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コラム

2025/02/03 No.147省エネは終わったアジェンダか?昨今の動向を中心に

岩崎総則
ITI客員研究員
東アジア•アセアン経済研究センター(ERIA)リサーチフェロー
安橋正人
奈良女子大学生活環境学部准教授、RIETIコンサルティングフェロー、ERIAリサーチフェロー

エネルギーを取り巻く各国の状況は、今日ますます厳しいものになっている。2019年からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行により、世界のエネルギー需要は一時的に減少した。しかし、22年2月から始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻、続くパレスチナ・イスラエル戦争等による不安定な地政学的環境、グローバルサウスと呼ばれる新興国の経済発展による需要増加等によって、各国は大幅なエネルギー価格の上昇に直面している。

我が国もその例外ではなく、22年以降、ガソリン価格の上昇に対する激変緩和、電気・ガス料金抑制のために、非常事態としての補助金政策が行われているが、なかなか出口が見えてこない。グローバルな地政学上の懸念、それに欧米をはじめとした脱炭素政策の加速による化石燃料の資源開発からの撤退(ダイベストメント)により、エネルギー価格全般の上昇が継続し、コストプッシュ型のインフレーションが進行することで、国民生活や企業活動にも重大な影響を及ぼしている。

このような中で、2024年12月に公表された第7次エネルギー基本計画案に注目が集まっている。一部報道でも言及のあったように、 AIの利用やデータセンターの増加等によって、2007年以降減少傾向にあった電力需要の増加が今後見込まれることから、これまで「可能な限り原発依存度を低減する」と記述されてきた原子力発電についても、再生可能エネルギーと並んで「全面的に活用」するという文言に転換された。

他方で、日本のエネルギー政策において、エネルギー消費効率の向上、すなわち省エネは、世界トップクラスのレベルであると認識されてきた。1973年と79年の二度の石油危機を経た日本では、この危機を乗り越えるためにエネルギー効率を向上させることに政策的な主眼が置かれた。資源エネルギー庁は79年に「省エネ法」を制定して以来今日まで、日本は世界に先がけて省エネ技術の改善に努めている。省エネ法では事業者に取り組みの規範を定め、一定規模以上のエネルギー使用量の事業者に、年度に一度、原油換算したエネルギー使用量の報告義務を課している。また、通商産業省(当時)は、1978年に工業技術院(現・国立研究開発法人産業技術総合研究所)を中心として「ムーンライト計画」を立ち上げ、エネルギー転換及び利用効率の向上、未利用エネルギーの回収・利用等、エネルギーの有効利用を図る技術の研究開発を推進した。とりわけ、家電製品(エアコン・ヒートポンプ技術)、高効率ボイラー製造設備、断熱を施したオフィスビル建築物等の省エネ製品・技術が高く評価されてきた。

これまで省エネに重点的に注力してきたことから、今時のエネルギー基本計画案においても「省エネ」という言葉が随所に登場する。そして、化石燃料の大宗を海外からの輸入に依存する我が国において、徹底した省エネの重要性は不変であるが、今後、2050年にカーボンニュートラル(以下、CN)を達成するという目標に向けて更にCO2排出削減対策を進めていく上では、電化や非化石燃料への転換が占める重要性が今まで以上に大きくなると考えられる。

つまり、従来の省エネが脱炭素政策の中心的な役割を果たすとまでは言えなくなっている。

こうしたエネルギー政策における省エネに対する役割の低下は、日本が伝統的にエネルギー協力を行なってきた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域のエネルギー政策においても推察される。筆者らは過去からのASEANエネルギー閣僚会合と関連会合(ASEAN+3、東アジアサミット)の閣僚声明文書をテキストデータ化し、テキストアナリティクスの手法を用いて会合におけるトピックの時系列的変化を分析した(注1)。そして、テキストから気候変動とエネルギー安全保障に関連する用語をそれぞれ抽出し、その用語の全体での重要度を表す統計量(注2)を求めてトピックごとにまとめて合計した。これら統計量が時系列でどう変化したかを見たのが、以下の図1である。

図1.  ASEANエネルギー閣僚会合/関連会合の閣僚声明文書における特定用語の使用頻度を表す統計量の傾向(仮題) 

