一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2012/10/12 No.5TPPや日中韓FTA及びRCEPの今後の行方

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

アジアにおける最新のFTAの動きとしては、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)や日中韓FTA、そしてASEANが提唱するRCEP(東アジアの包括的経済連携)がある。ASEANは従来のASEAN+3やASEAN+6という国数を特定する枠組みではなく、国数を限定しないASEAN++(RCEP)を進めている。

メキシコ、カナダは年内の交渉参加へ

TPP、日中韓FTA、RCEPの3つのFTAの中で、実際の交渉が進んでいるのはTPPである。TPP交渉は2010年の3月、オーストラリアのメルボルンで第1回の会合を開始した。直近の第14回会合は、2012年の9月6日〜15日にかけて、米国バージニア州のリーズバーグで開催された。

TPPの交渉メンバーはシンガポール、米国、豪、NZ、マレーシアなどを含む9カ国である。日本とカナダ、メキシコは2011年11月、APECハワイ会合でTPPへの交渉参加を申し込み、全メンバー国と事前協議を進めることになった。

カナダとメキシコは2012年の6月半ばに全メンバー国政府から交渉参加の支持を取り付けた。これを受け、USTR(米国通商代表部)は、2012年7月9日と10日、それぞれメキシコとカナダとの間でTPP交渉に入る意図を米国議会に通知した。米議会の承認にはこの通知から90日が必要である。米議会の承認とともに、幾つかの他の加盟国の国内手続きが終了すれば、メキシコとカナダは晴れてTPP交渉に参加できる。

2012年10月9日、カナダ政府はカナダが正式にTPPの通商交渉に参加することを表明した。ニュージーランドの新聞はこのニュースを紹介し、「同国の農産品輸出の障壁となっていたカナダの保護された市場はオーバーホールに直面する」、と報じている。

USTRの議会への通知は、7月2日〜10日までサンディエゴで開かれたTPP第13回会合の最中に行われた。したがって、リーズバーグで開かれたTPP第14回会合において、メキシコ・カナダは交渉に正式には参加することができなかった。両国は、12月3日〜12日にNZのオークランドで開かれる第15回会合から実際の交渉に参加すると思われる。

カナダのハーパー首相は、「TPP交渉の分野別協議はまだ初期の段階である」、とインタビューに答えている。つまり、カナダの利益をこれからのTPP交渉の場で追求できると考えているようだ。

しかし、同時に、供給管理制度などのカナダの農業政策が議論のまな板に上ることも間違いないと思われる。この点で、したたかでタフな交渉者であるカナダは、少しずつ自らが歩み寄りながら相手の譲歩を引き出すことによって、交渉を乗り切る考えのようである。

2012年の9月8日〜9日にかけて、ロシアのウラジオストクでAPEC首脳会議が開催され、野田総理も出席した。この会議に合わせて日本がTPP交渉参加を表明していれば、カナダ・メキシコとともに2012年内のTPP交渉に参加できる可能性もあったと思われるが、実際にはそのような表明は行われなかった。この結果、日本がTPP交渉に参加できるのは、米大統領選挙が完了する2013年以降になる(1表参照)。

日中韓FTAの交渉に関しては、既に2012年5月の日中韓サミットで3カ国首脳は年内に交渉を開始することで合意している。しかし、2012年の9月には日韓、日中の間における領土問題が燃え上がり、2012年内交渉の開始に暗雲が漂い始めた。このため、日中韓FTAの交渉開始時期が遅れる可能性がある。

これに対して、2012年8月のASEAN+FTAパートナーシップ国経済大臣会合において、2012年11月にアジア各国の閣僚はRCEPの立ち上げをそれぞれの政府内で提案することで合意した。そして、2013年の始めにRCEPの交渉を開始し、2015年末には完了することで一致した。

すなわち、日本のTPP交渉参加と日中韓FTA、及びRCEPの交渉開始時期を比較すると、RCEPの交渉開始の日程が最も明確に決まっている。日中韓FTAの交渉は、3ヶ国首脳間では2012年内の交渉開始で一致してはいるものの、現時点ではスケジュールどおりに交渉が開始されるかどうかは不確定である。また、日本のTPP交渉参加は2013年以降になると見込まれる。したがって、この3つのFTAの中で日本が最も早く交渉を開始するのは、現時点ではRCEPの可能性が最も高いということになる。

