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コラム

2025/01/28 No.146USMCAが終了し新たに米加間の貿易協定が誕生する可能性はあるか~その1  覚書での不公正貿易慣行の調査要求等前回より用意周到なトランプ大統領~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

新たな貿易取引を暗示する中国等を狙ったアメリカファースト貿易政策を表明

ドナルド・トランプ大統領は2025年1月20日、第47代目の大統領として就任式に臨み、「米国の黄金時代は今始まる」で切り出した30分の演説を行った。その内容は、不法移民対策の強化やエネルギー緊急事態宣言と共に外国に関税を課す貿易政策にも触れた。

同時に、トランプ大統領は覚書でアメリカファースト貿易政策を打ち出したが、その中に就任初日での中国やカナダ・メキシコへの関税発動への言及はなかった。

しかしながら、覚書の中身を見てみると、幾つもの連邦政府機関に対して、「外国における不公正な貿易慣行の特定」「米国の貿易赤字やそれから生じる経済的及び国家安全保障上の影響の評価と対応措置の勧告」及び「カナダ、メキシコ、中国からの不法な移民及び麻薬の流入の評価と適切な対応措置の勧告」、等を求めている。

トランプ大統領は、こうした調査や勧告の指示を前回よりも早めに実施しており、関税引き上げの決定や交渉の合意等のタイミングを迅速かつ的確に判断できるように、用意周到に準備を進めようとしていると思われる。

この背景として、前政権における4年間の経験と今回の大統領選挙における圧勝から、自信を持って中国やカナダ・メキシコとの交渉を進めることが可能になっていることが挙げられる。

また、こうした調査等を迅速に進め、用意周到に準備すればするほど、効果的に中国等と交渉し譲歩を引き出すことが可能になることも考えられる。

さらに、2024年大統領選挙では、インフレの抑制や移民対策及び中国等への経済安全保障対策等の経済政策をアピールしたが、2026年の中間選挙までにその成果が現れなければ、トランプ第二次政権は壁に突き当たることが挙げられる。

連邦政府機関による調査や報告書の期限は2025年4月1日となる。一方、トランプ大統領は移民・麻薬(フェンタニル)の流入阻止を目的とするカナダ・メキシコへの25%の関税及び麻薬流入に伴う中国への10%の関税の賦課に関しては、2月1日の実施を検討していると発言した。

幅広く対象を広げた覚書により経済安全保障に繋がる貿易政策を展開

覚書に記されたアメリカファースト貿易政策の中身を見てみると、トランプ大統領は、USTR(米国通商代表部)には財務省、商務省等と協議の上、1974年通商法301条や国際緊急経済権限法(以下、IEEPA)等に基づき、外国における不公正な貿易慣行を特定し対抗措置を勧告するよう求めた。

そして、商務省に対して、財務省及びUSTRと協議の上、米国の貿易赤字やそれから生じる経済的及び国家安全保障上の影響やリスクを調査し、世界的な追加関税の賦課等の提言を行うことを要求した。

また、トランプ大統領は、商務省や国土安全保障省に対して、カナダ、メキシコ、中国等からの不法な移民および麻薬の流入を評価し、その緊急事態を解決するための適切な貿易・国家安全保障措置を勧告するよう要求した。

そして、USTRには、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直しに備えて連邦法が求める公開協議プロセスを開始すると共に、USMCAが米国の労働者や農業及び企業等に与える影響を評価し、米国の協定への参加に関する勧告を行うよう指示した。

トランプ大統領は、財務省には、主要な貿易相手国の為替レート政策と慣行を評価し、為替操作に対抗するための措置を勧告すると共に、商務省や国土安全保障省と協議して、関税を徴収するための対外歳入庁(ERS)の設置に関する調査を行うよう求めた。

さらに、USTRに対して、第一段階の米中貿易協定を評価し、1974年通商法第301条に基づき、中国製品に課せられた既存の関税に対する追加・変更の可能性を検討するよう指示した。

同時に、USTRには、サプライチェーンおよび第三国を通じた迂回に関して、通商法301条に基づき、必要に応じて追加の関税変更の可能性を検討し、このプロセスに関連して特定された問題を修正するために必要な措置を推奨するよう要求した。

