一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2024/01/29 No.123ASEAN豪州ニュージーランドFTA(AANZFTA)のアップグレードとその意義

石川幸一
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
亜細亜大学アジア研究所 特別研究員

1.活発化するFTAのアップグレード

ASEANのFTAは近年アップグレードが活発になっている。アップグレード交渉を行っているFTAは、ASEAN物品貿易協定(以下、ATIGA)、ASEAN中国FTA(以下、ACFTA3.0)、ASEANインドFTA(AIFTA)である(注1)。ASEAN豪州ニュージーランド(以下、NZ)FTA(以下、AANZFTA)はアップグレードのための第2改訂議定書が調印されている(注2)。また、ASEAN香港FTA(AHKFTA)は2023年8月に見直しのための第1改定議定書に合意した。

FTAの見直しと改定は従来から行われてきたが、自由化やルールのレベルを高める大幅な見直しが行われるようになり、アップグレードと言われるようになっている。FTAのアップグレードの目的は、①自由化レベルの引上げ、②民間企業が利用しやすくするための円滑化の推進、③他のFTAの新しい、あるいはレベルの高い規定の導入、④新しい課題(環境、包摂など)に対応するための規定の採用、である。本論では、大幅なアップグレードを行ったAANZFTAに焦点をあててアップグレードの内容や意義を論じる。

AANZFTAは2010年1月に発効した包括的で自由化レベルの高いFTAである。関税撤廃率は豪州とNZは100%、ASEAN側は93.5%である(注3)。自然人の移動、電子商取引なども対象としているが政府調達章はなかった。AANZFTAのアップグレードは2020年9月の経済大臣会議で交渉が立ち上げられ、コロナ禍の中で進められた交渉は2022年11月に実質合意し2023年8月の経済大臣会合で修正のための第2議定書が調印された。AANZFTAのアップグレードは大半の章を対象とする大規模なものである(表1)。加えてアップグレードされたAANZFTAは、新しい分野に取り組む先進的なFTAであり、今後の東アジアのFTAの進むべき方向を先取りしている。以下、AANZFTAのアップグレードの主要内容を紹介し、アップグレードの特徴と意義について論じる(注4)。

表1. アップグレードされたAANZFTAの章構成

出所: Ministry of Trade and Foreign Affairs, New Zealand(2023); Second Protocol to Amend the Agreement establishing ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area.
National Interest Analysisより筆者作成

2.AANZFTAのアップグレードの概要

アップグレード交渉の結果、3つの章が新たに追加(新設)され、10の章がアップグレードされた。附属書も新設とアップグレードが行われている(表1)。このように広範な分野を対象にアップグレードが行われたため、注目すべき分野を以下に紹介する。

(1)新たな章の追加

新たに、第13章貿易と持続的開発、第16章零細中小企業、第17章政府調達が追加された。貿易と持続的開発(Trade and Sustainable Development: TSD)章は、ASEAN+1FTAで初めて貿易と持続的開発を取り上げており、今後のASEANのFTAの先例となると考えられる。具体的には環境、労働、女性の経済的エンパワーメントの3分野を貿易と持続的開発の新たな経済協力分野とし、AANZFTAの経済協力支援メカニズム(豪州とNZが出資しているAANZFTA経済協力作業プログラム)により協力を行う。対象となるのは、環境では気候と環境、グリーン及びブルーエコノミー、製造業における循環経済、エネルギー、労働では持続的開発目標(以下、SDGs)の課題及びその他加盟国が合意した分野となっている(第13.2条)。

零細中小企業(MSME)章は、零細中小企業がAANZFTAを利用し国際貿易の恩恵を受けることができるための支援を行うことを目的としている。支援の分野は情報の共有と提供であり、ビジネス連携の促進、経験の共有、電子商取引の利用促進、DX(デジタルフォーメーション)とスタートアップ支援、知財保護制度の利用促進など多様なプログラムを実施する(第16.2条、第16.3条)。

政府調達章は、より透明、公平で開放的な政府調達の実現を目的としている(第17.4条)。また、環境面で持続的な政府調達手続きを行うこと(第17.6条)や調達において電子的な手段を利用する電子調達の推進(第17.5条)も規定され、そのための協力を行う。政府調達章は政府調達をAANZFTA加盟国だけに開放するものではなく、国際的に開放される中央政府の調達を対象としている。透明性では、政府調達に関連した法律、規定、手続きを電子的に英語(可能であれば)で公表することなどが規定されている(第17.4条)。

なお、付属書では第3章原産地規則付属書(3B.1)、第8章サービス貿易付属書(8Cプロフェッショナルサービス、8D教育サービス)、第11章投資付属書(11A国際慣習法)、第15章競争付属書(15A-15B)、第17章政府調達では本文とともに付属書(17A)も新たに追加されている。