RCEPの交渉開始が明確になっているのは、RCEPにおける関税削減などの自由化のハードルが、途上国を多く含む分だけ低くなりがちであることも背景にある。各国とも、TPPや日中韓FTAよりも相対的に緩やかなFTAを想定しているだけに、交渉は開始し易いといえる。

しかしながら、RCEPがASEANに加え日中韓、豪、NZ、インドの6カ国を包含するとすれば、全部で16カ国となり、交渉の妥結にはそれだけ時間がかかると思われる。つまり、2015年末の交渉妥結のスケジュールを守るには、かなりの努力が必要と思われる。

TPP、日中韓FTA、RCEPの3つのFTAを比べると、日本としては、例外なき自由化を目指すTPPをテコにしながら日中韓FTAとRCEPの交渉を有利に進める戦略が得策である。TPPのような高度なFTAへの交渉参加というカードがあれば、日中韓FTAやRCEPでの発言力が増すからである。

したがって、日本として、できればTPPへの交渉参加をRCEP交渉よりも先に実現する方が望ましい。しかし、現実には、TPP交渉参加のハードルを越えるのは、RCEPよりもはるかに難しい。

もちろん、RCEPや日中韓FTAへの交渉参加が、日本のTPP交渉参加への圧力に結びつくことも考えられる。日本には、これらの3つのFTAを巧みに操る駆け引きが求められている。

1表 今後のアジアにおける主要な地域経済統合の動き

FTA交渉開始発効 ( 域内全体 )内容
TPP2010 年 3 月、オーストラリア・メルボルン交渉の合意が当初予定の 2012 年内からかなり遅れると予想される。このため、域内全体の発効は 2014 年~ 2015 年にずれ込むと見込まれる。TPP 交渉は、 2010 年 3 月の第 1 回を始めとして、 2012 年 12 月に開催予定のオークランドで 15 回を数える。カナダとメキシコの正式な交渉参加は 2012 年内と思われるが、日本が交渉に参加できるのは 2013 年以降になる。カナダやメキシコの新規加入もあり、 TPP 交渉の合意までの道のりは平坦ではない。
日中韓 FTA2012 年 5 月の日中韓サミットでは、 3 カ国首脳は 2012 年内の交渉開始で合意。しかし、日中、日韓の領土問題の発生により、年内の交渉開始は 2013 年にずれ込む可能性がある。発効は、現時点では 2015 年~ 2017 年の間と流動的。場合によっては、中韓 FTA の発効が先行する可能性がある。日本の TPP 交渉参加が遅れ、領土問題の解決が長引けば、日中韓 FTA の合意や発効はその分だけずれ込むと見込まれる。日中韓 FTA は利害が交錯しており、日本の貿易利益が高いと見込まれる。韓国は日本の中間財に依存し、中国は韓国の中間財に依存している。日本の TPP 交渉参加が遅れれば、中国は中韓 FTA 、日中 FTA を日中韓 FTA よりも優先するなどの揺さぶりをかけてくる可能性がある。
RCEP2012 年 8 月末の ASEAN+FTA パートナーシップ国経済大臣会合において、 2012 年 11 月に各閣僚は RCEP の立ち上げをそれぞれの政府内で提案し、 2013 年の初めに交渉を開始することで合意。ASEAN 等の経済大臣会合では、 2015 年末には交渉を完了することで合意。現実的には、交渉終了はこのスケジュールよりも伸びる可能性があり、発効は早くても 2016 年~ 2017 年と見込まれる。RCEP は実質的に ASEAN+6 であり、途上国が多く含まれるので、 TPP や日中韓 FTA よりも自由化のハードルが低い。しかし、国数が多い分だけ、交渉妥結には時間がかかると思われる。各国は RCEP のメリットとして、原産地規則が統一化されること、累積原産対象の拡大により輸出競争力が高まること、を挙げ交渉開始に前向きである。

