一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2002/12/20 No.41ドイツの新移民法に違憲判決

田中信世
国際貿易投資研究所 研究主幹

 ドイツ憲法裁判所は2002年12月18日、ドイツが2003年1月に発効を予定していた新移民法の議決方法について違憲の判決を下した。

 新移民法は、2001年7月に作成された移民に関する政府諮問委員会の提案(注1)をベースにしたものである。当初は将来の技能労働者不足が予測されていたことから、ITなどの専門技術を持つ外国人の移民を促進するため、移民制度を簡素化することを最大の目的としていた。しかし、その後のIT不況による景気低迷や米国テロ事件の影響などにより、野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)との折衝の過程で同法の立法趣旨は大きく変わり、経済移民の要件の厳格化によるドイツに居住する外国人の数の調整、制限などが前面に出た法律となった。

 その内容は、①政治移民の受け入れの場合の福祉面の制限や帰還促進措置の導入、②在留許可の種類を従来の5種類から3種類(ビザ、特定の目的を持つ滞在許可、目的を定めない定住許可)に簡素化、③従来の滞在許可のひとつである「容認」(事実上の難民に対する強制送還の一時的な停止状態)の廃止、④労働許可と滞在許可の一本化、⑤ドイツへ移住している両親の元へ呼び寄せることのできる子供の年齢を16歳から12歳に引き下げ(家族とともに移住できる子供の最高年齢は18歳のまま据え置き)、などである。

 同法は上記のような内容の大幅な変更を経て、今年3月1日に連邦議会で、3月22日に連邦参議院で可決され、6月20日にラウ大統領が署名、来年1月からの発効を待つばかりになっていた。

 問題になったのは連邦参議院での議決である。連邦参議院は16の州政府議員により構成され、各州は最低3票、最高6票の投票権を持つ。各州の議席数(投票数)は下表のとおりである。また各州の政権与党は、その州の選挙結果により、連邦の政権与党である社会民主党(SPD)・緑の党が政権を担っている州ばかりではなく、連邦では野党のCDU/CSUが政権を担っている州もあり、またブランデンブルク州のように、連邦では与党と野党であるSPDとCDUが連立を組むといういわば呉越同舟の連立政権の州もある。

ドイツ連邦参議院の州別議席数

バーデンビュルテンベルク6ニーダーザクセン6
バイエルン6ノルトライン・ヴェストファーレン6
ベルリン4ラインラント・プファルツ4
ブランデンブルク4ザールラント3
ブレーメン3ザクセン4
ハンブルク3ザクセン・アンハルト4
ヘッセン5シュレスヴィヒ・ホルシュタイン4
メクレンブルク・フォアポンメルン3チューリンゲン3
(出所)ドイツ連邦参議院ホームページより作成(2002年12月17日現在)

 連邦参議院における新移民法の採決においては、このブランデンブルク州の賛成票が有効かどうかが問題となった。連邦基本法(第2章第3節 第52条)によれば、各州の投票は賛成か反対かのどちらかに態度を統一しなければならないことになっている(同一州の選出議員間で賛否の統一が出来ない場合は棄権)。

 当時の連邦参議院での採決時の議事録を読むと、ブランデンブルク州の同法に対する態度表明は次のようなものであった。

 まず参議院議長(注2)がブランデンブルク州の賛否を聞いたのに対し、同州の首相(SPD)は「賛成」と答えた。しかしすかさず、同州の内相(CDU)が立ち上がり「反対」と叫んだ。同じ州の相異なる態度表明は連邦基本法に反するとして、再度、議長が同州の首相に対して同州の一致した態度について聞いたところ、同州首相は「賛成」と答えた。同州内相も直ちに「反対」を叫んだが、その叫びは野次と怒号の中でかき消されたという。しかし議長は、とにもかくにも同州首相の「一致した賛成」が得られたことから、それを同州の一致した態度表明と見なし、同法は前述のように賛成多数で連邦参議院を通過することになった。

 こうした経緯のある新移民法の採決は憲法(基本法)に違反するとして、その後、連邦では野党のCDU/CSUが政権を担うバーデンビュルテンベルク、バイエルン、ヘッセン、ザールラント、ザクセンおよびチューリンゲン州の各州政府が連邦憲法裁判所に違憲提訴していた(違憲の中身は採決方法だけであり、法案そのものは違憲提訴の対象とはなっていない)。

 憲法裁判所の下した判断は前述のように「違憲」というものであった。憲法裁判所はその判決理由の中で「同じ州の選出議員の中での意見の相違は一致させなければならない」とし、「連邦参議院議長は当該州の他の選出議員の反対意見がない場合においてのみ、同州選出議員の意見を同州全体を代表した意見として採用する」という明解な解釈を示している。

 いずれにしても、今回の憲法裁判所の違憲判決によって、新移民法の来年1月からの発効はなくなり、法的には旧法のままの状態が継続することになる。シリー内務相は、憲法裁判所の違憲判決を重く受け取るとコメントするとともに、今後については、「新移民法」自体が、野党との折衝による妥協の産物であることから、「新移民法案」を連邦議会の審議からやり直す意向を示している。これから審議をはじめからやり直すとなると、前回と同様、法案成立までに野党との折衝で紆余曲折が予想され、法案の中身の変更も含め大きな困難が予想される。今年9月の総選挙で政権基盤が一段と弱くなったシュレーダー政権にとってはまた新たな難題が増えたといえそうだ。

注1)移民政策と社会融合策を組み合わせた総合的、戦略的な政策に基づいた移民の受け入れを提案(詳細については「ドイツの人口問題と移民政策」(ITI季報No.46)(pdf-file)参照)。
注2)連邦参議院議長は各州首相が毎年交替で務める。”

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