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コラム

2025/10/20 No.158トランプ関税はビルトインされ制度化されるか~その1 自動車関税や相互関税で米貿易赤字は減少するか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

日本と米国は日本時間の2025年7月23日、米国の日本からの輸入における自動車関税率と相互関税率を15%とすることに合意した。同時に、日米合意に基づき、日本は5,500億ドル(約80兆円)の対米投資資金の出資や融資を約束した。日本は、こうした「トランプ的なもの」がトランプ後には元に戻るのか、80兆円の対米投資資金の歴史的な意義と活用方法などについて、徹底的に検討することが求められている。

トランプ的なものはトランプ後には元に戻るか

ドナルド・トランプ大統領の第二次政権は2025年1月から始まったが、第一次政権よりも政策の実行に関して強硬な姿勢が見られる。トランプ大統領は就任以来、高関税政策や制裁措置、規制緩和・減税やアメリカファーストによるMAGA (Make America Great Again)の実現、同盟関係の再構築、などに意欲的に取り組んでいる。これらは複合的に絡み合い、「ポピュリズム」や「反グローバリズム」などの流れを生み出している。こうした「トランプ的なもの」は、これまでの自由貿易体制の下での国際経済秩序とはかけ離れたものであり、トランプ後も米国の政治経済にビルトインされていくかどうかが懸念される。

トランプ大統領は相互関税を導入し、国ごとに違う関税率を賦課するようになり、WTOの無差別の原則とはかけ離れた通商政策を実行している。こうしたトランプ関税などに代表されるWTOのルールからの逸脱は、何も米国だけの現象にとどまらない。トランプ高関税への対策の一つとして、EUは米EU合意において米国からの輸入に対して関税を無税にすることを約束した。このような動きはEUだけでなく、アジアのベトナムやインドネシア及びフィリピンでも同様であり、これらの国は米国からの輸入品への関税率を0%にするかほとんどの品目で撤廃することに合意した。こうしたトランプ的なものに関連した動きは、WTOの機能をますます低下させる要因になっている。

トランプ大統領の次の米国大統領は2029年1月に就任するが、選ばれるのが共和党・民主党のどちらでも、その政策にトランプ的なものが継続されるのかどうかは大きな焦点になる。その見通しを占う上で最も重要なカギになるのは、米国の貿易赤字がトランプ関税によって減るかどうか、また、輸入の減少により製造業の生産と雇用が拡大するかどうかが挙げられる。

トランプ的なものがトランプ後も残るか否かを予想するシナリオの内、最もあり得るのは、トランプ後も高関税はある程度は継続され全てがトランプ前には戻らないというケースであると思われる。

つまり、トランプ関税は単なる保護主義ではなく、自動車や鉄鋼などの分野別関税や相互関税の導入で貿易赤字の是正と戦略産業の再構築を目指したものであり、こうした目標の達成が不十分である限り、途中で止めることは難しいと思われる。すなわち、トランプ的なものはトランプ後もしばらくは引き継がれ、トランプ関税の全面的な撤廃は無理で、段階的緩和や例外措置の拡大という方向に向かう可能性がある。

また、米国がトランプ的なものから直ちに離れられない背景の一つには、中国との覇権争いが激化する中で、一層の経済安全保障の強靭化が不可欠であることが挙げられる。米国はトランプ関税を導入し保護主義的な色彩を強めるとともに、輸出管理を強化することで国内産業を競争から守ろうとしているが、これに対して、中国は生き残りのために半導体や電気自動車(EV)及び重要鉱物などの分野でさらなる競争力の拡大を目指すと思われる。

この結果、中国はトランプ関税を機に戦略分野での製造能力や技術革新のスピードを速めていくものと考えられる。これに対して、米国はAI(人工知能)やデジタル分野を中心に高いイノベーション能力を発揮するであろうが、高関税がもたらす保護主義や高コスト体質により、製造業に関しては一段と国際競争力を低下させる可能性がある。

対中追加関税で米国の貿易赤字は縮小したか

米国の貿易赤字は、表1のように、2018年の0.9兆ドルから24年には1.2兆ドルに増加した。これは、米国の中国からの輸入が、トランプ第一次政権時の18年から始まった第1弾から第4弾にわたる「1974年通商法301条に基づく対中追加関税」により減少したものの、それに替わるメキシコ、ベトナム、台湾、カナダ、韓国などの国からの輸入が大きく増加したためであった。

表1. 米国の貿易赤字上位10か国の推移(国際収支ベース)(単位:100万ドル、%)

