一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2012/09/21 No.158ロンドン五輪での中国のプレゼンス

江原規由
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

中国がロンドン五輪で獲得したメダル数は88個、米国に次いで第二位の獲得数となった。中国では、メダル獲得数とGDP規模の序列の相関関係などが話題となった。メダル獲得数の国別ランキングを見ると、米国、中国、英国、ロシア、韓国、ドイツ、フランス、イタリア、ブルガリア、オーストラリアが上位10傑で、因みに、日本は11位であった。あまり関連性があるとは思えないが、上位2カ国に関する限り相関関係は一致する。世界一がお好きな中国で、第一位の米国を意識しての話題づくりといったところであろう。

ついでになるが、中国では、金メダルを取ると、50万元(600万円余)の報奨金が出たと報じるメディアもあった(楊子晩報2012年8月19日)。この報奨金額は、1984年(6000元)の80余倍とのことだ。同紙によれば、シンガポールの報奨金のお値段は、約500万元、マレーシア約200万元、ロシア約78万元、日本24万元、そして米国は約16万元とのことだ。どういう基準で調べたかは明らかにしていないが、こちらは米国より上だといいたいわけではなく、スポーツ選手の獲得した金メダルには、お金に換算できない値打ちがあり、メダルの報奨金額を基準に国の優劣を競うべきでないと、当たり前すぎる言い方で結ばれている。

ところで、メダル獲得数では、4年前の北京オリンピック(110個)に及ばなかったものの、英国・ロンドンの各所で「中国のプレゼンス」は大いに目立っていた。世界一位がいくつもあったようだ。

例えば、中国人観光客数を例にとると、ロンドン五輪の開催中およびその前後の期間を含め、中国から英国、ロンドンを訪問した中国人観光客(ロンドン訪問客:25万人)は、どの国・地域からの訪問客よりも多かった。

訪問客数だけでなく、財布のヒモも最も緩かったようだ。英国観光局によれば、ロンドンでの中国人観光客一人当り消費額はアラブ首長国連邦のそれを10%ほど上回って第一位であったという。

さらに、公共バス車体の中国製品の広告から、大手百貨店などでの中国語の出来るセールス担当者の配置、銀聯カード(中国国内では最もポピュラーなデビットカード、VISAやMasterCardなど国際ブランドのクレジットカードが利用できる)よる支払い便宜など、ロンドン市街のあちこちで「中国元素」(中国要素)が目立っていたといわれる。

<大会マスコットは「メイドインチャイナ」>

その「中国元素」の代表は何と言っても、目下、世界を席巻している「メイドインチャイナ」であったといえそうだ。ある統計によれば、大会マスコットの「ウェンロック」や「マンデビル」を含め、関連記念品の65%が中国製であったと報じられている。記念品のみならず、例えば、開会式での参加国・地域の選手団のユニフォームや開幕式を飾った花火、メイン会場の人工芝、椅子、一部参加国の国旗(10ヶ国余※注1)など、ロンドン五輪における「メイドインチャイナ」のプレゼンスは枚挙に暇なしの状況であった。

しかしながら、こうした「メイドインチャイナ」のロンドン五輪でのデビューは順風満帆であったわけではなかった。

例えば、今大会最多の金メダルを獲得した米国の選手団が入場行進で着用していた公式ユニフォームは、大連のアパレル企業が生産したものだが、米国上院議員がこれを「米国の恥」として非難、ブレザーとベレー帽による入場服を焼却すべきと主張したといわれる。このアパレルメーカーの創業者は、「まさか、ユニフォームの出来(品質)が悪いから『焼却せよ』ということではないでしょう」と、議員の発言を皮肉ったといわれる。同社は、米国のラルフローレン社からこれまで2回、オリンピック米国選手団ユニホームの受注を受けた実績がある。議員の主張に、「メイドインチャイナ」に対して最多のアンチダンピング(調査)を発動している米国の一面を嗅ぎとった中国人は少なくなかったであろう。

