一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2008/12/25 No.117ベネズエラの情報発信力を高める中国の宇宙衛星ビジネス

内多允
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員

国際関係のさまざまな局面で新興国の台頭が目立つようになっている。宇宙開発では中国やインドも独自の衛星打ち上げのロケットを開発して、各国の衛星打ち上げの受注を確保している。南米では中国がブラジルとベネズエラの、そしてインドがアルゼンチンの衛星をそれぞれ打ち上げた。中国やインドの打ち上げコストが低価格であることも、衛星打ち上げの受注拡大に寄与している。

さらに、南米各国は特定の大国(特に米国)への過度な依存から脱して、独自性・自主性を高めようとしていることも、衛星ビジネスについて欧米先進国の優位性が崩れる要因となっている。

情報通信網を充実させるために、独自の通信衛星への需要が高まっている。中南米各国も宇宙衛星の開発については、打ち上げロケットを持つ各国と提携している。中国は近年、様々な分野で南米との関係を積極的に強化している。特に南米地域での影響力を拡大しているブラジルとベネズエラが中国と宇宙衛星の技術開発で、連携を強化している。宇宙衛星は情報産業の発展を促す経済効果もさることながら、軍事技術への転用も可能なだけに新興国が宇宙衛星を外交カードに使うことによる国際的な影響力が無視できない波紋を投じることも考えられる。

<中国が協力したシモンボリバル衛星>

ベネズエラ最初の宇宙衛星シモンボリバル(別名Venesat-1)は08年10月29日午後12時24分(ベネズエラ時間)、中国四川省の西昌衛星発射センター(英語名Xichang Satellite Launch Center)から打ち上げられた。この宇宙衛星(静止衛星)はベネズエラと中国が共同で開発した通信衛星である。中国側の発表によればシモンボリバル衛星プロジェクトは、中国が初めて中南米から受注した民生用通信衛星の打ち上げと打ち上げ後の管理を含めたサービスである。衛星の名称はベネズエラ独立の英雄であり、チャベス大統領が尊敬してやまない人物に因んでいる(注参照)。ベネズエラでは打ち上げ前から科学技術省のウエブサイトでも、シモンボリバル衛星の歌を流して大衆への働きかけを重視するチャベス大統領らしい広報活動を展開していた。

ベネズエラはアルゼンチン、ブラジル、メキシコに次いで中南米における4番目の宇宙衛星保有国となった。ベネズエラの宇宙衛星を中国で打ち上げる計画は、05年11月1日に両国関係機関による契約成立から始まった。計画段階からベネズエラの技術者は中国で研修を受け、またベネズエラへも中国からの専門家が派遣され開発に従事した。シモンボリバル衛星の開発に従事したベネズエラ人専門家は90人で、その内30人が07年3月に初めて中国に赴き関係機関や大学で研修を受けるようになり、その後も技術者が派遣された。

今回の宇宙衛星の打ち上げ準備から、その活用方針にはチャベス大統領の外交戦略が反映している。同大統領は先端技術の分野についても米国等の先進国への依存よりも、新興国をパートナーに選んでベネズエラの自主性を確保しようとしている。これに加えて中国が提示した契約金額が他の諸国に比べて低いことも、決め手となった。ベネズエラはロシアとフランスとも宇宙衛星建設について交渉したとも伝えられている。

中国は技術協力に加えて、資金も一部融資に応じたことも伝えられている。Venesat-1の建設経費は総額4億600万ドルでその内訳は衛星建設と打ち上げに2億4,100万ドル、地上管制センター2施設の建設に1億6,500万ドルとなっている。

ベネズエラにおける宇宙衛星管制施設は、同国南東部のボリバル州ルエパ(Luepa)とグアリコ州のエル・ソンブレロ(El Sombrero)に設置されている。チャベス大統領はベネズエラを訪問中であるボリビアのエボ・モラレス大統領と共にルエパで、打ち上げの瞬間を見守った。

<期待される国内の情報基盤強化>

Venesat-1の重量は5,100キログラムで、その設計寿命は15年間である。その利用目的は放送や教育、医療活動のための通信衛星である。ベネズエラ国内では衛星を活用することによって、全国的な固定・携帯電話の通信インフラの充実と並んで、衛星放送による教育体制の強化や医療サービスを充実させることを目指している。本格的な利用は3ヵ月間の試験期間後の09年始めになる予定である。その具体的なこれからの成果として衛星事業関係者は、ベネズエラ東部のオリノコ川デルタ地帯に居住する先住民(Warao族)1万1,000人が衛星通信による遠隔地教育システムや医療サービスを利用することが出来るようになることや、衛星放送の能力も向上することによって、今まで電波が届かなかった国境地帯でもベネズエラ国内の放送利用が可能になることをあげている。国境地帯では隣国のブラジルやコロンビアのラジオやテレビ放送に依存している。

<注目されるテレスルの情報発信力強化>

チャベス大統領はシモンボリバル衛星の利用を南米各国に促すことによって、ベネズエラの影響力を拡大させて南米統合の主導権を握ることも狙っていると見られている。既にウルグアイが利用する方針である。同衛星は国際協定で、ウルグアイが確保している軌道を利用している。ウルグアイは西経78度に静止衛星の軌道を確保しているが、ベネズエラは06年3月14日付のウルグアイとの協定でこの軌道を利用できることが認められた。ベネズエラ政府は見返りとして、今回打ち上げた宇宙衛星の通信能力の10%を利用する権利をウルグアイに提供した。ウルグアイは09年からこの権利を活用して公共テレビ放送(第5チャンネル)の受信可能地域を広げたり、国内の通信能力の強化やインターネットの接続地域の拡大を目指そうとしている。

