一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2020/02/28 No.742020年は中国1100年来の「中国の夢」の実現年

江原規由
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

今年(2020年)は、中国共産党が成立100周年(2021年)までに「全面的小康社会」をつくり上げると人民に公約したその実現年である。小康社会とは、誰もが“安定しややゆとりのある社会”とされる。この点、2019年には中国の一人当たりGDPが初めて1万ドルの大台(1万276ドル)に乗り高収入国家の標準値(1.2万ドル)に接近、また、エンゲル係数は28.2%と、日本(25%前後)との比較でいえば、その差は明らかに縮まっている。「衣」「食」は言うに及ばず(注1)、さらに「住」、「行」(旅行など)「用」(消費など)における中国人の民生も明らかに向上している。2018年3月以来エスカレートしてきた中米貿易摩擦も、2019年12月13日に「第1段階」(農産品など貿易拡大、知的財産権保護、技術移転問題、金融サービス、為替、貿易拡大など)で正式合意するなど一段落し、小康社会の実現が確実視されている。が、まさにその年に新型コロナウイルスによる肺炎(COVID?19)が中国を襲ったのは何とも皮肉な巡り合わせとしか言いようがない。

SARS時代とは異なる国際環境

COVID−19で思い起こされるのが、中国で2003年に発生したSARSであろう。その経験は大いに生かされていると思われるが、致死率(約2%)こそSARSのそれ(10%前後)を大きく下回ってはいるものの、患者数、死亡者数において、COVID−19はSARSを超えさらに拡大している。何よりも当時と異なるのは中国を囲む国際経済・環境の変化である。例えば、中国経済の国際化が進み、さらに、その規模は 2003 年のほぼ 9 倍(2003 年の 11.7兆元〈1元は約15.5円〉から2019年の99兆元)に達している。以前の経験から今日の経済・社会的影響を検証することは、万事がそう簡単ではない。この点、1月20日、習近平国家主席は、 “〜感染状況の情報を速やかに公表し、国際協力を深める必要がある”との重要指示を出したことからもうかがい知れよう。多くの国から、“中国加油(中国がんばれ)”の声援や支援が多いのもSARS時とは異なるようだ。今後、国際社会との連携が奏功し、災い転じて福となることを期待したい。

小康社会実現は国際経済・社会へのプラス要因

さて、中国の小康社会の実現は、今後、「行」、「用」の拡大などで、中国だけでなく、世界(経済)の発展にもプラス要因が少なくない。何より、来年が中国の「2つの100年の夢」の「第1の100年の夢」(注2)(中国共産党結党100周年)の実現年であり、その前夜祭(年)ともいえる今年の小康社会の実現には政権党としての中国共産党の面子がかかっているといえる。この点、COVID−19への当局の戒厳令をも彷彿させるような徹底した対応ぶり(習主席は、2月18日のマクロン仏大統領との電話会談で、ストップCOVID−19を人民戦争と形容している)にもうかがうことができる。

では、小康社会とはいったいどんな社会なのか。“安定しややゆとりのある社会”とはどんな情況なのであろうか。そのヒントが、今年の春節(旧正月)祝賀会(注3)での習主席講話の一節に認められるようだ。習主席はこう言っている。

“ネズミ年は干支(えと)の初年であり、新たな始まりを象徴している。〜中略〜この新たな一年、全面的小康社会を達成し、脱貧困の攻防戦を制し、第一の100年の闘争目標を実現し 、働き詰めだった人民が小康生活を送れるという 中華民族が1100年来待ち望んできた社会を現実のものにしよう”。習主席の言によれば、中国人民は小康生活(社会)を1100年待ち望んできたというわけだ。習主席はその1100年来の『中国の夢』を今年実現しようと訴えている。今から1100年前といえば、五代十国から宋代(注4)への移行期に当たっている。5000年ともいわれる悠久な歴史にあって、小康社会は宋代に花開いていたわけである。

「清明上河図」の現代的実現

宋代(北宋<首都:開封>・南宋<首都:臨安)とはどんな時代であったのか。総じて、庶民(人民)の時代(貴族世襲制から科挙の合格者、士大夫などによる官僚体制・上層庶民階級の形成など)、貨幣(流通・商業)経済の時代(宋銭<銅銭>の大量鋳造・国内流通および海外流出、世界初の紙幣とされる交子の発行など)、海外交易の時代(ジャンク船による海外との交易など)、新文化が開花した時代(宋学、陶磁器、北宋画、科学技術の改良<火薬、羅針盤など>など)、そして、文知の時代(人材確保のための科挙試験の整備など)など現在の中国の世相に重なる(通じる)ところが実に多い。

北宋の都である開封は黄河と大運河が合流する交通の要衝として人や物資の移動が盛んで流通経済が発展し、城門外では唐代のような夜禁の制限に関係なく夜間でも営業でき、旅館、飲食店、商店などでにぎわい、城外の市街地化も進んだとされる。その一端を現代の我々に垣間見させてくれるのが、当時(北宋時代)の首都開封の清明節(注5)の賑わう様子を描いた「清明上河図」(注6)ではないだろうか。10年前開催された上海万博では、ハイテクを駆使しアニメーション化された、さらに、実物にはない夜の様子も表現した生き生きと動く「清明上河図」が参観者を魅了したものである。「清明上河図」を現代の中国に当てはめてみれば、夜経済(注7)で賑わう都市生活、買い物客で賑わうショッピングモール、また、当時の運河は今日でいえば差し詰め全国津々浦々に張り巡らされた高速鉄道網や高速道路網などに置き換えられそうである。1100年の時が流れており、単純比較はできないが、賑わい・事物の豊富さ、そして、人々の表情には、時空をのり超えた小康社会に不可欠な共通点が感じ取れるようである。

なぜ習主席が、今年実現される小康社会を1100年来の出来事と言及したかうかがい知ることはできない。ひょっとして、上海万博当時、中国館に展示された巨大な「清明上河図」への思いがあったのではないだろうか。当時、習主席は国家副主席として、上海万博を何度か訪問しているに違いない。

いずれにせよ、中国の小康社会の実現への道のりは、共通項が少なくない2030年が最終年となるSDGsの実現にも大いに参考となろう。何より、中国が希求してやまない人類運命共同体(注8)の構築へ大きなステップとなるに違いない。

今後、世界には、小康社会的未来の到来を希求する国、また、COVIT-19のような困難・災難に遭遇しその打開策に奔走する国が後を絶たないとも限らない。そんな未来を考えると、中国における2020年の小康社会の実現、そして、COVID−19に対する中国の措置・対応策、世界との連携への積極姿勢などは、人類の未来に向け、大きな示唆となるのではないだろうか。

注1 今後は、「衣」は「医」、「食」は「職」などになるのではないだろうか(筆者)。

注2 「第2の100年の夢」は中華人民共和国成立100周年となる2049年までに、中国を「富強・民主・文明・調和の美しい社会主義現代化強国」に築き上げること。

注3 今年の春節は1月25日、毎年異なる。

注4 宋代(9960年−1279年)は北宋(都:開封<現在の河南省東部>)と南宋(都:臨安<現在の浙江省の省都杭州)に分かれる。

注5 祖先の墓を参り、草むしりをして墓を掃除する日(祝日)

注6 約30倍(128m×6.5m)に拡大し、人や乗物など1068点をアニメーション化。さらに昼夜を表現した。

注7 中国では多くの都市がナイトライフを発展させ消費を活発化するための措置を公布、夜経済を振興している。

注8 その実現のためのプラットフォームとされているのが一帯一路構想。

コラム一覧に戻る