2003/01/20 No.42ハイテク交流で垣間見たイスラエルの実像
元嶋直樹
国際貿易投資研究所 客員研究員
Access21.Ltd 代表
昨年12月の半ば。テルアビブの行きつけの美味しいベーグル屋で朝ごはん代わりのベーグルを買っていたときのことである。「Oh,Chicago!」と、目の前の東欧形の綺麗な女の子が突然叫んだので、急ブレーキの音以上に驚いた。目の前の通りで、一台の車がタイヤの煙を立てながら、凄い急ブレーキをかけて止まった。そして停車するためにウインカーを出さないで急にブレーキをかけて右側に寄った前の車に、クラクションをブーブー鳴らしている。でも私が見る限りでは、後ろの車のほうが明らかに注意不足。アベックの女の子との会話に気を取られて、前をちゃんと見ていなかったのだ。運転の荒いイスラエルでは、もう見慣れた光景なので、それ自体はさほど驚かなかった。昨日も、大破したばかりの車の事故現場を2つも見たばかりで、そのうちの一つはパトカーだった。ここイスラエルでは、テロよりも交通事故で亡くなる人のほうが多く、滞在中は荒っぽい車に本当に注意しなければならない。
驚いたのは、その急ブレーキの音を聞いたベーグル屋の女の子が、目をまん丸にして、表題の言葉を叫んだことである。たまたま今回のイスラエル出張は、私が数年前のJETROシカゴセンター駐在時に知り合った方々と一緒に来ていて、その少し前にシカゴのことを話していただけに、「この子は私のことを知っているのか?」、と余計に驚いた。そして何故、「シカゴ」と叫んだのか聞いてみると時代錯誤的なコメントが返ってきた。「シカゴは、アルカポネがいた街で、今もギャングばかりで治安が世界で一番悪く、車の運転も世界で一番悪い。だからイスラエル人は、無茶な車の運転をする人間を見ると、『Oh,Chicago!!』と言うのだ」と。
私は驚いて、シカゴの話をしてやった。「シカゴはアメリカの中でも一番安全な街の一つだ。特にシカゴの北のほうなんか、安全そのもので、ギャングも全然いなく、いい人ばかり。夜も家の鍵をかけずに寝ても、NoProblem!」。多少誇張はあるが。彼女は私の話を聞くと、もう一回目を丸くして、「Oh,Chicago!!」と言った。その意味は、今度は、とてもびっくりした、ということであった。私は、その話をイスラエル滞在中に他のイスラエルの人に聞くと、この「Oh,Chicago!!」は、悪い意味で驚いたときのイスラエルの人たちの決まり文句、ということが分かった。その後私は、イスラエルの人たちに、「私は日本に帰って、クレージーな運転をしている人を見たら、今後は、『Oh,Ha’Aretz!(ヘブライ語でイスラエル国の意味)』と言おう」と冗談で話したが、特にブラックジョークでもなかったようで、結構受けていた。また、正しいシカゴの認識をイスラエルの人たちに授けてあげたが、イスラエルで、シカゴの擁護をして、イスラエルと米国の親善に貢献するとは夢にも思わなかった。イスラエルは今回で5回目だが、来るたびにいろんな発見がある。
私は、JETRO時代にITの現場に携わっており、大学時代のバックグラウンドも情報工学なので、それをベースにグローバルITコンサルタントという変な肩書きで、外国企業や公的機関、日本の企業のITコンサルなどをビジネスにしている。イスラエルは、暗号、通信、ソフトウエア、セキュリティ、メカトロニクス等の分野では驚くほど技術レベルが高く、私のようなビジネスをしている者にとっては、テロで危険でも、欠かすことの出来ない国だ。今回も他の仕事で関係のある人たちから、「本当に大丈夫?」と言われたが、「イスラエルも、テロで死ぬ人よりも交通事故で死ぬ人が多いのだから、Don’t worry」と言ってきた。空港や街のセキュリティは本当に厳しいので、正直言って戦争でも始まらない限りあまり気にしていない。
