2025/01/15 No.144トランプ次期大統領による関税引き上げのアジアへの影響
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
トランプ次期大統領の貿易赤字削減のターゲットが変化するか
ドナルド・トランプ次期大統領(以下、トランプ大統領)は第一次政権時、中国の不公正貿易慣行に対して1974年通商法301条を用い、2018年から4段階に分けて最大で25%の追加関税を賦課した。さらには、国家安全保障の観点から1962年通商拡大法232条を発動し、日本やEUなどからの鉄鋼・アルミの輸入に対してそれぞれ25%と10%の関税を課した。同様に、日本やEU及びカナダ・メキシコからの自動車の輸入に対しても1962年通商拡大法232条の適用を検討したが、実際には実行されなかった。
そして、トランプ第一次政権においては、2020年1月に第一段階の日米貿易協定が発効し、日本の農産物市場における米国産品の参入がそれ以前よりも容易になった(コメは例外)。しかしながら、米国は日本に対して、依然としてジャガイモやチーズなどの農産物市場における自由化を迫る余地があると考えている。
トランプ大統領は第二次政権においては、米国の対日貿易赤字が絶対額では依然として大きいことから、第一段階の日米貿易交渉で積み残した自動車・同部品や通信機器及び医薬品などの分野での協議を求めてくる可能性がある。その取引材料として、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を用いることもあり得る。
もしも、トランプ大統領が日本に対して10~20%のユニバーサル・ベースライン関税に加えて、同時に通商拡大法232条などの発動をちらつかせながら自動車・同部品や医薬品及び農産物等の自由化を要求するならば、それに対する日本の抵抗は強まるものと予想される。
表1のように、米国の2023年の対日貿易赤字は712億ドルと依然として高水準ではあるが、2018年からの5年間で、わずかに35億ドルしか増加しなかった。ところが、その間に米国はメキシコとは709億ドル、ベトナムとは651億ドル、カナダとは481億ドル、韓国とは335億ドルも貿易赤字を増やしており、いずれも日本よりも一桁多い増加額を記録した。米国はインドやタイとの間でも貿易赤字を200億ドル以上、ドイツやイタリアとの間でも100億ドル以上も増加させた。
したがって、2018年からの米国の貿易赤字の増加額で判断する限り、トランプ第二次政権は日本よりもカナダやメキシコ、さらにはベトナムなどのアジア諸国に目を向けざるを得ないと考えられる。
米国のカナダ・メキシコやアジア及びEUとの貿易赤字が増加
2018年における米国の国別の貿易赤字のランキングを見てみると、表1のように、日本は4位であったが、2023年には一つ順位を落とし5位であった。そして、23年の全体の貿易赤字に占める日本のシェアは6.7%となり、18年の7.6%のシェアよりも0.9%ポイントほど減少した。
表1. 米国の貿易赤字上位15か国(国際収支ベース)
(単位:100万ドル、%)
米国の貿易赤字に占める日本のシェアが2018年から23年にかけて低下したのは、これまで長年にわたって、日本企業が米国での現地生産を拡大してきたことが背景にある。実際に、日本企業は今後も米国でのEV(電気自動車)やバッテリーなどの生産拡大を検討しており、日本はトランプ大統領に対して、米国での現地化の促進が効果を上げていることを積極的に伝える必要がある。
日本は同期間において米国の貿易赤字に占めるシェアを低下させたが、メキシコ・カナダは逆にシェアを拡大した。メキシコは18年においては9.1%のシェアを占めていたが、23年には14.4%となり、18年からの5年間でシェアを5.2%ポイントも増加させた。カナダも同様に、18年の2.2%から23年には6.4%となり、5年間で米国の貿易赤字に占めるシェアを4.0%ポイントも増加させた。
また、ベトナムを筆頭に、韓国、台湾、インド、タイなどのアジアの国々は、米国の貿易赤字に占めるシェアを18年から23年にかけて軒並み上昇させた。特にベトナムは5年間で5.4%ポイントも上昇し、韓国と台湾はいずれも2%台、インドとタイは1%台のポイント増加となった。
一方、18年における米国の貿易赤字に占める中国の割合は47.0%であったが、23年には26.3%となり、20.7%ポイントの下落を記録した。すなわち、カナダ・メキシコだけでなく、ベトナムなどのアジアやEUの国における米国の貿易赤字に占めるシェアの拡大は、中国のシェアの下落を補う形で実現したと考えられる。
米国の輸入で中国からアジアなどへの貿易転換効果が発生
米国の貿易赤字の大きな要因は、国内需要が旺盛であるため、輸出を超える輸入を行っているからである。貿易赤字を続けてもドルへの信認が低下しないのは、米国が基軸通貨国であると共に、国際収支の赤字を補う形で海外から資本が流入しているからである。
米国は、近年において中国への輸入依存度を高めてきた。2010年~22年までの米国の輸入をみると、輸入額が最も大きい国は中国であった。ところが、2023年には米国のメキシコからの輸入額が中国を上回っており、中国はトップの座を譲ることになった。これは言うまでもなく、2018年8月から適用された対中追加関税が大きな要因になっていることは疑いない。
実際に、中国が対中追加関税の影響をどれだけ受けたかを米商務省データでみると、2017年~23年の間の米国の輸入に占める中国のシェアは7.7%ポイントも減少した(2017年21.6%⇒2023年13.9%)。品目別では、同期間における中国からの革製品輸入は33.5%ポイント減、家具輸入は22.6%ポイント減であった。
これに対して、米国の輸入に占めるEUのシェアは同期間で2.4%ポイント増、メキシコは2.1%ポイント増、ベトナムは1.7%ポイント増、台湾は1.0%ポイント増、カナダは0.8%ポイント増、韓国は0.7%ポイント増、インドは0.6%ポイント増、タイは0.5%ポイント増であった。日本は米国での現地生産の進展もあり、1%ポイント減であった。
