一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2024/02/14 No.127TPP同様に日本がIPEFを取り込む通商戦略は可能か(その3)~4節27条のIPEFサプライチェーン協定の概要~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

IPEFサプライチェーン協定の発効と懸念材料

IPEFの閣僚会合が2023年11月に開かれ、既に同年5月に合意済みのサプライチェーンの柱に署名するとともに、残された3つの柱の中で貿易を除くクリーンエコノミーと公正な経済の柱でも合意に達した。

IPEFサプライチェーン協定の署名を契機として、その後、日本、米国、フィジー、インド、シンガポールの5か国が国内手続を完了し、寄託者である米国に対し受諾書を通報した。これを受けて、米国商務省は2024年1月31日、IPEFのサプライチェーン協定が同年2月24日に発効すると発表した。

今後のIPEFのスケジュールとしては、発効が決定したサプライチェーン協定の日米等の5か国以外の寄託が進展すると思われる。そして、IPEF加盟国は継続協議となった「貿易の柱(デジタル経済、労働・環境等)」での合意を目指すだけでなく、「クリーンエコノミー」や「公正な経済」の協定への署名・批准の手続きに移ることになる。しかしながら、発展途上国を中心に、24年大統領選挙の動きを考慮しながら交渉や手続きのタイミングを図る可能性がある。

IPEFサプライチェーン協定の発効に伴う懸念材料としては、まず第1に、同協定は民間の協力を得るために、「最高経営責任者フォーラム」という独立した機関の創設を検討できることを定めているが、同フォーラムで議論された意見や提言を活用するメカニズムを明確に描いていないことが挙げられる。

第2に、IPEFサプライチェーン協定は、安定的なサプライチェーンを形成するため、重要分野・商品を特定する際に民間や学界及び労働団体などと協議するよう求めている。しかしながら、強制力がないことから、民間の意見が的確に反映されない可能性があり、全ての加盟国の重要分野・商品の特定において、企業にオープンな体制の確立が望まれる。

第3に、IPEF加盟国において、労働者の権利侵害が通報された時、IPEF労働者権利諮問委員会に関する規定は対話による解決を定めている。このため、強い強制力を持たないことから、労働権侵害の問題を根本的に解決・処理できない恐れがある。最後に、トランプ前大統領が再選されたならば、TPPと同様に、サプライチェーン協定を含むIPEFからの離脱を表明することが懸念される。

全部で27条から成るサプライチェーン協定

IPEFのサプライチェーン協定は、大枠では別表のように、セクションA(定義)、セクションB(一層強固なIPEFサプライチェーンの構築)、セクションC(例外及び一般規定)、セクションD(最終規定)、の4つのセクション(節)に分けられる。

表. IPEF サプライチェーン協定の条文構成

資料:外務省ホームページ;「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」IPEFサプライチェーン協定、米国商務省;「サプライチェーンの強靭性に関するインド太平洋経済枠組み協定」、より筆者作成。

セクションAは、第1条(定義)のみで構成されている。セクションBは、第2条(IPEFサプライチェーン強化のための協力)~第12条(サプライチェーンの途絶への対応)までカバーしており、サプライチェーン協定の重要な取り決めを多く含んでいる。

セクションBの主な条文としては、第3条(IPEFサプライチェーンの強化のための行動の実施)、第6条(IPEFサプライチェーン理事会)、第7条(IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク)、第8条(IPEF労働者権利諮問委員会)、第9条(個別の施設における労働者の権利との抵触への対処)、第10条(重要分野又は重要物品の特定)、第11条(サプライチェーンの脆弱性に対する監視及び対処)、などが挙げられる。

セクションCの対象は、第13条(秘密の取り扱い)~第19条(協議)までであり、第14条(情報の開示)、第15条(安全保障のための例外)、第18条(WTOに関する義務)などを含む。セクションDは、第20条(連絡部局)~第27条(一般的な見直し)までカバーし、第21条(効力発生)、第23条(脱退)、第24条(改正)、第25条(加入)、第26条(寄託者)などを網羅している。

したがって、IPEFのサプライチェーン協定は4つの大きなセクションと27の条文、全体で25ページ(英文版)の本文から成っている。

域内投資と規制の透明性を促進

IPEFはそもそも、関税削減などの通常のFTAに盛り込まれている市場アクセス分野を含んでおらず、強制力が足りない分だけインセンティブに欠けると指摘されてきた。IPEFの発展途上国メンバーは、当初よりIPEFのスキームを介した域内投資の拡大を望んでいた経緯があり、米商務省はこれに配慮し、サプライチェーン協定に投資に関する条項を組み込んだ。

例えば、サプライチェーン協定はIPEF加盟国におけるサプライチェーンの重要分野又は重要物品(以下、重要分野・商品)やデジタルインフラ及び輸送プロジェクトなどへの投資機会の魅力を高めるため、既存の取り組みを強化するとともに、新たな手段やフレームワークの導入を推進することを謳っている。そのためには、投資ミッションの派遣とともに、ビジネスマッチングを通じた投資パートナーの発掘を促進することが必要になる。

