一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2023/09/25 No.118ラオス見聞記(1)小国の悲哀

大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

大学進学率が半減

今夏、4年ぶりのラオス再訪で、小国の悲哀を痛感した。ラオス政府は2022年5月初旬に国際国境を全面再開、2022年12月23日から入国時のワクチン接種証明書の提出、または、出発前48時間以内の抗原検査(ATK)の証明書提出も不要とし、鎖国状態を解いた。日本人を相手に観光やビジネスのガイドで生計を立てていた旧知K氏は、この鎖国状態の中で、収入が激減し、自動車など持っている資産の9割を切り売りして、なんとか生き延びることができたと憔悴しきった様子で語っていた。コロナ禍後のラオスにも、明るい展望など持てないと悲観的な顔をしていた。

K氏を大きく落胆させたのは、2023年のラオスの大学進学率が半減したというニュースだ。ラオスでは、高校に入学した学生のほとんどが、大学進学を希望しているというが、 2023年に異変が起きた。理由は様々で、両親が経済的困難に陥り高校生が大学進学をあきらめたこと、大学を卒業しても希望する職種への就職が難しいこと、大卒の給料も安すぎることなど大学進学に将来の展望が持てなくなったという。事実、ビエンチャンで知り合ったT氏の高校3年生の子息が、日本の工業高等専門学校に編入したと聞いて驚いた。ラオス脱出は高校生から始まっているようだ。希望の電子工学を専攻したとのことであったが、ラオスにその職があるかどうかわからないと言う。

ビエンチャンでは、経済特区を見学したが、従業員募集の看板が目についた。最低賃金の130万キープ(約9,750円、1キープ=約0.0075円)を上回る250万キープの賃金に加えて、様々なインセンティブを用意しても、従業員が集まらないようである。経済特区で操業している企業によれば、コロナ禍で300名以上いた従業員を40名に削減したが、コロナ禍後に輸出が回復しつつある中で、従業員がまだ完全には戻ってきていないと嘆いていた。

海外に流出する労働力

ラオスでの大学進学をあきらめた高校生が日本の学校に行くように、工場に戻ってこない労働者は、海外に出稼ぎに出ている。そのほとんどが、言葉が近いタイである。タイ以外では、韓国に出稼ぎに行く人も増えているという。

コロナ禍前には、30~40万のラオス人がタイで働いていたと言われていた。コロナ禍に一時帰国でラオスに戻ってきていたが、コロナ禍後の不況で再びタイに戻っている。タイ国内で働くラオス人労働者の数は2023年7月時点で22万4,531人、1月時点の16万8,399人から3割増えたと言う(注1)。ラオスの人口は744万人程度(2022年)であるから、ラオス国内の労働者不足は深刻だ。

海外に労働者が流出する理由の一つは、ラオスの賃金が低いことである。ラオス政府は、2023年10月1日から最低賃金(月額)を130万キープから160万キープへ、23%引き上げると発表した。理由は、現行の130万キープの最低賃金では生計を立てるのに不十分ということである。しかし、2023年5月1日に130万キープに引き上げたばかりである。2022年8月1日には110万キープを120万キープに引き上げていた。

ラオスの賃金(最低賃金)と周辺国の最低賃金をドル建て(2023年8月のレート)で比較すると、ラオスの130万キープは約67.5ドル、カンボジアが200ドル、ベトナムが196ドル、タイが260ドルと3倍以上の格差がある。これは、2022年2月からラオスの通貨キープがドルに対して大幅に下落し始めたことにある。キープの対ドルレート(市場レート)は、2022年3月の1ドル=12,350キープから2023年5月で18,434キープと50%下落している。キープの暴落は、対外債務問題と外貨不足が根本的な原因である。キープが下落する中、外貨確保へ国民が殺到し、さらなるキープ安を招く悪循環が生じた。

キープの下落はインフレを加速化させた。ラオスでは世界的な石油価格の高騰により石油価格が急騰していたが、これにキープ下落が加わりインフレが高進、2022年7月以降、消費者物価上昇率は前年同月比で20%を超えるインフレが続いている。こうしたインフレの高進に賃金上昇が追いついていない。

見下されるラオス

もう一つ、小国の悲哀を感じたのは、長年、メイドイン・ラオスの製品輸出に献身している企業家の言葉であった。世界各国から引き合いが来ているが、メイドイン・ラオスというだけで見下すような態度に出てくると憤慨していた。ジェトロの海外進出日系企業実態調査では、日本の製造原価を100としたときラオスは48.8となり、ASEANでは最も安い。安かろう、悪かろうと見られるのであろうか。

また、ASEAN域内に輸出する際にも差別的な対応をされていることにも怒っていた。ASEAN域内では関税が撤廃された自由市場が形成されているはずであるが、実態は異なるようである。例えば、タイ向け輸出では、関税は無税であるが、タイ国内でいろいろな名目の国内税が賦課され、結局は関税を上回る税を徴収されており、ラオス産品が不利な扱いを受けていると言うのである。

ASEANの域内貿易(輸出)に占めるラオスのシェアは、僅か1.1%で、タイの16.8%と比べれば、ほとんど影響力がない。それでも、タイは、国内産業(業者)を保護するためには、小国ラオスの輸出にも容赦ない。

他方で、タイはラオスの電力に依存している。タイの輸入統計によれば、タイの対ラオス輸入の60%を電力が占めている。ビエンチャンと南部のパクセを結ぶ国道13号線沿いには水力発電所を多く見かけるが、送電線はタイに向かっていた。ラオスはタイに電力を輸出する一方で、滞在中のビエンチャンで停電を経験した。ビエンチャンの夜の歓楽街は薄暗く、2000年代半ばのハノイの中心地の夜を思い出した。

メコン川沿いに連なるビエンチャンのホテル・飲食店、対岸はタイ 
@筆者撮影

1.https://ashu-aseanstatistics.com/news/205046-51410912520
(本調査は令和5年度JKA補助事業で実施)

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