一方、経済政策担当大統領補佐官に対しては、商務省、USTR等と協議の上、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼およびアルミニウム製品に対する追加関税の除外の現状を評価し、同法に基づく追加調査を行うかどうかを検討するよう命じた。

商務省とUSTRには、中国との恒久的正常貿易関係(PNTR)に関する法案を評価し、かつ同法案の変更案を勧告するよう求めた。

なお、商務省には、反ダンピングおよび相殺関税法の適用方法を見直すよう指示した。これには、「国境を越えた補助金やコスト調整及び『ゼロ化(zeroing)』に関するもの」等が含まれる。ゼロ化とは、ダンピングマージンを計算する際、正常価格(輸出国の国内価格等)より高値で輸出した場合の差額はゼロとみなし、安値で輸出した場合のみ差額を加算するやり方を指す。これにより、ダンピングマージンが不当に高く算出される可能性がある。

USMCA見直しの狙いはメキシコからの中国製品の輸入阻止

トランプ大統領は既に就任式の前から、世界一律に10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課し、中国からの輸入には60%の高関税を課すことを表明している。さらには、USMCAの見直しを進め、中国企業がメキシコ等で生産した中国車の輸入にも100%か200%の関税を賦課しようとしているし、カナダやメキシコには、移民・麻薬の流入に対して25%の関税賦課を検討することを明らかにしている。

トランプ第一次政権では、対中追加関税や1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミへの関税の賦課は、発動までに1年数か月要したが、第二次政権においては、カナダとメキシコへの25%関税は、2月早々に賦課される可能性がある。

さらに、アメリカファースト貿易政策の覚書を見る限りにおいては、その他の関税引き上げに関しても、調査のほとんどは4月1日までに終了しなければならず、トランプ大統領の関税を取引材料とする交渉は前回よりも早めに実行される可能性がある。

こうした中で、トランプ大統領の「USMCAの見直し」の狙いは、中国からのメキシコへの投資拡大の抑制とメキシコで生産された中国製品の輸入阻止にあると考えられる。

すなわち、中国から直接輸入される製品に対してではなく、メキシコで生産された中国製品や中国以外の外国で生産された中国製品がメキシコ経由で米国に迂回輸入されることに対して、規制の網を掛けようとしている。こうした一連の動きの結果次第では、日本企業の北米戦略は大きな転換を迫られることになる。

USMCAの代わりに新たな米加間の貿易協定が誕生するか

中国の自動車関連企業等におけるメキシコ投資の拡大は、米国だけが懸念しているのではなく、カナダも同様である。カナダは既に、中国から輸入するEV(電気自動車)に100%、鉄鋼・アルミに25%の追加関税を賦課する等、米国の対中政策に同調する動きを見せている。

カナダのオンタリオ州ダグ・フォード首相は、メキシコは中国製品の米国への輸出チャネルとして機能しており、メキシコに対して中国から輸入する品目への関税の見直しを求めた。それが、実行できない場合は、米国とカナダのみで2国間貿易協定を結ぶことを主張した。また、カナダのアルバータ州のダニエル・スミス首相は、オンタリオ州フォード首相が説く米加間での2国間貿易協定の創設に賛成する意向を示した。

これに対し、メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、カナダ連邦政府のジャスティン・トルドー首相に連絡を取り、メキシコを入れた3か国でUSMCAの見直しを進める言質を取った。ただし、トルドー首相も、USMCAの維持に賛成であるものの、メキシコの貿易政策の動向を見守っていくという趣旨の発言を行った。

メキシコは今後、米国からだけでなくカナダからも、中国からの投資の受け入れと、中国企業がメキシコで生産した製品の北米向け輸出の規制を強く求められると見込まれる。このため、少なくとも2026年のUSMCA見直しまでには、メキシコは対中政策の基本的な方針を固める必要がある。

メキシコはUSMCAの見直しにおいて、カナダを巻き込むことで、できるだけ対中政策に変更を加えないようにしたいと考えているが、肝心のカナダが中国製EVに100%の関税を課す等、中国への強硬な姿勢を示している。

したがって、日本企業の今後のメキシコでの投資や活動は、メキシコ政府の対中政策やUSMCAの見直し、さらには移民・麻薬の流入を背景とする25%の関税賦課等の動きに大きく左右されることになると思われる。

