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コラム

2025/06/09 No.155EUやASEAN及び中国等のCPTPP加盟の可能性と日本企業への影響~その2  EUのCPTPP加盟の検討は時期尚早~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

EUのCPTPP加入に向けた貿易対話を開始

韓国の済州島で2025年5月15~16日、APEC(アジア太平洋経済協力)貿易担当大臣会合が開催された。APEC会合の傍らで、CPTPP12か国の代表は集まって協議を開催し、EUやASEANとの貿易対話に向けた作業をできるだけ早く開始することを16日の共同声明で発表した。

ドナルド・トランプ大統領は、矢継ぎ早に様々な追加関税を発動し、各国の焦りを誘う中で、貿易交渉で貿易相手国から譲歩を引き出す戦略を採っている。その追加関税の例としては、カナダ・メキシコには移民・麻薬対策に対する25%の関税、中国にはフェンタニル(麻薬の一種)流入での20%の関税、各国からの鉄鋼・アルミ及び自動車・同部品の輸入には25%の関税を賦課した。また、トランプ大統領は5月30日、海外から輸入する鉄鋼・アルミへの追加関税を50%に引き上げることを表明し、6月4日から実施した。

貿易相手国と同等の高い関税率を課すことができる相互関税では、ベースライン関税として一律10%を課し、さらに57か国・地域への上乗せ分として国別に異なる関税率を発動した。ところが、相互関税の上乗せ分については、90日間は一時停止となり、この間にトランプ政権は各国との貿易交渉を鋭意進めることになった。

ベトナムやカンボジア及びスリランカなどのアジアの国への相互関税は、当初の予想以上に高率となっており、対米輸出依存度が高いASEANなどの国に衝撃を与えた。こうした、トランプ大統領の強硬な姿勢を目の当たりにして、CPTPP加盟国は米国の保護主義に対抗する手段を模索しつつあり、EUやASEANとの対話や経済連携の促進を検討するようになった。

トランプ大統領は、2026年11月の中間選挙までに結果を出さなければならないという理由だけでなく、貿易相手国に対策を練るための十分な時間を与えないように、矢継ぎ早に幾つもの追加関税を発動している。すなわち、アメリカ大陸が地理的に太平洋と大西洋とを分断しているように、トランプ大統領は迅速にかつ個別にアジア太平洋地域とEUの国との貿易交渉を展開し、両地域の国が協力してトランプ関税に対抗するための時間的な余裕を与えないような通商戦略を実行している。

しかしながら、トランプ大統領の高率な相互関税は、CPTPP加盟国にその目論見を台無しにしてしまうほど大きなインパクトを与えている可能性がある。CPTPP加盟国であるシンガポールのローレンス・ウォン首相は、4月中旬の電話会議で欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長にEUとCPTPP間の協力強化というアイデアを提案した。フォン・デア・ライエン委員長は、シンガポールの首相の提案の以前より、EUがCPTPPに頼ることは最善の策の一つであるとの考えを抱いていた節があり、その提案に関心を示したようである。

また、トランプ大統領の相互関税の適用と90日間の一時停止を受けて、CPTPP加盟国のニュージーランドのクリストファー・ラクソン首相は、フォン・デア・ライエン委員長に電話でEUとCPTPPが協力して米国の関税政策に対応するよう求めた。

その電話から1週間後、ラクソン首相はロンドンまで約25時間かけて移動し、キア・スターマー英国首相と会談し、EUとCPTPPとの緊密な関係を築くための協力を求めたようだ。英国は、2024年12月にCPTPPへ加盟したばかりであるが、早くもCPTPPとEUとの協力強化の可能性を検討せざる得なくなったと考えられる。

まだまだ時間が必要なEUのCPTPP加盟の検討

CPTPPとEUの首脳間の動きとは別に、既にCPTPP・EU各国の政府高官の間で意見交換は進行中であり、双方が緊密な協力関係を構築する可能性が高まりつつあると見込まれる。

しかしながら、実際にEUが協力強化の次の段階であるCPTPPに加盟するかどうかを検討するには、現時点では、時期尚早だと考えられる。EUのCPTPPに対する関心の高まりは、トランプ大統領の強硬な関税政策や防衛費肩代わり論などに対する政治外交的な面からの対応であることは疑いない。

フォン・デア・ライエン委員長は、追加関税の賦課やデジタル課税及びNATO問題等に関するトランプ大統領との交渉結果を十分に検討した上で、慎重にCPTPP加盟国との対話促進や経済連携強化の政治経済的なインプリケーションを見出そうとしていると思われる。

