一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2017/11/17 No.47TPP11の大筋合意と日本のこれからの選択

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

温度差が現れたTPP11の報道

米国を除くTPP11ヵ国は2017年11月10日(金)の夜、将来において米国が参加するまで凍結する20項目の話し合いを終了し、新たなTPP11ヵ国間の自由貿易協定に大筋で合意した。新たな協定は、包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP、the Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)と名付けられた。

11月10日の夜はTPP11ヵ国の首脳会議を開く予定であったが、土壇場でカナダが異議を申立て、一時は紛糾したが、最終的には日本がカナダの同意を取り付けるに至った。カナダは日本に対して、厳格な米国の自動車の安全基準を日本基準とする米国への約束を、カナダにも適用することを求めた。日本が米国に約束した基準は、前面や後面の衝突、ナンバープレート灯、内装材料の難燃性、ワイパーや洗浄液噴射装置、などの7つの安全基準から成る。

カナダ側は、閣僚会議の前からTPP11の合意を急がないとしており、米国とメキシコとの間で交渉中のNAFTAへの影響を考慮しながら、カナダの要求をTPP11にどれだけ盛り込めるかに最後まで固執したものとみられる。カナダのTPPを活用した関税削減効果を国別に計算すると、米国への輸出でほとんどを説明できる。それだけ圧倒的な対米依存にあるカナダは、米国抜きのTPPは相対的に魅力が薄い。

つまり、カナダの文化財保護や知的財産権などを含むTPP11交渉で凍結・継続交渉になった項目を始めとして、米国の離脱で米国製自動車部品をTPPの現地調達比率の計算に組込めなくなることや、カナダのミルク・バターや鶏肉などの供給管理政策を維持するために米国の要求に応えて鶏肉・乳製品の無税での関税割当枠(輸入枠)を他のTPPメンバー国に広げたことなど、カナダは今回の交渉の前から不満を抱えていたのである。これらの分野は、NAFTA再交渉でも激しいやり取りが見込まれるので、TPP11の交渉で簡単に合意するわけにはいかなかったと思われる。

そもそも、カナダ国内ではTPP11の関心は薄く、TPP11ヵ国での交渉を報じる記事が少ないのが実情である。TPP11大筋合意直後にカナダのインターネットでTPP11の記事を検索しても、トップに出てくるのはJapan Timesか日経新聞のアジア版のニュースであり、なぜカナダが異議を申し出ているのかを詳しく把握する情報を得ることは難しかった。カナダ政府のCPTPPを取り上げているサイトを見ると、CPTPPの詳細はオーストラリア政府のサイトにあると記載されており、閣僚声明文は添付されていない。

TPP11が凍結した20項目を見てみると、バイオ医薬品のデータ保護期間(8年)や死後70年の特許期間を含む知的財産権、投資家が国家を訴えることができるISDS条項、政府調達の参加条件として労働者の権利保護の確保を求めること、などが含まれている。また、継続協議が決まったのは、マレーシアの国有企業、ブルネイの石炭産業のサービス投資ルール、ベトナムの紛争解決、カナダの文化財保護の例外措置、の4項目である。

CPTPPは今後も継続交渉案件を話し合い、TPP11ヵ国はその結果に合意しなければならない。そして、2018年前半に署名を終えることができれば、2019年にも発効が可能になる。カナダは、TPP11の交渉は急がないとしており、このスケジュールが可能かどうかは日本とカナダとの今後の話し合いにかかっていると言っても過言ではない。

CPTPPの発効は、TPP11カ国中6ヵ国の国内手続きを終えてから60日後に発効することになっている。日本としては、カナダを巻き込んだ上でのCPTPPの発効が望ましいが、そのかじ取りは一筋縄ではいかないと思われる。

TPP11で何が変わるか

もしもCPTPPが発効すれば、まず関税が削減され、貿易の流れが拡大する。日本市場では、牛肉に掛かる関税は現在の38.5%から16年目には9%になる。豚肉は高価格品には関税が掛からなくなり、低価格品には現在のキログラム当たり最大で482円から50円に削減される。また、10%以上もの関税が掛かっているトマト加工品、オレンジ、パイナップル、りんごなどの関税は段階的に削減され、最終的には遅くても11年目には撤廃される。