トランプ大統領による対中追加関税の賦課により、米国の輸入において、中国から北米・アジアなどへの貿易転換効果が発生したと思われる。
10~20%のユニバーサル・ベースライン関税はアジアの輸出に大きな打撃
北米間での緊密な貿易取引を反映して、カナダ・メキシコの対米輸出依存度(米国への輸出/世界への輸出)は圧倒的に高く、7割を超えている。
図1のように、IMFのデータによれば、2021年のカナダの対米輸出依存度は75.4%でメキシコは78.1%であった。一方、カナダの対中輸出依存度は4.5%、メキシコは1.8%であり、いかに両国とも米国市場への依存度が高いかが窺える。
これに対して、アジアの国々は地政学的な関係から中国への輸出依存度は高いが、対米輸出依存度も総じて高く、カナダ・メキシコ同様に一定の米国市場への供給機能を果たしていると考えられる。
2021年の日本の対米輸出依存度は18.0%と比較的高率であったが、対中輸出依存度は21.6%とそれを上回った。韓国の対米輸出依存度は14.9%であるが、対中輸出依存度は25.3%に達しており、韓国は日本以上に中国市場に依存する割合が高い。
対米輸出依存度と対中依存度をみると、タイは15.4%と13.7%、インドは18.1%と5.8%、マレーシアは11.5%と15.5%、シンガポールは8.6%と14.8%、インドネシアは11.2%と23.2%であった。
図1. 2021年のアジアなどの対米・対中輸出依存度
また、2021年の中国の対米輸出依存度は17.1%、対日輸出依存度は4.9%であり、他のアジアの国と同様に、米国市場への依存度が高いという状況には変わりはない。
なお、ドイツの対米輸出依存度は8.8%で対中輸出依存度は7.6%、フランスは7.0%と4.9%、オーストラリアは3.2%と34.2%であり、相対的にアジアほど対米輸出依存度が高くはなかった。
したがって、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税の賦課が行われるならば、北米やアジアの国々の米国への輸出に大きな打撃を与えることになると思われる。
中国からアジアへのサプライチェーン機能の転換は進むか
日本や韓国は米国に対して、主に自動車・同部品や電子機器、マレーシアやベトナム及びインドなどは電子機器や衣類・家具及び化学製品、インドネシアやフィリピンは資源一次産品や農産物、中国は電子機器や機械などを輸出している。
したがって、アジア各国は米国のユニバーサル・ベースライン関税などの賦課に際し、資源エネルギーや農産物の分野の適用除外、電気電子や自動車・同部品などの適用除外や関税割当(一定量以内は無税)の適用を要求することが見込まれる。
ただし、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税は、鉄鋼・アルミ・銅などの防衛産業に関わる品目、医療用品、バッテリー、レアアース、太陽光パネルなどの品目に対象を絞って適用される計画があると報じられており、それが正しいとすれば、アジア各国の対米要求はもう少し的を絞ったものになると考えられる。これは、アジアだけでなく日本も同様である。
また、トランプ大統領により中国に60%の高関税が適用されれば、中国の対米輸出減により、アジアからの部材などの調達減と共に、中国経済の成長鈍化に繋がるものと思われる。そして、米中貿易摩擦の激化で、中国の輸出は米国からアジアや欧州などへシフトすると見込まれる。
さらに、G7 などの先進国は対中投資を避けて、ASEANやインドなどに投資を転換する可能性がある。こうした、「チャイナ+1」の動きが本格化すれば、インドやASEANが中国に代わるサプライチェーン機能を徐々に高めていくことが考えられる。
中国企業自体もASEANやメキシコ等への投資を拡大しているし、メキシコがUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直し等により、米国向けの供給機能を低下させることになれば、その分だけアジアにその機能がシフトする可能性がある。
したがって、トランプ大統領による高関税政策を契機として、世界のサプライチェーン構造は緩やかに変化すると予想される。
アジアからの迂回輸入も標的か
トランプ大統領は、第二次政権においては、中国製品のアジアやメキシコなどを経由した迂回輸入を標的にする可能性が高い。これに関連する動きとして、ジョー・バイデン政権は2023年8月、中国企業のカンボジア、マレーシア、タイ、ベトナムからの太陽光発電製品の迂回輸出の事実を最終認定した。
ASEANからの太陽光発電製品へのアンチダンピング税(以下、AD)や相殺関税(以下、CVD)の適用は、22年6月から供給不足のため2年延長されていた。しかしながら、その延長は24年6月で終了し、カンボジアに対する太陽光発電製品へのADは、25年2月から125.37%のダンピングマージンを適用する予定である。
さらに、バイデン政権はウイグル強制労働防止法(以下、UFLPA)を発動し、税関においてウイグル自治区で強制労働の下で製造された製品の輸入を規制している。UFLPAに基づいて米国税関で輸入を差し押さえられた金額では、マレーシア・ベトナムからの輸入が中国からの輸入を上回っている。つまり、UFLPAは中国製品(部材)のアジアからの迂回輸入を摘発する枠組みの一つでもあると考えられる。
トランプ大統領は、メキシコを経由した中国製品の迂回輸入に対して、USMCAのルールの変更などで対応しようとしている。同様に、アジアを介した迂回輸入に対しても、既存のバイデン政権によるAD/CVDなどの対策を受け継ぐと共に、さらなる対抗手段を講じるものと予想される。
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