一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2023/03/20 No.110米国が進める新たな経済安全保障・地域統合・・・IPEFとAPEPの動向から

岩田伸人
青山学院大学 名誉教授
公益財団法人JKA調査研究補助事業研究会委員

はじめに

本稿では、2022年以降に相次いで打ち出された米国主導のIPEF(インド・太平洋経済枠組み:Indo-Pacific Economic Flamework for Prosparity)とAPEP(経済的繁栄のための米州パートナーシップ:Americas Partnership for Economic Prosperity)の両者の関係から、米国が新たに進める経済安全保障を目的とする地域統合の動きについて考察する。

CSIS(米戦略国際問題研究所:2022年) (注1)は、IPEFとAPEPの二つを”姉妹関係の計画”(sister plan)と呼称している。

前者のIPEFは、2022年5月23日に東京(六本木)で参加14か国で立ち上げが宣言され、日本も参加しているため情報も多い。後者のAPEPは、2022年6月6〜10日に米国(ロサンジェルス)で米州機構(Organization of American States:OAS)35か国の中の15か国が参加して開催された第9回米州サミットの3日目(6月8日)にジョー・バイデン大統領自らが構想を表明し、翌2023年1月27日に12か国で正式に立ち上がった。本稿では、現段階でIPEFとの関係が不明確な、APEPに重点を置いて概説する。

バイデン政権の国家安全保障戦略

バイデン政権は、2022年10月に公開した文書「国家安全保障戦略」(National Security Strategy)の冒頭で、NATO(北大西洋条約機構)を筆頭に、安全保障のための新たな地域枠組みとして、AUKUS(米英豪の安全保障枠組み)、Quad(日米豪印4か国で構成される安全保障のための国際的枠組み)、およびIPEF、APEPの四つを掲げた(注2)。

これら四つは全て中国の台頭を意識した複数国間の枠組みという点では共通するが、単純に区分すれば、AUKUSとQuadは軍事・防衛に直接関わるのに対し、IPEFとAPEPは、(軍事・防衛以外の)貿易、投資、サプライチェーン、および環境と労働などを包含する、フレンドショアリングとしての経済安全保障の一環という違いがある。

過去に公開されたバラク・オバマ政権およびトランプ政権下の「国家安全保障戦略」は、NATOを筆頭とする軍事・防衛の分野にほぼ限定されていた。だが昨今の、米中対立、コロナ禍、さらにロシアのウクライナ侵攻を背景に、バイデン政権下の安全保障戦略には、従来のNATOのような軍事分野での地域枠組みに加えて、新たに経済分野での地域枠組みが加わったことになる。

GATT/WTO体制との関わり

自由無差別な貿易を維持・司どるGATT/WTO (加盟164か国) 協定は、「戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置」を例外 (GATT第21条)と定めた上で、自国の安全保障の確保を一義的な目的とする貿易制限的なRTA(地域貿易協定:Regional Trade Agreement)の締結・発効を認めていない。

上述のようにIPEFとAPEPは、米国・バイデン政権が「国家安全保障戦略」の中で、経済安全保障の戦略上の一環と明言していることからも、GATT/WTO協定に基づかない新たな地域枠組みである。

IPEFとAPEP

IPEFとAPEPは、RCEP(地域的な包括的経済連携)やCPTPP(アジア太平洋地域における経済連携協定)のように関税引き下げ(マーケットアクセス)規定が必須条件となる従来タイプのRTA(地域貿易協定)とは異なるため、WTO上のルールには縛られない。キャサリン・タイUSTR代表は、これらを新しいタイプの地域枠組みと称している。

IPEFとAPEPには域内の貿易拡大に繋がる関税引き下げ規定がないため、各加盟国は国内外の産業利害の調整が不要になる。バイデン政権(USTR)は、TPA(貿易促進権限:Trade Promotion Authority)をめぐる議会との交渉が不要となるので、今の大統領任期内(2021年1月〜25年1月)にIPEFとAPEPの交渉妥結 (2023年)と協定としての発効(2024年)は実現可能と見ている。

バイデン政権のホセ・フェルナンデス国務次官(経済成長・エネルギー・環境担当)(注3)は、2023年1月24日に行われたCSISでのスピーチで、「APEP交渉の進展は遅れているが、追いつくことができると思う。IPEFもAPEPも労働者の雇用を守るという点では同じであり、米国政府は、IPEFとAPEPの交渉が2023年内には妥結できると期待している。」との趣旨を述べた(注4)。

既述のように、IPEFとAPEPの主眼は、域内貿易の拡大ではなく、中国を意識したフレンドショアリングによる経済安全保障の確保にあり、これに民主党バイデン政権の国内公約である労働者の権利と雇用の確保が加えられている。