海外での携帯使用時に適用される国際ローミングでは使用料が軽減されるし、ベトナムでの小売り進出では2店舗目に適用される経済需要テストが一定期間後には撤廃される。また、日本や第3国に設置したサーバーからデータや通信販売が可能になる。つまり、データを保管するサーバーを必ずしも販売先の現地におかなくてもよくなり、域内での電子商取引が活発化する。

こうした成果は、日米間の経済対話や2国間FTA交渉が行われるならば、日本はTPP11以上の条件は譲れないとの駆け引きの材料になりうる。また、今後のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓FTA(CJKFTA)の話し合いで有利な交渉材料になり、TPP11の成果をテコに質の高いFTAを達成する可能性が高まる。

特に、中国にとっては、CPTPPは素直には歓迎できないメガFTAであることは事実である。米国抜きのTPPではあるものの、中国を包囲する経済圏になりうるし、今後のRCEP交渉や一帯一路の運営では避けては通れない存在になるからだ。

また、TPP11は日EU・EPAとともに、Brexitやトランプ政権の保護主義に対する防波堤の役割を果たすことが期待される。

日本は日EU・EPAも大筋で合意

日本とEUは2017年7月、日EU・EPAに大筋で合意に達し、年内にも最終合意を目指す動きを見せている。日EU・EPAは、TPP11の大筋合意よりも先に合意に達した意義は大きい。これは、日本とEUの貿易や経済を拡大するだけでなく、世界の保護主義への牽制にもなるからだ。

もしも、トランプ政権が安全保障上の理由から通商法232条を用いて鉄鋼製品の関税を引き上げたならば、対象国はWTOに提訴をし、報復合戦になる可能性が高まる。こうした流れに歯止めをかけるのが日EU・EPAでありTPP11の大筋合意である。

全体的に遅れがちなRCEPの分野別交渉

2013年から始まったRCEP交渉であるが、2017年に入っても、知的財産権の分野や高い自由化率を求める関税削減交渉などが難航し、年内の合意は難しくなっている。

物品市場アクセスの分野である関税交渉では、加盟国に同じ関税を課す共通譲許の採用については合意している。しかし、2017年の中盤において、関税削減交渉は道半ばであり、今後の交渉の進展にはインドと中国の説得が不可欠となっている。また、原産地規則の交渉は遅れているが、貿易円滑化の分野では順調に進んでいる。

ルールの策定が進展しているのは、SPS(衛生植物検疫)とTBT(貿易の技術的障害)及び政府調達の分野である。ただし、政府調達や知的財産権(海賊版、模倣品の厳格な取り締まり等)では今後の進展が期待される。投資では内外無差別、ISDS(企業が国家を訴えることができる紛争解決手続き)などの交渉で中国が積極的に交渉を進めている。サービス(越境サービス貿易、商用関係者の移動、金融サービス、電気通信サービス)の交渉は順調に進展しており、特に、インドが積極的である。人の移動の自由化では、入国・滞在要件の緩和を詰めることになる。電子商取引は順調に進展しており、経済協力、中小企業の分野においては、既に交渉が終了している。

保護主義への対応で望まれる日中韓の経済協力

日本におけるTPP11の大筋合意後の戦略としては、当面はTPP11の発効を目指し、徐々に米国の加入を求めることが考えられる。これと並行して、タイ、インドネシア、フィリピン、台湾、韓国などのTPPへの参加を促し、将来的には中国の参加も働きかける可能性もある。

一方、Brexitやトランプ政権の通商政策などの保護主義が台頭する中、日中韓には、FTAなどの経済統合を通じた経済協力を推し進め、その経済力に見合う新たな経済連携を模索することが求められる。

すなわち、アジアを牽引する日中韓に最も期待されるのは、RCEPや日中韓FTA(CJKFTA)、あるいは東アジア経済共同体(EAEC)などの経済統合を創設し、東アジアの自由貿易体制を維持・発展させることである。そして、これに一帯一路構想やAIIB(アジアインフラ投資銀行)などを含む新たな制度の下で、互いに経済協力関係を強化することができるならば、世界の生産やイノベーションの基地としての地位を一層高めることが可能になると思われる。

そのためには、日中韓は包括的な経済連携であるRCEPとCJKFTAの合意で協力し合い、なるべく質の高いFTAの実現を図ることが望ましい。特に、日本にとって、RCEPとCJKFTAを利用する場合の貿易利益はTPPを上回る。RCEPやCJKFTAにおいて、自動車・同部品の関税削減や人の移動などのサービス貿易の自由化を実現することができれば、東アジアでのサプライチェーンが一層拡充することになる。

