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コラム

2025/01/15 No.145トランプ次期大統領は海外ビジネスの促進等の経済外交の呪縛から逃れられるか~どの米通商法を使って10%や25%及び60%の関税を引き上げるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

さらなる貿易摩擦かグランドバーゲンか

ドナルド・トランプ次期大統領(以下、トランプ大統領)は、2025年1月20日に大統領就任式を迎えるが、驚いたことに、この就任式に習近平国家主席(以下、習主席)を招待したと伝えられる。トランプ大統領は中国に60%の関税の賦課に加え、同国から流入する麻薬(フェンタニル)の取り締まりが不十分であることを理由に10%の関税を上乗せ賦課すると表明した。その一方で、習主席を招待するという動きは何らかのメッセージが込められている可能性がある。トランプ大統領は政府効率化省(DOGE)を設置しそのトップに、中国とのビジネスを幅広く展開し、テスラ社を立ち上げたイーロン・マスク氏を起用すると発表しており、トランプ政権の対中政策は硬軟織り交ぜた様相を見せ始めている。

中国側は戦略的重要鉱物の輸出規制と共に、AI技術等の先端IT企業であるNVIDIAに対して独占禁止法違反の疑いで調査を開始しており、ロシアやBRICS等との同盟関係の強化を図る動きを見せる等、米国への対抗姿勢を示している。

すなわち、2017年に始まったトランプ第一次政権時と比べると、互いに角を突き合わせる準備ができているのが今回の特徴である。ただし、米国経済は堅調であるが、中国経済は不動産バブル崩壊による処理やデフレからの脱却等の問題を抱えているのが前回と異なる点である。

こうした中で、米中はぎりぎりまで粘り強く交渉を重ね、落としどころを探る展開になると思われるが、限界点を超えることで、さらなる摩擦を引き起こす可能性もないとは言えない。一方では、トランプ大統領と習近平主席の決断により、中国の自動車メーカーや車載用電池メーカーの対米進出が実現するかもしれない。そして、これに続くグランドバーゲンもあり得るかもしれない。

最終的には、互いに着地点を見い出さざるを得ないが、その帰趨はウクライナ問題を筆頭に、中東や台湾等の情勢が大きく関わってくるものと思われる。

海外ビジネス活動の推進等の経済外交は関税引き上げ政策に優るか

トランプ大統領は、2024年の大統領選挙で、予想を覆して圧勝した。その結果、トランプ大統領が選挙キャンペーンの早い時期から言及していた大幅な関税引き上げや移民対策等は、実施し易くなったと考えられる。

トランプ大統領の高関税政策は、外国からの輸入に障壁を設け、国内製品の販売を促進するという意味において、アメリカ・ファーストに基づく自国中心の手段である。そして、米国の産業を保護すると同時に、財政赤字を削減するための方策でもあり、極めて政治色の強い政策である。

トランプ大統領はこれまでの歴代の大統領と違い、自らタリフマンと名乗るほど、関税を相手側の譲歩を引き出す取引材料として用いている。これに対して、歴代の大統領は、海外ビジネスの促進、つまり経済外交を政府の中核的な目標に据え、米国にグローバル化による取引の拡大で、経済の成長やイノベーションを促してきた。

それでは、トランプ大統領は米国の政治社会問題の解決や貿易赤字削減等のために高関税政策を推し進め、海外ビジネス活動の促進による経済成長や競争力強化を二の次にしようとするのであろうか。

トランプ大統領の実際の動きを見てみると、大統領就任前にも拘わらず、カナダとメキシコに対して、移民・麻薬問題で米国への流入を抑えないならば、25%の、中国に対しては10%の関税を賦課することを表明した。また、EUに対しては、米国の対EU貿易赤字の拡大を問題とし、その解消のために米国からの資源エネルギーの輸入拡大を求めた。そして、EUがトランプ大統領の要求に応えないならば、関税を引き上げると宣言した。

しかしながら、これらの関税引き上げの表明は、駆引きのための取引材料の一つという面があることも事実だ。最終的に、関税を賦課したとしても、トランプ大統領はマスク氏が所有するテスラ社の中国での自動車や車載用電池の設備拡張には反対しないと思われる。もしも、テスラ社の中国展開の拡大に異を唱えたならば、トランプ大統領とマスク氏との関係は破局を迎えることになる。