軍事技術の転用、応用などを背景にしたイスラエルの技術については、非常に興味深いものがあります。私が出会ったものの中から、多少ご紹介してみます。
1. 暗号技術
ご存知の通り、今の認証技術のベースになっているRSA暗号技術は、イスラエルの技術。正確に言えば、MITにいたイスラエルの人が1980年に開発して特許を取り、その商業化をするためにサンノゼにRSAを設立した。DES等いままでの暗号と異なり、公開鍵と秘密鍵の組み合わせからなる技術であり、現在の政府認証基盤(PKI)などはすべてこの技術をベースにしている。「RSA」とは、この技術を開発した3人の頭文字から来ているが、私もそのうちの一人のShamir博士(ワイツマン研究所)に会ったことがある。サンダルで、よれよれのジーパン姿だったが、見るからに天才そうで、自分とは脳味噌の機能が全然違うことが見ているだけで思い知らされるような類の人だった。そう言えば、サンダルとジーパンはイスラエルの人たちの標準的な姿。ネクタイをしている日とは、典型的な黒尽くめのユダヤ人以外はまずいない。日本の人がネクタイ姿で会社を訪問すると、イスラエルの人たちは、皆、「何事か!」とびっくりする。
2. 通信技術
今イスラエルで盛りの技術は、この中のGPS,AGPS(Advanced GPS)といった、位置認識技術、GPSアプリケーション。日本もモバイル天国なので、詳細な技術レベルの比較は出来ないが、本当にいろいろな技術があるが、たとえば、
- 自分の居場所の周辺100m以内に居る知人をモバイル経由でキャッチする技術
- AGPSは今ドコモなども内部で開発実験中であるが、AGPSと通常のモバイルアンテナをintegrateしてワンチップ化し、一つの内蔵型アンテナにしてしまう技術
- 今世間を騒がせている住基ネットワークのような個人、会社のIDを電話番号とintegrateしてしまう技術
- ヨットなどの中規模船舶もGPS経由でインターネット通信等を可能とする技術
3. ソフトウエア技術
暗号技術と関係する技術で、2例紹介する。
- 無数の種類のPCの内部のコンポネントのデータベース、コンポネントと別のコンポネントの相性のデータベースといった膨大なデータをもとに、インターネットやLANに接続されたPC内部の障害上の原因究明を極めて短時間にオンラインで可能とする技術。この技術は、日本のある大手メーカーや米国の大手が早速導入した。
- 世界中のmapをintegrate済みの位置検出、トラッキングソフトウエア。GPSも使っている。
4. セキュリティ技術
この分野は本当に多い。軍事技術からスピンオフした技術も数多くあり、やはりお国柄を想像させるものがある。
- 電子フェンス技術 何社か回ったが、全て違う技術を持っている。バイブレーションセンサー、ピエゾ効果を利用した歪検出センサー、光ファイバー型、など。ベングリオン空港(テルアビブ空港のこと。初代首相の名前を取ってつけられている)にも近々新しい電子フェンスの入札があるが、これは歪検出型センターの2社が競っている。
- 監視カメラ制御技術 これもいろいろある。911テロ後にボストンのローガン空港に配置されたのも、あるイスラエルの会社のシステム。また暗闇でもカメラが見ている遠方の物体の位置を正確に把握しトラッキングできる技術、カード・免許証等の偽造防止するための特殊インクとセンサーをintegrateさせた技術 など。
この他にも、空港等で使われる異物検地システム等がある。しかしこのセキュリティ技術については、元軍人のコンサル等が多く、お互いに注意しながら付き合う必要がある。
5. メカトロニクス技術
これも意外と多い。
- 脊髄や膝の手術という今後の高齢化の波の中で外科分野で一番マーケットが伸びる分野で、自動で手術を行うミニチュアロボット。イスラエルのMITと言われるテクニオン大学の偉い人が開発しており、既に米国FDAの認可取得の手続きに入っている。
