2018/06/26 No.52下げ止まる米国の対日経常赤字〜TPP利用の米国の関税削減収支は大幅な赤字〜
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
トランプ大統領は貯蓄投資ギャップというマクロ的な要因を無視し、2国間交渉による米国の貿易不均衡の是正を求めている。本稿では、日米間の貿易投資不均衡の実態を明らかにし、今後の対応の糸口を探ってみたい。
米国の対日シェアが減少
1990年代以降の日米貿易投資構造の変化には著しいものがある。米国にとって日本は1996年までカナダに次ぐ第2位の貿易相手国であったが、1997年に日本は中国に抜かれて輸出入ともに第4位になった。近年、日米経済関係における相互貿易依存の低下に歯止めがかからない。低下は財だけでなくサービス貿易および直接投資にも及んでいる。
表1 米国の対日財・サービス貿易シェアの推移〔単位:%〕
米国の貿易統計から財の輸出を見てみると、表1のように2000年の米国の対日輸出は対世界輸出の8.3%を占めたが、2005年には6.1%と減少し、2010年には4.7%と5%を下回った。2016年、2017年は4.4%とさらに低下している。輸入も同様で、対日輸入のシェアは2000年の12%から2005年には8.2%と10%を下回った。2010年には6.3%と2000年の約半分になり、2017年は5.8%まで減少した。
財と同様に、米国のサービス貿易の対日シェアも低下傾向が続いている。対日輸出のシェアは2000年の12.7%から2006年には9.4%と10%を割り、2016年は5.9%へと半減した。対日輸入のシェアも2000年の7.6%から2016年には6.1%に低下した。これに対して、対中サービス貿易のシェアは上昇を続け、2016年の対中輸出は7.2%に、対中輸入は3.2%となった。財と同様にサービス貿易でも対中貿易の比重は確実に増している。
また、米国の対外直接投資残高に占める日本のシェアは低下傾向にある。2001年末における米国の対外直接投資残高に占める日本への投資残高のシェアは4.6%であったが、2005年には3.6%、2016年には2005年よりも1.5%ほど低下し2.1%であった。この結果、2016年末時点の米国の対日直接投資残高(1,146億ドル)の国別の順位は、ドイツ(シェア2.0%、1,077億ドル)よりも1つ前の11位にとどまっている。
一方、米国の対内直接投資残高では、日本のシェアは1985年に10%を超え(英国は23.6%)、1992年には23.1%に達して英国の20.5%を追い抜いて第1位となった。しかし、それ以降の日本のシェアは徐々に低下し、1995年から英国が第1位、日本が第2位という順位に変化がない。米国の対内直接投資残高に占める日本のシェアは2001年末には12.0%であったが、2005年には11.6%、2016年には11.3%であり、この間においてはわずかな減少にとどまっている。この結果、2016年の米国が日本から受け入れた直接投資残高は4,211億ドルで、日本は英国(シェア14.9%、5,557億ドル)に次ぐ対米投資大国を維持した。
表2 米国の対日直接投資残高とシェア(単位:100万ドル、%)
表2のように、2005年と2016年の米国と日本との間の直接投資の動きを比較すると、米国の日本向け直接投資残高のシェアは低下しているが、米国の日本からの直接投資残高のシェアにはあまり変化がない。米国の直接投資先としての日本の地位は低下しているが、米国にとっての直接投資受け入れ先としての日本の重要性は変わっていない。すなわち、日本の持続的な対米直接投資を背景に、近年の米国の対内直接投資残高に占める日本の地位が変わらない中で、財やサービスの貿易では、日本の米国での現地生産・現地消費の進展もあり、米国は対日シェアを低下させている。なお、近年の「米国の日本からの直接投資残高」の伸びの方が「米国の日本向け直接投資残高」よりも高いため、両者の残高差は2005年の1,148億ドルから2016年には3,065億ドルに拡大している。
米国の対日投資は金融・保険が中心
2016年末の米国の対日直接投資残高を業種別にみると、表3のように、金融・保険が588億ドル(シェア51.3%)、製造業が201億ドル(同17.5%)で、これら2部門(合計で68.8%)が対日投資の中心となっている。米国の全世界への対外直接投資残高における業種別シェアでは、金融・保険が12.7%、製造業が12.5%で合計では25.2%でしかない。
表3 米国の対日直接投資残高:業種別〔単位:10億ドル、%〕
一方、米国の日本からの直接投資残高では、表4のように、卸売業が日本からの直接投資残高の25.4%、製造業の中で輸送機器が11.3%を占め、合計で36.7%となる。米国の世界からの対内直接投資全体では両業種はそれぞれ9.9%、3.9%で合計しても13.8%でしかない。このように米国の日本との対内対外直接投資の業種別構成に大きな違いが見られるだけでなく、米国の日本と世界からの直接投資の受取・支払でも、業種別構成に乖離が見られる。
表4 米国の日本からの直接投資残高(日本の対米直接投資残高):業種別〔単位:10億ドル、%〕
米国は対日間接投資、日本は対米直接投資を促進
米国の対日財貿易赤字は、表5のように、2005年の856億ドルから2017年には697億ドルと159億ドルも減少した。この間の米国の対日サービス貿易黒字は、2005年の190億ドルから2017年の136億ドルと54億ドルほど減少した。つまり米国の対日貿易・サービス赤字は、2005年から2017年にかけて105億ドルの減少となり、縮小傾向にあることが見て取れる。