おりしも、トランプ大統領は2025年5月23日、EUに対して6月1日から50%の関税を課すべきだと自身のSNSで表明した。これは、トランプ大統領はトランプ関税に対するEUの譲歩案に不満を抱いており、EUへの圧力を強めることで交渉を有利に進めようとしているためと考えられる。そして、トランプ大統領は5月25日、フォン・デア・ライエン委員長と電話会談を行い、50%関税の賦課を7月9日まで延期することに合意した。

今後のトランプ大統領とEUとの間における貿易交渉の激化が見込まれる中で、現時点(6月上旬)では、EUとCPTPPとの緊密な協力関係の強化を進めようとしても、EU側に余裕がないし、双方の協力関係の構想そのものの内容を策定するにも時間がかかると思われる。

さらに、こうした状況下においては、EUが全体としてCPTPPへの参加を検討するには、トランプ政権との交渉結果が将来の米EU間の政治経済関係にどのような影響と課題を与えるのかを見極めることが必要になると思われる。

すなわち、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が対米交渉の過程において、米国がグローバルな自由主義体制を守るために不可欠な存在であることを見限ったならば、EUがCPTPPへの加盟を検討する可能性が高まると見込まれる。

しかし、トランプ関税を巡る米EU貿易交渉においてある程度の成果を得た場合や、大いに不満であっても、一定の米EU間の政治経済的な協力関係のフレームワークが維持されるならば、EUのCPTPPへの加盟の議論は先延ばしされ、当面は緊密な関係協力を検討することになると思われる。

ASEANのインドネシアとフィリピンにおけるCPTPP加入の動きが活発化

トランプ大統領のアジアに課した相互関税率は一様に高い。例えば、バングラデシュは37%、カンボジアは49%、フィジーは32%、インドは26%、インドネシアは32%、ラオスは48%、マレーシアは24%、ミャンマーは44%、パキスタンは29%、フィリピンは17%、韓国は25%、スリランカは44%、台湾は32%、タイは36%、ベトナムは46%、等であった。

これらの相互関税は、10%のベースライン関税とは別に、上乗せ分として米国の港湾を通関する際に賦課されることになる。このような相互関税率の高さに、ASEAN各国は一様に驚いたと考えられる。トランプ政権は、ASEANなどに進出した中国企業による迂回輸入を警戒して、同地域への高い相互関税を賦課したと思われる。

ASEANの中で、CPTPPに加盟している国は、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、シンガポールの4か国であり、これ以外のフィリピン、インドネシア、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアの6か国は、相互関税の衝撃を跳ね返すためにも、CPTPP加入への動きを速めるかもしれない。

実際に、インドネシアは2024年にCPTPPへの加盟を申請済みであるし、フィリピンも加盟申請を準備中とも伝えられる。したがって、CPTPP未加盟のASEANの中でも、両国は加入の動きにおいて一歩前に進んでおり、その他の国も両国に追随する可能性がある。

CPTPPへの加盟申請を行った国としては、前述のように、21年には中国や台湾及びエクアドル、22年にはコスタリカ、ウルグアイ、23年にはウクライナなどが挙げられる。これらの国だけでなく、将来的にCPTPP未加盟のASEAN諸国と共にEUの加盟国がCPTPPに参加することになれば、アジア太平洋地域から欧州や中南米にまで裾野を広げた包括的なFTAが出来上がることになる。

そして、結果として、CPTPPのような高い自由化率を誇るFTAを活用することで貿易投資が活発化し、トランプ関税の保護主義を打ち消すグローバルな自由貿易圏が出現する可能性がある。

必ずしも大きくはないEUや中国のCPTPP加盟の経済的な意味

表1は2025年5月15日時点において、中国、台湾、韓国、フィリピン、インドネシア、カナダ、米国、日本、オーストラリア、ウルグアイ、EU、英国などの国が、CPTPP加盟国との間で締結しているCPTPP以外のFTAをリストアップしたものである。

中国はCPTPP加盟国との間で7つのCPTPP以外のFTAを発効させており、その対象となるCPTPP加盟国の国数の合計は9か国となる。すなわち、中国がCPTPP 加盟国の中でFTAを発効させていない国はカナダ、メキシコ、英国の3か国だけであり、12か国から成るCPTPPに無理をして加入する経済的な意味合いはその分だけ薄れることになる。