同様に、トランプ大統領は通常の米国のEUへの直接投資を抑え込んだりはしない。逆に、EUから米国への投資も国家安全保障等に大きく関わる案件を除いて規制することはないと考えられる。

すなわち、トランプ大統領は関税等を用いた種々の強硬策により相手側の譲歩を得ようとするが、本質的には、海外とのビジネス活動を抑制して、米国の輸出競争力や成長力を弱体化させたり、海外から見た米国ビジネス市場の魅力を低下させたりすることは望まないと見込まれる。

したがって、トランプ大統領もこれまでの政権と同様に、海外ビジネス活動を推進する経済外交を重視するという米国の伝統的な政策の呪縛からは逃れられないと思われる。

スパゲティのように絡まり合う通商法の適用

トランプ大統領は様々な関税の引き上げを検討している。それらの関税は目的に沿って関税率が異なっており、しかも幾つもの国を跨って適用される。例えば、メキシコに世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課すると共に、メキシコから輸入される中国車に100~200%の関税を適用し、メキシコ・カナダに対しては移民・麻薬の流入を理由に25%、中国に対しては10%の関税賦課を表明している。

すなわち、これまでの関税引き上げの表明が全て実行されるならば、メキシコという国に対して、米国の通商法等を根拠として、目的別に幾つかの関税が重層的に適用されることになる。通商法に基づくそれぞれの関税を適用するチャネルは、スパゲティのように絡まり合っており、どれが最初に実行され、どれが適用を猶予され、どれが最後に適用されるのか、等の見通しが立てにくい。

このため、企業としては、絡まり合ったスパゲティを一つ一つほぐしながら、それらの適用の手続きや日程及び適用除外措置の有無等を的確に認識することが必要になる。実際に、関税引き上げの根拠となる通商法等は、おおよその検討がつくため、それをしっかりと見極めることが、企業のグローバル戦略に不可欠と考えられる。

トランプ大統領は選挙キャンペーン等において、世界一律に適用する10~20%のユニバーサル・ベースライン関税、中国からの輸入品に対する60%の関税、メキシコから輸入される中国車に100~200%の関税、移民・麻薬の流入を理由にメキシコ・カナダへの25%と中国への10%の関税、等の賦課を表明している。

また、これ以外の通商関連のトランプ大統領の要求として、中国への恒久的正常貿易関係(PNTR)廃止、2026年USMCA見直し等での原産地規則の改正、IPEFからの離脱、日本等を対象にした米国の貿易赤字の削減、等を挙げることができる。様々な関税の引き上げ策にこれらを含めるならば、トランプ大統領の各国への通商関連の要求は、より複雑に絡んだスパゲッティのようになると思われる。

なお、ワシントン・ポスト紙は2025年1月6日、まだ明確に決まってはいないが、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税は、鉄鋼・アルミ・銅等の防衛産業に関わる品目、医療用品、バッテリー、レアアース、太陽光パネル等の品目に対象を絞って適用される計画があることを報じた。

トランプ大統領はフェイクニュースだとして即座に否定したものの、この報道はトランプ政権移行チームを含むトランプ第二次政権の中において、依然としてユニバーサル・ベースライン関税や60%の対中関税等の方向性に関する議論が定まっていないことを示すものと考えられる。

その一つの方向性として、対中関税は60%という高い関税率をそのまま適用するのではなく、戦略的商品に対しては30%、電子部品やスマホ・ノートパソコン及び衣類のような製品には10%といった追加関税に留めることも考えられる。もしも、このような修正が加えられるならば、限界点を超える米中間の貿易摩擦の激化は避けられるかもしれない。

どの通商法等を根拠にトランプ高関税は賦課されるか

「世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課するための根拠法」として、国際緊急経済権限法(以下、IEEPA)と1974年通商法122条を挙げることができる。IEEPAはロバート・ライトハイザーUSTR(米国通商代表部)元代表が示唆したもので、「大統領が国家安全保障、外交政策や経済に重大な脅威があるとして、緊急事態を宣言した場合、大統領権限を行使できる」と定めている。

1971年8月、当時のリチャード・ニクソン大統領が、国際収支の悪化に対応するため米ドル紙幣と金との兌換一時停止を宣言した際(いわゆるニクソンショック)、対敵通商法(TWEA)に基づき米国への全輸入品に一律10%の課徴金を課した。IEEPAはこのTWEAの後継法であることが、ユニバーサル・ベースライン関税の適用の根拠としてIEEPAが取り上げられる背景となっている。

