一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2018/11/13 No.58貿易と投資の両面から対中封じ込めを狙うトランプ大統領〜一層のインバウンドや対日投資を呼び込むチャンスを迎える日本〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

トランプ大統領の中国に対する圧力は止まるところを知らない。米国通商法を次々と繰り出して中国からの輸入品に対して関税を引き上げている。大統領選挙のキャンペーン中に中国への45%の関税賦課を示唆したことが、現実のものとなっている。

この傾向は中国の米国への投資に関しても同様であり、重要技術の流出などのリスクを回避するため、対米外国投資委員会(CFIUS)による監視体制の強化を図る措置が立法化された。CFIUS権限強化法は中国からの投資を念頭に置いたものではあるものの、日本企業にはその強化法の変更点やグレーな部分の解決に精通し、対米投資のリスクを最小にする対応が望まれる。

米国が貿易と投資の両面から中国の封じ込めを進める中で、日中関係の改善から日本は中国を含むアジアから一層の「インバウンド消費」や「対日投資」を呼び込む好機を迎えている。もしも、これらの相乗効果により需給ギャップが大きく改善するならば、長年にわたるデフレからの脱却を下支えするものと思われる。

増加する中国からの投資申請件数

米国にとって中国からの輸入のシェアは国別では最も大きく、2017年は2割を超える。輸入額の大きさで2番目のメキシコと3番目のカナダはともに1割強のシェアにとどまっており、中国からの輸入は米国経済にビルトインされており、不可欠なものとなっている。

これに対して、米国の中国からの直接投資の受け入れ残高は全体の1%にすぎなく、10%を超える英国や日本と比較するとかなりの差がある。しかしながら、リーマン・ショック以降の中国の米国企業の買収の増加には目を見張るものがある。国家安全保障の観点から、米国への投資案件を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)に届けられた件数では、近年は中国からの案件が最も多く、全体の2割程度を占めている。

CFIUSがこれまでに調査した中国企業による米企業の買収案件では、レノボによるIBMラップトップ部門の買収(2005年)、中国国営オフショア石油会社によるユノカル買収(2005年)、自動車部品企業集団によるリチウムイオン電池ベンチャー企業の買収(2013年)などがあるが、いずれも承認された。しかし、2012年に初めて、中国系企業ロールズ・コーポレーションによる米風力発電会社の買収が大統領によって差し止められた。

最近の大統領による差し止めのケースとしては、2016年にオバマ前大統領が中国投資会社のグランド・チップ・インベストメント(Grand Chip Investment)によるドイツ半導体製造装置メーカーの米国子会社(アイクストロン、Aixtron)の買収を阻止した例が挙げられる。また2017年には、トランプ大統領は中国投資企業(Canyon Bridge Capital Partners)による米国半導体企業のラティス(Lattice)買収をブロックした。

なお、2018年1月には、中国アリババグループのアント・フィナンシャル社による米資金決済大手マネーグラムの買収に関して、CFIUSが買収を認めない決定を下したことにより、大統領の最終決定前にアント・フィナンシャル社は自主的に買収を断念している。

CFIUSの審査手続きを変更

中国の米国子会社を利用した技術流出の懸念が高まる中で、米国議会は2018年8月に成立した国防権限法(NDAA)に、CFIUSの権限強化法(2018年外国投資リスク近代化法、FIRRMA)を盛り込んだ。FIRRMAの成立で、CFIUSの審査対象の拡大、審査期間の延長、宣誓制度の新設、一部の投資における審査の義務付け、などが新たに付け加えられた。

これまでに行われてきたCFIUSの審査手続きにおいては、最初のステップは非公式なものであり、CFIUSとのやり取りなどを受けて対米投資を検討している外国企業が自主的に申請することになる。この時に自主的に提出されていない案件でも、CFIUSは取引を審査することができる。

次に公式ベースの審査に移り(1次審査)、申請による届出案件を30日間かけて買収を承認するか調査を開始するかどうかを判断する。そして、調査開始が決定されれば、買収を許可するかあるいは撤回を命じるかどうかを45日かけて調査する(2次審査)。もしも、安全保障上のリスクが解決されない場合は、案件は大統領に送られ、大統領の判断を仰ぐことになる。

