2016/03/07 No.28TPPはりんごの輸出を後押しするか
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
増える日本のリンゴ輸出
アジアに出かけると、最近は、現地のスーパーマーケットでよく日本のりんごや梨、イチゴを見かける。高いのが難点だが、高品質が受けて富裕者層に人気があるようだ。しかし、よく見ると、現地の消費者が購入するりんごは中国産や米国産、ニュージーランド産のりんごである。日本産のりんごの販売は、数量的にはまだまだ中国産や米国産と比較すると少ないようである。
そうした中で、日本のりんごの輸出は2015年に大きく拡大した。2014年から42%も増加し1億1,121万ドルに達した。台湾向けの割合が全体の74%を占め、香港向けが19%、中国向けが5%、タイ向けが1.5%であった。これは、日本産りんごへの需要拡大と円安の影響によるものと思われる。円は2014年の106円から、2015年には121円に大きく下落しており、ドル換算のりんごの輸出単価は低下している。
日本のりんごの輸出はこれまで1億ドルを超えたことはなく、2010年~2014年までは7,000万ドル~8,000万ドル台で推移してきた。2010年以前においては、2004年の輸出額は2,762万ドル、2005年には4,775万ドルであったので、ここ10年は上昇傾向にある。ちなみに、2010年の日本の生鮮品目の輸出額の上位を見ると、トップはりんごであり、次いで牛肉(くず肉除く)、ながいも、鶏肉(くず肉含む)、米(コメ)、と続く。
中国産のシェアが高いタイ・インドネシアのりんご市場
2014年における各国のりんごを輸入する時の単価を比較すると、中国と日本が全世界から輸入する場合ではキログラム当たり2ドルであるが、マレーシア、インドネシア、タイ、ドイツ、米国ともりんごの輸入単価は1ドル前後となる。
その中で、各国の日本産りんごの輸入単価は高く、インドネシアの日本からのりんごの輸入ではキログラム当たり約6ドル、中国とタイでは約5ドル、マレーシアでは約3ドルであった。
日本産りんごの輸入単価は高いが、タイの日本産りんごの輸入においては、日本とタイとのEPA(経済連携協定、JTEPA)を活用すれば、日本の輸出者は10%の関税分だけコストを低くすることができる。つまり、タイの日本からのりんごの輸入において、JTEPAを利用しなければ10%の関税(MFN税率)を支払わなければいけないが、利用することにより関税率(EPA税率)は0%になる(図参照)。タイの米国と韓国からのりんごの輸入では、10%の関税(MFN税率)が課せられるので、日本はJTEPA利用で両国に対して価格競争力を高めることが出来る
タイの日本からのりんごの輸入単価はキログラム当たり4.9ドルであるので、JTEPAを利用しなければ、輸入単価は10%アップの5.4ドルとなる。これがJTEPA利用で10%分である49セントの関税を削減(節約)できるので、輸入単価は4.9ドルのままとなる。なお、インドネシアのりんごの輸入においても、タイと同じ理由から、日本は日インドネシアEPA(JIEPA)利用で米国・韓国よりも5%の関税分だけ競争力を高めることが可能だ。
しかしながら、タイでもインドネシアにおいても、FTAのメリットを利用できるにも係らず、2014年の日本産リンゴの輸入はタイで126万ドル、インドネシアで18万ドルにとどまっている。これに対して、タイの中国産リンゴの輸入は1億1,072万ドル、インドネシアの中国産リンゴの輸入は1億3,521万ドルと桁違いの輸入規模となっている。
これは、1つには、中国はACFTA(ASEAN中国FTA)を活用し、インドネシアとタイの中国産りんごの輸入における関税率(タイ10%、インドネシア5%)を0%に引き下げることが可能であるためだ。また、インドネシアとタイの中国産リンゴの輸入単価がキログラム当たり1ドルであるため、日本産の5分の1以下の輸入単価となり、日本産りんごよりも圧倒的な価格競争力を持っているためと考えられる。
また、タイでは、2014年にニュージーランドから3,300万ドル、米国から1,800万ドル、インドネシアでは米国から5,700万ドル、ニュージーランドから600万ドルのりんごを輸入している。これらの国からのりんごの輸入単価はキログラム当たり1ドル~2ドルであり、日本産よりも高い価格競争力が輸入実績に反映されている。タイとインドネシアは米国とFTAを結んでいないにも係らず、両国の米国産りんごの輸入額は日本産の10倍~300倍にも達している。
図 タイのりんごの輸入における関税率と輸入単価の変化(単位:%、US㌦/キログラム)
価格を抑えてアッパーミドルを取り込め
アジア新興国の中間所得層は、2010年版通商白書によれば、2000年では約2.2億人であったが、2009年には約8.8億人、2020年には約20億人になると見込まれている。
さらに、アジアにおける中間層拡大の内訳を見てみると、中国においては、2009年のロワーミドル(5000ドル~1万5000ドル未満)の4.6億人が2020年には5.8億人、アッパーミドル(1万5000ドル~3万5000ドル未満)が9,000万人から4.1億人に急拡大すると見込まれる。インドではロワーミドルが3億人から7.1億人、アッパーミドルが2,200万人から2.8億人に拡大。ベトナムではアッパーが130万人から1,240万人へ、タイではアッパーが945万人から2,150万人へ増える。