(2)危機に対応する必需物資のサプライチェーンの強化

コロナ・パンデミックによりサプライチェーンが混乱したことは記憶に新しい。AANZFTAはいくつかの章でこうした危機の際の必需物資(essential goods)の効率的な物流を支えるための規定を盛り込んでいる。物品貿易章では、人道危機の際に必需物資の貿易を制限する非関税措置を可能な限り導入しないことを規定している(第2.14条)。税関手続き及び貿易円滑化章では危機時に危機対応に必要な重要物資の移動、引取り、通過を可能な限り迅速化し円滑にすることが規定されている(第4.19条)。

(3)原産地規則の改善:完全累積の採用

原産地規則章では、完全累積(full accumulation)規定が導入された(第3.6条)。改定前のAANZFTAは、製造コストの累積を認めない部分累積(partial accumulation)だった。累積とは他の締約国の原産品や生産行為を自国の原産品と見なす規定である。他の締約国の原産材料のみを自国の原産品とみなすこと(モノの累積)は部分累積と呼ばれる。原材料に加え他の締約国での生産行為や付加価値の累積を認めるルールは完全累積であり、CPTPP(環太平洋パートナーシップ)で規定されている。AANZFTAの完全累積規定はopt-in、opt-outの選択が規定されおり、完全累積を選択するか部分累積を継続するかを加盟国が選択できる。RCEP(地域的な包括的経済連携)は部分累積を採用しており、発効後5年以内に生産行為や付加価値を累積の対象に含めること(完全累積の導入)を検討することが規定されている。ASEAN+1FTAで完全累積が規定されたのは初めてであり、RCEPを超える規定となっている。

原産地証明については、RCEPと同様に第3者証明制度、認定輸出者自己証明制度、自己証明制度(輸出者あるいは生産者)の選択制が導入された(第3.15条)。

(4)サービス貿易

6か国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、豪州、NZ)がポジティブリスト(約束表)方式からネガティブリスト(留保表)方式に移行した(注5)。残りの6か国はネガティブリストへの移行を交渉する作業プログラムに合意している。これはRCEPの規定と同様である。また、RCEPやCPTPPと同様な規定を採用し、内国民待遇(NT)と最恵国待遇(MFN)義務を強化した(第8.4条、第8.9条)。自動的に最恵国待遇が適用されるのはASEAN+1FTAで初めてである。また、サービス貿易に影響を与える国内の規制が合理的、客観的、公平に運用されることを確保する「国内規制」(第8.14条)と他の締約国のサービス供給者に現地に代理店や企業などの拠点を設け居住することを要求することを禁止する「現地における拠点」(第8.10条)が新たに導入された。また、金融サービス供給者に数的制限を課さないなどマーケットアクセスの改善などの規定が金融サービス付属書(Annex8A)に追加され、通信ネットワークへの開放的かつ透明で公平なアクセスの改善などが電気通信サービス付属書(Annex8B)に追加された。

(5)投資

修正第2議定書は投資章では最恵国待遇(第11.4条)、経営幹部及び取締役会への国籍及び居住要求の禁止(第11.5条)、特定措置の履行要求の禁止(第11.6条)などを新たに規定している。履行要求が禁止されている特定措置は8つでありRCEPの規定と同一である。アップグレード前のAANZFTAに規定されていたが実効性がなかった内国民待遇は改善された(第11.3条)。第11.4条、第11.5条、第11.6条の規定に適合しない各締約国の措置は留保表として附属表3に記載されている。

豪州とNZは、国家の規制権限を制限するという理由で投資家と国家の紛争解決(以下、ISDS)条項を新たなFTAには含めず、既存のFTAから取り除くことを方針としてきた。そのためAANZFTAアップグレード交渉でもISDS条項を除去することを提案してきたが、アップグレードされたAANZFTAにISDSは含まれている(第11章、セクションB)。ISDSはアップグレード前のAANZFTAで豪州とNZ間では適用されない(サイドレター)ことになっており、アップグレードAANZFTAでは発効後18か月以内に見直すことが規定されている。また、ISDSは外国投資の審査、発効後30か月間の内国民待遇違反でもISDSクレーム、金融サービスには適用されないことが規定されるなどISDSの利用への制限を強化している。

(6)電子商取引

電子商所取引章の追加及びアップグレードされた条文は20となっている。まず、ASEANの締結しているFTAで初めて電子商取引章全体が紛争解決の適用対象となり法的拘束力が強化された。データに関するルールでは、データフリー・フロー(情報の電子的手段による越境移転、第10.18条)とデータローカリゼーションの禁止(コンピューター関連設備を自国の領域内への設置要求禁止、第10.17条)が規定されたが、CPTPPで規定されているソースコード開示要求の禁止は含まれなかった。これはRCEPと同様である。