また、域内の投資を促進するために、加盟国は中央政府により採用され維持されてきたIPEFサプライチェーンに関連する法令を公表し、求められれば、関連する公開情報(国内法に関する例外や免除の詳細等)を実行可能な範囲内で提供しなければならない。

IPEFサプライチェーン理事会で重要分野・商品の行動計画を策定

IPEFのサプライチェーン協定は、加盟国が中央政府の高官で構成される「IPEF サプライチェーン理事会」を設立することを定めている。IPEFサプライチェーン理事会は、サプライチェーンの競争力の向上を目指し、半導体等の重要な分野・品目に関する行動計画を策定・管理する機関である。行動計画は、サプライチェーンの供給源の多様化や貿易における障害の抑制・除去などの内容を含むものである。

IPEFサプライチェーン協定に基づき、各加盟国は発効から30日以内に、他の加盟国へIPEFサプライチェーン理事会のメンバーを連絡し、その後に変更があった場合には速やかに通知することになる。また、発効から60日以内には、IPEFサプライチェーン理事会は3分の2の賛成で議長(任期2年)を選出し、120日以内に同理事会の運営に関する手続きを定めた付託事項(意思決定の手続き、付託事項の見直しの手続き、行動計画チームの設置手続き等)を作成しなければならない。

さらに、各加盟国はIPEFサプライチェーン理事会に書面で毎年レポートを提出する必要がある。そして、IPEFサプライチェーン理事会は定期的な活動に関する非機密情報の概要を公開する。同理事会は、年に1回は対面ないしオンライン上で会合を開催し、少なくとも3か国の加盟国から通知された重要分野・商品の競争力を高める行動計画を実行するチームを設立することになる。

また、IPEFサプライチェーン理事会は、行動計画チームが設立された時、チームの活動を組織化するチーム長を指名する。同時に、民間部門の意見を反映するために、IPEFサプライチェーンに関する「最高経営責任者フォーラム」などの独立したメカニズムの創設を検討することができる。

行動計画チームの設立日から 30 日以内に、行動計画チームへの参加を選択した加盟国は、政府の高官の中からそのチームの主席代表を指名する。各加盟国は、主席代表に加えて、行動計画チームに政府代表を 2 人まで追加することができる。各加盟国は、関連する専門知識に基づいて、さまざまな行動計画チームの代表者を選出できるが、その裁量で特定の行動計画チームに参加しないことを選択することが可能である。

行動計画チームの設立日から1年以内に、その総意による承認後、行動計画チームを代表してチーム長が行動計画をIPEF サプライチェーン理事会に提出しなければならない。 設立日から 1 年以内に合意に達しなかった場合、チーム長は不一致の分野を示しつつ暫定的な行動計画を IPEF サプライチェーン理事会に提出する。

重要分野・商品の特定

IPEFのサプライチェーン協定は、加盟国が世界的なサプライチェーンのリスクを共有するために、半導体などの重要分野・商品を特定するよう定めている。そのために、各加盟国は必要に応じて民間部門、政府関係者、学界、非政府組織、労働者団体などと協議し、意見や勧告を求めなければならない。

各加盟国は、IPEFサプライチェーン協定の発効から120 日以内に、IPEF サプライチェーン理事会を通じて、重要分野・商品の初期リストを他の締約国に通知する。なお、加盟国はいつでも書面にて、重要分野・商品のリストを追加、削除、変更することができる。

「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク」で混乱時の情報を共有

IPEFサプライチェーン協定は、IPEFサプライチェーン理事会の規定と同様に、加盟国が中央政府の高官で構成される「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク」を設立することを定めている。

サプライチェーンの混乱時においては、IPEFサプライチェーン危機対応ネットワークは、重要な情報を迅速に伝えるための緊急通信チャネルとして機能する。サプライチェーンの途絶に直面した加盟国は、対面かオンラインでの会合の開催を要請できる。その要請から15日以内に、できるだけ早く会合を開催することが求められる。

また、IPEFサプライチェーン危機対応ネットワークは、加盟国にサプライチェーンの途絶に対応するための情報を提供するため、テーブルトップ・エクササイズ(緊急事態の卓上訓練)やストレステスト(不測の事態を想定し、影響や損失をシミュレーションすること)、または想定されるサプライチェーンの途絶の範囲をシミュレートする同様の演習の利用を検討し、それらの演習から得られた結論をIPEFサプライチェーン理事会と共有しなければならない。

そして、各加盟国は発効から30日以内に、可能な限り速やかに他の加盟国へIPEFサプライチェーン危機対応ネットワークのメンバーを連絡し、その後に変更があった場合には通知しなければならない。

また、発効から60日以内には、IPEFサプライチェーン危機対応ネットワークは可能な限り速やかに3分の2の賛成で議長(任期2年)を選出する。そして、120日以内に同ネットワークの運営に関する手続きを定めた付託事項(閣僚または首脳レベルの緊急会合の要請手続き、付託事項の見直し手続き等)を作成しなければならない。IPEFサプライチェーン危機対応ネットワークは、その活動の非機密情報の概要を定期的に公表することが求められている。

