2004/12/20 No.75ドイツの学力は向上したのか〜第2回PISAの結果から
田中信世
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
経済協力開発機構(OECD)が加盟国を中心とする41カ国で15歳男女を対象に実施した第2回目の2003年学習到達度調査(PISA;ProgrammeforInternationalStudentAssessment)において、日本の学力が大幅に低下したことが議論を呼んでいる。
今回のOECDの学習到達度調査は2000年の第1回調査に引き続いて実施されたものであるが、日本は「科学的応用力」ではフィンランドに次いで今回も2位を維持したものの、「読解力」で前回の8位から14位に、「数学的応用力」で同1位から6位へと大幅に順位を下げ、今回新しい分野として取り入れられた「問題解決能力」においても4位にとどまった。
第1回調査におけるドイツの結果については、本欄記事“フラッシュ35”の「ドイツのPISAショック」で報告したが、第2回目の結果はどうであったのか。以下に、第1回目調査以降に試みられたドイツの学力向上に向けた取り組みとあわせて紹介する。
「数学」と「科学」でランク上がる
ドイツでは2003年に行われた第2回調査に216校、4,660人の生徒が参加した。調査の結果は下表のとおりであるが、2003年においては、「読解力」は前回と同じ21位にとどまった。しかし、「数学的応用力」と「科学的応用力」では前回よりも改善がみられ、また、今回新しく実施された「問題解決能力」ではOECDの平均を上回る513点をあげ16位にランクされた。このように今回の調査の結果を見る限り、ドイツの学力は全体的に前回と比べてわずかながら改善しているようにみえる。
ドイツの2003年調査(第2回)の結果
点数 1 ) | 順位 | |
数学的応用力 | 503 | 19 ( 20 ) |
読解力 | 491 | 21 ( 21 ) |
科学的応用力 | 502 | 18 ( 20 ) |
問題解決力 2 ) | 513 | 16 ( ‐ ) |
1)OECD加盟国の平均を500点として換算。
2)2003年調査で始めて実施。
3)順位のカッコ内の数字は2000年調査時の順位。
(出所)OECDホームページ資料“
Mean scores in mathematics, reading, science, and
problem solving in OECD coutries and all coutries”より作成
前回の調査の結果が振るわなかったことから、ドイツではその後、教育改革の議論がにわかに高まり、各州政府の教育相で構成される「教育フォーラム」が2001年11月に、「教育フォーラムの勧告」と題する報告書の中で、(1)教育改革のカギとなる教員の質的改善・待遇改善、(2)教育への男女平等参加、(3)将来のための資格の取得(確固たる専門知識の習得)、(4)移民に対する教育の充実、(5)教育機関の自己責任の拡充と外部評価の活用、など12項目を勧告した。
また、2002年には教育改革のためのアクションプログラムが策定され、その目玉として、2003年5月、これまで半日制であった「基礎学校」を全日制の学校にするための投資プログラム「将来の教育と保育」(ZukunftBildungundBetreuung)を連邦政府と州政府の間で締結した。この投資プログラムはこれまでドイツで行われてきた学校関連プログラムの中で最大のものとされ、総予算40億ユーロが予定されている。州政府が既存校を全日制学校に改築したり全日制学校を新設する場合の経費を連邦が補助し、全日制授業を行うことによる追加的な教員等の経費を州政府が負担する内容となっている。このプログラムによりこれまでに創設された全日制学校の数は3,000校に上っている。
また、全日制学校創設プログラムに関連して、全日制学校形成の方法を映画化したフィルム「未来の温室〜ドイツの学校の成功への道」(“Treibhaeuser der Zukunft Wie in Deutschland Schulen gelingen”)が製作され、今年12月20日、全国の30の映画館で無料で一斉に上映されるという。
このほか、数学や自然科学の授業を改善するための試みもみられる。これは、SINUSプログラムと呼ばれるもので、「数学および自然科学の授業の効率を高めるためのモデルテストプログラム」(Modellversuchsprogramm“Steigerung der Effizienz des mathematisch-naturwissenschaftlichen Unterrichits”)であり、バーデンビュルテンベルク、バイエルン、ノルトラインヴェストファーレン州等15州の30校が参加して実施されている。SINUSプログラムで得られた成果は2007年までに各学校に広めることになっており、成果の普及段階では連邦政府もプログラムに参加する予定である。SINUSプログラムと同様の試みは化学や物理の授業についても行われている。
