2009/08/25 No.129多国籍企業の在インド・アウトソーシング・サービス子会社の撤退
増田耕太郎
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
インドに進出した米系金融機関のIT系アウトソーシング・サービス子会社が撤退し、同業のインド企業などが買収した(表-1)。
例えば、
- 米国のシテイ・グループは、在インド子会社のCitigroup Global Services Limited(CGSL)を、Tata Consultancy Services(TCS)に売却した(2008年10月8日)。買収額は5億500万ドル。CGSLは銀行・金融業務のBPOサービス(注)分野では最大級の規模をもち、世界各地のシテイ・グループの顧客等の取引先を持つ。2008年の売上高は2億7800万ドル。従業員数は12,000人。
- シテイ・グループは、在インド子会社のCiti Technology Services Ltd. (CTS)を、Wipro Technologiesに売却した(2008年12月23日)。買収額は1億2700万ドル。CTSは、32カ国でシテイ・グループおよび関連会社にITサービスとソリューション・サービス業務を展開している。2008年の売上高は8,000万ドル。従業員数は1,650人。
- 米国の保険会社・AIG International Group(AIG)は在インド子会社のAIG System Solutions(AIGSS)を、MphasiS Ltdに売却した(2009年8月12日)。買収額や売上高などの情報を開示していない。AIGSSは、世界各地のあるAIGグループにITサービスを提供しており、従業員数は800人。
なお、買収をしたTata Consultancy Services(TCS)とWipro Technologiesは、インドを代表する最大手のIT系アウトソーシング・サービス企業、MphasiS Ltd は米国のHewlett Packard(HP) Electronic Data Systemsの在インド子会社である。
〔注〕 BPO: Business Process Outsourcingの略称。 企業が自社の業務処理(ビジネスプロセス)の一部を、情報システムの運用とともに外部の専門企業にアウトソーシングすることを指す。コールセンター業務のようなタイプから、近年では経理や給与支払、人事管理、福利厚生や不動産管理などの間接業務、さらに保険会社の保険契約など特定の業務を情報システムとまとめて社外の専門企業に任せる動きが広がっている。
大手多国籍企業の傘下にあるアウトソーシング・サービス企業の買収は、買収した企業にとって絶好な事業拡大の機会になる。世界的な景気減速によって企業価値が低下している現在は、買収に要する資金が潤沢なインド企業からみると買収しやすい状況である。TCSはCGSLの買収に必要な全額を現金で支払った。インド・ルピーの対米ドル為替相場の下落(ドル高)は、米国企業にとって在インド企業の収益をドル建収益でみると目減りとなるが、買収したインド企業には影響しない。
アウトソーシング・ビジネス企業の買収の魅力の第1は、買収先の人材獲得。新たに育成することなく優秀な人材を獲得できれば事業拡大に直結する。TCSはCGSLの12,000人の訓練された高熟練の従業員を得た。
第2は、買収前の顧客を失うリスクも小さく、買収先企業から長期のアウトソーシング受託契約を結び事業拡大となる。
- Tata Consultancy Services(TCS)は、今後9年半にわたりシテイ・グループから約25億ドルのアウトソーシング・サービスを受注した。
- Wipro Technologiesは、今後6年間に5億ドルのアウトソーシング・サービスをシテイ・グループから受託した
- MphasiS Ltdは、AIGグループにアウトソーシング・サービスを提供するが、詳細を明らかにしていない。
事業拡大に直結する買収後の長期受注契約は、ITアウトソーシング・サービスのビジネスの特徴といえる。
ITアウトソーシング分野は、世界規模の景気後退のよる影響は他の業種より小さく、むしろ事業拡大の機会になる。多くの企業がコスト削減のために、ITアウトソーシングをビジネスとする企業(ベンダー)への発注が増える可能性がある。より低コストのオフショアへの依存を高めることになるので、ベンダーには事業拡大の機会になる。調査機関のForrester Reseach社は世界のアウトソーシング市場は2009~2010年でも年率5%程度の成長を予測している。
また、大規模な業務委託を検討する多国籍企業は、受注を請け負えるだけの能力と規模を持つ提携先を求めている。業務を外注する体制を見直すとしても、実績に乏しく馴染みのない委託先に切り替えるのは容易ではなく、むしろリスクを伴う。ある程度の規模と実績のある企業でなければ、信頼を得るのが難しい業種である。
なお、インドのアウトソーシング企業は、インド国内の外資系企業買収ばかりでなく、外国でもアウトソーシング・サービス企業の買収を通じて事業拡大を図っている。世界的な景気減速や親会社の不振等でやむなくアウトソーシング・サービス企業を手放す状況は、買収機会の可能性を高め海外事業を拡大するには絶好である。このことは、インド系企業ばかりでなく、競争相手の中国系企業、日本企業にもあてはまる。
表-1 米系在インド・IT系アウトソーシング子会社の撤退(買収)事例
買収した企業 | 買収された外資系在インド企業 | 時期 | 分野 | 概略 |
Tata Consultancy Services (TCS) | Citigroup Global Services Limited (CGSL) | 2008.10 | BPO & 受託 | TCSは、City Groupのbanking and financial services sectorに属するインドのBPO事業会社CGSLを買収合意買収額:5億500万ドルTCSは今後9年半にわたりCity Groupから約25億ドルのアウトソーシングサービスを受注する。- CGSLの従業員規模:約12000名、売上規模:約2.9億ドル(2008年) |
Wipro Technologies | Citi Technology Services Ltd. (CTS) | 2008.12 | BPO & 受託 | City GroupのCiti Technology Services Ltd.(CTS)を買収買収額:1億2700万ドル今後6年間に5億ドルのアウトソーシングサービスをCity Groupから受託- CTSはIT サービスとソリューション・サービス業務を32カ国で展開従業員規模1650人、売上高8000万ドル(2008年) |
MphasiS Ltd | AIG System Solutions | 2009.8 | BPO & 受託 | AIG international Group(AIG)は、インドの子会のAIG System Solutionsをインドのアウトソーシング会社のMphasiS Ltdに売却すると発表- 売却額:不明- AIG System Solutionsは、AIGの全世界のグループ会社に対するITサービス業務を受け持ち、従業員は約800人- MphasiS LtdはHewlett Packard(HP)Electronic Data Systemsの傘下企業 |