注1. 一番右の欄は、2018年から2024年の6年間で増加(減少)した貿易赤字の金額とシェアを指す。プラス(+)の金額は貿易赤字の増加を示す。
注2. ベトナムの2018年の貿易赤字は、通関ベース(FAS-Customs Value)の金額。
資料: 米国商務省経済分析局(BEA);「U.S. International Trade in Goods and Services, January 2025」より作成。
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米国の対中貿易赤字は2018年から24年にかけて1,240億ドルも減少したが、表1のように、その間にメキシコとの貿易赤字は1,000億ドル、ベトナムとは840億ドルも増加した。台湾、カナダ、韓国との貿易赤字はそれぞれ500億ドル前後の増加であった。すなわち、トランプ第一次政権に導入した対中追加関税により、中国からメキシコやベトナムなどの第三国への輸入転換が急速に進展したと考えられる(ただし、この中には中国からの迂回輸入も含まれている)。

米国の中国からの財の輸入は2019年と20年には前年から少し減少したものの、21年と22年には増加に転じた。これは、トランプ第一次政権時にスタートした対中追加関税の第4弾において、スマホやパソコン及びビデオゲーム機などのリスト4Bの品目が制裁から除外されたが、新型コロナウイルス感染症の拡大(以下、新型コロナ)を発端とするテレワークの進展でリスト4Bの 品目の需要が急拡大することにより、21年と22年の中国からの輸入が押し上げられたためと考えられる(注1)。その後、23年と24年には、新型コロナの影響が低下するとともに、対中追加関税を起因とする中国以外の国からの輸入拡大もあり、米国の中国からの輸入額は22年よりも低下した。

この結果、米国の2018年から24年までのメキシコ、ベトナム、台湾、カナダ、韓国などとの貿易赤字の増加額は、中国との貿易赤字の減少額を大きく上回っており、米国の同期間の世界との貿易赤字は、アップダウンがあるものの増加傾向を示した。

したがって、トランプ大統領は第一次政権時に対中追加関税を導入することにより、中国との貿易赤字を減らすことができたが(それでも24年の中国との貿易赤字は依然として全体の4分の1を占める)、米国全体の貿易赤字の削減を達成することができなかった。

トランプ関税の導入による輸入減から貿易赤字は減退するか

それでは、トランプ第二次政権における自動車関税の引き上げや相互関税の導入などのいわゆる「トランプ関税」は、今後の米国の輸出入や貿易赤字にどのような影響を与えるのであろうか。

トランプ大統領は2025年2月と3月において、IEEPA(国際緊急経済権限法)(注2)を根拠として移民・麻薬問題でカナダやメキシコ及び中国に対して追加関税を賦課した。トランプ関税はこのIEEPAに基づく追加関税の引き上げを起点として始まったので、まだ、輸出入のデータが少なく、その関税効果を明確に分析するには不十分である。

しかも、米国の25年1~3月の輸入額は医薬品、コンピューター関連機器、鉄製品を中心に大きく増加しているが(前年同期比26.3%増)、これはトランプ関税の発動を見越した駆け込み需要によるものと思われる。また、25年4~8月の輸入は前年同期より0.4%減にとどまっており、この結果、25年1~8月の輸入は9.5%増であった。

一方、米国の25年1~8月の輸出は前年同期より4.2%増加しており、輸入の伸び率よりも低いが堅調に推移している。この結果、米国の貿易赤字は25年1~3月には前年同期より67.5%増と大きく拡大しており、25年1~8月においても18.8%増と2桁の伸びを示した。ただし、25年4~8月の貿易赤字は前年同期比8.2%減と減少した。したがって、25年4月以降においては、トランプ関税による貿易赤字縮小の兆候が数字上は現れ始めたように思われる。

しかしながら、4~8月の米国の貿易赤字の減少の原因は、輸入は前年同期よりもわずかしか減っていないものの(0.4%減)、輸出が少し増加(4.2%増)したためであり、トランプ関税による輸入減が主導したものではなかった。すなわち、トランプ関税はある程度の貿易赤字を削減する効果をもたらす可能性があるが、現時点では米国の貿易赤字からの脱却に大きく貢献しているという確証を得るには至っておらず、もう少しデータの積み上げが必要と思われる。

表2. 関税収入を財輸入で割って得られる平均関税率(単位:100万ドル、%)

注. 2025年8月の財輸入額(季節調整済み)はセンサスベースで、それ以外の月は国際収支ベース。センサスベースの財輸入額の方がやや低めである。
資料:米財務省;「Monthly Treasury Statement(MTS) June, 2025」、米商務省, The U.S. Census Bureau and the U.S. Bureau of Economic Analysis; 「U.S. INTERNATIONAL TRADE IN GOODS AND SERVICES, JUNE 2025」
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米国の貿易収支が慢性的な赤字であるのは、投資が貯蓄を上回っているため需要超過が発生していることやドルが割高であることなどが背景にある。さらに、輸入減少と同時に輸出も減少するというように、輸出入が同じ動きをしていることも理由に挙げられる(米国の1999年~2024年の輸出と輸入の推移をグラフ化すると、その変化の動きには同じような傾向が見られる)。すなわち、輸出と輸入が同じような動きを示すのは、一義的には輸入減による外貨需要の減退によりドルが増価し、外国での米国製品価格の上昇から輸出も減少するためである。また、米国とカナダ・メキシコなどとの緊密なサプライチェーンを背景として、米国のメキシコからの自動車の輸入が減少すれば、メキシコでの自動車組立てに使われる米国製自動車部品のメキシコ向け輸出が減少するなどの連関性も影響している可能性がある。この輸出入の連動が今後も続くとすれば、トランプ関税で輸入が減少しても輸出も減少し、貿易赤字の削減効果は抑制されることになる。