このようにドイツでは前回の調査以降、学力向上に向けた取り組みが精力的に行われており、今回の調査でドイツの学力が特に「数学的応用力」や「科学的応用力」で上昇したのは、こうした取り組みが早くも成果を表わしはじめたと解釈できるかもしれない。
学校間の格差が一段と拡大
しかし、今回の調査結果に対する連邦教育省などの受け止め方はそれほど楽観的ではない。連邦教育省が深刻な問題として捉えているのは、「読解力」が依然として低い水準にあることに加え、順位の上がったその他の部門についても良い点をとった生徒と悪い点をとった生徒の格差が前回よりもさらに大きくなっていることである。連邦教育省によれば、この格差は、すべての生徒が同じ形態の学校で学ぶ学校制度を採用している国はもちろんのこと、ドイツと同様分岐型の学校制度をとっている他の国と比べても大きかったとしている。
ドイツの学校制度は10歳の時点で「基礎学校」「実技学校」「ギムナジウム」の選択を行う3分岐型学校制度がとられている。6歳の時点で「基礎学校」(小学校)に入学し、1〜4年までの4年間(6〜10歳)が終わる10歳の時点で、(1)「基礎学校」(5〜9年または10年)にとどまるか、(2)「実技学校」(5〜10年)に進むか、または(3)「ギムナジウム」(5〜14学年の9年制の高等学校)に進むかのいずれかを選択することになっている(ドイツの学校制度については、上記“フラッシュ35”の「ドイツのPISAショック」を参照)。
連邦教育省のホームページによれば、今回の調査の結果を、試験を受けた生徒それぞれの所属している学校の種類別に分析した結果、ドイツの学力の改善をもたらしたのは、専ら「ギムナジウム」に在籍している生徒の成績が良かったことによるものであり、「基礎学校」の高学年(Hauptschule)や「実技学校」に所属している生徒はむしろ成績が悪くなっており、これらの生徒の22%は、「基礎学校」を卒業する成績に達しない、あるいは「実技学校」の場合はその先の職業に就くことが難しいいわゆる「危険グループ」にある生徒であるという。
こうしたことから、連邦教育省では、ドイツの教育を取り巻く状況はむしろ前回調査時点よりも悪化したと受け止めている。確かに、連邦教育省が懸念するように、学校の種類による成績の二極分化が進行しているとすれば、ドイツの誇る職業教育を重視した3分岐型学校制度の見直しにも今後、議論が広がるかもしれない。
また、今回の調査結果から、幼稚園より前の早い段階から保育園などに通ったことのある生徒の成績が良かったことから、連邦教育省では、幼稚園以前の早い段階からの教育開始の必要性を強調しており、例えば自宅の新築に連邦政府が現在支給している補助金をカットすれば30億ユーロ以上を浮かすことができ、そのお金を州政府や市町村に回せば、早期の幼児教育のための教師、保育園保母などの経費に充てることができると主張している(連邦教育省ホームページ)。
◇◇◇
日本では今回の調査の結果を受けて、「読解力の向上を図るために各学校や教育委員会向けの指導要綱の作成や読解力向上プログラムを策定」(日本経済新聞、2004年12月7日付)したり、「ゆとり教育の見直し」(同紙、2004年2月8日付)を行うなどの議論が出てきており、今後、こうした観点に立って教育改革が検討されることになるものとみられる。
一方ドイツにおいては、前述の全日制学校創設プログラムやSINUSプログラムは始まったばかりであり、今後その成果が徐々に現れてくることが期待されている。また、かねて必要性が叫ばれている教員の質の向上に向けた努力に加えて、教育制度の見直しが行われることも考えられ、こうした努力が結実すれば、それ相応の成果が上がり今後学力の向上に結びつくことが期待される。
しかし、今日の日独における学力の低下は、両国で議論され、一部実施が試みられているような教育改革だけでは解決できないもっと奥深い問題を秘めているような気もする。例えば日本について言えば、今日の学力低下を招いているより根本的な原因は、少子化の進行に伴う生徒間の競争圧力の低下や甘やかし、少子高齢化に伴う社会全体の活力の低下、高度成長時代に見られたような社会全体が共有する目的意識の喪失、グローバル社会の出現で激化した企業間競争によってもたらされた雇用形態の変化(年功序列制の崩壊やフリーターの増大)などにあるような気がするのは筆者だけであろうか。学力向上などの教育問題は、狭い意味の教育改革だけでは対応しきれないところに、この問題の根の深さ、難しさがあるように思われる。
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