RCEP、日中韓FTAの相互協力で合意

ASEANや日中韓の経済相らは、2012年8月末にカンボジアに集まり、RCEPや日中韓FTAに関する会議を開催した。ASEAN各国は、国を限定しないRCEPという枠組みを提唱した。しかしながら、現実的には、RCEPはASEAN+6という国数に落ち着くことになると思われる。

日中韓FTAについては、既に3カ国の首脳が交渉開始で合意しているが、これに対してASEAN各国は自らが関与しないことから懸念を抱いていた。こういった状況を考慮して、会議では日中韓側はASEAN側が抱く懸念の払拭に努めることになった。

例えば、日中韓FTAは開かれたFTAであること、またASEAN側と情報共有しながら交渉を進めるつもりであることを表明した。そして、RCEPの枠組みを構築する上で、日中韓FTAは実質的に貢献できることを主張した。

こうした会議での日中韓側の発言を受け、チャンプラシット議長はこれまでのASEAN+1に加えRCEP、日中韓FTAが東アジアの経済統合に貢献するとし、ASEAN側が日中韓FTAを支持する代わりに、RCEPをASEANと日中韓が協力して交渉開始に努力することを求めた。

日中韓FTAやTPPが東アジアの地域経済統合に名乗りを上げる中、前述のように、RCEPはASEANの主導権を取り戻そうとする試みの1つである。ASEANの中でもシンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムは、RCEPについても前向きである。RCEPによる輸出拡大効果は限定的とする見方もあるが、やはり製品の競争力を高めると評価している。

これまでのASEAN+1がより広域な経済圏であるRCEPに包含されれば、それぞれ異なる原産地規則が統一され、かつ累積原産対象の範囲の拡大により、一層の輸出拡大につながることになる。

例えば、ベトナムが繊維製品などの材料を中国から輸入しインドに輸出する場合、これまでは中国を含まないASEANインドFTA(AIFTA)では原産地規則を満たすことができないケースもあった。RCEPが発効すれば、累積原産規則の対象国が広がることにより、関税を軽減する可能性が高まる。

オーストラリアやNZは、RCEPのような広域な経済統合が実現すれば、原産地規則の統一に加え、日本・韓国・インドとも自由貿易を享受できるとして、基本的には賛成の立場をとっている。TPPとRCEPの2本柱は、APECにおけるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現への一里塚と考えている。一方、オーストラリアはRCEPの交渉対象に環境と労働を含めるよう主張している。

インドはRCEPへの参加には基本的には前向きではあるが、中国製品の輸出攻勢を懸念している。それに加え、元々インドは国内市場が巨大であり、RCEPの経済メリットが相対的に低いという現実がある。また、インドは物品がサービスに先行して交渉入りすることを懸念している。

インドやオーストラリアに限らず、各国は懸念材料を抱えているものの、総じてRCEPの交渉参加には前向きである。RCEPには、ASEAN+1を広域化するメリットに加え、自由化交渉の難易度がそれほど高くないという特徴がある。これが、ASEAN主導という流れの中で、各国政府の交渉開始・完了時期の合意につながったものと思われる。

不透明な交渉妥結の時期

日本のTPP交渉参加、日中韓FTAやRCEPなどの交渉が開始されたとしても、それぞれの発効には紆余曲折があるものと思われる。実際に、TPP交渉における各分野の詳細な内容の詰めはこれからである。TPP加盟国への輸出において、TPP域内の原産と認定され、関税削減の対象となるためには、原産地規則を満たさなければならない。

例えば、繊維製品における原産地規則の1つとして、加盟国の糸の使用を義務付ける「ヤーンフォワード」があり、これを規則の中に盛り込むかどうかで話し合いが行われた。さらに、全ての輸出業者が原産地証明を行うことを認める「完全自己証明制度」の採用で議論が交わされている。このような原産地規則の問題に加えて、サービス、知的財産権、政府調達、投資におけるISDS条項、分野横断的事項、などの個別の分野別協議も合意には時間がかかると思われる。