表1のように、22年1月からRCEPが発効したので、中国は日本との間でもCPTPP以外のFTAの利用を進めることが可能になった。したがって、中国の CPTPP加盟申請の動機は経済的な側面も少なからずあるものの、むしろ政治的な要因によるところが大きい。ただし、将来的に現在加盟申請中の国やCPTPP未加盟のASEAN諸国及び EUなどがCPTPPに加入するならば、その自由貿易圏の拡大による経済的メリットは十分に大きなものになると思われる。

表1. 主要国のCPTPP加盟国とのFTA( 2025年5月15日現在)

※クリックで拡大します
注1. 2025年5月15日現在のCPTPP加盟国は、日本、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、ペルー、チリ、英国の12か国。
注2. ( )内の数字は発効年月。
注3. 本表では、関税同盟、特恵貿易協定、第一段階の日米貿易協定も自由貿易協定(FTA) の一種として、対象に加えている。
資料:ジェトロ;「世界のFTAデータベース」より筆者作成

韓国はCPTPPの加盟12か国の全てとCPTPP以外のFTAを発効させている。フィリピンは10か国、インドネシアは8か国、米国は7か国、オーストラリアは9か国のCPTPP加盟国との間でFTAを発効させている。すなわち、これらの国全体に言えることであるが、韓国には特にCPTPPに直ちに加入しなければならないという強い経済的な理由を見い出すことができない。

これに対して、台湾の場合は表1のように、CPTPP加盟国との間でFTA を締結しているのはニュージーランドとシンガポールの2か国だけである。 したがって、台湾においてはCPTPPに参加する経済的な意味合いが強く、CPTPPを 利用した貿易投資の拡大に期待するところが大きい。 

英国は、表1のように、2021年1月にCPTPPメンバー国を含む多くの国との間でFTAを発効させているので、一見するとCPTPPに加盟する経済的な意味は大きくないように見える。しかしながら、同国のEUからの離脱による 自由貿易圏の穴を埋めるという意味では、CPTPPに加入することは経済的にも政治的にも一定のインプリケーションがあるように思われる。

なお、EUがCPTPP加盟国とCPTPP以外のFTAを締結している国の数は日本やベトナム及びカナダを含む9か国であり、未締結の国はオーストラリア、ブルネイ、マレーシアの3か国であった。つまり、EUは既に多くのCPTPP加盟国との間でCPTPP以外のFTAを締結しており、必ずしもCPTPPに加入しなければならないという経済的理由が大きいわけではない。

この意味で、EUがCPTPPとの対話や経済連携協定締結への関心を高めているのは、トランプ大統領との関税や非関税障壁及び防衛費肩代わりなどを巡る確執に基づく政治外交的な側面によるところが大きいと考えられる。

トランプ大統領との激しい貿易交渉を行っている最中において、EUがCPTPPへの加盟を検討するには、まだ機が熟していないことは既に述べたとおりである。EUはインドネシア、タイ、フィリピンなどとの間で二国間FTAを交渉中であり、むしろCPTPPとの経済連携強化の話し合いよりも先に、2025年5月3日に行われた連邦議会総選挙で勝利したオーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相との間でFTA交渉を再開したいと考えているようだ。EUとオーストラリアにおいては、牛肉などの農産物の協議が難航し、2023年にFTA交渉が決裂したという経緯がある。なお、EUは韓国とは2015年にFTAを発効させているが、米国と中国とは締結していない。

また、表1のように、日本がCPTPP加盟国の中でCPTPP以外の他のFTAを締結しているのは、カナダを除くブルネイ、シンガポール、メキシコ、チリ、ペルー、オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム、マレーシア、英国の10か国である。つまり、日本はこれらの10か国との間ではCPTPP以外のFTAを活用することができるが、カナダとの貿易では、利用できるFTAはCPTPPしかないということになる。

これに対して、カナダがCPTPP加盟国の中でCPTPP以外のFTAを締結しているのはチリ、ペルー、メキシコ、英国の4か国であるので、カナダの日本、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、マレーシア、ブルネイらの残りのCPTPP7か国との貿易では、利用できるFTAはCPTPPのみということになる。

様々な障害を乗り越えなければならない中国のCPTPP加盟

トランプ関税を巡る日米貿易交渉において、中国などのCPTPP加盟の検討も交渉カードの一つになり得るとも考えられないわけではない。しかし、RCEPの発効により、既に中国は日韓及びASEANやオーストラリア・ニュージーランドなどの他のRCEP加盟14か国との間で貿易ブロックを形成しているわけであるから、例え中国がCPTPPに入ったとしても、米国のインド太平洋地域におけるサプライチェーンへ全く新たに極めて大きな経済的影響をもたらすわけではない。