CPTPP加盟11か国を取り込んだIPEF・APEP

日本を含む有志国や米国内(議会)には、CPTPP(旧TPP)への米国の復帰を期待する声は依然、少なからず存在する。

だが現状を見ると、CPTPP加盟11か国のうちアジア・太平洋に位置する日本やオーストラリアなど7か国が「IPEF」に参加し、それら以外の米州4か国(カナダ、メキシコ、チリ、ペルー)に対して、バイデン政権は参加を要請しなかった。その後、これら4か国は、2023年1月27日に立ち上げが宣言された「APEP」に参加した。

結果的に米国は、CPTPP加盟11か国の全てをIPEFとAPEPに取り込んで、適所に配置することでアジア太平洋と米州をカバーする、今までにない広範囲かつ新しいタイプの経済安全保障の地域枠組みを立ち上げた感がある(図1参照)。

図1. 米国主導のIPEFとAPEP

注. *はBRI(一帯一路)参加国。中南米21か国がBRIに参加。ブラジルはBRIのメンバーではないが中国が最大の貿易相手国 (2022年現在)。MERCOSUR加盟国のパラグアイは南米唯一の”台湾”承認国(2023年2月現在)。
資料:White House(October 2022)”Biden-Harris Administration‘s National Security Strategy.”等を参考に筆者作成。 

IPEFとAPEPの構成

IPEFとAPEPは、いずれも表1のように労働、環境、サプライチェーン、および貿易・投資などを含む四つの柱・分野から構成され、参加国(IPEF14か国、APEP12か国)は、あたかもレストランのメニュー表から選ぶように、それぞれ四つの中から参加したい柱・分野を選択できる仕組みである。だが実際にはインドがIPEFの柱1の選択を留保したのみで、全ての参加国はIPEFおよびAPEPそれぞれの分野を全て選択した。APEPは、2022年の当初構想では五つの”柱”(Pillars)からなっていたが、立ち上げ時点で四つの”分野”に集約された。

IPEFもAPEPも米国バイデン政権の下でほぼ同時に構想された地域枠組みだが、両者には若干の異なる特徴が見られる。

IPEFでは、バイデン政権は、中国のような専制主義国家に対抗する民主主義国家の共通インフラとして、少なくともデジタルデータの自由な越境移転を確実にするためのデジタル・エコノミー協定の構築が不可欠と見ている。他方、APEPでは、設立の下地となった米州機構(35か国)の理念から外れない範囲で、米国との既存7つのFTA(後述)の活用による域内経済の活性化・底上げに重点が置かれている(表2参照)。

つまり、IPEFは、WTO下で進展しないデジタル分野の共通ルール化を先取りすることを含めて、実質的に米国主導で進められるのに対し、APEPでは米国が過去に締結済みの複数の既存FTA(後述の7つ)を活用しつつ、民主主義の価値共有など米州域内の協力関係と経済発展を促すための地域枠組みと言える。

ビル・クリントン政権時代に構想されたFTAA(米州自由貿易地域:Free Trade Area of the Americas)が当時のブラジルやベネズエラなどの反対を受けて頓挫した過去の経緯もあって、バイデン政権は今後のAPEP交渉の中では、米国が主導権を握るのではなく、APEP域内の食料や鉱物資源などのサプライチェーンの強靭化および南米の大国ブラジルへも配慮しつつ、域内の雇用確保と環境保護を底支えする姿勢を打ち出すものと見られる。

いずれにせよ、IPEFとAPEPは、中国の台頭を意識した米国による地域的な安全保障(security)の一環であり、WTO協定下のRTA(地域貿易協定)とは異なる戦略的な地域枠組みであることは変わりない。

表1. IPEFとAPEFの構成

資料:APEPの立ち上げ文書は柱(pillar)の形式をとらなかった。White House公開資料などを参考に筆者作成

APEPへの関心度が低い理由

バイデン大統領は、米州機構(OAS)35か国を母体とする2022年6月に開催された第9回米州サミットの場で、APEP構想を初めて発表した (アルゼンチン、ブラジル、カナダなど15か国の首脳が参加。ホスト国は米国) (注5)。

米中対立が顕在化する中、成長著しいインド・アジア太平洋エリアにおけるIPEFへの関心度は高いが、米州エリアにおけるAPEPへの関心度は低い。

これは、APEP自体が既存の米州機構(OAS)の理念をベースに構想されていることに加えて、ペルー、チリ及びブラジルなどでは、最近の大統領選の後も国内の新政権への反対運動が顕在化していること、及び、現時点で大国ブラジルとアルゼンチンがAPEPに未参加であることも影響している (後述)。