現在のTPP加盟9カ国の交渉に日本、カナダ、メキシコが参加すれば、この分野別の交渉がさらに長引くことが予想される。カナダの最も重要な交渉テーマは、乳製品や鶏肉などの供給管理政策である。カナダのハーパー首相は国益を損なう交渉はしないと表明している。しかしながら、最近のカナダでは供給管理制度がカナダの国益を妨げているとの議論が広がりつつある。

カナダの供給管理政策においては、乳製品や鶏肉などの関税割当外の輸入に対して150%〜300%までの関税を課している。米国やニュージーランドは、この切り下げ圧力を強く働きかけてくると思われる。その場合には、カナダは関税なしで輸入できる枠を広げるか、酪農や鶏肉などの業界に損害を与えない程度に関税を引下げるかを、検討せざるを得ないかもしれない。

あるいは、現実的にはCETA(EUカナダFTA) で検討されているように、カナダの供給管理制度を完全に廃止するのではなく、互いに割当を調整し合うことが考えられる。例えば、CETAでは欧州産チーズのカナダへの輸出を増やす代わりに、カナダ産牛肉のEU向け輸出増を実現することが話し合われている。

日中韓FTAに関しても、発効までの道のりはTPP以上に険しいものとなる。日中韓FTAは利害が交錯しており、日本の貿易利益が中韓よりも相対的に高いという試算がある。

特に、韓国は日本の中間財の輸入に依存する傾向を強めており、これが韓国の対日貿易赤字を拡大する要因になっている。このため、韓国は対日赤字を膨らませる可能性があることから、協議が難航することは必至である。

日中韓FTA関連の動きの一環として、第3回目の中韓FTAの2国間交渉が2012年8月の22日〜24日にかけて行われた。中韓両国は、センシティブ品目(関税の削減スケジュールが遅れる品目)の関税撤廃を、FTA発効後の10年を経過してから実施することで合意した。

もしも、中韓、日中などの2国間FTA交渉が、日中韓の3か国間でのFTAの話し合いよりも先行するならば、それだけ日中韓FTA合意へのスケジュールが遅れることになる。中国は、日本のTPP交渉への参加が遅れれば遅れるほど、この中韓・日中FTAの2国間ベースの交渉を優先し、日本に揺さぶりをかける可能性がある。

こうしたことを考慮すると、TPPや日中韓FTA の合意までの道のりは平坦ではないと思われる。RCEPにおいては、交渉の完了が2015年末ということで合意しているが、これもこのスケジュールの約束を守ることは容易ではないと考えられる。

3つの主要なアジアの地域経済統合において、TPPの交渉の開始が日中韓FTAやRCEPよりもが先行している分だけ、合意の時期は他の2つよりも早くなる可能性が高い。しかし、たとえ2013年内に合意したとしても、発効は2014年以降にずれ込むと思われる。そして、日中韓FTAとRCEPは互いに並走しながら合意を迎えるものと予想される。もしも、2013年に入っても日本のTPP参加が遅れ、領土問題の解決が長引けば、その分だけ日中韓FTAは合意に時間がかかると見込まれる。また、中韓の2国間FTAが先行して妥結し、日中韓FTAはRCEPの交渉完了前に合意することが難しくなる可能性もある。このように、TPP、日中韓FTA、RCEPにおける交渉の妥結は、互いのFTAの交渉過程に大きく影響を受けることになる。

したがって、これらの3つのFTAの発効時期は、TPPにおいては域内全体で2014年〜2015年、RCEPにおいては、2015年末の交渉完了が遅れる可能性があることから、早くても2016年〜2017年と見込まれる。また、日中韓FTAの発効は、TPPや中韓FTA交渉の影響を受けるため、2015年〜2017年までの広い時間的な範囲で考えなければならないと思われる。

ITIの関連論文など

TPP、日中韓FTAの今後の行方(フラッシュ、2012年1月6日)

カナダとTPP(フラッシュ、2011年10月18日)

カナダ・メキシコのTPP交渉参加の持つ意味(ITIコラム、2012年)

コラム一覧に戻る