一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2022/10/03 No.102見えてきたIPEFの全容~その2 米国の包囲網に中国はどう対抗するか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

米国の大容量バッテリー製造での脆弱性

図1は、リチウムイオン電池の構成部品別の製造における国別のシェアを表したものである。世界のリチウムイオン電池の構成部品である正極、陽極、電解質溶液、セパレーターの製造では、図1のように、中国(赤の部分)は2019年には全体の4割~6割強のシェアを占めた。これに対して、米国(青)はいずれの構成部品においてもシェアは10%以下にとどまっており、全体的に日本(緑)や韓国(黄色)の水準をも下回った。

図1. リチウムイオン電池の主要構成部品の製造国シェア(2019年)

資料: “BUILDING RESILIENT SUPPLY CHAINS, REVITALIZING AMERICAN MANUFACTURING, AND FOSTERING BROAD-BASED GROWTH”, A Report by The White House, June 2021, P112より作成

ジョー・バイデン大統領は、新型コロナ感染症拡大によるアジアの工場閉鎖が、サプライチェーンを寸断し、半導体不足を発生させ、パソコンや自動車などの生産に大きな影響を与えたことを指摘。また、図1にも見られるように、リチウムイオン電池等の大容量バッテリーの製造における米国のシェアの低さと中国依存の高まりを問題視した。

バイデン政権は米国の半導体や大容量バッテリーなどのサプライチェーンの脆弱性を補うため、日韓などとの連携を模索している。すなわち、米国は、新型コロナや米中対立の激化を背景に、経済安全保障を目的として価値観を共有する友好国などに限定したサプライチェーンの形成を目指すようになった。この考え方は、「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」と呼ばれ、バイデン大統領はその一環としてIPEF(インド太平洋経済枠組み)を立ちあげるに至っている。

外国からの投資の維持拡大を望む中国

中国は、バイデン政権がフレンド・ショアリングに基づいてIPEFを発足させ、対中包囲網を形成することに対して危機感を隠さない。中国外務省は2022年5月、IPEFやウイグル強制労働防止法などの最近の米国の政策に対する苦情を表明した長いリストを発表した。同リストは、「IPEFは米国主導の貿易ルールを確立し、経済的・科学的にインド太平洋地域諸国を中国から切り離すことを目指している」、と主張する。

中国は本音では、米中デカップリングが進展することで米国企業等の中国への投資が抑制されることを望んではいない。なぜならば、中国が貿易や投資のグローバル化の恩恵を受けて高い経済成長を持続できなければ、国内統治能力や対外経済協力の維持拡大にブレーキがかかるからだ。

また、中国は海外の技術にキャッチアップするうえでも、中国に製造拠点を抱える外国企業の存在は有益である。外資系企業などの技術を参考にしながら、中国はIPEFなどの対中包囲網に対抗するため、国内での半導体やEV等の製造・開発技術の国産化の動きを速めている。

そして、中国はデジタル経済などの領域においても、グローバルな展開を拡大するため、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やDEPA(デジタル経済パートナーシップ協定)に加入して、その国際競争力を一段と強化しようとしている。

実際に、中国は2021年9月にCPTPPへの加盟の申請を行った。さらに、同年11月、デジタル経済分野でのIPEFによる米国の包囲網に対抗するため、DEPAに対して加入申請を行った。その結果、DEPA合同委員会は2022年8月、中国の加入手続きの開始に合意した。中国のDEPA加盟の可能性が高まったことで、デジタル経済の分野での米中の覇権争いは激しさを増すものと思われる。

新興国との連携を強める中国

バイデン政権はIPEFの4つの柱の一つに「サプライチェーン」を取り上げ、インド太平洋地域における中国に依存しない半導体などの安定的な部材の調達網を築き上げようとしている。こうした米国の包囲網に対する中国の対応策の一つとして、BRICsなどの新興国との連携の強化を進める動きを挙げることができる。

換言すれば、中国は米国の「フレンド・ショアリング」の逆バージョンである「BRICsプラス(既存のブラジル、ロシア、中国、インド、南アのBRICs5か国に他の新興国を加えたBRICsの拡大版)」の構築により、IPEFに対抗しようとしている。

中国は2022年6月23日、オンラインによるBRICs首脳会議を主催し、新興国・途上国の連帯を訴えた。同会議にはインドなどのBRICs5か国以外に、「BRICsプラス」の候補国と考えられる13か国の新興国が参加した。この会議に、IPEFメンバーであるインドネシア、マレーシア、タイも参加していることが注目される。なお、イランは同会議直後の27日にBRICsへの加盟を申請した(アルゼンチンも加盟申請を行ったとの報道もある)。