CFIUSの権限強化法(FIRRMA)の成立により、変更された点は審査対象の拡大である。例えば、これまでは合併や買収が主な審査対象であったが、空港や軍事施設に近接する不動産の購入や貸借も含まれることになった。また、重要技術、重要インフラ、機密性の高いデータを持つ米企業への投資を進め、その企業の非公開技術情報を入手できたり、取締役などの地位を得ることで事業の実質的な意思決定に関与することができるようになる場合も、審査の対象に加えることになった。

そして、これまではCFIUSへの届出は任意であったが、FIRRMAでは、義務となる要件が盛り込まれた。そのケースの1つとして、少なくとも25%の議決権を外国企業が取得するような取引、かつ、その外国企業の25%の議決権を外国政府が所有している場合、を挙げることができる。

その他の変更点としては、審査期間の延長が挙げられる。これまでは1次審査は30日間であったが、これが45日間に延長される。2次審査は45日間であったが、特別事態と認定した場合15日間の延長が認められる。このため、最大で75日であった従来の審査期間は、105日まで延長することが可能になった。同時に、審査手数料の導入、同盟国や州政府などの他の政府機関との情報共有も付け加えられた。

重要技術関連の分野へのパイロット・プログラムを導入

CFIUSの機能強化を狙ったFIRRMAであるが、実際には、その適用は2019年後半か2020年前半に開始される見込みである。このため、米財務省は2018年10月10日、NDAAに基づき、FIRRMAに先行する形で27の特定業種に関係する重要技術を扱う投資を対象とするパイロット・プログラムを発表した。このプログラムは、先端技術分野への対米投資の審査強化を狙ったもので、CFIUSへの通知義務を定めている。

27の対象業種には、航空機やそのエンジン・同部品、アルミニウム、誘導ミサイル、軍用装甲車、コンピューター記憶装置、原子力発電、半導体製造装置、蓄電池、ナノテクノロジー、光学レンズ、などの分野が含まれている。

財務省は、重要技術や非公開情報などへのアクセスを可能にする新しい対象業種への投資が完了する45日前までに、CFIUSに宣誓書などで通知するよう外国企業に求めている。2018年11月10日から暫定的に適用され、2020年の3月5日までには終了する。違反には罰金が科せられる。CFIUSは、これまでは国家安全保障の観点から外国企業が自主申告した買収案件を主に取り扱ってきた。それが、今回のパイロット・プログラムの導入により、重要技術への投資を中心にCFIUSへの申請案件が増加すると見込まれる。

FIRRMAやそのパイロット・プログラムの問題点は、どこまでを安全保障に関連する重要技術やインフラとするのか、あるいは機密性の高い個人情報とするのかは、CFIUSの手に委ねられていることから、外国企業にとってその境界が明確でないことである。このため、1つ1つCFIUSや財務省関係者などと話し合いながら、新たなルールのグレーな部分を解決していかなければならない。

また、CFIUS権限強化法(FIRRMA)の成立は、ある意味で中国を狙ったものであるが、その関連で、中国企業との合弁を実行している日本企業にも影響が現れる可能性があることに注意しなければならない。日本企業には、FIRRMAや27業種を対象とするパイロット・プログラムに対して、十分な情報収集や的確な対応策でもって、リスクを最小にすることが望まれる。

重層的に展開される貿易面での中国への囲い込み

トランプ大統領はCFIUS権限強化法(FIRRMA)を用いて中国からの投資への審査を強化する前に、中国からの輸入に対して米国通商法を適用し関税の引き上げを実施している。最初のトランプ政権の米国通商法の適用は、201条に基づく、2018年2月の大型家庭用洗濯機と太陽光発電パネルへのセーフガード措置(緊急輸入制限)による関税引上げであった。次に、トランプ大統領は2018年3月23日、米国の安全保障を損なう恐れがあるとの判断から、1962年通商拡大法232条に基づき、鉄鋼とアルミ製品にそれぞれ25%と10%の制裁関税を発動した。その時に、猶予期間を与えられたEU、カナダ、メキシコへの関税は、6月から賦課された。

そして、中国の不公正貿易慣行などに対する制裁のために、米国政府は301条に基づき、7月6日以降に通関した818品目(340億ドル相当)の中国製品を対象に、第1弾目の25%の追加関税の賦課を開始した。第2弾目は8月23日から297品目(160億ドル)に25%の追加関税、第3弾目は9月24日から5,745品目(約2,000億ドル)に10%の追加関税が上乗せされた。第3弾目の追加関税は2019年1月から25%に引き上げられる。