IEEPAを示唆したライトハイザー元USTR代表は、共和党だけでなく民主党からも信任が厚いものの、1月20日に控えるトランプ大統領の就任式直前においてもトランプ第二次政権の主要メンバーに指名されていない。この状態が続くならば、トランプ大統領が同元USTR代表に頼らず、自らが関税引き上げの最前線に立って采配を振るうこともあり得る。

また、1974年通商法122条は次のUSTR代表に指名されたジェミソン・グリア氏が示唆したもので、「巨額かつ重大な国際収支赤字に対処するため、大統領はいつでも、150日間を限度に従価で15%を超えない範囲の輸入課徴金あるいは輸入割当等の規制措置を賦課できる」ことを規定している。

IEEPAと通商法122条は、「速やかに、全世界」からの輸入に適用可能であるという利点を持っている。ただし、IEEPAは緊急事態の宣言等を議会に通知しなければならない。また、定期的に議会に報告する必要があるなどの制約も持っている。

そして、通商法122条には関税率が15%を超えてはならないという制限があり、150日間の時限立法となる。議会の承認を得ることで、この時限立法を延長することは可能であり、トリプルレッドを達成したトランプ政権は、議会でその延長法案を可決することが容易になったと思われる。

次に、「中国からの輸入品に対する60%の関税賦課の根拠法」としては、1974年通商法301条や1930年関税法338条の適用が考えられる。1974年通商法301条は、「 USTRに貿易相手国の不公正な貿易・通商慣行に対する措置の権限を与えており」、トランプ第一次政権は最大25%の対中追加関税に適用済みである。通商法301条は、調査に12か月以内の日程を要求しており、IEEPAや通商法122条と違い、大統領による制裁措置の発動までに一定の調査期間が必要となるのが特徴である。

1930年関税法338条は、ライトハイザー元USTR代表が示唆したもので、「大統領が、特定国が米国に不利益をもたらす差別待遇を採用していると認定した場合、当該国からの輸入に最大50%の追加関税を賦課できる」、と定めている。

そして、「メキシコから輸入される中国車に100~200%の関税を賦課するための根拠法」としては、1962年通商拡大法232条が見込まれる。1962年通商拡大法232条は、「商務長官がある輸入製品による国家安全保障上の脅威の有無を調査し、当該輸入製品が米国の国家安全保障に脅威を与えると判断した場合、大統領は輸入調整措置を取ることができる」、と規定している。トランプ第一次政権は、鉄鋼、アルミへのそれぞれ25%と10%の関税賦課の際に、通商法232条を適用した。同通商法は、調査を270日以内に実施することを求めており、通商法301条と同様に、発動までに一定の時間を要する。

また、「移民・麻薬の流入を理由にメキシコ・カナダに25%の関税、中国に10%の関税を賦課するための根拠法」としては、IEEPAが見込まれる。IEEPAは、トランプ第一次政権は2019年に移民流入の問題への適用を検討したことがあったが、その時は使用されなかった。トランプ大統領はカナダやメキシコからの移民や麻薬の流入に対して、今回も同様に、IEEPAの活用を検討するものと見込まれる。

ただし、カナダ・メキシコに対する移民・麻薬の流入を起因とする25%の関税賦課は、USMCAを活用し無税での輸入が進展している北米の貿易の枠組みに大きなダメージを与えるため、トランプ大統領はその適用前に交渉の終結を図る可能性がある。また、発動されても迅速な交渉の合意により早めに適用が中止される可能性がある。

IEEPAと通商法122条はあまり時間を掛けずに大統領の権限を行使することが可能であるが、通商法301条と通商法232条は調査の実施が必要であり、発動までには一定の期間が求められる。

この意味において、トランプ大統領による全ての関税引き上げ表明が実行されるとすれば、10~20%のユニバーサル・ベースライン関税やカナダ・メキシコへの25%関税の賦課は、中国からの輸入品に対する60%の関税やメキシコから輸入される中国車への100~200%の関税の賦課よりも早めに発動される可能性がある。

ただし、通商法301条による対中追加関税や通商法232条に基づく鉄鋼・アルミへの関税引き上げは、トランプ第一次政権においては、いずれも就任から1年数か月後に発動されたが、トランプ第二次政権ではこれらの通商法に基づく関税引き上げは、学習効果もありスピードアップされるかもしれない。