日中韓は東アジア経済の実質的なメイン・プレーヤーであるが、単なるライバルとしての競合関係を続けるのではなく、これまで見逃されていた製造・サービス委託、さらには中小企業、IT、E-コマースなどの分野における新たな企業連携を模索することが期待される。それに中間財貿易や人・資本の移動の拡大のため、域内の経済統合などの経済協力を進化させていけば、日中韓の協調的な競合関係が確立し、東アジアの経済発展はさらに確固たるものになると考えられる。

日本のこれからの選択

日本経済にとって、トランプ政権と経済対話などを通じてさらなる強固な協力関係を築き上げることは極めて重要である。なぜならば、日本の輸出と直接投資の対米依存は群を抜いているからである。一方では、高まる保護主義への対応として、日中韓の経済協力を進め、東アジアの成長センターとしての地位を保持することも、日本として不可欠な選択である。

すなわち、米国とは日米経済対話、欧州とは日EU・EPA、アジア太平洋ではTPP11やRCEP及び日中韓FTAなどのFTA、あるいは安倍首相が提唱する「自由で開かれたインド太平洋戦略」を進め、貿易投資の自由化と日本経済の活力を高めることである。

しかしながら、日本経済は2017年の後半に入りややデフレ脱却の可能性が見え始めているが、依然として日本のデフレマインドを完全に払拭するには至っていない。このデフレ経済の原因は日本社会の高齢化や国内の需要不足、あるいは将来への不安、などからもたらされる。このため、日本企業は海外需要を取り込むために、資金を海外に投資しており、企業収益の多くを海外から得るようになっている。

しかし、デフレから脱却できない要因を別な角度から見てみると、農業改革や国内の規制などの構造改革が十分でなく、国内や海外からの投資が不活発であったことも大きい。80年代や90年代の官製需要や2000年代以降の成熟経済下の需要創出では、十分なデフレ脱却の効果を得られなかった。

80年代後半の日米構造協議以降、日本への大規模な構造改革の海外からの圧力は弱まり、高成長をもたらすAIやロボットなどのイノベーション、農業の競争力拡大、高齢化社会向けの産業の創出は不十分であった。日本企業は国内産業の革新への投資に慎重であった。オバマ政権下の2013年から始まったTPP協議は日本の構造改革に楔を打ち込むいい機会であったが、結局は農業改革も国内の規制削減も多国間での交渉のためか、画期的な成果に結びつくことは難しいと思われる。

構造改革が不十分であるのは、何も日本だけでなく、中国も同様である。TPPへの参加を見送り、RCEP交渉でも国有企業や知的財産権、関税削減の分野で改革の意欲が表面化していない。将来的には、日本よりも深刻かもしれない。今回のTPP11の合意において、マレーシアとベトナムが凍結条項において、譲歩した感がある。これは、マレー人優遇のブミプトラ政策の全般を長く維持することが難しいということだけでなく、それが本当に国の競争力に結びつくのかという面を考慮した結果のようにも思える。

したがって、日本のこれからの選択の1つに、日米経済対話やアベノミクスを活用した根本的な構造改革を挙げたい。米国との経済対話は日本から持ち出したものであり、これとアベノミクスを融合して、日本から積極的な変革への対応を示すことも1つの方策である。

トランプ大統領は米国第1主義を掲げ、色々な手段を用いて強硬に米国への投資を求めている。その最終目的は、雇用の確保と経済成長の拡大である。日本の海外からの直接投資は、先進国の中でも低く、2016年で米国の3%、中国の9%の水準にすぎない。対日投資額が少ないのは、やはり規制の壁があることに加えて、国内企業との競争が激しいためであり、言葉・文化の違いも参入を難しくしている。外国企業が対日投資をするには、資金振込のための銀行口座を持たなければならないが、銀行口座を持つには印鑑登録が必要であり、特に中堅の外国の投資家は最初の段階から参入の厳しさを味わうことになる。

以上のことから、日本としては、対米では経済対話などを通じた変革やイノベーションを追及する一方、日中韓では、RCEP、日中韓FTAや一帯一路、EAECなどの経済協力を進めて、互いの経済の競争力や成長性を高めることが肝要と思われる。この意味で、TPP11と日EU・EPAの大筋合意は、新たな流れを作り出す突破口になると考えられる。

コラム一覧に戻る