また、投資の運用益などを示す所得収支に関しては、表5のように、米国の対日赤字は2005年の303億ドルから2017年には262億ドルと41億ドルの減少となった。所得収支の中でも企業を所有し経営することから得られる直接投資所得については、米国の対日赤字は2005年の19億ドルから2017年には116億ドルに拡大した。これは、2017年の米国の対日直接投資所得の支払が249億ドルと2005年よりも倍増したことが大きい。一方、米国の対日直接投資所得の受取は、2017年には134億ドルで2005年から24億ドルしか増えていない。日本の対米直接投資から得られる収益はむしろ増加傾向にある。
これに対して資金の運用益を求めて行われる間接投資においては、米国の対日間接投資所得の赤字は2017年には165億ドルで2005年よりも132億ドルも減少した。これは、米国の対日間接投資所得の受取が2017年には285億ドルと2005年に対して198億ドルも増加しているためである。これに対して、米国の対日間接投資所得の支払は2017年に450億ドルと高水準であるものの、2005年に対しては66億ドルほどの増加にとどまっている。つまり、米国は2005年から日本への株式や債券などの証券投資を大きく伸ばしているため、その収益である間接投資所得の対日赤字が大幅に減ったのである。
表5 米国の対日国際収支表〔単位:100万ドル〕
この結果、財・サービス貿易収支や所得収支、及び経常移転収支(国際機関への拠出金や無償資金協力、労働者送金等の収支)を合計した経常収支においては、米国の対日赤字は2017年には798億ドルと2005年の948億ドルの赤字よりも150億ドルも縮小した。しかしながら、2015年の時点で対日経常赤字は既に800億ドルを割っていたことを考慮すると、2017年はやや下げ止まっていると思われる。したがって、米国の日本への貿易投資不均衡の是正要求を緩和するには不十分な結果となっている。
米国のTPPの対日関税削減収支は4億ドルの赤字
米国の対日経常赤字の下げ止まりは、日米FTA交渉の開始を後押しする材料になる。トランプ政権はTPPから離脱するなど多国間の貿易協定を好まず、その代わりに2国間貿易協定を進める方針を表明しているが、その背景としてどのようなものが考えられるであろうか。
表6 TPP利用の米国の関税削減収支(発効1年目) (単位:USドル)
表6は米国がTPPに参加し、TPPを利用し輸出入を行った場合の1年目の関税削減の収支を求めたものである。ここでの関税削減収支は、TPPを利用した貿易取引において、「米国がTPPメンバー国へ輸出した時に減免される関税削減額」から「米国がTPPメンバー国から輸入した時に減免する関税削減額」、を差し引いたものである。関税削減収支が赤字であれば、「米国が輸出で他のTPP締約国から得られる関税削減額」よりも「米国が輸入で他のTPP締約国に免除する関税削減額」の方が大きいということになる。つまり、赤字であれば、自国よりも相手国側の方がTPP利用による関税削減額を多く得られるということである。
米国のTPP利用の関税削減収支は、表6のように、ベトナム、カナダ、メキシコ、日本のいずれの国に対しても赤字となる。つまり、米国はTPPに参加しても、米国よりも相手国の方により大きな関税削減額を与えてしまうという結果になる。特に、米国のメキシコとの関税削減赤字は57億ドルであり、ベトナムとの19億ドルの赤字と同様に、米国にとっては大幅に不利となる試算結果であった。つまり、米国が2国間交渉に固執するのは、できるだけ関税削減収支や非関税分野などで不利になる傾向をバイの交渉で是正したいためと考えられる。
これに対して、米国のカナダとの関税削減赤字は1.6億ドルと小幅であり、米国としてはそれほど問題にならない赤字額であった。TPP利用による対日関税削減赤字は4億ドルであり、メキシコの1割以下、ベトナムの約5分の1の金額であった。したがって、米国は日米FTA交渉において、少なくともTPPで約束した関税削減の実行と、農産物を中心とした一層の関税引き下げを迫ることになると思われる。
不可欠な日米相互の投資支援プログラム
米国の対日経常赤字が下げ止まっているという事実は、日本はこれまで対米経済関係において、「貿易から投資への転換」を推し進めてきたものの、まだ不十分であることを示している。それは特に自動車・部品の分野で顕著である。日本から米国への自動車輸出は減ってはいるものの、米国から日本向けの自動車輸出は極端に少なく、日米貿易不均衡に占める自動車の比重が突出しているからだ。
これは、自動車の対米輸出分の現地化を進めなければならないし、メキシコやカナダからの対米輸出もこれまでのような勢いで増やすことが難しくなっていることを示唆している。すなわち、自動車や部品だけでなく、ソフトウエアなどの知的財産権に含まれる部分も米国での生産調達を増やさざるを得ないと考えられる。
そのような流れが不可避であれば、対米交渉において、日本の対米直接投資支援プログラムを州別や全米規模で展開するよう米国に要求すべきと思われる。同時に、バイ・アメリカンの是正や政府調達市場への参入拡大とともに、米国の対日直接投資の促進を求めることも肝要である。
(参考文献)
「米中から日米の貿易摩擦へ飛び火するか~日米貿易は縮小するが、米国の対日財・サービス貿易赤字は依然として571億ドル~」、国際貿易投資研究所(ITI)、フラッシュ376、2018年6月5日
「ARCレポート-経済・貿易・産業報告書-米国」 2018/19、ARC国別情勢研究会、(2018年6月発刊予定)
「NAFTAの大きい関税削減効果と今後の行方~2018年内の議会での批准を目指す米国~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム51、2018年5月11日
「NAFTA原産地規則の新提案の日本企業へのインプリケーション~難航するNAFTA交渉の打開策となるか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラム50、2018年2月23日
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