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コラム

2024/04/09 No.130トランプ再選ならば日本に何を要求するか~ その2 着々とトランプ対策を進めるEUは参考になるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

米国の貿易赤字に占める日本の割合と順位が低下

ドナルド・トランプ前大統領は、中国の不公正貿易慣行に対して1974年通商法301条を用い、2018年から最大で25%の追加関税を賦課した。同様に、2024年大統領選挙に勝利し、日本の自動車関連分野などに1962年通商拡大法232条を用いて追加関税を賦課するには、日本車の輸入が米国の国家安全保障を損なう恐れがあることを明らかにしなければならない。

第1段階の日米貿易協定の発効で、日本の農産物市場に対する米国の参入の窓口が以前よりも拡大しており(コメは例外)、何よりも日本企業のEV(電気自動車)やバッテリーなどの米国での生産拡大の動きが顕著である。もしも、トランプ再選後に、米国が通商法などを用いた日本車への関税引き上げを持ち出せば、日本側の大きな反発を招くことは確実である。

また、第1段階の日米貿易交渉が始まった2018年と直近の2023年と比べると、別表のように、23年における米国の貿易赤字の要因に占める日本の順位が18年時点よりも低下している。

表. 米国の貿易赤字上位10か国(国際収支ベース) (単位:100万ドル、%)

資料:米国商務省経済分析局(BEA)データより作成

18年における米国の貿易赤字の8,913億ドル(国際収支ベース)に占める日本の割合は、中国の47.0%、メキシコの9.8%に次ぐ3番目の7.7%であった。ところが、23年には、米国の1兆596億ドルの貿易赤字において、日本の割合はベトナム(9.9%)、ドイツ(7.9%)、カナダ(7.1%)に抜かれ、6番目の6.7%に低下した。

23年においては、中国のシェアの鈍化(26.3%)に対して、メキシコ(15.2%)、ベトナム、韓国(4.8%)、台湾(4.5%)の増加が顕著であった。この傾向が続くならば、米国の日本への貿易赤字削減要求は18年当時よりも弱まると考えられる。

さはさりながら、トランプ前大統領が政権復帰したならば、米国の中西部の労働者の雇用のため、通商拡大法232条などの手段を用いていきなり自動車関税の引き上げを突き付け、米国車の対日輸出の増加を要求してくる可能性がないとは言えないと思われる。

ユニバーサル・ベースライン関税やEV税額控除撤廃の影響

日本の対米輸出に一律10%もの追加関税が賦課されれば、日本企業の対米輸出に占める親子間比率が高いだけに、日本の親企業だけでなく、日本の在米子会社への影響は大きく、米国の輸入企業よりも主に日本企業がそのコスト増の負担を強いられる可能性がある。

国際貿易投資研究所(ITI)が「平成28年度東アジアのFTA及びTPPの関税削減効果調査」で試算した日本のTPP活用による対米輸出での関税削減効果の分析では、化学工業品、プラスチック・ゴム製品、機械類・部品、電気機器・部品、輸送用機械・部品等での関税削減額が大きいとの結果が出ており、これらの分野は逆のケースである追加関税による輸出削減額も大きいと考えられる。

また、IRA(インフレ削減法)に含まれているEV税額控除ルールの適用により、米国市場における日本、韓国、EUのEVの税額控除の対象となる車種に変化が起きている。米エネルギー省によれば、2024年の適用車両は19モデルであり、そのほとんどは米国メーカーか米国とEUメンバー国との合弁会社のEVであった。ジェトロによれば、最近、ホンダのEVが税額控除の適用対象になったことが発表されたとのことである。

この19モデルの中に韓国メーカーのEVは入っていないが、韓国は米国向けEVの多くを商用車扱いとなるリース車両として販売しているようだ。消費者がリース契約したEVは最大で7,500ドルの商用EV向け税額控除の適用対象になっているため、米国市場における韓国製EVのリースなどでの販売比率は従来の5%から、2023年9月には57%に急上昇したとのことである。

いずれにしても、EVへの転換が遅れている日本自動車メーカーに対して、上述のIRAに含まれるEV税額控除ルールは、北米市場におけるEV販売でのキャッチアップの機会を与えてくれた。もしも、トランプ再選でEV税額控除が改廃されるならば、雇用を守るためEVの奨励策に反対であることも伴って EV普及のスピードが鈍化する可能性が高く、日本自動車メーカーはより余裕を持って北米でのEVやバッテリーなどの生産販売体制の確立を進めることができると思われる。

