一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2024/02/13 No.126TPP同様に日本がIPEFを取り込む通商戦略は可能か (その2)~求められるトランプ再選に対応できる企業戦略~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

トランプ前大統領が再選されたならば何が変わるか

2024年米国大統領選挙は、ジョー・バイデン大統領とドナルド・トランプ前大統領の一騎打ちが見込まれており、どちらが勝ってもおかしくない状況にある。

トランプ前大統領は選挙キャンペーンにおいて、ほとんどの海外製品に対して10%の関税を課すことに言及した(ユニバーサル・ベースライン関税)。さらに、中国に対する最恵国待遇を撤回し、4年間で中国から輸入する電子機器から鉄鋼、医薬品などの全ての必需品を段階的に削減することを主張している。ワシントン・ポスト紙は24年1月27日、中国からの輸入品に対して一律60%の関税を課すことを検討していると報じた。

トランプ前大統領は、米国企業の中国への投資や中国企業による米国企業の買収は、明らかに米国の利益になるもの以外は禁止の意向である。現時点では言及はないものの、第2段階の米中・日米貿易協定や米EU(英)貿易協定等の従来型のFTA交渉を再開し、一層の米国の貿易赤字の縮小を目指す可能性も残されている。

また、バイデン政権が進めてきたIPEF(インド太平洋経済枠組み)の下でのサプライチェーン強化やIRA(インフレ削減法)に盛り込まれたEV(電気自動車)への税額控除等の動きが、大きな転換を迫られることになると予想される。すなわち、トランプ前大統領が政権に復帰したならば、IPEFからの離脱やIRAの改正などが進められ、日本などのIPEF加盟国やEV生産国の企業は大きな影響を受けると見込まれる。

さらには、IRAに盛り込まれた家電・住宅設備を購入する世帯への還付金・補助金支出(上限14,000ドル)の削減などを実行する恐れがあり、それが行われたならば、日本企業などの海外事業展開に大きなインパクトを与えることは確実である。また、NATO(北大西洋条約機構)やウクライナへの支援予算の見直し等の外交政策の変更により、米国は再び欧州との軋轢が高まる可能性がある。

日本企業は、トランプ前大統領が再選された場合に備えて、米国のIPEFからの離脱やIRAにおけるEV税額控除の改正などの自社への影響について事前にシミュレーションを行い、その対応を検討する必要がある。

バイデン大統領の勝利で通商政策に変更はあるか

もしも、バイデン大統領が勝利したならば、IPEFの推進はもちろんのこと、半導体輸出規制や対中投資規制などのこれまでの経済安全保障政策、あるいはEV充電機の機器部品などの購入に際してのバイアメリカン政策を継続するものと思われる。一方では、対中追加関税についてはさらなる強硬策に打って出る可能性がある。

バイデン大統領は、トランプ政権時代に賦課された最大で25%もの対中追加関税の見直しを2022年5月から開始しているが、その一環で、中国製のEV、太陽光発電装置、EV用バッテリーなどへの追加関税の引き上げを検討している。ただし、消費財に対する対中追加関税は、引き下げられるかもしれない。対中追加関税の引き上げの検討は、トランプ陣営や共和党から対中政策で弱腰と見られているバイデン大統領が、その強硬的な一面を演出するための試みの1つであると考えられる。

また、バイデン大統領は今後において、IPEFのような関税削減を伴わない経済枠組みをインド太平洋地域や中南米以外の国・地域にも拡大するのか、それともIPEFのような経済枠組みの多角化はひとまず終わりにし米EU(英)貿易協定のような関税削減を盛り込んだ貿易協定の交渉を再開するのか、あるいはTPPへの復帰を検討しようとしているのか(その可能性は薄れてきているが)、などに関する情報を収集・分析し、その方向性を見定めることは、日本企業にとって重要であると思われる。

IRAの改正を仄めかすトランプ前大統領

トランプ前大統領が再選されたならば、前述のように、既に発効しているEV税額控除などを含むIRAが改正される可能性がある。同様な例として、トランプ前大統領が2017年に大統領に就任以降、オバマケア(バラク・オバマ政権による米国の医療保険制度改革)を改廃しようとしたことを挙げることができる。

当時のトランプ大統領は、オバマケアの撤廃と新たなヘルスケアプランへの置き換え(repeal and replace Obamacare)を狙い、議会でたびたびオバマケアの撤廃と代替に関する法案を可決しようとしたが、結局は失敗に終わった。その原因として、小さい政府を掲げる共和党保守強硬派(フリーダム・コーカス)らのオバマケアへの強い反対があったものの、米国民からのオバマケアへの根強い支持もあり、共和党穏健派を取り込む形で共和党内に一枚岩を形成できなかったことを挙げることができる。

