の受託生産大手・広達、北部ナムディン省工場から初出荷」
EMIDAS 2024年09月30日付
(https://emidas-magazine.com/ja/news/quanta-first-shipment-from-its-plant-in-nam-dinh-province-3443)
本報告は令和7年度JKA補助事業として実施

競輪の補助事業 この報告は、競輪の補助により作成しました。
https://jka-cycle.jp