一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2017/10/31 No.46中国はどこへ行く(2)〜共産党19次全国代表大会での習近平総書記の報告を読み説く〜

江原規由
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

中国共産党第19次全国代表大会(以下、『党19大会』)で、第2期習近平体制がスタートしたわけであるが、その第2期(2017年−2022年)には、2021年の中華民族復興「2つの100年の夢」の1つ目の夢となる中国共産党結党100周年を迎える。それまでの道程をみると、2018年改革開放40周年、2019年中華人民共和国建国70周年、2020年全面小康社会(ゆとりある社会)の建設最終年、そして、2021年結党100年と、第2期習近平体制の成果と中国の躍進を内外にアピールできる国家的行事、記念式典が相次ぐ。同時に、習近平総書記が、『党19大会』)の開幕式で行った『報告』がどこまで実現され、人民にどのよう享受されているかを認める機会でもある。

民生向上への需要と発展の不均衡・不十分との矛盾

『報告』では、中国共産党の過去5年の業績、今後の決意表明がなされているが、その前段で、中国社会の矛盾について論じているところは、極めて興味深く異彩を放っているといえる。第二期習近平体制が向き合っている中国の政治、経済、社会の現状と課題を知る上で極めて重要な視点が提供されている。以下はその要点部分である。

“中国の特色ある社会主義が新時代に入り、すでにわが国の主要な社会矛盾は、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要と発展の不均衡・不十分との矛盾へと変化している。わが国は十数億人の衣食の問題を着実に解決し、小康(ややゆとりのある生活水準)を全般的に達成し、小康社会の全面的完成を目前にしている。そのため、人民の素晴らしい生活への需要が日増しに多様化しており、物質文化生活への要求がより高いものになってきているだけでなく、民主・法治・公平・正義・安全・環境などの面での要求も日増しに増大している。同時に、わが国は、多くの分野で世界の上位に入るほどまで社会的生産能力が全般的に著しくその水準を高めている。そのため、発展の不均衡・不十分という問題がいっそう際立ってきており、すでに人民の日増しに増大する素晴らしい生活への需要を満たす上での主要な制約要因となっている”。(新華社の公表文)

要は、人民の生活は向上したが、人民はさらにその上の豊かさを希求している。これに応えるため、党は、社会的生産能力を向上させていかなければならない、ということになる。建国の父毛沢東は、「矛盾論」で、“社会に矛盾があるからこそ発展の原動力となる”といっている。『報告』での「中国社会の矛盾」への言及を深読みすれば、習総書記は、『報告』のこの部分で、毛沢東の「矛盾論」を意識していたのではないだろうか。『党19大会』では、中国共産党規約に、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」をマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、3つの代表の重要思想、科学的発展観と同列に党の行動指針に盛り込むことを全会一致で決定した。「毛沢東思想」のように直接「習近平思想」とはしていないが、「習近平」と「思想」の間に、『報告』の核心である「新時代の中国の特色ある社会主義」を入れているところに、やや控えめではあるが、習近平総書記の決意と同体制の求める方向がみてとれよう。

新時代の中国の特色ある社会主義

では、新時代の中国の特色ある社会主義とは何か。いろいろな見方があるが、こうみることもできるのではないだろうか。

まず、建国以来の党・国家運営の柱・重点が、政治重視(建国した毛沢東の時代)から経済優先(改革開放政策を打出した鄧小平の時代に代表的)へ、そして、今や、民生安定・向上(共同富裕を最重点策とする習近平の時代)となっている点を指摘したい。『報告』では「民生」への言及がかなりの部分を占めているが、この点、鄧小平が改革開放政策で主張した「先富論」(最初に豊かになれる人・地域から先に豊かになれば、貧しい人たちも自然と豊かになれるという考え方)が実践されようとしていることをうかがわせる。民生の安定・向上に関し、『報告』では、こんなタイムテーブルが描かれている。