こうした矢継ぎ早の米通商法の適用は、相手国からの報復関税を招いている。この報復合戦による互いの経済貿易に与える影響が徐々に表れ始めており、世界経済に暗雲をもたらしている。しかしながら、米国も中国も一歩も引かない姿勢を見せており、早期の譲歩は難しそうである。

また、米国は新NAFTA協定(USMCA)の中に、非市場経済国と自由貿易協定(FTA)を締結する交渉を始めようとしているメンバー国に、少なくとも3か月前にその意向を他の相手国へ通知しなければならないという規定を盛り込むことに成功した。そして、USMCAはFTAに署名する30日前に、他のメンバーに協定の全文を提供しなければならないことを定めている。さらには、非市場経済国との自由貿易協定の締結により、他のメンバー国は6か月前の通知でUSMCAを終了させ、その裁量で二国間協定に差し替えることができる。

カナダはこれまで中国との間でFTA交渉の開始を話し合ってきたが、NAFTA再交渉の合意にとまどっていたため、その結論が延び延びになっていた。カナダは結論を先延ばしにした分だけ、今後の中国とのFTA締結に足かせをかけられたことになる。日本も、日中韓FTAやRCEPの交渉を進めている中で、今後の米国との貿易交渉において何らかの影響を受けることが見込まれる。

インバウンドと外資の相乗効果でデフレから脱却

米中間の摩擦が高まる中で、日本と中国との経済関係は改善に向かいつつある。つまり、これまで以上に、中国を含むアジアからのインバウンド消費や対日投資を呼び込むチャンスが高まっている。この機会を捉え、アベノミクスを核にした規制・構造改革を推進し、地方を中心にしたインバウンド消費や対日投資の大幅な増加を実現すれば、需要の拡大からデフレ脱却の可能性が高まると思われる。

日本の2017年における海外からの直接投資の受入額は先進国の中でも低く、米国の外国からの投資受入額の4%、中国の8%の水準にすぎない。つまり、中国のような外資をテコにした経済改革や高度成長の実現は、日本には望むべくもないのだ。諸外国からの対日投資額が少ないのは、やはり種々の規制や煩雑な手続き及び人材確保の壁があることに加えて、国内企業との競争が激しいためであり、言葉・文化の違いも要因として挙げられる。

したがって、日本のデフレ脱却策の1つとして、2017年に約2兆円であった対日投資額を超える水準を達成することが求められる。2016年の対日投資はインドやオーストラリア並みの約4兆円であったが、もしもこの水準の1.5倍の6兆円を実現できれば、2017年から4兆円の増加となり、日本のGDP(約550兆円)の0.7%分を増やすことになる。

また、2017年の訪日外国人は2,869万人で、インバウンド消費は約4.4兆円であった。これが、訪日外国人誘致策で4,000万人の8兆円に拡大すれば、2017年から約4兆円の増加となり、上記の2016年の対日投資の1.5倍のケースと同様なGDPの引き上げ効果をもたらす。

日本政府は2020年までに対日投資残高を35兆円にする政策目標を掲げている。実際に対日投資はリーマン・ショック後に激減した後、2011年から拡大傾向にあり、地方への進出例も見られるようになっている。これは、これまでの種々の規制緩和やインセンティブの拡大、各機関による投資誘致活動が徐々に実ってきているためであることは疑いない。もしも、対日投資が一段とステップ・アップすれば、日本経済の潜在成長力を高め、デフレ脱却の推進力が増すと考えられる。

対日投資を大きく拡大するには、近年増加している地方の観光地における外国からの不動産などへの投資をさらに引き上げることが望ましい。また、日本のモノづくりの強さを反映した高付加価値品を生み出す製造業への投資、ファッションなどの日本文化の発信力に強みがある消費財関連産業への投資、あるいはレストランなどのサービス産業への投資も考えられる。さらに、後継者不足に悩む地方の中小企業をターゲットにした投資も効果的である。

ただし、これらの分野への投資の条件がそろっていても、職場のスタッフや有能なマネージャーの確保が特に地方では難しくなっており、人材確保への支援も不可欠である。そして、外国企業からのM&Aを戦略的かつ積極的に受け入れる企業マインドの醸成、米国の州・地方団体に見られるような外資への道路・配電・教育・住環境整備、などの対策も有効だ。 

コラム一覧に戻る