一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2018/09/28 No.56米国の真の狙いは赤字削減よりも構造変化〜米中摩擦、NAFTA、米欧・日米通商協議のグローバル戦略への影響〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

2018年9月の最終週には、第3弾目の対中追加関税の発動、米加NAFTA交渉の妥結を探る動き、第2回目の日米通商協議(FFR)の開催、米EU通商協議の再開準備、などの通商関連スケジュールが目白押しだ。トランプ政権はこうした通商問題を剛腕な手法で乗り切ろうとしている。日本としては、米中貿易戦争の長期化、米国主導のNAFTA合意、あるいは自動車・同部品の対米輸出に上限を設ける要求などの脅威への対策を講じるため、こうした一連の通商摩擦の相互関係を正確に把握し、適切な問題解決のシナリオとサプライチェーンの再編を描く必要がある。

米中貿易戦争がベンチャー・ビジネスに影響

トランプ大統領の米国第1主義で保護主義的な通商政策は、至る所で軋轢を生んでいる。ヤフー・ファイナンスが伝えるところによれば、ある米国人女性のベンチャー・ビジネスが米中貿易戦争の影響で大きな打撃を受けているようである。この女性は鞄(カバン)の製造で特許を取り、中国に委託生産を行い、200ドル以下で販売している。

現在は中国からの輸入で17%の関税を支払っているが、9月24日からの第3弾目の追加関税で10%が上乗せされ、合計で関税は27%に引き上げられる。2019年1月からは追加関税は25%になるので、併せて42%の関税を支払わなければならない。これに対して、この女性は米国の消費者は賢いので、材料費を落とすことができないとし、事業の存続の危機に直面していることをほのめかしている。

対中追加関税に関する世論調査では(9月18−19日実施)、1,270の回答の内、48%はビジネスにプラスの効果があり、36%はマイナスの効果があるとのことである。現時点では、中国への追加関税はビジネスの面では支持されているようだ。しかし、長期的には製品のコストが上昇し、製品価格のアップ分は消費者に転嫁され、米国の価格競争力の低下につながる。

これまでの3度の中国への追加関税で、対中輸入の半分に当たる2,500億ドル相当が引き上げの対象となる。米中貿易戦争は永遠に続くことはないが、問題はどの時点で収束に向かうかである。第3弾目の発動により、9月末に予定していた米中通商交渉は見送られた。トランプ大統領は第3弾の追加関税を2018年内においては10%に限定し、できれば中間選挙前までに中国側からの譲歩を得ようとしたが、その思惑は空振りに終わりそうだ。また、年内の解決を求めるトランプ陣営に対して、中国側は上述のベンチャー企業の例のように、米国内から湧き上がる批判に期待し、様子見を続ける可能性がある。

城攻めの戦術と同様に、トランプ大統領は包囲網を徐々に狭めつつあるが、中国側は食料・水の備蓄もあり、当面は籠城の構えである。トランプ大統領は逃げ道を作り誘っているが、中国はなかなか頑なな姿勢を崩さない。これは、ムニューシン財務長官主導で一旦は5月に合意するはずであった米中通商交渉も、トランプ陣営の戦略の変化により、反故にされたことの影響も大きい。年内の解決を決断するか、それとも年が開けてからじっくりと合意の道を探るかは、ボールを握る中国側の判断によるところが大きい。中国はこれからの中間選挙への動きや結果、米朝首脳会談などの節目、あるいは自国の経済環境への影響を見極めながら、収束のタイミングを図っていくものと考えられる。

NAFTAでは対米自動車輸出の上限の超過分に追加関税

米国は中国と対峙しているだけでなく、カナダとメキシコとの間でNAFTAの再交渉を進めている。NAFTA再交渉は米墨加の3ヵ国間で2017年の8月16日からスタートした。米国はNAFTA再交渉において、当初は様子見の姿勢を示したが、途中から原産地規則の変更を持ち出した。米国は、自動車生産における域内付加価値比率を62.5%から85%に引き上げ、米国コンテンツの割合を50%とする要求を明らかにした。同時に、鉄鋼・アルミの域内付加価値比率の引き上げを求めた。