米国は、中国がこの自由化率が高く規模の大きなアジア太平洋の自由貿易圏の中に加入することで、知的財産権の侵害や補助金及び労働者の権利などの問題が指摘されているにもかかわらず、CPTPPの貿易ルールの創造や順守に役割を果たすことが認められ、CPTPPや一帯一路などの枠組みを活用しインフラ整備や経済協力を強力に推進することで、政治外交的な面でも中国の影響力が高まることに懸念を抱いていると考えられる。

これは、何も米国だけの懸念ではなく、日本や英国及びEU、さらにはカナダとオーストラリアなども、中国のCPTPP加入による影響力拡大に対して同様の恐れを抱いていることを否定することができない。したがって、中国の加盟に抵抗が少ないシンガポールやマレーシア及びベトナムなどを除き、CPTPP加盟国が実際に中国のCPTPP加入の審議を開始するとすれば、英国やEU及びASEANと同じ審査基準でもって判断する可能性は低いと思われる。

なお、CPTPPにおいては、新規加盟を検討する委員会による作業部会の設置の決定や作業部会の意思決定などに際しても、全ての加盟国に拒否権が与えられている。この拒否権ルールも加味すれば、トランプ政権との関税交渉の最中においては、中国などのCPTPPへの新たな加盟を承認するプロセスには、十分な時間を見込む必要がある。

つまり、カナダ、オーストラリア、英国、日本などは、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長のCPTPP加盟への対応を参考にしながら、防衛問題を含むトランプ大統領との貿易交渉の推移と結果を総合的に分析した上で、中国のCPTPP加入を判断することになると見込まれる。

中国のCPTPP加入を検討するとなると、その時に問題となる分野としては、市場アクセスや国有企業、競争政策、労働・環境、電子商取引、知的財産権などが挙げられる。中国はCPTPPに参加するためには、これらの分野に関するCPTPPの規定を受け入れなければならない。

米中貿易摩擦で問題になっているのは、先端技術分野等での知的財産権の侵害や技術移転の強制及び補助金問題などであるが、CPTPPでもこれらの問題を明示的に取り扱っている。CPTPPの投資章(第9章)は、技術移転の要求を禁止しており、国有企業章(第17章)は、国有企業に対する補助金供与や物品・役務の安価提供を禁止している。

WTOの補助金協定は、物品に対する補助金しか適用されないが、CPTPPの国有企業章はサービスも対象としている。また、他の近年のFTAと同様に、非商業的援助規律[国有企業に対する、当該国有企業が政府によって所有され、又は支配されていることに基づく援助(直接的な資金の移転、贈与又は債務免除、有利な条件による貸付け等)に関する規定]を導入し、非商業的な支援による悪影響を規制している。

さらに、電子商取引章(第14章)は、①締約国間における電子的な送信に対して関税を賦課してはならない、②電子的手段による国境を越える情報(個人情報を含む)の移転を認める、③現地化要求の禁止(コンピュータ関連設備を自国の領域内に設置すること等を要求してはならない)、④ソース・コードの移転又は当該ソース・コードへのアクセスを原則として要求してはならない、などを規定している。

CPTPPの第18章の知的財産章は、地理的表示(GI)の保護又は認定の規律を強化し、バイオ医薬品のデータ保護期間を実質8年(特許期間とは別に、少なくともこの期間だけジェネリクスの販売が遅れる)、著作物の保護期間を著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年とした。ただし、バイオ医薬品のデータ保護期間と著作物の保護期間については、CPTPP合意時の22の凍結項目に組み込まれた。

CPTPPの労働章(第19章)では、団体交渉権の保障や強制労働の廃止が求められているが、中国では独立した労働組合の結成が制限されている。この労働組合の組織化における中国のルールが、CPTPP基準に適合できるかが問題視されている。

CPTPP加盟国は、中国の新規加盟を検討する場合には、これらの分野で中国が全面的にルールを順守するかどうかを見極めるとともに、順守せざるを得ない枠組みを策定する必要がある。

さらに、中国をCPTPPの中に取り込んで、公正な競争を実現するために、米国のジョー・バイデン前政権が進めたIPEF(インド太平洋経済枠組み)における「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク(重要鉱物や半導体等)」、労働者の権利を守るための「IPEF労働者権利諮問委員会」などを、「CPTPP」の規定に導入することも一つの方策と考えられる。

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