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コラム

2025/12/11 No.161IEEPAの最高裁判決によりトランプ関税政策や米製造業の復活戦略はどう変わるか~その2 関税免除品目削減や医薬品等の国内生産転換なくして米貿易赤字削減は困難~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

IEEPA(国際緊急経済権限法)の関税への適用が無効になれば、ドナルド・トランプ大統領は他の根拠法を活用し輸入削減効果の維持を図ると見込まれる。しかしながら、同時に医薬品、半導体、スマホ等の輸入に係る関税免除の見直しを進めるとともに、対米投資の拡大で製造業の国内生産転換を図らなければ、当初の狙い通りに貿易赤字を大幅に削減することは困難と思われる。

輸入削減の効果を弱める関税免除

トランプ大統領は鉄鋼・アルミ、自動車・同部品、医薬品、半導体、銅、中型・大型トラック、木材・木製品、航空機等の品目において、高率な追加関税を賦課・予定しているため、これらの品目の輸入は減少傾向を示すと見込まれる。

ただし、医薬品や半導体及びスマホなどの電気・電子機器は、国によっては追加関税や相互関税措置の対象外となっている場合が多いことに加え、自動車・同部品への追加関税は日韓EUに対しては25%から15%に引き下げられており、戦略的な産業分野におけるトランプ関税の効果が限定的である品目も少なくない。

すなわち、色々な分野で高率な追加関税や相互関税を賦課しても、医薬品や半導体及びスマホなどの分野で関税免除の見直しや国内生産転換が進まなければ、米国の輸入を縮小させる力に欠けることは否めない。

しかも、一般的な財などではトランプ関税による保護や海外からの製造業への投資拡大等により国内生産が増加し、旺盛な需要を背景に次第に中間財などを中心に輸入が拡大する可能性がある。また、中国やカナダ・メキシコとの貿易交渉の結果次第ではあるが、これからの米国の平均関税率の上昇がそれほど大きくなければ、輸入の縮小圧力は力強さに欠けると考えられる。

トランプ関税の効果は最高裁判決などの結果やその対応次第か

今後のトランプ関税を用いた米貿易赤字削減に大きな影響を与える要因として、IEEPAの関税への適用が違憲かどうかの最高裁判所の判決を挙げることができる。もしも、IEEPAの関税への適用が違憲であれば、当然のことながら、相互関税や麻薬・移民流入での追加関税措置などが無効になる。

これに対しては、本稿の前編で取り上げているように、トランプ大統領は1962年通商拡大法232条、1974年通商法301条、1974年通商法122条、1930年関税法338条などの他の根拠法で代替する可能性がある。これらはそれぞれ一長一短があり、通商法122条や1930年関税法338条は比較的早く発動が可能であるが、その他は調査・報告・公聴会などの手続きに時間がかかるのが難点である。

すなわち、IEEPAの代わりに他の根拠法を利用することは可能であるが、その実現に手間取れば、日本や韓国及びEUなどが出資する対米投資資金がスムースに活用できなくなることが予想され、その分だけ米国戦略産業への投資が遅れることになる。その結果、医薬品、半導体、スマホ、自動車などの分野において、輸入から国内生産への転換が進まない可能性があり、ひいては米貿易赤字の削減が円滑に機能しないこともありうる。

2025年に入りスイスや台湾及びベトナムなどとの貿易赤字が拡大

トランプ大統領は2025年2月~3月、麻薬流入や不法移民対策のためカナダ・メキシコ及び中国からの輸入に追加関税を賦課した。そして、鉄鋼・アルミや自動車などへの追加関税、さらには10%のベースライン関税を含む相互関税を発動し、貿易赤字の改善や製造業の強靭化を図った。

表1. 2025年1~8月の米国の財貿易赤字上位国(センサスベース)

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しかしながら、米国の2025年1~8月の貿易赤字は前年同期比18.8%増の9,251億ドルに達し、前年同期の7,788憶ドルより1,463億ドルも増加した。

同期間における米国の財貿易赤字上位国を見てみると、表1のように、米国は中国との貿易赤字を前年同期から381億ドル、ドイツとは79億ドル、イタリアとは55億ドル、韓国とは36億ドル減らしている。ちなみに、米国の日本との貿易赤字は7億ドル減少した。

これに対して、米国はトランプ関税の発動にもかかわらず、同期間においてスイスとは436億ドル、台湾とは375億ドル、ベトナムとは361億ドル、アイルランドとは350億ドル、メキシコとは194億ドル、インドとは142億ドル、マレーシアとは62億ドルも貿易赤字を増加させた。

スイスは医薬品、台湾・マレーシアは半導体、ベトナムはコンピューター部品が増加

米国は2025年に入り、スイスとの貿易赤字を大きく拡大したが、これはスイス製の医薬品の輸入増が大きく寄与している。同様に、アイルランドやインドからも医薬品の輸入の増加が顕著であった。ただし、アイルランドから輸入した医薬品の多くは現地の米国子会社が製造したものであった。また、インドからの輸入は主にジェネリック医薬品であった。