そして、2018年の5月には域内付加価値比率の要求を75%にまで引き下げ、米国コンテンツ割合の50%要求の代わりに40%〜45%の自動車生産に関わる労働者の時給を16ドルとする案を提示した。その後、交渉はストップしたが、7月末には米国とメキシコとの2国間協議が始まり、8月27日に交渉は合意に達した。米国とメキシコとの2国間合意では、メキシコは「域内付加価値比率の75%への引き上げ」と「40%〜45%の自動車生産に関わる労働者の時給16ドル」の2つの要求を受け入れた。

また、ロイターによれば、メキシコはサイドレターにおいて、対米自動車輸出に240万台の上限枠を設け、それ以上の輸出分には通商拡大法232条に基づき[2.5%+20%or25%?]の追加関税を賦課、それ以下の場合は原産地規則を満たしていれば関税は0%、満たしていない場合は2.5%の関税を賦課すること、に合意したとのことである。自動車部品の場合は、900億ドルを超えるか超えないかで自動車同様のシステムで関税が賦課されるようである。

米国は米墨交渉を終えた翌日の8月28日、カナダとの間でNAFTAの2国間交渉を開始した。メキシコのオブラドール新大統領の12月就任前までに3ヵ国間で署名するには、9月末までに米加は合意に達していなければならない。しかしながら、米加間には原産地規則に加えて、紛争解決処理(NAFTA第19章)、ISDS条項(企業が国家を訴えることに関する規定、第11章)、知的財産権問題(著作権、医療データの保護期間)、バイ・アメリカン、文化財保護などの多くの分野で、合意には調整が必要である。

しかし、最大の懸案事項は、232条に基づく自動車・同部品への追加関税の問題である。カナダ有力紙は、米国はメキシコと同様に、カナダにも自動車の対米輸出に170万台の上限を要求したと報じている。カナダ産業界は直ちにこの要求を受け入れられないと拒否したようである。カナダの対米自動車輸出における上限枠設定の要求は、米国の自動車輸入の抑制と、米国内での自動車生産の拡大を狙ったものである。

米国とメキシコとの合意では、メキシコの既存自動車工場からの対米輸出分は追加関税の対象にはならないが、カナダも同様に、既存工場からの自動車輸出が免税の対象になることを強く主張していると見込まれる。

米欧通商協議はTTIPの布石か

米国とEUは7月末に交渉を行い、自動車を除く工業製品の関税を削減することに合意した。同時に、サービス貿易、化学、医薬、医療機器、大豆や天然ガスの貿易拡大、WTO改革の推進、米EU間の交渉中は自動車の追加関税を課さない、ことを了承した。

この驚くべき結果は、トランプ大統領が当然ながら中間選挙前までに何らかの成果を得たかったこと、EU側は自動車の追加関税をなんとしても回避したかったこと、が背景にある。トランプ大統領は、中間選挙での勝利や議会で新しいNAFTA法案などを可決するために、中国への追加関税では圧倒的な成果を得ようとしているわけであるが、なかなか思うようにはいかないのが現状である。EUとの通商交渉での成果が、その分だけ重要性を増しているのである。

米EUが通商交渉をしている間という条件付きではあるものの、EUが自動車の追加関税の回避を取り付けた要因として、米国は日本などと比べて相対的にEUへの投資と貿易の依存度が高いことを挙げることができる。EUはその優位性を通商協議に活かした形だ。

今後は、9月末以降、米EUの閣僚会合や実務者会合などが開かれ、米欧間の通商協定を煮詰めていくことになる。USTR(米国通商代表部)は、この通商協議を進めることをTPA(貿易促進権限法)に基づき議会に通知する予定である。米国もEU側も年内に、貿易の技術的障壁(TBT)の先行合意を含めて何らかの枠組みの妥結を図りたいようだ。

