一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2024/02/02 No.124違憲判決で混乱するドイツ財政

新井俊三
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

ドイツ連邦政府の予算の転用を巡り、連邦憲法裁判所が違憲判決を出したため、予算編成、経済政策などに混乱が生じている。ドイツ政府は、コロナ対策のため2021年度(1~12月)に当初1,800億ユーロの特別基金(Sondervermögen)と呼ばれる予算を国債の発行により調達、さらに600億ユーロを追加していた。この600億ユーロが未使用であったため、政府は22年1月になって22年度の補正予算として、議会の承認を得て、これをエネルギー・気候変動基金(Enerigie- und Klimafonds、EKF)、後に名称を変更された気候変動・トランスフォーメーション基金(Klima-Transformationsfond, KTF)に流用した。

この流用については野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が反対。意見を求められていた連邦会計検査院も否定的な見解を述べていた(注1)。キリスト教民主・社会同盟は憲法裁判所に提訴、23年11月15日に600億ユーロの予算の転用が基本法(ドイツで憲法に相当)に違反し、違憲と判断された(注2)。

違憲と判断された理由は、一つには予算の転用の時期。コロナ対策費は21年度の予算であるものの、その転用を連邦議会が決定したのは22年になってからで、これは単年度という会計原則に抵触すること。二つ目は、コロナ対策費がドイツ基本法に定められている「債務ブレーキ」に関連するためである。ドイツでは健全財政を維持するため、11年度より基本法110条により財政赤字をGDP比3.5%までに抑えることとし、これが「債務ブレーキ」と呼ばれている。「債務ブレーキ」をはずす例外規定もやはり基本法115条に定められており、「国家の統制が及ばず、国家の財政状態に大きな影響を与えるような、自然災害や例外的な緊急事態が発生した場合、これらの限度は、連邦議会議員の過半数による決議に基づいて超過することができる」とされている。コロナ対策基金は債務ブレーキを適応除外として設定された例外的な基金であるにもかかわらず、その転用目的が気候変動やトランスフォーメーションという平年の通常予算でも対応可能な政策であり、説明が十分説得的ではないというのが憲法裁判所の判断である。

憲法裁判所は、また、この基本法115条を適用して借入により設立した特別基金はその使用目的に限定し、しかも設立した年度に限り使用できると判断した。

この判決を受けて、政府は600億ユーロの穴を埋めるべく、急遽23年度予算の変更を余儀なくされた。まずは気候・トランスフォーメーション基金から600億ユーロを減額した。

また、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰に対応するため22年度に設立し、24年6月30日まで使用する予定だった2,000億ユーロの経済安定基金エネルギー
(Wirtschaftsstabilisierungsfonds Energie, WSF Energie)については2022年度に使用されるべきなので、残額についての23年度の使用を取りやめた。21年にはルール地方で大洪水があり、その復興支援のため建設補助(Aufbauhilfe 2021)が設けられていたが、2023年度には使用できないため、通常予算で代替することとなった。

これらの変更により23年度予算は赤字幅が拡大するため、ウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰等によりまだ非常事態が続くという理由付けで、23年度も債務ブレーキ適用除外とした。23年度の修正された予算は11月27日連邦議会で承認されている。

2024年度予算の編成

違憲判決の影響は24年度予算にも影響を及ぼしている。170億ユーロが不足するという試算が出ており、連立与党3党は協議を続けてきたが、各党が優先する政策が異なるため、協議は難航した。社会福祉を重視する社会民主党(SPD)、気候変動対策を優先する緑の党、財政健全化を主張し、債務ブレーキの適用除外に反対する自由民主党(FDP)とでは合意に至るのは困難であった。

3党協議の結果、国際貢献予算の削減、デジタル交通省や教育・研究省の予算の削減、年金基金への政府補助金の減額などで各省庁の協力を得たほか、農林業用車両および農業用ディーゼル油の優遇税の廃止など、気候変動に悪影響を及ぼす補助金の廃止などを決定した(注3)。ディーゼル油の優遇税廃止に対しては、農民から強い反発を受けており、トラクターを連ねて各地でデモが行われた。

24年度予算とともに、政府が重視している気候トランスフォーメーション基金についても見直しが行われた。この基金から出されていたEV補助金についてはすでに23年12月17日に廃止が決まっているが、そのほか政府が重視する水素経済の振興、車載バッテリー工場等への補助金、半導体工場設立支援などはそのまま実施されることとなった。

24年度予算は2月上旬に連邦議会および連邦参議院で承認される見込みである。

「債務ブレーキ」見直しの議論も

憲法裁判所の厳格な解釈により、機動的な経済対策が妨げられる、実施が遅れるという懸念から、債務ブレーキや特別基金の見直しを求める声も上がっている。23年12月に実施された社会民主党(SPD)党大会では、党の基本方針とやや妥協した形で「連邦および州の借入の厳格な制限には反対」ということで代議員の意見の一致をみた。

債務ブレーキの見直しには基本法の改正が必要であり、それには連邦議会および連邦参議院のそれぞれの議員の3分の2の賛成が必要である。3党連立の現政権でも自由民主党(FDP)は見直しに反対であり、当面実現の可能性は低い。

  1. BRH-Stellungnahme-2NTE2021 (bundesrechnungshof.de)
  2. 憲法裁判所のプレス・リリースおよび判決文本部は以下を参照
    Bundesverfassungsgericht – Presse – Zweites Nachtragshaushaltsgesetz 2021 ist nichtig
    Bundesverfassungsgericht – Entscheidungen – Zweites Nachtragshaushaltsgesetz 2021 ist nichtig
  3. Zum Haushalt 2024 (bundesregierung.de)
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