一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2004/07/06 No.68EU憲法で合意〜注目される批准、国民投票の行方

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

  欧州連合(EU)はブリュッセルで6月17~18日開催した欧州理事会(EU首脳会議)・政府間協議(IGC)でEU憲法条約を採択した。EU憲法については、昨年末のIGCでは合意に失敗した経緯があり、仕切り直しとなった今回の会合でようやく合意に達したものである。

  今回合意に達したEU憲法の骨子は下表に掲げたとおりであるが、2003年10月から始まったEU憲法を巡るIGCの議論においては、大きく分けて2つの対立軸があった。一つは欧州統合をさらに深め最終的には連邦制の構築を目指すドイツ、フランスを中心とするグループと、外交・安全保障、租税・社会政策などの決定に際して拒否権の維持にこだわり、これ以上の統合から距離を置こうとする英国を中心とするグループの対立である。もうひとつの対立軸は欧州理事会の議決方式に象徴されるもので、基本的に人口数をベースとした二重特定多数決の導入で有利となるドイツ、フランス、英国などの大国に対して、大国の意のままに物事が決まってしまうことに危機感を抱いた中小国が激しく対立した。

  第1の独仏などの統合推進派と英国の対立については、結局、英国の主張する外交・租税・社会政策などの分野で拒否権の保持が認められ、統合推進派の独仏などが大きく譲歩した形になった。また、中小国が懸念する二重多数決制については、草案の段階で盛り込まれていた、1)過半数(案件によっては3分の2)の国の支持、2)人口の合計が6割以上に達する国々の賛成という条件を、それぞれ、55%と65%(案件によっては72%と65%)に引き上げることによってハードルを高くした。また、大国が結束すれば大抵の議案を阻めるとの中小国の懸念に配慮して、「議案を阻止するためには、少なくとも4カ国の反対が必要」という条文も盛り込まれた。

  こうしてEU憲法はなんとか合意に達したわけであるが、その背後には、今回のIGCが欧州議会選挙のわずか1週間後に行われたことも大きく関係しているように思われる。欧州議会選挙における過去の投票率を見ると、投票率は79年63.0%、84年61.0%、89年58.5%と94年56.8%と年々低下し、さらに99年には49.8%と5割を割り、今年の選挙ではついに45.3%まで下がって史上最低となった。特に新規加盟国の中では、中・東欧諸国の得票率が低く8カ国平均でわずか30.8%にとどまった。こうした中で、今回のIGCでの合意形成に失敗すれば、EU市民の“EU離れ”がますます加速するという危機感が、なんとかして今回は合意に持ち込みたいという背景事情として強く働いたことは容易に推測できるところである。「欧州議会選挙で厳しい審判を受けてわずか1週間後に、われわれは合意形成で新たな失敗をするわけにはいかなかった」というEU外交官の言葉(6月18日付、ハンデルスブラット紙)はこのことを裏付けているといえよう。

  今回のEU憲法の採択をシュレーダー・ドイツ首相は「歴史的な決定」と評価し、シラク・フランス大統領も、租税政策や社会政策における英国の拒否権は「深刻な問題」と批判しているものの、それでも憲法制定により「迅速で効率的で、明快な決定を下すことができるようになる」としている。また、憲法草案を作成したEU諮問会議のジスカールデスタン議長(元フランス大統領)も「これはわれわれが欲した憲法であり、欧州が必要とする憲法である」と満足の意を表するとともに「憲法のテキストは堅牢で理解しやすい枠組みを提供するものであり、今やテキストに生命を通わせることが必要とされている」と憲法の採択を評価するコメントを行っている。

  これに対して、英国のブレア首相のコメントは辛辣である。ブレア首相によれば、EU憲法は「連邦制の超国家」をはっきりと否定したものであり、英国は「国民国家の連合体である欧州」という英国のビジョンを貫徹したとしている。そして、英国は憲法には「現実的な理由」から同意したのであって、核心部分は何も変わらないとしている(いずれも同上紙)。

  このブレア首相の発言は、多分に英国内の欧州統合懐疑派を意識した政治的な意味合いを含んだ発言であるということを割り引いたとしても、英国の考えるEUの将来像と、フランス、ドイツが目指すEUの将来像が大きく異なることを示したものであり、今回のEU憲法の採択がまさに政治的な妥協の産物であったことを物語るものであると言えよう。

  いずれにしても今後EU憲法が発効するためには、加盟25カ国はそれぞれの議会で憲法を批准する必要がある。また、英国を含む少なくとも9つの加盟国では憲法の批准を国民投票で決定する予定といわれている。

  今後の焦点は2006年末までに期限を設定された批准手続きが順調に進むのかどうかであるが、特に英国においては国民投票で憲法が否決される危険性が大きいとの見方もある。仮に英国の国民投票で「ノー」という結果が出た場合は、EUはマーストリヒト条約(注1)批准の際のデンマークの国民投票(注2)で見られたように、大きな危機に直面することも考えられる。

注(1)1993年11月発効。
注(2)1992年6月の第1回目の国民投票で否決。その後、デンマークに対して通貨統合や共通防衛政策に参加しなくてもよいという「特例」(オプトアウト)を認めたうえで、93年5月に行われた第2回目の国民投票でかろうじて賛成票(56.8%)が過半数を上回った。