この将来予想からわかることは、ロワーミドルの拡大が顕著ではあるものの、アッパーミドルの層も大きく拡充することである。日本のりんごはこれまで価格が高いため、富裕者層向けが主な対象であったが、このアッパーミドルの台頭により、その購入可能層が拡大すると考えられる。
しかも、一定の品質を維持しながら、もう少し価格を抑えたりんごを開発すれば、この爆発的に拡大するアッパーミドルをより取り込むことが可能になる。これは、工業製品が既に経験したビジネスモデルであり、青果物などの農産品にも当てはまると考えられる。
りんごの輸出でTPPのメリットを活かせるか
5年半にわたるTPPの交渉は難航したものの、ついに2015年の10月に米国のアトランタで合意に達した。全品目の自由化率は各国とも100%近い高い水準であった。その中で、日本の自由化率は95%と相対的には低いものの、これまでに締結したFTAよりも高い水準となっている。
日本の農産物市場の自由化により、生鮮品目や食料・飲料品などの輸出の拡大は待ったなしの状況にある。TPPなどのFTAを活用した農産物の輸出が求められており、今後は各国の関税削減スケジュールを基に、新たな輸出戦略を打ち出す必要がある。
TPP各国は既にTPPのフルテキストを公表しており、その中で譲許表(関税削減スケジュール表)も明らかにされている。この各国の譲許表を調べれば、輸出したい品目の関税の削減動向を理解することが出来る。つまり、TPP参加国において、当該品目が元々0%であったのか、TPP発効後に直ちに撤廃するのか、それとも時間をかけて徐々に撤廃するのかを把握することが出来る。
TPPにおける各国のりんごの関税削減スケジュールを見てみると、米国、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、ニュージーランド、シンガポールの6ヵ国はTPPの合意以前からりんごの関税率は0%であった(表参照)。
チリとマレーシアの関税率は元々6%と5%であったが、これがTPP発効後には1年目から即時に撤廃される。ベトナムのりんごの関税率は15%であるが、TPP発効後は1年目には10%、2年目は5%になり、3年目には0%になる。ペルーのりんごの関税率は9%であるが、1年目には7.5%に下がり、最終的には6年目に0%になる。
これに対して、日本とメキシコは、関税はTPP発効から11年目に0%になる。発効前の日本の関税率は17%であり、メキシコは20%と高率であり、その分だけ、最終的な関税撤廃の期間が長くなる。
日本のアジアへのりんごの輸出においては、インドネシア、マレーシア、タイ向けは既存のEPAを活用することにより関税を削減することが出来る。これに対して、中国向けやカンボジア・ミャンマー向けはFTAのメリットを受けることが出来ない。
TPPを利用して輸出する場合であるが、米国、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、ニュージーランド、シンガポール向けは、既に発効前から関税率が0%であるので、FTA利用のメリットは生じない。メリットがあるのは、チリとマレーシア、ベトナム、ペルー、メキシコの5ヵ国への輸出である。
TPP発効後の1年目においては、日本からのりんごの輸出で最も効果が高いのは、チリ向けで、TPP利用で関税率は6%も下落する。マレーシア向けとベトナム向けはTPP利用で5%、メキシコ向けは4%の関税を削減できる。最も低いのはペルー向けで、2.5%の削減にとどまる。
ただし、日本はこれらの国との間で既に2国間EPAを結んでいるので、FTAの利用においては、TPPと2国間EPAを比較して輸出時点の日本産りんごに対する関税の低い方を選ぶことになる。チリの場合は、2015年4月時点の日本とのEPAにおけるりんごの関税率は2.6%である。もしも、これがTPP発効時点でも同じであれば、チリのTPPにおけるりんごの関税は即時撤廃であるので、TPPを利用した方が関税削減のメリットが大きいことになる。ベトナムの2015年の日本とのEPAにおけるりんごの関税率は7.3%である。ベトナムのTPPでの1年目のりんごの関税率は10%であり、2年目は5%であるので、2年目以降は日本とのEPAよりもTPPを利用した方が、関税率を下げることが出来る。
したがって、TPPを利用して日本のりんごを輸出しようとすれば、日本とのEPAの方が有利な場合もあるが、約半数のTPP参加国でメリットを受けることが可能だ。しかしながら、関税を削減することが出来ても、価格を下げない限り輸出を継続的に大きく増やすことは難しく、TPPを契機に新しい輸出のビジネスモデルが必要である。
TPP発効から11年後には日本のりんごの関税が撤廃されるので、この間にりんごの輸出戦略を確立することが望ましい。将来的には、このビジネスモデルには日本からの輸出だけでなく、オーストラリアやニュージーランド、中国に投資をして、そこからアジアやTPP域内市場に供給するという仕組みも考えられる。
表 TPPにおける各国のりんごの関税削減スケジュール
(参考文献)
FTAはどのような機械機器部品や農産物に効果的か(国際貿易投資研究所、季刊「国際貿易と投資」96号、2014年)
FTAで輸出が見込まれる農産物は何か(国際貿易投資研究所、フラッシュ2014年5月1日)
拡大するアッパーミドルを狙え~アジア新興国の消費市場に挑む~(国際貿易投資研究所、コラム2013年6月27日)
5年後のアジアの購買力は日本の7倍(国際貿易投資研究所、季刊「国際貿易と投資」85号、2011年)
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