米州機構の結成の発端は、1940年代後半の東西冷戦期における米国を中心とした反共対策にあり、その理念は今日でも “民主主義の強化と価値の共有、貧困の撲滅、資源保護(保全)と貿易・通商の拡大による経済成長と繁栄”とされる。

APEPはこの米州機構の理念が下地になっているため、地域枠組みとしての目新しさはなく、米国の役割は、既存FTAを活用したAPEP域内の経済的な全体の底上げにある。この点はIPEFと対照的である。
2023年1月27日のAPEP立ち上げに参加したのは、米州機構35か国中の米国を含む総計12か国であった。

APEPにはIPEFほどの目新しさが無いにもかかわらず12か国が1月のAPEP立ち上げに参加したのは、「参加しないこと」のリスクを避けるための安全保障上の理由によると推察される。

APEPに参加した12か国の中で、米国との7つのFTA(地域協定)の締約国は、バルバドスとウルグアイを除く(米国を含む)10か国である(表2参照)。

表2. 米国の地域貿易協定とAPEP参加国(2023年1月27日現在)

注1. 2022年6月の第9回米州サミットに参加した15か国(アルゼンチン、ブラジル、カナダ、チリ、コロンビア、 コスタリカ、ドミニカ共和国、エクアドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコ、パナマ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ)。このうち、アルゼンチン、ブラジル、グアテマラ、ホンジュラスの4か国を除く11か国と米国の総計12か国がAPEP立ち上げ (2023年1月)に参加。
注2. *はBRI (一帯一路イニシアティブ)のメンバー8か国 。エルサルバドルとニカラグアはU.S.-CAFTA-DRのメンバーだがAPEPには未参加。米国とのRTA(地域貿易協定)のうち、エクアドルと米国の間で締結された米-エクアドルTIC (Protocol to the Trade and Investment Council Agreement:貿易投資協定)だけが、WTOのRTAに非整合的な貿易協定。APEPの全12か国の中で、中国との間でWTO整合的なFTAを締結ずみの国はペルー,コスタリカ,チリの3か国。中国とエクドルのFTAは2023年1月に交渉妥結。
資料:WTO事務局のRTAデータ・ベース等から筆者作成。

既存の地域協定

米国が締結済みの7つの地域協定とは、①USMCA(2020年7月1日発効)、②米-パナマFTA(2012年10月31日)、③米-コロンビアFTA(2012年5月15日)、④米-ペルーFTA(2009年2月1日)、⑤米-CAFTA-DR(2006年3月1日)、⑥米-チリFTA(2004年1月1日)、および⑦米-エクアドルTIC(Trade and Investment Council Agreement) (注6)であり、米-エクアドルTICを除く6つの地域協定は全てWTOの地域貿易協定(RTA)と整合的な地域協定である(注7)。

一帯一路とAPEP

中南米の国々の多くは、中国のBRI(一帯一路イニシアティブ:Belt and Road Initiative)に参加しており、その数は米州機構の加盟35か国中、過半の21か国である(図1参照)。

現時点でのAPEPの参加12か国のうちBRIに関与しない(非メンバー)国は、米国、カナダ、メキシコ、コロンビアの4か国のみである(うち米国、カナダ、メキシコの3か国はUSMCAのメンバー)。

米国(バイデン政権)は、民主主義の強化・共有などを設立理念に掲げる米州機構をベースにしてAPEPを立ち上げたにもかかわらず、米州エリアの多くの発展途上国は今後、国家安全保障上のリスク回避のために、米国と中国の異なる両方の枠組みに加わるものと推察される。

その典型は、エクアドルとウルグアイに見られる。両国は、いずれも中国のBRIメンバーであり、米国が提唱するAPEPへも参加したが、エクアドルは2021年12月、ウルグアイは2022年12月にそれぞれCPTPPへの加入を申請するとともに、2023年初めには中国とのWTO整合的なFTA(自由貿易協定)の締結にも向かっている(既にエクアドルは2023年1月3日に中国とのFTA交渉を終えた)。

なお、エクアドルとウルグアイは、共にWTOで進展中のデジタル貿易の規律化に向けた非公式の複数国間会合(JSI)にも参加している。同会合の共同議長国は日本、オーストラリア、シンガポールの3か国である。

ブラジルとアルゼンチンの対応

メルコスール(MERCOSUR)のメンバーであるブラジルとアルゼンチンは共に、バイデン大統領がAPEP構想を発表した2022年の第9回米州サミットに出席したが、翌年(2023年1月27日)のAPEP立ち上げには参加しなかった。

この理由としては、両国が貿易面で、共に中国と結びつきが強いこと (中国は、ブラジルにとっての第1位、アルゼンチンにとっての第2位の貿易相手国)、に加えて、ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ(以下、ルーラ)新大統領の就任(2023年1月1日)とAPEAの立ち上げ(同年1月27日)の時期が重なったことが大きい。