電子商取引に関する規定はRCEP同様に包括的であり、貿易に係る文書の電子化(Paperless Trading、第10.5条)、電子認証と電子署名(第10.6条)、オンラインの消費者の保護(第10.9条)、個人情報の保護(第10.10条)、要求されていない商業上のメッセージ(第10.11条)、関税(第10.13条)、透明性(第10.14条)などが規定されている。さらに、電子インボイス(E-Invoice)第10.7条)、オープンガバメントデータ(第10.15条)、デジタル包摂(第10.19条)などRCEPにない規定が入っている。

電子インボイスは電子インボイスに関連する措置の策定に当たり国際基準とともに加盟国の能力、規制、インフラの状況を考慮すると規定している。オープンガバメントデータは、政府情報とデータの公開をオープンで機械判読に適した形で行い公共データの民間への開放を進めるという規定である。

表2. アップグレードの事例

注. 本表は事例を示したもので網羅的なものではないので詳細については協定文を参照
出所: Ministry of Trade and Foreign Affairs, New Zealand(2023); Second Protocol to Amend the Agreement establishing ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area.
National Interest Analysisより筆者作成

3.大きな意義を持つアップグレード

アップグレードされたAANZFTAは次のような意義を持っている。まず、①アップグレードによりASEAN+1FTAで最も先進的な内容のFTAとなったことである。第13章の貿易と持続的開発は環境、労働、女性のエンパワーメントなどの国連のSDGsのための協力をASEANのFTAで初めて取り組んでいる。また、人道危機やパンデミックなど危機の際の必需物資の貿易の維持への協力も規定しており、コロナ・パンデミックによりサプライチェーンが混乱した経験の教訓が盛り込まれている。オープンガバメントデータも新しい規定である。次に、②ATIGAやASEAN+1FTAで対象としていなかった分野が取り上げられ、また、レベルの高い規定が導入された。政府調達章がASEAN+1FTAで初めて設けられたし、サービス貿易ではネガティブリスト方式が採用(6か国)された。原産地規則ではASEAN+1FTAで導入されていない完全累積が規定されている。③RCEPで紛争解決の適用対象外だった電子商取引章が紛争解決の対象となり、競争章では全加盟国の競争法の採用、維持、施行が義務となるなど法的拘束力が強化されていることも重要である。

AANZFTAの全ての締約国はRCEPに参加している。そのため、多くの規定がRCEPの規定と同様の内容に修正(アップグレード)された(注6)。さらに完全累積のようにRCEPでも導入されていないCPTPPレベルの規定も盛り込まれている。このように東アジアではFTAの自由化とルールのレベルがより高いあるいは先進的なFTAの影響により改定されグレードアップされている。東アジアでは新たなFTAやアップグレードが他のFTAに影響を与え、東アジアFTAの深化と進化を促すメカニズムが出来つつある。アップグレードされたAANZFTAは現在交渉中のATIGAや他のASEAN+1FTAのアップグレードにも影響を与えるであろう。

  1. 石川(2023)41-42頁。なお、ACFTAは数次にわたり修正されている。2010年11月に物品貿易協定第2修正議定書、2015年11月に同アップグレード議定書が調印されており、現在はACFTA3.0の交渉が行われている。
  2. Second Protocol to Amend the Agreement establishing ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area.
  3. 助川(2015)「AFTAと域外のFTA」199頁。
  4. 参照した資料は、第2議定書、豪州政府資料、NZ政府資料、シンガポール政府資料である(参考資料を参照)。
  5. RCEPではNZはポジティブリスト方式を維持した。中国NZFTAでポジティブリストを採用しているためである。
  6. RCEPについては、石川・清水・助川(2022)を参照。

参考文献

  • 石川幸一・清水一史・助川成也編(2022)『RCEPと東アジア』文眞堂。
  • 石川幸一(2023)「米中対立下で進展する東アジアの経済連携」、『世界経済評論』2023年5・6月号、Vol.67 No3.
  • 助川成也(2015)「AFTAと域外のFTA」石川幸一・清水一史・助川成也編『現代ASEAN経済論』文眞堂。
  • ASEAN (2023), Second Protocol to Amend the Agreement establishing ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area.
  • Ministry of Trade and Foreign Affairs, New Zealand(2023), Second Protocol to Amend the Agreement establishing ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area. National Interest Analysis.
  • Ministry of Trade and Industry, Singapore (2023), ASEAN Boosts Trade and Investment Linkages with Dialogue Partners; Signing Upgraded ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area Agreement.
  • Department of Foreign Affairs and Trade, Australia (2023), Signing of Second Protocol to Amend the Agreement establishing ASEAN-Australia-New Zealand Free Trade Area, Impact Analysis.
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