このTBTやWTO改革の促進は、「中国の技術移転の強制」や「国営企業への国家補助」の抑制を狙ったものである。米EU通商協議は、中国のデジタル・通信分野等での覇権主義の封じ込めにもつながっている。また、米EU通商協議はTTIP(米EU・FTA)への布石とも考えられる。最終的にTTIPのようなFTAにならなければ、EUが米国に譲歩した関税の引き下げは、WTOの最恵国待遇により他の加盟国にも適用しなければならないからだ。しかし、マクロン仏大統領は、米国の脅しによる通商協議という性格から、交渉中の通商協定にTTIPの名称を使うことに反対している。

日本の対米自動車輸出はどうなるか

第2回目の日米間の新たな通商協議(FFR)は9月25日に開催された。今回の交渉においては、米国は自動車・同部品の追加関税をテコに日本に日米FTAの2国間交渉を迫った。これに対して、日本は自動車・同部品への追加関税を避けるため、TPPの成果を基にした物品の関税引き下げ交渉を開始することに同意した。自動車への追加関税は、EUと同様に交渉期間中はその発動が回避されるようである。

米国はNAFTAではメキシコに240万台、カナダに170万台の自動車輸出の上限を求めたが、これだけでは両国との貿易赤字の大きな削減には結びつかない。そのため、原産地規則で厳しい条件を持ち出し、両国への投資を米国に向ける戦術を試みた。つまり、構造的な変化を求めているのだ。

中国に対しても、米国の真の狙いは貿易赤字を強制的に削減させるよりも別なところにある。例えば、外資出資比率上限の撤廃、技術移転の要求の禁止、データの現地化要求の禁止、技術の受け入れ側が改良した技術は技術受け入れ側に属する規定の削除、中国政府による中国企業の米国技術の獲得や米国企業の買収支援の禁止、などの構造改革を求めているのだ。当然のことながら、日本に対しても同様である。

今回の第2回目のFFRで日米両国は、2国間の財の貿易を自由化する物品貿易協定(TAG)の締結に向けた交渉を開始することに合意した。自動車・同部品への追加関税は交渉期間中には適用されないものの、EUとの協議同様に確実に将来にわたって賦課されないことを保証するものでない。今後の通商協議においては、米国は引き続き将来の自動車・同部品の追加関税の可能性をカードとして持ち続けることになる。

同時に、今後のTAGやサービスを含む他の重要分野での交渉において、米国側が不満を持った場合、NAFTA同様に対米自動車輸出台数の上限を求めてくる可能性がないとは言えない。日本は米国に2017年には173万台の自動車を輸出しており、米国はその前後の水準の輸出上限を要求してくることもありうる。日本は貿易投資だけでなく防衛面でも対米依存が大きく、これを回避するには、日本がEUのような対米交渉で有利に働くカードを持つ必要がある。

このような自動車の対米輸出上限などの要求が現実のものとなったり、米国主導によってNAFTA3ヵ国間での合意が成立したり、米中貿易戦争が予想以上に長引いたり今後も再燃しそうであれば、日本のグローバル通商戦略はどのような対応を迫られるであろうか。

その第1にとして、まず日本にはなるべく早く米国のTPP11への復帰を実現させ、TPP域内から対米輸出の拡大を図ることが期待される。第2としては、日本企業はカナダとメキシコの生産拠点において、NAFTAの新たな原産地規則に適合するため、日本やアジアなどの域外のサプライチェーンからの調達をNAFTA域内に転換しなければならない。第3には、カナダとメキシコからの自動車・同部品の対米輸出は増加の抑制を余儀なくされ、今後は一定の規模を維持することが求められる。第4として、アジア太平洋のFTAやGSP(一般特恵関税)を活用し対米輸出を促進することが望まれる。例えば、チャイナ+1を進め、タイやインドネシアの生産拠点からGSPを用いて自動車・同部品などの対米輸出を拡大する。あるいは、米国がTPPに復帰すれば、ベトナムやマレーシアからTPPを用いて米国への輸出が可能になる。

こうしたFTAやGSPを活用した輸出戦略は、高まる世界的な保護貿易の波の下では、有効な対策につながる。今後は、TPP11や日EU・EPA、新NAFTA、CETA(EUカナダFTA 、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)、日中韓FTA、などの発効や合意が見込まれる。日本のFTA活用によるグローバル戦略は、2019年にかけて正念場を迎える。

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