2026/03/18 No.166トランプ新関税やUSMCA見直しの動きと日本企業の対応~その2 なぜUSMCA見直しの前にカナダのカーニー首相は中国と接近したのか~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
USMCA見直しは大掛かりな試金石
NAFTA(北米自由貿易協定)やUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)は米国からカナダ・メキシコへのオフショアリング(海外への生産拠点の移転)を促したが、ドナルド・トランプ大統領はUSMCAの見直しで米国へのリショアリング(海外へ移転した生産拠点の回帰)を図ろうとしている。
トランプ政権はカナダやメキシコにおいて、米国よりも環境規制や労働規制が緩いこと、税制が有利であること、補助金が手厚いこと、コストが低いことなどの規制差(制度的な不公正)があるため、米国から両国への製造業の移転が続いている、という不満を抱いているように思える。
トランプ大統領は第二次政権をスタートするや否や、カナダ・メキシコからの移民・麻薬の流入を阻止するために、IEEPA(国際緊急経済権限法)に基づき追加関税を賦課した。これは、単に移民・麻薬問題への対応だけでなく、米国のカナダ・メキシコからの輸入の拡大を抑制し、両国を迂回した中国製品などの輸入を阻止するとともに、米国への製造業のリショアリングを促すための戦略の一環であったと見込まれる。さらに、ある意味ではUSMCAの見直しに繋がる議論の前哨戦でもあったと考えられる。
したがって、USMCAの見直しは、5年毎に更新されなければ自動的に廃止になるサンセット条項に代わる単なる仕組みの遂行と捉えるのではなく、北米3か国の域内経済統合の将来展望と結束力を試すための大掛かりな試金石でもあると考えることができる。
もしも、USMCAの見直しで合意できなければ北米3か国の自由貿易協定は破綻することになり、適正なサプライチェーンの機能が働かず、北米の自動車製造業はコスト上昇圧力を受けるし、生産効率が低下する可能性がある。
この意味で、2026年7月のUSMCAの見直しにおいて、どのようなシナリオに沿って交渉が展開するのかを把握し、USMCA見直しの自社への影響を的確に分析することが、今後の北米戦略の策定に不可欠であると考えられる。
カナダの中国への接近はデジタルサービス税に代わるカードか
カナダのマーク・カーニー首相は2026年1月に中国を訪問し、習近平国家主席との間で最大で4万9,000台の中国製EVを6.1%の関税で輸入することに合意するなど、両国間における新たな戦略的パートナーシップを発表した。
カナダは2018年12月、中国通信機器大手のファーウェイの最高財務責任者を逮捕した。それ以来、両国間の関係は急速に悪化した。その後、カナダは24年10月、中国製電気自動車(以下、EV)や鉄鋼及びアルミニウム製品に対し100%の追加関税を課しており、中国からのEVの輸入を実質的に排除する政策を打ち出した。
今回のカーニー首相の中国への接近は、一義的にはアメリカファーストを掲げる米国への貿易投資依存度を下げ、カナダの経済安全保障を強化することが目的であった。さらには、それ以外の要因として、カーニー首相がUSMCA見直しなどでのトランプ大統領との交渉において、中国との連携強化は有力なカードに成り得ると判断したことも挙げられる。
なぜならば、カナダが受け入れる中国製EVの輸入数量が限定的であったとしても、その北米市場への参入はなし崩し的に北米市場での中国シェア拡大に結び付く可能性もあり、今回のカーニー首相の中国への接近は、中国からの迂回輸入の阻止を目指す米国との今後のUSMCA見直し交渉において、大きな手持ちカードに成り得る可能性があるからである。
また、こうした行動の背景として、カーニー首相は既にデジタルサービス税の廃止という対米交渉カードを、トランプ大統領のカナダへの35%の相互関税引き上げや貿易交渉中断などの威嚇に対抗するため使っており、これに代わる強い交渉カードが必要であったことも考えられる。
そうした中で、米最高裁判所は26年2月20日、IEEPAに基づく大統領権限の関税適用は違憲との判決を下した。これにより、IEEPAを根拠として移民・麻薬の流入阻止を狙ったカナダ(35%)とメキシコ(25%)への追加関税は執行不能になった。その代わりに、1974年通商法122条に基づく新関税の10%が発動されたが、これはカナダやメキシコにとってIEEPAに基づく追加関税よりも低い関税率であるため、米国への関税支払額は減少すると見込まれる。さらに、USMCAの原産要件を満たせば、引き続き通商法122条の下でも関税の適用除外措置を受けることが可能である(本稿の「その1 IEEPAに対する違憲判決の関税政策や企業の北米戦略への影響」参照)。
つまり、IEEPAの違憲判決により、USMCAの見直しを控えて、カナダとメキシコにはフォローの風が吹き始めたことになる。このため、カナダは対中接近というカードをあまり前面に出さない戦術を採る可能性もある。
ただし、5か月後には1974年通商法301条や1962年通商拡大法232条の発動がある可能性もあり、2026年7月のUSMCAの見直しに向けた米カナダ・メキシコ間のつばぜり合いが激しさを増すと思われる。
カナダと中国がFTAを進めるならばUSMCA32.10条を活用か
トランプ大統領はカナダの中国への接近に対し、その中で中国とのFTA(自由貿易協定)を進めるならば100%の関税を賦課することを表明した。また、スコット・ベッセント財務長官やジェミソン・グリア米国通商代表部(USTR)代表などのトランプ政権の高官らは、もしもカナダが中国との間で自由貿易協定を検討しているのならば、米国はUSMCAの協定文(32.10条)に照らし合わせて、対抗措置を講じることが可能であることを示唆した。
USMCAの32.10条は、中国などの「非市場経済国」と自由貿易協定を交渉または締結する場合、非市場国との自由貿易交渉を開始する意図を有する締約国は他のUSMCA加盟国に対し交渉開始の少なくとも3か月前までに通知し協議する義務を負っていること、また、非市場国との自由貿易協定に署名しようとする締約国は、できる限り速やかに、遅くとも署名日の30日前までに、他の締約国に対し、附属書などを含む協定の全文を検討する機会を与えなければならないことを規定している。
さらに、他のUSMCA加盟国は非市場国との自由貿易交渉を開始する意図を有する締約国が非市場経済国と自由貿易協定を締結した場合、USMCAを6か月の通知で脱退できる権利を持つこと、などを定めている。したがって、32.10条はUSMCA加盟国が非市場経済国である中国とFTAを結ぶことを強く抑制する効果を持つと考えられる。
一方、カーニー首相はトランプ政権の揺さぶりに対して、カナダは中国と自由貿易協定を締結する考えはなく、1月の訪中における交渉は、2国間貿易交渉の取極めと位置づけていることを強調している。
コラム一覧に戻る