共に脆弱性を抱えるIPEFとBRICsプラス

華々しく打ち上げられたBRICs会議であるが、内情を見るとBRICs各国はそれぞれの経済成長率に違いが見られるなど、経済格差の拡大という問題を抱えている。すなわち、高い経済成長を持続してきた中国やインドと比較して、ロシアとブラジル及び南アは低い成長にとどまっている。

これにウクライナ侵攻による今後のロシア経済への影響を考慮すると、さらにBRICs内での経済格差が広がる可能性がある。つまり、BRICsは全体としてかつてのような活力に満ち、高成長が期待される経済圏ではないのだ。

一方、BRICsにおける格差拡大に伴い、中国のBRICs内での圧倒的な力に対する懸念と不満が生まれることは確実である。特に、インドにとっては、中国の影響力の拡大は望むところではなく、「BRICs路線」と「IPEFにおける米国との協調路線」の両睨みを目指すことは疑いない。

インドだけでなく、BRICs首脳会議に出席しIPEFメンバーでもあるインドネシア、マレーシア、タイなどの国もこうした両面戦略を検討せざるを得なく、今後はこれらの国に対する米中の取り込みが激化するものと思われる。ある意味では、日韓台も米中の取り合いの対象である。

このように、中国がBRICsプラスを形成するには、幾つもの高いハードルを乗り越えなければならず、必ずしも順調に進むとは限らない。一方、米国主導のIPEFも「関税削減などによる市場アクセス」の分野を除外しており、新興国にとって極めて魅力のある枠組みになっているわけではない。

中国からインドへサプライチェーンの主役が交代するか

IPEFの出現により、これまでの「日米欧や中国・ASEAN」を中心にしたインド太平洋地域におけるサプライチェーン網において、「中国」への依存を減らし、その代わりに「インド・ASEAN」の比重を高めたものに転換できるかどうかが注目される。

この新たな潮流への転換は短期間では不可能であるものの、対中競争力の強化のため、2022年8月に成立した「米国内に半導体工場を誘致するための補助金に関するCHIPS法」(注1)や「新規の電気自動車(EV)の購入時に7,500ドルの税額控除を提供するインフレ削減法」(注2)などの動きを考慮すると、幾つかの重要な分野において徐々に変化が起きる可能性がある。

CHIPS法は半導体投資等への資金援助として5年間で527億ドルを盛り込んだが、半導体の補助金を受け取る条件として、需給企業は補助金の需給日から中国に10年間にわたり半導体製造工場の増設や新設を行うことができないことを規定している。

またインフレ削減法は、EVの購入の際に税額控除を受けるには、そのEVが北米で組立てられ、かつ2023年以降はバッテリーの素材や部品を米国内やFTAの締結国から一定比率以上を調達することが求められる。中国産のバッテリーの素材(リチウムなどのレアメタル)や部品(正極材、陽極材等)を使用する割合が高い企業はEVの税額控除を受けることができなくなる。さらに、中国などの懸念される国からの重要鉱物は、2025年以降には使用禁止になる。

いま日本企業に求められるのは、まず第1に、CPTPPやRCEPを利用した関税自由化などのインド太平洋地域のグローバリゼーションにおける中長期的な展望をしっかりと描くことだ。次に、新貿易モデルであるIPEFの出現に加え、CHIPS法やインフレ削減法の成立で、自社製品のサプライチェーンにどのような影響が現れるのかを的確に把握し、その対応策を検討することが不可欠である。

(注1) バイデン大統領は2022年8月9日、「CHIPSおよび科学法」に署名した。CHIPS法は、中国との技術競争に備えた総額で約2,800億ドルの予算から成る法律である。半導体インセンティブ制度(CHIPS:Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)の総予算527億ドルの内、半導体工場誘致の補助金は390億ドル。インテル、マイクロン、TSMCAなどが活用の予定。

(注2) バイデン大統領は2022年8月16日、インフレ削減法に署名。同法は今後10年間で気候変動対策などに4,370億ドルを支出、新規のEV購入に最大で7,500ドル、中古のEV購入に4,000ドルの税額控除を提供する。前提条件は、2023年中は、リチウム等の重要鉱物の40%がFTA締結国で処理されること(2027年以降には80%)、バッテリー用部品(正極材、陽極材等)の50%が北米で製造されること (2029年以降は100%)となっている。新規EV購入で、重要鉱物の調達率の条件を満たせば7,500ドルの半分である3,750ドル、バッテリー部品の調達率の条件を満たせば残りの半分(3,750ドル)を受け取ることができる。税額控除の車両価格上限は、SUVで8万ドル。

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