トランプ第一次政権からの対中追加関税実施の影響から、米国の輸入は中国からメキシコ、ベトナム、台湾、カナダなどへの転換が進んだが、今回のトランプ関税では、中国以外の国にも高関税が賦課されている。このため、中国からその他の国への輸入の転換は前回ほど働かないことは明らかだ。

また、外国の輸出者がトランプ関税分の全てを輸出価格に転嫁すれば、米国の消費者物価は上昇し輸入は減少すると見込まれる。しかし、実際には関税引き上げ分の一定割合しか米国の消費者に転嫁されないと見込まれるので、関税引き上げの価格転嫁分しか輸入の減少に繋がらない可能性がある。

米国の8月の平均関税率は11.3%に上昇

トランプ関税導入以降の米国の平均関税率(関税収入額÷財輸入額)を見てみると、表2のように、25年の2月と3月は2%台であった。ところが、4月にはトランプ関税の影響から平均関税率は5.6%に増加した(トランプ大統領は4月から自動車の輸入に25%の追加関税を発動)。5月には8.0%となり(5月から自動車部品の輸入に25%の追加関税を発動)、6月には10.1%と2桁まで上昇した(3月の鉄鋼・アルミへの25%の追加関税の発動に続き、6月には50%に引き上げた)。7月には9.8%と一旦は下がったものの、8月には11.3%まで上昇しており(7月31日の大統領令に基づく相互関税を8月から発動)、9月以降には二桁台が定着する可能性がある。

したがって、米国が中国やカナダ・メキシコなどとの今後の関税交渉に合意することができず、医薬品や半導体などの分野で高率な追加関税が賦課されることにより9月以降も平均関税率が上昇し続けるならば、米国消費者への価格転嫁も進み、米国の貿易赤字が縮小する可能性がある。

しかし、米中合意などが進展し、平均関税率が8月の水準から大きく上昇しないならば、米国の貿易赤字の削減をもたらす力はそれほど強くはないと思われる。

トランプ的なものは制度化されるか

トランプ関税で輸入や貿易赤字が縮小せず、トランプ的なものがトランプ後も引き継がれた場合、中長期的には、高関税による価格・賃金の上昇により、製造業は高コスト体質になる。すなわち、米国製品は時間とともに海外市場において割高となり、米国製造業の輸出は競争力の低下から停滞せざるを得ないと考えられる。

一方、米国の自動車・同部品、鉄鋼・アルミ、医薬品、半導体、銅、中型・大型トラック、木材・木製品等の品目では、高率な分野別の追加関税を賦課・予定しているため、輸入は減少すると見込まれる(日EUから輸入される自動車の追加関税は、当初の25%から15%に引き下げられた)。しかし、一般的な財などではトランプ関税による保護や海外からの製造業投資等への拡大により国内生産が増加し、次第に中間財などを中心に輸入が増加する可能性がある。また、前述のように、中国やカナダ・メキシコとの貿易交渉次第であるが、米国の平均関税率の上昇がそれほど大きくなければ、輸入の下落圧力は強くはないと考えられる。

したがって、トランプ関税を導入しても貿易赤字が大幅に減少しないシナリオが実現する可能性があるし、たとえ輸入が減少したとしても関税を元に戻すことによる貿易赤字の増加基調への転換の懸念から、「トランプ的なもの」がトランプ後の米国にビルトインされ、当面は制度化されることもあり得る。

  1. 米国の2023年上半期の対中輸入の急減は何を意味するのか~ターニングポイントの兆しが見え始めた米国の対中ビジネスモデル~」、国際貿易投資研究所、国際貿易と投資 No.133 2023年、参照。
  2. 米国大統領は国家安全保障、外交政策や経済に重大な脅威があるとして、緊急事態を宣言した場合、大統領権限を行使できる。IEEPAの前身の対敵通商法(TWEA)は1971年8月のニクソンショック時の10%課徴金の課税に適用。米国の国際貿易裁判所(CIT)は25年5月28日、連邦巡回区控訴裁判所は8月29日、トランプ政権が課したIEEPAに基づく追加関税は違法と判断。これにより、IEEPAが違法かどうかの審議は、最高裁判所に移ることになった。
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