すなわち、2021年の建党100年までに、全面的小康社会(ゆとりある社会)を基盤として、

  1. 当面、経済をさらに発展させ、民主をさらに健全なものにし、科学教育をさらに進歩させ、文化をさらに発展させ、社会をさらに調和のとれたものとし、人民がさらに実の伴った小康社会で生活できるようにする。
  2. 2020年から2035年にかけて、人民生活をさらにゆとりあるものにするために、さらなる努力を尽くす。
  3. 2035年から今世紀中葉にかけて、全ての人民の共同富裕を基本的に実現し、人民のさらなる幸福、健康かつ繁栄を共に分かち合う生活を享受できるようにする。

かなり抽象的な表現ではあるが、「先富論」の後半部分、すなわち、「先に豊かになった地域、人は、後に続く地域、人が豊かになるために手を貸さなければならない」との部分に符合しているといえよう。この点、「さらに」が何度も言及されていることからもうかがえる。「鄧小平理論」を大いに意識しているということであろう。「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」の正当性、権威をそれとなく暗示しているとも受け止められる。

ところで、このタイムテーブルを、人民生活の基本的需要面(衣食住行玩楽)の変化から見れば、現在は、「衣」、「食」足りて、目下、「住」、「行」(交通)環境を整備している段階にあり、今後、さらに、「玩」・「楽」(趣味、レジャー、観光などが代表的)の機会を増やす、ということになるのではないだろうか。

このほか、健康、教育、民主・法治・公平・正義・安全・環境面などで、新時代の中国の特色ある社会主義の建設には、対応すべき課題は少なくない。今世紀中葉までに建設するとされる社会主義現代化強国のタイムリミットは30余年。果たして、どんな「特色ある社会主義」が誕生するのであろうか。

もう一つの「100年の夢」の実現

「新時代の中国の特色ある社会主義」の建設において、民生が大きくクローズアップされているわけであるが、「民生向上と発展の不均衡・不十分」という矛盾の背後にどんな問題・課題があるのか、事例をいくつか挙げてみたい。例えば、

  • GDP世界第2位の経済大国、世界第1位の生産大国になったが、人口一人当たりGDPでは、世界93位(8,260ドル、2016年、中国国家統計局)に甘んじている。
    なお、中国国家統計局が2017年10月10日に北京で行った記者会見で、2016年の中国人民のエンゲル係数が30.1%に達したことを明らかにしており、これは国連が各国の生活レベルを区分する上で定めている「富裕」レベルの20〜30%に近づいてきているとした。
  • これまで6,000余万人が貧困から抜け出したとされるが、依然、都市と農村間、都市内部の格差はそれほどに縮まっていない。因みに、都市と農村の発展・所得分配の格差は2016年の1人当たり可処分所得が、都市部では3万3,616元だったのに対し、農村部では1万2,363元だった。中・西部地域の1人当たりGDPは沿海発達地域の半分しかない。
  • 世界第1の生産大国ではあるが、世界に誇れるブランドはまだ少ない。
    なお、米World Brand Lab社の2016年度版「世界のブランドトップ500」(北京で発表)によると、中国からは国家電網、工商銀行、海爾(ハイアール)、中国移動(チャイナ・モバイル)、華為(ファーウェイ)、聯想(レノボ)など、36ブランドがランクイン。14年度は29ブランド、15年度は31ブランドであった。
  • 2017年末の中国全国の企業総数は2,907万2,300社(人口1,000人当り企業数は21社)と世界最多規模であるが、世界的企業はきわめて少ない。
  • 新型都市化を積極推進して久しいが、2016年の都市化率は57.35%と、先進国水準の80%以上を大きく下回っている。都市戸籍を所有する人の比率では、これをさらに下回る。

このほか、社会保障の充実、教育環境の整備(人材育成・確保を含む)、環境・医療・健康・老後問題への対応(緩和・改善・整備・解消)に関係する、発展段階と人民の生活向上への希求との間に潜む矛盾は多々指摘できる。『報告』では、目下、中国が、新型工業化、情報化、都市化、農業現代化を推進し、経済強国、科技強国、人材強国、教育強国、スポーツ強国など大国から強国への道を歩む姿勢を前面に押し出している。その一つの到達点が、もう一つの「100年の夢」の実現期とされる今世紀中葉に実現が期待されている社会主義現代化強国ということではないだろうか。

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