2017/12/20 No.49TPP11にカナダは署名するか〜カナダとメキシコの連携に隙間はないか〜
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
トルドー首相は事前にニエト大統領に協力を要請
APEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議はベトナムのダナンで2017年11月10日(金)〜11日(土)に行われたが、これと並行して米国を除くTPP11の会合も開催された。これにより、TPP11ヵ国は10日の夜、カナダのトルドー首相が首脳会議を欠席したにもかかわらず、前日の閣僚会議で議論した幾つかの重要な点において大筋で合意した。もしも、トルドー首相が首脳会議に出席していれば、参加首脳によるTPP11(新名称はCPTPP)の署名セレモニーが行われていた可能性があったが、残念ながら実現するには至らなかった。
カナダが最後に見せた反発は、総じてカナダ国内ではカナダの利益を主張したと受け止められている。カナダは自由貿易協定においては、既にEUとのFTA(CETA)に合意し、2017年の9月から暫定適用を開始し98%の品目で関税が撤廃される見込みだ。また、カナダは米国とメキシコとの間でNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を8月から開始しているし、これから中国との間でもFTA交渉を進める予定である。
カナダは米国を含むTPP12に関しては既に署名を済ませているが、米国離脱後のTPP11に関しては、供給管理政策(鶏肉や乳製品の生産計画を管理する政策)や自動車の原産地規則(製品がFTA締約国の域内産であることを承認する規定)、文化財保護、知的財産権、性差別や先住民問題、などの取り扱いを巡って不満を抱えていた。
こうした不満を抱きながら、トルドー首相とシャンパーニュ国際貿易相はAPECとTPP11の首脳・閣僚会議に出席するため、ベトナムのダナンに乗り込んだ。そして、トルドー首相が11月9日、最初に会ったのはメキシコのニエト大統領であった。トルドー首相はカナダのTPP11の合意内容に対する不満を説明し、署名しない場合はメキシコも同調するよう要請したとのことである。
カナダだけでなく、メキシコも米国抜きのTPP11の署名については、慎重な構えを見せていた。メキシコのグアハルド経済相は、TPP11の交渉は生産的ではあるが、一層の話し合いが必要であるとの考えを示したようである。ニエト大統領は、TPP11のこれまでの交渉に100%満足していないし、NAFTA交渉でカナダがトランプ大統領から厳しい攻勢を受けているとして、トルドー首相へのサポートをオファーしたと伝えられる。この両首脳の話し合いの後、トルドー首相は安倍首相と会い、かなり長い時間を掛けてカナダの方針を主張した模様だ。
署名の準備ができていなかったカナダ
今回のTPP11 の会合を始めるにあたって、日本とオーストラリアがカナダに早期の合意を求めたと伝えられている。ダナンのTPP11の会合では、他のメンバーの立場を考慮し大筋での合意を認めたが、カナダとしてはあくまでも主要な分野で合意したと考えているようである。そもそもカナダ側は閣僚会議の前からTPP11の合意を急がないとしており、ダナンでは署名する心構えができていなかったと考えられる。
カナダがTPP11の合意を急がない理由は、輸出や投資面で圧倒的に米国への依存度が高いため、米国抜きのTPPは相対的に魅力が薄いことが挙げられる。また、NAFTAの再交渉の真最中であり、なるべく交渉において不利になるような材料を作りたくないとの思惑が働いたためと思われる。
これに対して、カナダがTPP11を進める要因としては、農水産や加工食品や資源・自動車部品などの日本市場への参入機会が拡大することが挙げられる。そして、将来においてTPP11に加入するアジアの国が増える可能性があり、カナダのアジア市場への足掛かりをしっかりと築くことを重視していることも考えられる。
また、米国抜きのTPP11の方がTPP12よりもむしろ競争面で好都合になる場合がある。つまり、シンガポール、チリ、ペルー、カナダ、メキシコなどの5ヵ国は米国とFTAを締結しており、既に米市場へ関税無しで参入する手段を持っているため、むしろ米国が抜けたTPP11の方が他のTPP11メンバーに対して米国への輸出競争力で優位になる。
根が深いカナダのTPP11への不満
これまでのTPP11の交渉結果において、カナダが不満に感じる個別分野としては、まず自動車の原産地規則の問題が挙げられる。TPPの自動車の原産地規則において、現地調達比率(付加価値基準)は55%(控除方式:産品の価額(FOB)から非原産材料の価額を控除し、それを産品の価額で割る計算方式)であり、さらにドアやバンパーなどの特定7品目の加工工程を域内で行えば、10%分は域内部品となるので、実質は45%になる。これにより、AFTA(ASEAN自由貿易地域)で採用されている40%の付加価値基準に近い水準になる。
一方、NAFTAの付加価値基準は控除方式よりも厳しい基準である純費用方式で62.5%であり、TPPよりも越えなければならないハードルが高くなっている。しかも、NAFTA再交渉では、米国はこれを85%にまで引き上げることを提案している。カナダやメキシコはTPPの付加価値基準がNAFTAよりも低いことに不満であり、より厳しい原産地規則を主張していた。
したがって、日本はNAFTAよりも緩やかな付加価値基準でアジアのサプライチェーンからの部品を組み込み、TPP11を活用してカナダやメキシコなどに輸出できる。ところが、米国のTPP離脱により、カナダはTPPの低い付加価値基準でアジアの部品を組み込み米国に輸出することができなくなった。さらに、米国抜きのTPP11では、カナダは米国製自動車部品を付加価値基準の計算に組み込めなくなり、原産地規則を満たすという点で相対的に不利になってしまう。