IPEF 労働者権利諮問委員会と労働者の権利侵害の申立て

バイデン政権は、IPEFサプライチェーンの回復や強靭化を円滑に進めるために、労働者の権利を一段と高めようとしている。そのためには、官民の協力が欠かせないとし、加盟国の「労働問題を担当する政府高官」、「労働者代表」、「企業の代表」の三者で構成される「IPEF労働者権利諮問委員会」の設立に関する規定を「サプライチェーン協定」に盛り込んだ。そして、加盟国は委員会の政府代表者から成るIPEF労働者権利諮問委員会の小委員会を設置することになる。

IPEFサプライチェーン協定に基づき、各加盟国は発効から30日以内に、他の加盟国へIPEF労働者権利諮問委員会の代表者を連絡し、その後に変更があった場合には速やかに通知しなければならない。また、発効から60日以内には、IPEF労働者権利諮問委員会の小委員会は3分の2の賛成で小委員会のメンバーの中から議長(任期2年)を選出する。また、120日以内にIPEF労働者権利諮問委員会やその小委員会の運営に関する手続きを定めた付託事項(意思決定の手続き、付託事項の見直し手続き、ワーキンググループの設置等)を作成しなければならない。

IPEF労働者権利諮問委員会は毎年、ILO(国際労働機関)と協議の上、各国の労働法や労働慣行の研究、及び労働権に影響を及ぼすビジネス慣行などに関する最大で2つの分野別技術報告書を作成する必要がある。報告書で取り上げる分野は、小委員会が指定する。労働者権利諮問委員会は、IPEFサプライチェーン理事会に作成した報告書を提供し、代表者の3分の2の承認を得た上で、機密と指定された情報を除き、それらを公表することになる。

一方、IPEFのサプライチェーン協定は、加盟国が労働者の権利侵害事案に関する通報メカニズムを構築するためのルールを盛り込んだ。発効から180日以内に、IPEF労働者権利諮問委員会の小委員会は通報メカニズムの運用に関するガイドラインを策定することになる。

このガイドラインには、他の加盟国の領域内にある事業所(従業員が20人を超える企業)における労働権の侵害の申し立てを加盟国の通報メカニズムに提出するための共通のフォーマット、さらには申し立てが十分に立証され、IPEFのサプライチェーンに影響を及ぼす可能性があるかどうかを評価する際の基準、などが盛り込まれていなければならない。

通報メカニズムを通じて、労働者の権利の侵害の申し立てを受け取った加盟国(通報国) は、申し立ての受領日から 30 日以内に、対象施設が所在する領域の加盟国(ホスト国)に申し立てを書面で通知することになる。通知には申し立ての概要を含める必要があるが、申し立てを提出した人物や申し立てを裏付けるために使用された情報を提供した人物を特定する情報を盛り込んではならない。ホスト国は通知を受領した日から 15 日以内に、通知の受領に関して通報国に書面により通知しなければならない。

その後、事業所所在国であるホスト国は、自国の国内法令に適合する方法で通報事案の検討を行い、通報国の通知から60日以内に申し立て事案の最新の検討結果を書面で通知する。そのホスト国の通報国への最新の検討結果の通知から60日以内に、両当事者はホスト国の国内法や規制に基づき事案解決に向けた対話を行うことになる。通知から60日が過ぎても、解決策に合意できない場合は、IPEF労働者権利諮問委員会の小委員会は、IPEFサプライチェーン理事会と相談しながら事案の悪影響に対処する提案などを行うことができる。場合によっては、ILOが対応することもありうる。

効力発生、脱退などの最終条項の概要

IPEFサプライチェーン協定は、加盟14か国のうち少なくとも5か国が批准書等を寄託者(米国)に寄託した日の30日後に効力を発生する。5番目以降に寄託した加盟国については、その国が批准書等を寄託した日から30日後に発効する。

加盟国は、IPEFサプライチェーン協定の効力発生の日から3年を経過した後はいつでも、書面で寄託者に通告することにより脱退することができる。離脱は、脱退通告の受領日から6か月後に効力を発生する。

また、加盟国は、書面によってサプライチェーン協定の改正に同意することができる。改正は、全ての加盟国が批准や承認の文書を寄託者に寄託した日から 30 日後、又は加盟国が決定する別の日に効力が生ずる。しかしながら、加盟国はサプライチェーン協定の発効日から 1 年後、又は全ての加盟国において同協定が効力を発生した日のいずれか早い日まで改正してはならない。

サプライチェーン協定の加入に関しては、いずれの国又は独立の関税地域も、加盟国の同意及び加盟国と国・独立関税地域との間で決められる条件に従い、サプライチェーン協定に加入することができる。加入は、寄託者に加入文書を寄託した日から 30 日後に効力を発生する。いかなる国又は独立関税地域も、サプライチェーン協定の効力発生の日の 1 年後又は全ての加盟国において同協定が効力を発生した日のいずれか早い日まで加入することができない。

なお、サプライチェーン協定の改善・強化のため、加盟国は5年ごとに一般的な見直しを行う。審査は6か月以内に完了しなければならない。

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