カナダの政局をめぐる動きに左右される米加間の話し合い

カナダのトルドー首相は24年11月29日、トランプ大統領の移民・麻薬の流入を起因とする25%の関税賦課の発表を受け、急遽フロリダ州にあるトランプ邸宅を訪問した。この時の話し合いは、移民や麻薬問題だけにとどまらず、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税の賦課やUSMCAの見直しにも言及したと見られる。

その後、トルドー首相は2025年1月6日、カナダにおける政局の煽りを受け、辞任の意向を表明した。これを受けて、カナダの与党である自由党は、トルドー首相の後継者を選ぶ党首選挙を同年3月9日に実施すると発表した。したがって、後継者が決まるまではトルドー首相が引き続き移民・麻薬に関わる25%関税の問題に対応することになる。

党首選挙後は、後継者がトランプ大統領と交渉を進めることになる。しかしながら、後継者が決まっても10月までに行われる予定の総選挙が早まって実施され、選挙後の新首相が移民・麻薬問題に絡む25%の関税賦課の交渉に対応する可能性がある。いずれにしても、25%の関税賦課に対する米国とカナダとの協議は、カナダにおける政局を巡る動きに翻弄されそうである。

一方、トランプ大統領は、中国からメキシコへの投資の規制等に関する米国とメキシコとの話し合いが合意に至らない場合は、2026年のUSMCAの見直し協議において、USMCAを継続する意思を示さないこともあり得る。同時に、カナダもUSMCAを継続する意向を表明しない可能性もないわけではない。

もしも、そういう事態になれば、カナダのオンタリオ州首相が主張するように、USMCAは終了し、その代わりにメキシコを除いた新たな米国とカナダでの自由貿易協定が誕生するかもしれない。

現段階では、今日の北米間の緊密な貿易取引の進展を考慮すれば、USMCAが終了する可能性は低い。それに、例え終了が決まったとしても、2026年から10年間はUSMCAが存続し、継続に向けた話し合いが毎年行われることになる。

トランプ第二次政権のスタートに伴う北米での経済環境の変化を考慮するならば、日本企業には、経済安全保障の観点から、USMCAの終了と共に、移民・麻薬の流入に伴う25%関税賦課の長期化等の最悪の事態に備えた様々な北米事業戦略を検討することが求められる。

メキシコは米国の関税引き上げにUSMCAを用いてどう対抗するか

USMCAの前身である北米自由貿易協定(NAFTA)の協定文は22章で構成されていたが、USMCAは34章から成る。トランプ大統領はUSMCAの交渉では、カナダの老練な戦術にてこずったものの、最終的には米国の主張を盛り込むことに成功した。

例えば、 デジタル貿易(データの国境を越えた自由な移動を制限してはならない等を規定)や労働・環境に関する章の創設、75%の域内原産比率等の厳格な原産地規則(関税の撤廃・削減を受けるために、域内原産かどうかを判断する基準)の導入、等を挙げることができる。

トランプ大統領が IEEPAや1974年通商法122条等を用いて10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課したり、あるいは移民・麻薬問題を背景とする25%の関税をメキシコに適用したならば、メキシコはUSMCAの第2.4条1項(別段の定めがない限り、締約国は原産品に対する既存の関税を引き上げたり、新たな関税を導入してはならないことを規定)に基づき、同協定への違反として強硬に反発すると思われる。

そして、メキシコはUSMCAの第10.2条6項で規定されている対抗措置を利用して、トランプ第一次政権時と同様に、報復関税を打ち出すと予想される。これに対して、トランプ大統領は議会において、外国が米国製品に関税を課す場合、米国も同等の関税を課すことができる互恵通商法案を可決し、メキシコの報復関税に対抗する可能性がある。

USMCAの規定を用いてユニバーサル・ベースライン関税や25%関税を回避できるか

トランプ大統領は2017年から始まったUSMCAの交渉において、そのサイドレターの中に、1962年通商拡大法232条(国家安全保障を理由に制裁を可能にする規定)に基づく自動車・同部品への追加関税(25%)の賦課を回避する規定を盛り込んだ。