AMEM: ASEANエネルギー閣僚会合、AMEM+3: ASEAN + 3 エネルギー閣僚会合、EAS EMM:東アジアサミットエネルギー閣僚会 
注. ASEAN加盟国:ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの10か国(2025年1月現在)。ASEAN+3:ASEAN加盟国に加えて、中国、日本、韓国を加えた13か国。東アジアサミット:ASEAN+3に加えて、豪州、インド、ニュージーランド、ロシア、米国の5か国を加えた18か国で構成される。
出所:REITI:Discussion Paper Series 24-E-078
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図1の論文では9つの主題についてそれぞれ分析を行なっているが、省エネについて見ると、2000年代後半ごろから取り扱いが増えているが、2020年ごろを境に3つの閣僚会合ともに低調なテーマとなっている。3つの閣僚会合のうち、日本が加盟している2つの閣僚会合(AMEM+3、 EAS EMM)が、むしろAMEMよりも省エネの取り扱いが低くなっているようにも見受けられる。

元来、日本のASEAN諸国へのエネルギー協力において、省エネ技術の普及と促進は重要な柱であった。ASEAN諸国でも、1999年のASEANエネルギーセンター(ACE)によって作成された「ASEANエネルギー協力行動計画(APAEC)」の初版において、すでにEnergy Efficiency and Conservation(EE&C)が6つの戦略プログラムの1つとしてリストアップされていた。さらには、エネルギー価格の上昇に伴って、2000年代後半頃から省エネに対する関心が各国でより高まりを見せていた。このような動向は、図1の閣僚声明における省エネの取り扱いが増加し始めた時期と一致している。ASEANの省エネへの取組を支援すべく、日本は国際協力機構(JICA)や日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)等を活用する形で、専門的な見地から省エネに関する診断・指導に従事する人材の育成など、様々な協力を長年実施してきた。近年では、特にグリーントランスフォーメーション(GX)との関連での人材育成支援にも積極的に乗り出しており、CNを達成するために、「LED 等、よりエネルギー効率の高い製品の導入によるものと、無駄なエネルギー利用の削減(省エネ改善の実施)等によるものの2種類」を省エネ推進として実施している。

上述の分析で見たように、ASEANでの閣僚声明において2020年前後から省エネがテーマとしての重要性を相対的に低下させている理由はどこにあるのだろうか。一つに考えられるのは、CNに代表される脱炭素政策の進展である。15年に締結されたパリ協定に基づいて、各国は自主的に決定した排出削減の貢献(NDCs)を提出することになった。省エネは炭素削減に有効な手段であることは間違いないが(注3)、あくまでも既存のエネルギー源の効率的利用を前提としたものであるように見られがちだ。それに対して、CNの達成のためには、各国で再生可能エネルギー等の非化石燃料へのシフトを推進する政策が重要視されるようになってきた状況を指摘できよう。上述の「第7次エネルギー基本計画案」においても、省エネと非化石燃料転換が並記されており、今後供給サイドで非化石燃料の割合が上昇していく見込みとも読み取れる。ASEAN諸国においても、省エネそのものの重要性が低下したわけではないが、CN達成のための非化石燃料化がエネルギー政策の柱として重要となったために、閣僚会合声明においても省エネが相対的に取り上げられなくなったのではないか。もっとも冒頭でも述べた化石燃料に対する補助金の存在が、省エネを実施する企業や家計のインセンティブを削いでいる点も否定できず、省エネが脱炭素の有効な政策手段として機能しなくなっている事態も考えられる。

だた、省エネは各国のエネルギー政策において、地球温暖化対策、エネルギー安全保障、経済成長等、様々な課題解決に貢献する重要な取り組みであることには違いない。また、省エネは日本が長年の優れた知見を有する分野であり、まだまだASEANをはじめとする経済発展とエネルギー消費増加の著しいグローバルサウス諸国に対して、十分に協力する余地がある。そのためには、日本が主導するアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)などの枠組みを通じて、省エネによる経済面や環境面での長期的なベネフィットを示し、省エネ製品や技術の導入が当事者にとって魅力的となるような取組も必要であろう。今後とも、各国の政府、企業、個人が協力して省エネを推進していくことが、持続可能な地球社会の実現に不可欠である。

  1. Ambashi M., and F. Iwasaki. (2024). Climate Change−Energy Security Nexus in ASEAN: Quantitative text analysis using energy ministerial meeting statements, RIETI Discussion Paper, 24-E-078, (www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/24e078.pdf
  2. 具体的には、用語頻度・逆文書頻度(term frequency-inverse document frequency)と言われる統計量を計算した。
  3.  例えば日本エネルギー経済研究所(IEEJ)が発表しているエネルギーアウトルックでは、ASEANにおける省エネ政策が、CO2排出を削減する上で最も効果的な施策であると分析している。

参考文献

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