準備を整えるEUのトランプ対策

トランプ前政権は2018年5月、国家安全保障を損なう恐れがあるとして、1962年通商拡大法232条に基づき日本やEUなどからの鉄鋼・アルミの輸入に対して、関税引き上げを実施した。EUは鉄鋼・アルミの関税引き上げに対抗し、その報復関税は鉄鋼・アルミニウム製品だけでなく自動二輪車やウイスキーなどの広範な品目に及んだ。

その後、ジョー・バイデン政権とEUは2021年10月、232条に基づく鉄鋼・アルミの関税交渉において、米国側は一定量以下の鉄鋼・アルミの輸入には追加関税の適用を除外する関税割当(TRQ)を導入し、EUは米国からの輸入の一部に課していた報復関税を停止することで合意した(EUへの関税割当の適用は、2022年1月から2年間)。そして、米EUは2023年12月、この合意を25年12月末まで延長することを明らかにした。

一方、トランプ前大統領は2018年5月23日、同じ232条を用いて、日・EUなどから輸入される自動車・同部品に対して追加関税の賦課に関する調査を開始した。その後、報告書が2019年2月17日に提出され、同年5月18日までに判断を示さなければならなかったが、大統領布告で180日後の11月13日まで延期することになった。しかしながら、期限までにトランプ前大統領は判断を示さなかったため、25%の関税の発動は行われなかった。

米国は日本とEUに対しては、米国との貿易交渉の期間中は232条による自動車・同部品への関税の賦課はないと約束していた。すなわち、トランプ政権は232条を日本やEUとの貿易協定交渉のディールの材料とし、交渉を有利に持ち込もうとしたのであった。もしも、この時にトランプ前大統領が日本からの自動車・同部品に追加関税を課したならば、日本の打撃が非常に大きかったことは明白である。

トランプ前大統領は、2024年大統領選で再選されたならば、バイデン政権下での鉄鋼・アルミの合意を覆す可能性があり、再び自動車・同部品への232条の適用を試みる可能性がある。さらに、EUを含む各国に対して、鉄鋼・アルミだけでなく他の部材にまで10%の関税(ユニバーサル・ベースライン関税)を賦課すると表明している。

したがって、トランプ前大統領は、前政権時よりもさらに強硬な通商政策を押し出してくる可能性が高い。これに対して、EUはトランプ再選に向けた準備とともに、中国などの経済的な脅威に対しても対抗策を整備している。

例えば、EU域外国による経済的威圧への対抗策である反威圧手段規則(Anti-Coercion Instrument)、域外国からの補助金を受けた輸入品に対する保護に関する規則(Regulation on protection against subsidised imports from non-EU countries)、国際的な公共調達における公平な競争条件を求める国際調達措置規則(International Procurement Instrument)、などを挙げることができる。

トランプ前大統領は、EUが2018年に打ち出したアップルやアマゾンなどを狙ったデジタルサービス税に対抗するため、EU製品に対して関税を引き上げるとの強硬策をちらつかせた。EUの反威圧手段規則は、このようなトランプ前大統領による威圧や、リトアニアが台湾に対して代表処開設を許可したことへの中国による輸入禁止・制限、などに対抗するための措置である。

EUはこうした威圧や輸入制限に対して、関税賦課や輸出入制限及び直接投資規制などの措置で対抗することになる。また、EU域外国で補助金を受けた輸入品に対する規則は、中国からのEV輸入の急増に対して適用されているが、必ずしも中国だけにその適用対象を限定しているわけではない。

EUは、これらの一連の規則を基本的には防御のための手段としながらも、トランプ前政権時代の経済的威圧の教訓などに基づいて整備するようになった。米国が強硬策を打ち出せば、いつでもこれらの新たな手段などを活用することで対処することが可能だ。

日本は、こうしたEUの姿勢を参考にするとともに、英国やEUなどとの連携によるトランプ対策を視野に入れつつ、これまでと同様に、同盟国としての米国との関係を重視した対応を図ることになると思われる。日本として大事なことは、トランプ前政権時代における日米両首脳の良好な関係を再現することは難しいことから、トランプ前大統領が強硬策を打ち出してくる前に、できるだけ早くその対処策を講じ、その影響を打ち消すことであると思われる。

例えば、前表のように米国の貿易赤字に占める日本の割合の順位はここ数年で変化しつつあり、トランプ前政権時よりも、国家安全保障に基づく日本をターゲットにした関税引き上げの根拠は相対的に弱くなっている。したがって、色々な手段でもって、このような状況を改めて周知することは有効であり、そのためには事前の情報収集・分析やロビイングが欠かせないことは言うまでもない。

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