2022年末に僅差で勝利したルーラ新大統領は、(翌2023年1月8日のボルソナロ前政権支持派による国会襲撃が物語るように)国内支持基盤が盤石ではない状況下にあった。

特にブラジルが今後、APEPに参加するか否かの判断指標は、次の三つに集約される。第一は、BRICSのメンバーであるブラジルがインドと同様にグローバルサウス(注8)の大国として、戦略的な中立の立ち位置をとるか否か、第二は、ルーラ新大統領の持論であるアマゾンの環境保全が米国及び米州開発銀行の財政・技術支援を受けてAPEPの下で推進されるか否か、第三は、南米の関税同盟メルコスール(MERCOSUR)で進められている域内共通通貨の導入によるドル離れが、脱米国・脱米州機構に繋がるか否かである(図1参照)。

2023年2月10日(金)、米ワシントンで行われた就任後初めてのバイデン大統領の会談で、ルーラ新大統領は、①政府に対する国民の信頼構築、②国内の所得格差や人種問題への取り組み、③気候変動問題への取り組み、の三つを掲げた。特に気候変動問題への取り組みには米国を含む国々の協力が不可欠と述べている(注9)。

おわりに

米国が進めるIPEFとAPEPは国家安全保障(national security)上の地域枠組みであり、 WTO協定に基づくCPTPPやRCEPのようなRTA(地域貿易協定)ではないため、WTOへ報告する義務もない。その意味で、IPEFとAPEPのWTO協定上の問題はない。

懸念すべき点は、このようなタイプの地域枠組みによって、これまで国々が追求してきた多数国間の自由貿易体制に何らかの支障が生じるのか否か、あるいは現状のWTO改革の機運が遠のく可能性があるか否かにある。

他方で、「安全保障の確保」と「自由貿易の維持拡大」が二律背反の関係ではなく、両立する関係ならば、IPEF/APEPのような新たな地域枠組み作りが増えても懸念すべき点はないとも言える。

  1. CSIS(2022). “Taking the Americas Partnership for Economic Prosperity as an ‘Opening Bid’ to Go
    Bigger”<https://www.csis.org/analysis/taking-americas-partnership-economic-prosperity-opening-bid-go-bigger>
  2. White House(October 2022). ”Biden-Harris Administration’s National Security Strategy.”
  3. Mr. Jose W. Fernandez, Under Secretary of State for Economic Growth, Energy and the Environment
  4. Inside U.S.(24 January 2023). ”Fernandez:Adminiatration looking to cmpleteIPEF,APEP this year”
  5. 米州サミット議長国の米国は、キューバ、ニカラグア、ベネズエラの3か国が、米州民主主義憲章(Inter-American Democratic Charter)の趣旨に合致しないとして、サミットへの招聘状を出さなかった。メキシコのオブラドール大統領は、これに反発して自らは欠席し代理人を出席させた。ボリビアとエルサルバドルは自らの意志で欠席した。資料:AS/COA(13 June 2022 )Who’s Coming to the Summit of the Americas.
  6. <https://ec.usembassy.gov/joint-statement-of-the-united-states-ecuador-trade-and-investment-council-3/>
  7. 米国とエクアドルの2国間で締結された「貿易ルール及び透明性に関する議定書」(The Protocol to the Trade and Investment Council Agreement;TIC)は、1990年に調印された米-エクアドル貿易投資協定(U.S.-Ecuador Trade and Investment Council Agreement)の一部として、既存の「貿易ルール及び透明性に関する米-エクアドル議定書(U.S.-Ecuador Trade and Investment Council Agreement)およびUSMCAをベースに策定された。同議定書は、四つの附属書(附属書I:税関管理と貿易促進、II:良き規制慣行、III:汚職対策、IV:中小企業)から構成されており、附属書IはWTOの多数国間協定「貿易円滑化協定」が、附属書IIは、USMCAと米-ブラジル議定書(前出)がベース、附属書IVは、USMCAの「中小企業」章がベースになっている。
    資料<http://www.sice.oas.org/tpd/and_usa/ECU_USA/ECU_TIC_Protocol_Fact_Sheet_e.pdf
  8. 1960年代に、南(サウス)半球に多い途上国と北半球の先進国との間で南北問題が論じられていたが、最近では新興大国としてのBRICS(ブラジル、ロシア、インド、南アフリカ)を含む新興・途上国の総称で用いることが多い。ただし中国を含めるか否かは政治・経済・軍事のどの視点かで異なる。
  9. The White House(10 Feb,2023). ”Joint Statement Following the Meeting Between President Biden and President Lula”
    The White House(10 Feb,2023). ”Remarks by President Biden and President Lula da Silva of Brazil Before Bilateral Meeting”
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