このため、TPP11における自動車の原産地規則の見直しで、カナダは日本から譲歩を得たいと考えている。同時に、日本はTPP交渉において、衝突基準などの7つの分野で厳格な米国の自動車の安全基準を日本基準とすることを約束したが、米国のTPP離脱によりその効力がなくなるため、これをカナダに適用することを求めている。
テレビ番組などで一定割合のカナダコンテンツを求める文化財保護では、カナダはNAFTAでは第21章に免除条項を持っていたが、TPPでは章ごとに例外を設けている。カナダはケベック州に見られるように、国内に文化面で政治的な問題を抱えており、TPP11 でもNAFTAのような免除条項を取り入れ、今後のNAFTA再交渉において強い姿勢で臨みたいと考えている。
知的所有権では、著作権保護の50年から70年への期間延長は、その分だけ米国などへの支払い超過につながり、国内コストの上昇からに反対の声がある。さらに、ジェネリクスなどの特許の切れた薬品に強いカナダは、医薬品のデータ保護期間を実質8年とし、特許を得られる期間をできるだけ長くしようとするTPPの合意には不満であった。
供給管理政策では、米国とニュージーランドはカナダの乳製品などの市場開放を求めた。TPPでは、供給管理政策の見直しへの圧力をかわすため、カナダは域内諸国からの乳製品などの輸入にその市場の3.25%を開放することに合意した。このため、カナダ政府は12,000の酪農家(鶏卵生産者を含む)に40億カナダドル以上の補償を約束した。
カナダとしては、これらの分野は、NAFTA再交渉でも激しいやり取りが見込まれるし、中国とのFTAの交渉が迫っていることもあり、TPP11の今後の交渉で見直しを求めざるを得ないのが実情である。これらが、ダナンでは簡単にTPP11に合意することができなかった主な背景と考えられる。
TPP11の署名の行方と日本の対応
CPTPPは今後も継続交渉案件を話し合い、TPP11ヵ国はその結果に合意しなければならない。そして、2018年前半に署名を終えることができれば、2019年にも発効が可能になる。カナダは、TPP11の交渉は急がないとしており、このスケジュールが可能かどうかは日本とカナダとの今後の話し合いにかかっていると思われる。
今後のTPP11を巡る動きとしては、日本はオーストラリアやニュージーランドに加えてベトナムなどとの連携が考えられるし、カナダはメキシコだけでなくチリやペルーにもサポートを求めるかもしれない。
したがって、日本としてはメキシコやペルー、あるいはチリなどとの連携を強化し、今後のTPP11の署名を支持するよう求めることが必要になる。肝心のカナダに対しては、日本の農産物・自動車部品などの市場の重要性を訴え、日加間の経済連携の強化を要求することが求められる。
カナダの中には、日本市場の重要性を主張する意見もある。こうしたグループは、日本とカナダがTPP11で対立している間に日本と米国がFTAを結び、日本市場を米国に取られてしまうことを懸念している。つまり、カナダがTPP11に署名しないと、2014年の会合から中断している日加EPAは進展しないし、カナダは日本市場への参入で米国との競争で不利になってしまうことを心配している。すなわち、日本としては、日米経済対話や日米FTAが進展すれば、カナダが孤立する可能性を示唆することも戦術の1つになりうる。
ダナンでのTPP11会合の後、カナダは12月10日〜13日にアルゼンチンで開催されるWTO(世界貿易機関)の閣僚会議に合わせて、TPP11の再度の閣僚会合を提案したが、日本はこれに強く反対した。
これまで見てきたように、カナダのTPP11の再度の見直しへの要求には根強いものがある。カナダの要求を取り入れれば、TPPの協定文の修正が複雑になり、署名式までの時間が長くなる。しかし、カナダはTPP11の署名についてはNAFTAの合意の動きを見ながら検討すると考えられる。
1つの山は2018年の春までにNAFTA再交渉の合意が行われるかどうかである。この時期までは、カナダは署名式に素直に応じる可能性は低いと思われる。もしも、来年の春までにNAFTA再交渉の合意が行われれば、その自動車の原産地規則や文化財保護などの内容によっては、条件付きでTPP11の署名を受け入れる可能性がないわけではない。
しかし、この時期までにNAFTA再交渉の合意が行われる可能性はそれほど高いわけではなく、TPP11の署名もズルズルと伸びることも十分にありうる。日本としては、NAFTA次第という面はあるにしても、カナダの交渉見直しの要求に対して、呑めるものと呑めないものを明確にし、TPP11の早期署名をカナダに断固要求することが期待される。
カナダは通商交渉の戦術に長けた国であり、それは米国との長い通商交渉の歴史から学んだものである。カナダのTPP11への基本姿勢は幾つかの条文の見直しを強く要求し続けることであるが、何らかの将来展望の動きがあれば柔軟に対応すると見込まれる。この意味で、日本やオーストラリアなどの説得力が鍵となる。
日本のカナダとの関係は、これまでの日本自動車メーカーがカナダで100万台(米国では400万台)を生産しているにもかかわらず、米国の陰に隠れて希薄であった。今回のTPP11における日本とカナダの対立を機に、互いの政治経済面における交流パイプの強化の必要性が高まったと思われる。
(参考文献)
「TPP11の大筋合意と日本のこれからの選択」、国際貿易投資研究所(ITI)コラムNO47、2017年11月17日
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