米国はスイスから医薬品だけでなく時計などの精密機械を輸入しており、トランプ大統領がスイスとの貿易赤字削減のために賦課した39%の相互関税は、スイスの対米輸出に大きな打撃となることは明らかであった。トランプ大統領が課した39%の相互関税を巡って、米国とスイスとの貿易交渉が続いていたが、ジェミソン・グリアUSTR代表は25年11月14日、両国は実質的に合意に達したことを表明した。

スイス政府の発表によれば、米国は39%の相互関税を15%に引き下げるとのことである。これに対して、スイスは全ての工業製品や魚介類及び農産物などの米国産品の輸入関税を引き下げることになった。また、スイス企業は一層の対米投資の拡大を計画しているとのことであった。

米国は台湾から半導体やコンピューター部品の輸入を拡大しており、マレーシアからインテルやマイクロンなどの米国企業の現地子会社からの半導体や通信機器・部品などの電気・電子製品の輸入を増やしている。米国の台湾とマレーシアからの輸入品に対する相互関税率はそれぞれ20%と19%であるが、両国からの半導体や通信機器・部品などの輸入に関しては、現時点では関税が賦課されていない。このため、トランプ関税にもかかわらず、台湾とマレーシアで生産された半導体などの対米輸出競争力は維持されている。

ベトナムの貿易統計によれば、米国の2025年1~9月のベトナムからの輸入においては、コンピューター部品が大きく伸びており、機械設備・同部品及び縫製品の伸びも堅調であった。米国のベトナムからの輸入が増加している大きな要因は、ベトナムに対する20%の相互関税にもかかわらず、これらの製品が関税免除の対象になっているためである。なお、米国のベトナムからの輸入の中には、中国企業がベトナムで製造した製品が含まれている可能性がある。

メキシコはUSMCA活用、インドは医薬品・スマホでの関税免除が輸入増に寄与

米国の2025年1~8月のメキシコからの輸入は、前年同期比6.7%増と堅調に推移した。これは、トランプ関税下でもUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の北米原産基準を満たすことができれば、メキシコは自動車、鉄鋼・アルミ、銅、木製品などの特定分野における追加関税の対象品目を除き、無税で米国に輸出することができるためと考えられる。

アップル社はスマートフォンの生産拠点を中国からインドに移管しつつあり、米国のインドからのスマートフォンの輸入は拡大傾向にある。トランプ大統領はインドに対して25%の相互関税を賦課するとともに、ロシア産の原油を輸入しているとの理由から25%の追加関税を発動した。

このため、米国はインドに対して合計で50%の関税を課税しているが、医薬品や半導体及びスマートフォンの輸入は相互関税や追加関税の免除品目となっており、このことが2025年以降もインドからの輸入が増加する要因となっている。

医薬品、半導体、自動車などの国内生産への転換が不可欠

米国の2025年1~8月の各国との貿易動向を見る限り、その貿易赤字を大幅に減少させるには、医薬品、半導体、スマートフォンなどの電気電子機器、さらには自動車・同部品などの輸入を抑制するのが効果的と思われる。そのためには、トランプ関税や対米投資促進策などを用いて、これらの製品を輸入から国内生産に転換することが不可欠と考えられる。

トランプ大統領は日韓EUの自動車関税や相互関税をそれぞれ15%に引き下げる代わりに、日本からは5,500億ドル(約80兆円)、韓国からは3,500億ドル、EUからは6,000億ドルの対米投資資金の拠出の約束を取り付けた。

同様に、スイス企業は2028年末までに2,000億ドル相当の米国への直接投資を計画している(職業教育訓練の強化も含まれる予定)。スイス企業の米国への直接投資の対象分野としては、医薬品や医療機器などが検討されており、製薬大手のロッシュは既に米国で工場建設に着工しているようだ。

すなわち、トランプ大統領は貿易赤字削減に繋がる米国内生産の拡大のために、日韓EUやスイスなどの相互関税を引き下げる代わりに、これらの国から対米投資拡大の約束を取り付けたのであった。

したがって、IEEPAの関税適用で最高裁において違憲判決が下されたとしても、他の根拠法への素早い転換で対米投資スキームが有効に機能すれば、戦略的産業の国内生産への転換が進み、貿易赤字は削減圧力を受けることになる。

しかしながら、もしも他の根拠法への転換に手間取るとともに、現行の関税免除の品目を温存するだけでなく、今後の中国やカナダ・メキシコなどとの貿易交渉でさらなる関税除外品目を認めるならば、国内生産転換や輸入の減少が進まず貿易赤字が大幅に削減しないシナリオが実現する可能性がある。

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