実際には、トランプ大統領は自動車・同部品を対象とする通商拡大法232条を発動しなかったので、その規定は使われなかった。こうした事実から、トランプ大統領がメキシコとカナダとのUSMCA交渉において、通商拡大法232条を両国からの譲歩を得るための交渉材料として活用したことを窺い知ることができる。

USMCAのサイドレターの中には、原産地規則を満たすならば、米国のメキシコとカナダからの乗用車の輸入は260万台まで、ライトトラックの輸入は数量無制限 で、1962年通商拡大法232条による自動車への追加関税(25%)の対象から外れることが盛り込まれた。自動車部品については、米国のメキシコからの輸入額は1,080億ドルまで、カナダからの輸入額は324億ドルまで、追加関税の対象外となることが記載された。

すなわち、 USMCAのサイドレターで約束された232条適用除外の上限を超えない分については、自動車・同部品の関税は原産地規則を満たしていれば、関税は無税で済むということだ。

また、USMCA第2章「財の内国民待遇と市場アクセス」のAnnex2-Cにおいて、メキシコ製の自動車・同部品がUSMCAの原産地規則を満たさなくても、一定の基準を満たすならば、メキシコから輸入される乗用車は160万台まで、ライトトラックは数量無制限、自動車部品は1,080億ドルまで、2018年の最恵国(MFN)の適用税率を超えてはいけないことが規定されている。

USMCA の第2.4条1項(関税譲許)や原産地規則を満たしていない製品を対象とするAnnex2-C等で定められた規定を活用すれば、米国のメキシコからの自動車・同部品の輸入において、10~20%のユニバーサル・ベースライン関税や移民・麻薬関連の25%関税の賦課を回避できるかどうかであるが、トランプ第二次政権はこれらの交渉で合意に達しなければ、USMCAよりも自国の通商法等を優先し、関税引き上げを強行すると考えられる。

USMCAの見直しでメキシコを経由した中国製品の対米輸出を阻止

トランプ大統領は2024年10月10日、中国等の国がメキシコを経由して製品や自動車部品等を無税で対米輸出することを防ぐために2026年のUSMCAの見直しを活用すると表明した。

USMCAの第34.7条の規定は、発効から6年後に最初の見直しを行うことを定めている。トランプ大統領は、このUSMCAの2026年見直しを利用し、メキシコでのEV等の中国車の生産やその拠点で製造した完成車や部品の対米輸出、及びメキシコを経由した中国車の米国への迂回輸出を阻止しようとしている。

現行のUSMCAのルールにおいては、メキシコにおいて原産地規則を満たしながら生産や加工を行った企業は、生産した企業の国籍にかかわらず、関税がゼロか低関税で米国へ輸出可能である。

USMCAは発効してから6年後に見直しを行い、参加する3か国が合意すれば、さらに16年間継続することを定めている。USMCAは2020年7月に発効したので、最初の見直しの年は2026年になる。見直しにおいては、各加盟国が新たに 16 年間にわたってUSMCAを継続する意思を示さない場合は、同協定は発効日から16 年後に終了する。つまり、合意に至らなくてもUSMCAは更に10年間継続し、その間に参加国は引き続き見直しの交渉を行うことができる。

現行のUSMCAの完成車の原産地規則は、最も厳格な基準であるネットコスト(純費用)方式で域内原産比率が75%以上であることを要求している。同時に、自動車を構成するエンジンやサスペンション及び先端バッテリー等の7つの基幹部品の域内原産比率は、75%を超えていなければならない。そして、時給16ドルを超える労働者が生産する北米の自動車工場からの部材購入額やその賃金の割合が40〜45%以上であること(賃金条項)、また自動車に組み込まれる鉄鋼とアルミの7割が北米産であること、さらに鉄鋼は発効から7年後には北米域内で溶かし流し出されて製造されたものでなければならないこと等を求めており、他のFTAと比べてUSMCAの原産地規則を満たすことはかなり難しいと言える。

現状でも越えなければならないハードルが高いUSMCAの原産地規則であるが、トランプ大統領は見直し交渉において、メキシコで生産した中国車や自動車部品、あるいはメキシコを経由した製品の対米輸出に対し、見直し前よりもさら厳しい域内原産比率を求めると共に、賃金条項や鉄鋼・アルミ要件以外の新たな原産地規則の追加を要求する可能性がある。

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