EU憲法の骨子

【理念】

理念(まえがき)・欧州の文化的、宗教的、人道主義的遺産からインスピレーションを引き出す(注;“宗教的”であって、“キリスト教的”という文言になっていないことに留意)。
・国家の固有のアイデンテティーや歴史に対する誇りを残しつつ、旧い枠組みを超越した、より緊密に統合された共同体を形成することを決意する。

【新設ポスト】

欧州理事会大統領【役割】
・大統領は欧州理事会の議長を務め、欧州理事会の業務を推進する。また、欧州理事会の結束とコンセンサスが得られるよう努力する。
・大統領は、欧州委員会委員長との協力により、欧州理事会の準備と継続性を確保する。
【選出】
・欧州理事会(EU首脳会議)で特定多数決により選出。
【任期】
・任期は2年半で、一度だけ再任が認められる。
【その他】
・大統領は出身国の政治的な役職に就かない。
EU外相【役割】
・EU外相は外相閣僚理事会の議長を務め、EUの共通外交・安全保障政策を実施する。
・EU外相は、欧州委員会の副委員長を兼務し、欧州委員会内の対外関係、対外活動の一貫性確保、調整に責任を持つ。
【選出】
・EU外相は、欧州理事会が特定多数決により任命(欧州委員会委員長の同意が必要)(罷免の場合も同手続き)。

【機構】

欧州理事会【役割】
・欧州理事会はEUの発展のために必要な推進力となり、全般的な政治の方向性や優先順位を明確にする。
【構成】
・欧州理事会は加盟国の政府首脳、欧州理事会大統領および欧州委員会委員長により構成される。
・欧州理事会は、大統領の召集により、四半期に1度開催される。大統領は必要に応じ、臨時理事会を召集することができる。
欧州委員会委員長【役割】
・委員長は、欧州委員会の行うべき業務のガイドラインを策定する。
・欧州委員会の業務を一貫して、かつ効率的に行えるように内部組織を決定する。
・欧州委員の中から(EU外相以外の)副委員長を任命する。
・委員長は委員を罷免することができる。
【選出】
・欧州委員会の委員長は、欧州理事会が特定多数決により候補者を決定し、欧州議会が多数決により選出する(欧州議会で否決された場合は、欧州理事会は1ヵ月以内に新しい候補者を選び、欧州議会で選出)。
欧州委員会【役割】
・欧州委員会はEUの全般的な利益を推進し、そのために必要なイニシアティブをとる。
・欧州委員会は憲法および憲法の下で各機関によって採択された諸措置の実施を確実なものとし、EU法の実施状況を監視する。
・EUの法律は欧州委員会の提案をベースとしてのみ採択される。
・欧州委員会は、共通外交・安全保障政策を除くその他の分野で、対外的にEUを代表する。
【選出】
・欧州委員会の委員の任期は5年。
・委員は一般的な適格条件や欧州に対するコミットメントに基づいて選出される。
・憲法条項の下で任命される最初の委員会委員は各加盟国1人(合計25人)の委員で構成される。その後は加盟国の3分の2に相当する委員(委員長、EU外相を含む)で構成される。その際、委員は加盟国間の平等なローテーション・システムによって選出される。
欧州議会【役割】
・欧州議会は、欧州理事会とともに、法律および予算の共同決定権を持つ。
・欧州委員会の委員長を選出する。
【選出】
・欧州議会は、EU市民の代表者である議員によって構成される。
・欧州議会議員は5年ごとの直接選挙により選出される。
・議員の数は合計で750人を越えない。各国別の議員の数は人口比で割り振られるが、1カ国に割り当てられる議員数は96人を上回らない。また、1カ国の最低の議員数は6人(その結果、ドイツの議員数は現在の99人から3人減少する)。

【議決方式】

欧州理事会の議決方式【二重特定多数決】
・欧州理事会の特定多数決による議決は二重多数決による。すなわち、二重多数決による決定方式の下では、議案は加盟国の55%が賛成し、賛成した国の人口が全人口の65%以上の場合に採択される。
・議案を阻止するためには、少なくとも4カ国の反対が必要である。
・欧州理事会が、欧州委員会やEU外相の提案に基づかない(センシティブな議案の)議決を行う場合は、上記基準は72%と65%に引き上げられる。

【所管政策分野】

EUと各国政府の政策分担【EU専管の政策分野】
・関税同盟、域内市場が機能するために必要な競争ルールの策定、ユーロ圏の通貨政策、共通漁業政策の下での海洋生物資源の保護、共通通商政策
【EUと各国が共管の政策分野】
・域内市場、社会政策、経済・社会・地域結束政策、農業および漁業(海洋生物資源保護を除く)、環境保護、運輸、汎欧州ネットワーク、エネルギー、自由・安全保障・裁判、公衆健康分野における共通分野
【EUが各国の政策の支援、調整、補足的な活動を行う分野】
・健康保護・増進、産業、文化、旅行、教育・職業訓練、青少年保護・スポーツ、市民保護
(資料)EUホームページに掲載の“ Provisional consolidated version of the draft Treaty establishing a Constitution for Europe ”より作成

(参考)

・フラッシュ46「EU憲法草案と「小国」の懸念」(田中 信世)

・「「欧州のかたち」(将来像)は「連邦」か「連合」か」(田中 友義)、ITI季刊No.51、2003年春号。

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