一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2024/04/04 No.129トランプ再選ならば日本に何を要求するか ~その1 対日要求のターゲットは自動車・同部品か~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

日本にも大きなインパクトを与えるトランプ再選

ドナルド・トランプ大統領再選が実現すれば、ジョー・バイデン政権が進めてきたIPEF(インド太平洋経済枠組み)からの離脱、さらにはIRA(インフレ削減法)に盛り込まれたEV(電気自動車)への税額控除等の改廃、が進められると予想される。

また、トランプ前大統領は日本を含む世界各国に10%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課することを示唆しており、現行で2.5%の米国の乗用車の関税は、12.5%に上昇する。この新たな関税が実行されたならば、日本の米国への自動車関連輸出は大きな打撃を受けることになる。

トランプ前政権は2018年5月、日本やEUなどに対し国家安全保障を損なう恐れがあるとして1962年通商拡大法232条に基づき、自動車・同部品に対して25%の関税賦課に関する調査を開始した。関税賦課の発動を判断する最終的な期限は2019年11月であったが、期限までにトランプ前大統領は判断を示さなかったため、追加関税の発動は行われなかった。

したがって、トランプ前大統領が再選されたならば、ユニバーサル・ベースライン関税の動向にもよるが、日本に対して再び自動車部門などに対する追加関税の賦課や日本の非関税障壁の撤廃および米国の対日輸出拡大を要求してくる可能性がある。そして、為替操作を取り上げて、日本への対抗措置を検討することもありうる。

この他に、第1段階の日米貿易協定は2020年1月から発効したが、その時に積み残された問題などを対象に、第2段階の貿易交渉を開始し、一層の米国の貿易赤字の縮小を目指す可能性も残されている。

強硬になるトランプ氏の通商政策

トランプ前大統領は、中国に対する最恵国待遇の撤回や4年間で中国からの全ての必需品輸入を段階的に削減することを表明している。また、中国からの輸入品に対して一律60%の関税を課すこと、あるいはメキシコから輸入される中国車に対し100%の関税を賦課することを検討していると報じられている。

これに関連した動きとして、米国製造業同盟(以下、AAM:The Alliance for American Manufacturing)は中国のメキシコ投資の増加を受け、最近の報告書でメキシコを経由した中国車の対米輸出が拡大することに懸念を表明した。これを防ぐため、AAMは中国の車への関税引き上げやUSMCA(米国・カナダ・メキシコ協定)の原産地規則適用の厳格化を要求している。

トランプ前大統領も、米国の自動車労働者を守るために、関税引き上げだけでなくUSMCAの原産地規則の適用強化に賛同しており、もしも2024年の大統領選で再選されたならば、幾つかのAAMの主張の実現性は高まると思われる。さらに、AAMは中国からの輸入品が急増した場合の対策として、1974年通商法421条(対中セーフガード)を用いた関税引き上げの可能性も提起した。

EUにおいても、中国からのEV輸入の急増に対抗しようとする動きが表面化しつつある。2022年における中国のEVの輸出額は約130億ドルであったが、その中で約100億ドルはEU向けであった。欧州議会の報告書によれば、中国製のEVは補助金などを背景に、EU製よりも20%低い価格で販売されている。

このため、欧州委員会は2023年10月4日、中国製のEV に懲罰的関税が必要かどうかを判断するための調査を開始した。調査期間は最長13か月間で、法的に妥当ならば、EUは調査開始から9か月以内に暫定的な相殺関税措置を発動できる。

第2段階の日米貿易協定交渉を求めてくるか

トランプ前大統領によって選挙キャンペーンで打ち出された一連の経済対策の中で、大統領権限で実施可能と見なされているのは、60%や100%の対中追加関税と4年間にわたる電子機器などの対中輸入の削減である。これらの経済対策に比べて、対中最恵国待遇の撤回やユニバーサル・ベースライン関税の賦課は、相対的に議会の承認の必要性が高いと思われる(期間限定で大統領権限によるユニバーサル・ベースライン関税の賦課が可能との見方もある)。

世界各国への一律関税賦課に議会の承認が必要との立場に立てば、2024年大統領選挙において上院や下院で共和党が過半数を取れるかどうかによって変わってくるものの、ユニバーサル・ベースライン関税の米国議会での可決が困難であればあるほど、第2段階の日米貿易協定の出番が回ってくる可能性があると考えられる。

ただし、第1段階の日米貿易協定の交渉では、主に関税率が5%以下の品目を対象にすることで、議会の承認を避けることができた。しかし、第2段階の日米貿易協定ではそれ以外の品目も対象になるので、第1段階と違い議会での承認の必要性が高くなると思われる。したがって、トランプ政権が誕生した場合、現時点では日本に第2段階の日米貿易協定を積極的に求めてくる可能性が高いとは言えないが、状況次第ではありうると考えられる。

対日要求のターゲットは自動車か

もしも、第2段階の日米貿易協定の交渉が開始されるならば、トランプ前大統領はどのような要求を行うかであるが、第1段階の日米貿易協定交渉では、牛肉の段階的関税削減などの農産物分野でのTPPと同じステータスを日本から引き出すことが最優先の課題であった。この農産物分野におけるTPPメンバーに対する比較劣位の解消は、第1段階の日米貿易協定の交渉において、米国の思惑通りに進んだと考えられる。

一方、トランプ前政権は第1段階の日米貿易協定交渉の当初において、自動車、医薬品、医療機器、情報通信技術機器、化学品などの分野を対象に、米国の対日輸出拡大と日本の非関税障壁の撤廃を日本に求めようとした。

ところが、当時のロバート・ライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表は2015年のTPA(大統領貿易促進権限)法に則り、対象品目の関税が5%を超えなければ、あるいは5%超の物品では関税の削減率が半減以内であれば議会の承認を必要としないことを主張。この結果、トランプ政権は日米貿易協定交渉の対象品目を絞らざるを得なくなり、初めに描いていた自動車などの対象品目の多くは対象外となった。

すなわち、米国は譲許表ベースで241の極めて限定された品目の対日輸入で関税の削減・撤廃を実施することになった。具体例としては、米国は和牛輸入のWTO関税割当を拡大することに合意。また、特定の多年生植物や切り花、柿、緑茶、チューインガム、醤油などの日本からの農産物の輸入品について関税を削減・撤廃した。工業製品については、米国は「特定の工作機械、ファスナー、蒸気タービン、自転車、自転車部品、楽器」など、一部の日本製品の関税削減・撤廃に同意した(関税撤廃:150品目で65.8億ドル、関税半減:49品目で5.9億ドル)。

これに対して、日米貿易協定における日本の対米輸入における関税削減の対象は、農水産、食料品・アルコール、化学工業品の分野だけであった(削減対象のほとんどが農産品で、関税の譲許表ベースで615品目、72億ドル相当)。

もしも、第2段階の日米貿易協定交渉があるとすれば、米国は積み残された分野の中でも、特に自動車・同部品の分野における非関税障壁の撤廃(米国の自動車安全基準の多くを日本でも採用することなど)、あるいは日本製自動車の対米輸出数量規制等、を求めてくる可能性がある。並行して、1962年通商拡大法232条に基づき、自動車・同部品への追加関税の賦課を検討することもありうる。

また、第2段階の日米貿易協定における自動車・同部品の原産地規則(物品が日米原産かどうかの基準)の中に、USMCA(米国・カナダ・メキシコ協定)のように、域内付加価値比率を75%に引き上げることや、賃金が時給16ドル以上の労働者が生産する工場からの調達割合が4割を超えること(賃金条項)、などに類似した規定を求めてくることも全くあり得ないわけではない。

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