- 農業用の光合成、葉表面温度、果物等の大きさ等のセンサーおよびそのセンシング結果のインターネット経由自動モニタリング制御技術。イスラエルには、キブツと言われる半自給自足のコミュニティが多数あり、灌漑技術等において高いレベルを持っている。日本の企業や農家も多数輸入している。
- 傾斜センサー、微細ポジショニングセンサー等の各種微細センシングレベルのセンサーを開発している企業もかなりあった。
これらの企業は、結構高い技術を持っているが、イスラエル国内における産業用マーケットの規模が小さいので、宝の持ち腐れになっている場合が多い。この分野でも、私も何社かの技術を日本の会社に紹介しているところ。ただ、カメラについては、日本のある一社がイスラエルのマーケットの大部分を獲得しており、日本のAV技術の高さを物語るものがある。
6. その他
- 剥がすと後が残るので偽造防止やCD等のIPRの保護に役立つ特殊テープ。これは日本でも既に一部で回っている。
- 水道、ガス等の自動計測制御システム。数千戸の住宅の各種メーターを接続できて、インターネット経由でモニタリング、処理できるところが面白い。
- F1等のレーシングの高速移動物体の自動撮影技術。PAN、TILT、ZOOM等の瞬間自動調整機能も含まれる。
- 携帯電話が脳に及ぼす悪影響の度合いをキャッチして警告を発する装置。長さ2cm高さ2,3mmの小さな装置で、携帯電話のトップにつけて用いる。電源は携帯電話から無線で補給。日本でも総務省が、今年にこの携帯電話から脳味噌に与える数値の制限値をSARという値で設定したので、日本でも今後需要が出ると思われる。
これ以外にも、たとえばバイオ系、医薬品系、農業系、化学系の技術レベルも高い。
暗号—IT系技術
毒薬—バイオ系技術
爆薬—化学系技術
戦車、武器—メカトロニクス系技術
というように軍事技術のスピンオフ的要素の技術が多い。
これらは私が訪問した会社の一例であり、まだまだいろいろあるが、イスラエルは四国ちょっとで600万人程度の小さい国であるにもかかわらず、革新技術が次々と出てくるのには驚かされる。イスラエルには、イスラエルの通産省配下に26のインキュベーターがあり、インキュベーターのテナント企業(ベンチャー企業)には、通産省から半分ないしは3分の2の補助金が与えられる。いまどき、政府からの補助金がベンチャーに出る政策を採っている国は珍しい。日本でも個別企業に対する技術開発補助金制度は、一部の中小企業施策を除いてはもはや殆ど姿を消した。イスラエルでは、政府が支援するこのようなインキュベーターに、ロシアや東欧系の頭脳流出者も多数入っており、政府補助金を得て、技術のシーズをしっかりした技術レベルにまでに高めるのに大きく貢献している。バーグ・インターナショナルという会社がエルサレムにあるが、この会社は、「ロシア・東欧の技術シーズをイスラエルのインキュベーターで確立し、日本等諸外国に移転する」会社である。日本人も何人か出資している。
テロの影響でイスラエルに対する日本の関心は低下しており、大阪空港からベングリオン空港への直行便の話も中断したままである。私もフランクフルト等の欧州や北京、バンコクといったアジア経由で、はるばる1日近くかけて出張している。ベングリオン空港の入国手続きで、外国人窓口に並ぶ人たちも最近は本当に少なくなってきた。しかし、そのお陰で、わざわざイスラエルの会社を訪れて、片言のヘブライ語を話してやると、本当に喜んでくれる。イスラエルは狭い割には、人種の坩堝でもあり、気候的にも熱帯から温帯、砂漠から湿原、地中海から死海まで、信じられないくらい多様な要素を抱えている。今後、ビジネスチャンスもあると考えている。
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