トランプ前大統領は、選挙遊説において、EVへの生産シフトは、米国の自動車産業の労働者の雇用を奪うとし、7,500ドルを上限とするEV税額控除などを撤廃することを主張している。

実際に、トランプ前政権はEVへの補助金の廃止を検討し、トランプ前大統領は大統領時代にGMに対してEV補助金の打ち切りを検討すると脅した事実があった。しかしながら、IRAの巨額な気候変動対策予算やEV税額控除などは、オバマケア同様に、企業だけでなく消費者にも恩恵を与えるものである。また、IRAなどの影響から、EVの生産やEV用バッテリー生産のため、国内外の企業による米国内への投資が拡大している。このため、トランプ前大統領が再選されたならば、IRAは改廃に向かう可能性が高いものの、投資による製造業労働者の雇用拡大という観点からはプラスの効果を持つ面もあり、2024年大統領選挙後の共和・民主両党の議席数次第では、EV税額控除は廃止されない場合もあり得る。

望まれるIPEFのサプライチェーン協定等を生かした日本の対応

トランプ前大統領は2017年初めにTPPからの離脱を決定したが、もしも2024年大統領選で再選されたならば、同様にIPEFからの脱退を表明する可能性がある。IPEFからの脱退は、IPEFサプライチェーン協定などが発効していなければ、同協定のルールに拘束されることはない。ところが、ひとたび発効したならば、脱退表明をしてもルールに縛られるため、直ちに離脱できるわけではない。

IPEFサプライチェーン協定の第23条(脱退)は、発効から「3年後」であれば寄託者への書面での通知によりいつでも脱退でき、寄託者が脱退の通知を受け取ってから半年後には、脱退は効力を発揮することを規定している。なお、この場合の寄託者とは米国であるので、米国は寄託者を交代しない限り、寄託者である米国に脱退の通知を送ることになる。

日本や米国を含むIPEF加盟5か国が、2024年1月末までにサプライチェーン協定の受諾書を米国に寄託したため、IPEFサプライチェーン協定は24年2月24日に発効の予定である。したがって、ひとたびIPEFサプライチェーン協定が発効すれば、米国が同協定から脱退しようとしても、サプライチェーン協定の第24条(改正)を用いて脱退に関する条項を改正しない限り、発効から少なくとも3年は離脱できないことになる。

また、改正を行おうとしても、サプライチェーン協定の改正条項は、全ての加盟国の批准・承認の文書が寄託国に寄託されていることを求めており、「発効から1年後かあるいは全ての加盟国で発効した日かいずれか早い日」までは改正できないことを規定している。

IPEFのサプライチェーン協定は、インド太平洋地域で幅広く部品等の供給調達網を形成する日本にとって非常に重要な経済枠組みであることは間違いない。したがって、トランプ前大統領の再選が実現し米国がIPEFからの離脱を表明したならば、日本はTPPの場合と同様にリーダーシップを発揮し、他の加盟国と協議の上、サプライチェーン協定などにおける米国抜きのIPEFの維持運営に努めるというシナリオを選ぶことができる。

このシナリオにおいては、IPEFのサプライチェーン協定等が発効していない場合は、TPPのケースと同様に、日本にとってリーダーシップを発揮しやすいと思われる。しかしながら、IPEFサプライチェーン協定の発効は既定の事実であり、米国がIPEFのサプライチェーン協定からの離脱を表明しても、直ちに脱退することができない。したがって、日本としてはその間において主導権を握ってIPEFの方向性を決めることは、他の加盟国から強力な支持を取り付けることができない限り難しく、動きにくいことが想定される。もしも、そのような状況が生まれるならば、米国が脱退するまでは、日本は他の加盟国と共同歩調を取りながらIPEFの運営を進めるが、脱退後は主導的にIPEFを牽引するという別のシナリオを選択することも可能である。

さらには、TPPなどの既存のFTAの加盟国の同意を得られるならば、FTAを構成する章の中に、IPEFのサプライチェーンや貿易(デジタル経済、及び労働・環境)などの協定を組み込む、という3つ目のシナリオも検討に値すると思われる。ただし、IPEFの貿易の柱はまだ合意に達していないので、他のFTAへの適用は、今後の同分野における交渉の進展次第ということになる。

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