ベネズエラは国外への情報発信メディアとして、周辺各国政府と共同で設立したテレビ放送局であるテレスル(Telesur英語名はTelevisionof the South)をカラカスに05年、設立している。シモンボリバル衛星を活用することによって、テレスルの放送機能を強化するのではないかということを予想する向きもある。テレスルは米国に対して強硬な批判を主張するチャベス大統領が中南米独自の主張を、世界に向けて主張するテレビ放送局を持とうという提案によって生まれ、その本社はベネズエラの首都カラカスに開設された。その参加国別の出資比率(07年8月テレスル発表による)はベネズエラが54%で経営の主導権を握っている。残り46%をアルゼンチン15%、キューバ14%、ウルグアイ7%、ボリビア5%、ニカラグア5%の5か国で出資している。これらの出資国はいずれも米国とは距離を置き、ベネズエラと緊密な関係を維持している。ブラジルは出資には応じなかったが番組制作などの技術的な側面で協力することにしている。テレスルは中南米と米国(ワシントン)の12都市に通信員を配属している。テレスルは24時間体制で衛星放送とインターネットによって中南米20か国に加えて、欧州や中東、アジアに放送電波を流している。各国の放送局との提携関係による番組交換も行っている。その中にはBBC(英国)やCFI(Canal France International、フランス国際放送)と並んでIRIB(イランイスラム共和国放送)、アルジャジーラ(AlJazeera、カタール・ドーハ)も含まれる。

チャベス大統領やその支持国はテレスルを設立した意図として、CNNなどの欧米先進国からの情報に依存する状況から脱却して、中南米独自の主張を発信する機能を強化することを主張している。米国では政府や議会からはテレスルに対してその発足時点から、反発する姿勢を示している。それはテレスルに参画している国がニュアンスの差があるとは言え、米国に対する批判的な姿勢を取っていることがあげられる。また、中東問題で米国批判の言論姿勢を維持しているアルジャジーラやさらに米国への対決姿勢を取っているイランの国営放送局(IRIB)と提携したことも米国がテレスルに反発する契機となった。

ベネズエラの宇宙衛星が中南米地域で米国を排除した域内統合を促すために、チャベス大統領の外交手段として活用する意図がうかがえるだけに、今後のその利用方法を巡って国際的な波紋を投じることも予想される。

<注目される国際関係への影響力>

今回打ち上げられたシモンボリバル衛星に技術的な問題が発生したと、香港紙(South China Morning Post、08年12月5日付電子版)が報道した。具体的な内容は明らかになっていないが、同衛星がこれによって正式稼動が延期、あるいは中止になれば「米国の協力抜きで、ラテンアメリカ諸国が技術的な壁を突破することが可能である」ということを謳ってきたベネズエラにとって打撃となると報道した。同紙がこのようなことを報じた背景には、中国が07年5月に打ち上げたナイジェリアの通信衛星(Nig ComSat-1)が、08年11月に電気系統の故障で機能を停止した前例があるからである。これに対してベネズエラ科学技術省は08年12月3日、シモンボリバル衛星は順調に動いていると発表している。

シモンボリバルの後継衛星については、ベネズエラ政府は次のような計画を立てている。第2機目の衛星(Venesat-2)が2010年上半期に着工して、12年下半期に打ち上げることを予定している。そしてVenesat-1の代替衛星を22年上半期に着工して、24年下半期の打ち上げを予定している。これらの計画についても現政権が中国との関係を重視していることから、引き続き中国との共同開発体制を維持するだろう。衛星通信と関連する情報技術分野へも中国企業がベネズエラに進出していることも、現行の開発体制を維持する基盤を形成している(中南米における情報技術分野の中国企業進出については拙稿「中南米に進出する新興国企業」季刊国際貿易と投資No.722008年夏号参照)。

シモンボリバル衛星をベネズエラの近隣諸国と共同で利用する構想として、Nuris Orihuela科学技術相は12月2日、13年に南米・カリブ宇宙機関を発足させると発表した。

米国と対立する外交を展開するチャベス大統領が、南米統合の主導権を握ることについては、米国からの反発も大きい。シモンボリバル衛星についても、計画段階から警戒的な見方をしている。例えば06年8月3日と4日に開催されたUnited States-China Economicand Security Review Commissionの公聴会では中国がシモンボリバル衛星開発に協力していることも議論された。議論の中では同衛星を使えば、中国の国営テレビ放送局である中国中央電視台(CCTV)から2チャンネルが、そして中国国際放送のラジオチャンネルへのアクセスが可能になることを指摘している。また、中国国際放送は多言語の放送番組を流していることにも触れている。また、ベネズエラには情報技術分野で、世界各地で事業を展開している華為(huawei)が進出していることも言及している。

米国はテレスルの活動が本格化する前の段階から、中国と連携しているベネズエラが、独自の通信衛星を使って米国と対決する外交による影響力を拡大しようとすることに警戒していることがうかがえる。

(注)シモンボリバル(1783年―1830年)南米5か国(ベネズエラ・コロンビア・エクアドル・ペルー)のスペインからの解放者であり、ボリビアの建国者である。ベネズエラのカラカスで屈指の名家で生まれ、15歳で軍隊に入り少尉に任官。生涯をラテンアメリカの独立と統一に捧げた英雄として、尊敬されている。

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