<果して、『メイドインチャイナ』への偏見があったのか>

大会マスコットの「ウェンロック」を製造したのは、江蘇省大豊市の玩具製造企業であった。同社には、2010年のバンクーバー冬季オリンピックのマスコットを受注した実績があり、今回、会長自らがウェンロックの試作品を携えロンドン・オリンピック組織委員会の門をたたき、マスコットの生産特許を有するBOBO・BEAR社に接触し受注にこぎつけたといわれる。同会長は、BOBO・BEAR社との商談を振り返り、「彼等はより品質を重視している。安さを求めていたとすれば、インドや東南アジアのどこかが受注していたはずだ」※注2と、ここでも品質重視の姿勢を強調している。

その一方で、英タブロイド紙サンの報道に襲われる。曰く、「同社は、労働者を低賃金でかつ劣悪な労働環境下で働かせている」と。ロンドン五輪組織委員会は調査委員会を派遣、現地聞き取り調査などを行なったが、報道にあるような事実はなかったという結論が出される。オリンピックに限らず、世界的なイベントで「メイドインチャイナ」のプレゼンスが大いに増しつつある反面、「出る釘を打つ」的な対応にさらされる中国企業は少なくない。そのことを如実に物語る一件ともいえる。中国のあるメディア※注3は、「從倫敦奥運看西方一些人対中国的傲慢与偏見」(ロンドン・オリンピックから一部西洋人の中国に対する傲慢、偏見を検証する)との見出しで、「メイドインチャイナ」のおかれた状況を報じている。

<メイドインジャパンとメイドインチャイナと>

スポーツ選手にとって、オリンピックへの出場は大変な名誉であり、そこでの活躍は世界から賞賛を得ることになる。「メイドインチャイナ」も、ロンドン・オリンピックで大活躍したわけであるが、その主役となった民営中小企業は、それに見合った世界的な認知をまだ得ていない。中国には、世界的企業に成長した民営企業※注4は少なくない。こうした企業にとっても、大連市のアパレルメーカーや大豊市の玩具メーカーがロンドン・オリンピックで味わったようなケースに直面してきている。「メイドインチャイナ」を支える民営中小企業が、世界で「出る釘が打たれなくなる」ための方策はあるのか。これまでオリンピック関連製品の発注を受けた民営企業に対するアンケート調査によると、「中国の民営企業の更なる発展には、産業転換と高度化、規制のないものつくり環境が必要で、そうでなければ、たとえ、オリンピック関連製品の受注企業になれたとしても、持続的発展はおぼつかない」とのこと(中国経済周刊2012年7月16日)。

筆者の独断ではあるが、中国の民営中小企業は、総じて、国内外大企業に部品や製品を供給するといった「縁の下の力持ち」に甘んじるところは少なく、上昇志向のバイタリティがある。この点、名よりオンリーワンの技術と品質にかけることをよしとする日本の中小企業とは対照的だ。

共通項をあえてあげれば、発展のための外部環境が大きく変わったことであろう。例えば、中国の民営中小企業では、価格面で後進諸国の追い上げがあり、日本の中小企業には後継者不足や受注元企業の海外展開によるビジネス機会の縮小などがあり、高品質、安全、安心が代名詞でもある「メイドインジャパン」から日本の「中小企業要素」が少なくなっているなどが指摘できよう。これまでどおりのやり方では生き残れないことは自明となっている。その打開策のひとつとして、今後、両国企業の連携が増やせないものだろうか。

注1:中国新聞網2012年8月11日

注2:法制晩報(2012年8月25日)によれば、2011年の中国における月平均一人当り労働賃金は3538元、ベトナムのそれは540元で、両者には2998元の開きがあるとしている。また、英国のメディア報道として、中国経済周刊(2012年7月16日)が伝えるところでは、世界的なドイツのスポーツ用品メーカーADIDAS社の発注を受けロンドン・オリンピック特許製品を製造したカンボジアの工場の月平均一人当り賃金は850元未満、同中国蘇州のそれは2500元以上という。

注3:中国経済網2012年8月13日

注4:例えば、華為技術有限公司、蘇寧電器集団、聯想控股有限公司(レノボ)など。

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