トランプ大統領のターゲットが変化するか

米国の貿易赤字に占める中国の割合は、2018年から2023年にかけて大きく減少した。しかし、米国の貿易赤字の総額は減少せず、その代わりにカナダ・メキシコやアジア及びEUの国等のシェアが増加した。このことは、今後のトランプ大統領の経済通商政策のターゲットに、何らかの変化が現れることを示唆しているように思える。

すなわち、トランプ大統領が高関税政策等を展開する上での主なターゲットは、これまでのように中国であることは間違いないが、米国の輸入に占めるシェアを拡大させた「メキシコ・カナダやアジア及びEU」等にその重心が少しずつシフトする可能性がある。

その新たな動きの一つとして、トランプ大統領は2024年末、移民・麻薬の流入を問題としてカナダとメキシコに25%の関税、中国に10%の関税の賦課を表明したことが挙げられる。

この発表は大統領就任前にもかかわらず、世界中に大きな衝撃を与えたが、これはいかにトランプ大統領による関税引き上げの効果が大きいかを物語っている。現実に、この問題を話し合うため、カナダのジャスティン・トルドー首相はフロリダのトランプ大統領の私邸を訪問するに至ったことは記憶に新しい。

その後、同首相は2025年1月6日、辞任の意向を表明した。もしも、同首相の後継者が1月20日までに決まっていなければ、引き続きトルドー首相が責任を持ってトランプ関税の問題に対応することになる。しかし、後継者が決まっても、直ちに解散し選挙に突入する可能性があり、選挙後の新首相が移民・麻薬問題に絡む25%の関税賦課に対応することになるかもしれない。

こうした政局を巡る争いに加え、カナダではトランプ関税に対する反対の声が高まっており、移民・麻薬の流入に対する25%の関税賦課での米加間の交渉は混沌とした状況になりつつある。

トランプ大統領は関税を発動するギリギリの時点まで交渉する等、相手の譲歩を引き出す戦術を実行し、その時の判断で着地点を探る可能性がある。つまり、相手の対応次第で追加関税は品目別にも柔軟に設定されることもあり得る。

この手法は、カナダやメキシコだけでなく、日本やアジアの国にも適用される可能性がある。トランプ大統領が2018年からの対中追加関税を発動して以来、米国の貿易赤字に占める中国のシェアが低下する一方で、米国が貿易赤字を拡大している国として、カナダやメキシコの他に、ベトナムやタイ及びインドネシア等のASEAN諸国と共に、韓国や台湾及びインド等のアジアの国々が挙げられる。

中国自動車企業等の対米投資を許容するという奥の手を見せるか

トランプ大統領は中国企業が外国で生産したEV等の製品の米国への迂回輸入の阻止、あるいはUSMCAの見直しを優先的に進めると考えられる。特に、米国の中国からの輸入は減少傾向にあるものの、米国はアジアやメキシコを経由した迂回輸入の増加に神経を尖らせている。

バイデン政権は、中国企業のカンボジア、マレーシア、タイ、ベトナムからの太陽光発電製品の迂回輸入に対してアンチダンピング税を課すことを発表した。また、ウイグル強制労働防止法(UFLPA)を活用し、強制労働による中国製電子部品等を含む製品のマレーシアやベトナムからの輸入を規制する動きを強めてきた。

そうした中で、トランプ大統領は2024年7月、共和党の全国大会で、中国の自動車や自動車部品のメーカーが米国で生産を行い、米国で販売するのは規制しないと発言。AIや量子コンピューター等の戦略的産業は除くかもしれないが、中国企業の対米投資を許容するという奥の手を見せる可能性がないとは言えない。

中国においては、不動産不況等に伴う国内の消費の低迷に加え、米国による中国製品に対する60%を超える高関税が賦課されれば、一段の経済成長率の低下が予想される。つまり、トランプ大統領が中国の対米投資を受け入れるならば、中国が米国での自動車や車載用電池等の現地生産を進めることはあり得ないことではない。

日本企業には、トランプ大統領のターゲットの変化や中国からの対米投資の受け入れに関する新たな動きに対して、社内に「トランプ対策チーム」等を設置し、世界大でのサプライチェーン戦略の見直しを進めていくことが求められる。

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