2020/05/28 No.78コロナでイノベーションは進化するか
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
GAFAはコロナ後の米国産業の救世主になり得るか
米国はコロナショック以前から経済成長率を減少させてきた。1960年代には4%台の成長を達成していたが、1970年代以降は3%台へ、2000年以降は2%前後に低下している。この原因の1つは、高いイノベーション能力を有する米国経済にもかかわらず、「技術進歩や生産の効率化等」を表す全要素生産性(TFP)の停滞にあると考えられる。TFPは経済成長を促す要因の内、資本や労働の変化では説明できない残りの要因である。
IMFの2015年5月のワーキング・ペーパーによると、米国のTFPは1996年〜2004年においては年平均で1.75%の上昇を見せたが、2005年〜2013年には伸び率が半減している。これは2008年〜2009年の金融危機の影響を差し引いても、米国のTFPが低下傾向にあることを示している。また、欧州中央銀行(ECB)の2016年Economic Bulletinは、金融危機の前と後の米国のTFPの年平均伸び率を比較し、後の方が大きく低下していることを指摘している。
生産性の動きに大きく関わるイノベーションは産業競争力の源泉であり、経済成長を牽引するエンジンである。経済協力開発機構(OECD)によると、イノベーションとは、「新しくかつ著しく改善された製品(財またはサービス)の創造、および生産工程や配送方法等の新プロセスの導入と既存プロセスの改良、あるいは、新しいマーケティング手法の開拓や職場編成などの組織イノベーションの実現」とのことである。
イノベーションを計る経済指標の一つとして、世界知的所有権機関(WIPO)の特許出願総数を挙げることができる。同指標によると、米国は2019年における世界最多の特許出願数を誇り、次いで中国と日本が続く。これら3か国は2019年の特許出願数のほぼ64%を占めている。中国は特許出願数で2017年に欧州連合(EU)と日本を追い越した。中国は世界有数の特許出願国となったが、特許の数量は必ずしも特許の質と革新性のリーダーシップを反映しない。米国は依然としてイノベーション能力では先頭を走っており、日本やEUがそれを追いかけている構図には変化はない。
2020年に入りコロナの影響が経済に広がるにつれ、各国の景気回復後にはどのような既存の産業が発展し、どのような新しい業態が出現するのかが注目される。また、新型コロナは中国製造業の進展の後押しをするのか、あるいは米国のイノベーションや産業競争力の発展につながるのかは興味のあるところである。
コロナショックは米国の就業者数を2020年4月には2,050万人も減らし、失業率は戦後最悪となる14.7%に達した。IMFの4月予測によれば、米国の2020年の経済成長率はマイナス5.5%と見込まれている。
しかしながら、新型コロナの影響が深刻化する中で、注目されるのはグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの頭文字を取ったGAFAの動きである。アマゾンは米国で10万人の雇用拡大、グーグルとフェイスブックは顧客サービスの増加が見込まれる。アップルも同社のスマートフォンの中国での生産が回復し、新製品の販売もあまり問題はないようである。米国経済の悪化が予想される中で、こうしたGAFAのような情報通信革命の申し子は、コロナ後のインターネットなどを活用した新業態やオンライン・ショッピングにおいても一段の成長が見込まれる。つまり、コロナを契機にGAFAはさらに拡大発展し、米国経済の回復に貢献する可能性が高い。
中国・日本・ドイツを下回る米国の生産性上昇率
米国の労働者一人当たりの製造付加価値は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のデータによれば、2018年には11.2万ドルで前年から4%増を記録した。日本は8.2万ドルで3%増、ドイツは9万ドルで2%増、中国は2.8万ドルで10%増、であった。米国は製造業の生産性も高いことが窺える。
しかしながら、2013年〜2018年までの年平均伸び率を見てみると、中国の7.3%増、日本の3.3%増、ドイツの2.4%増に対して、米国は1.1%増にとどまる。米国の製造業における生産性は2018年の対前年比は高かったが、過去数年のトレンドにおいては、中国だけでなく日独よりも劣っていたということになる。
中国は労働者一人当たりの製造付加価値の水準は依然として日米独よりも低いものの、その伸び率は群を抜いており、モノづくりの生産性と優位性を急速に高めている。中国の製造業の生産性の上昇だけを考慮すれば、コロナ後の中国の世界の製造拠点としての地位には盤石なものがある。
ところが、中国の急速な経済発展により、労働者の賃金が高騰し、中国での製造コストが上昇している。中国の製造コストが上昇すればその分だけ国際競争力が低下し、徐々に製造拠点としての役割が低下することになる。
BCGによれば、中国の2019年の製造コストは、米国を100とすれば95-97の水準にあり、日本は103、ドイツは116であった。この数字だけを見ると米国と中国の製造コストはあまり違いがなく、米国企業がわざわざ中国で製造するメリットがなくなりつつあることを示している。さらに、ベトナムの製造コスト指数は94に達しており、マレーシアの83よりも高い。ベトナムが相対的に高いのは、生産性が低いため、生産性で調整した製造コストが高くなるためである。
つまり、製造コストという面だけを見ると、中国に進出した米国製造業には国内回帰を検討する余地が生まれている。しかし、中国が周辺に抱える産業クラスターとサプライチェーンの層の厚さ、あるいは一定のコストの下での製品の品質、潜在的な中国の国内需要の大きさ、という面を考慮すると、依然として中国からの生産移管(チャイナ+1)を全面的に進めることは難しい状況にある。
欧州諸国はGAFAの売り上げへの課税を表明
新型コロナを契機としたテレワークの浸透や外出の抑制により、航空・鉄道などの旅客輸送、ホテルなどの観光、レストラン・飲食業、デパートなどの小売り、医療サービス等は深刻なダメージを受けている。さらには、自動車関連や電気・電子などの製造業にも大きな荒波が押し寄せている。
これに対して、オンライン・ショッピング、ゲーム関連、宅配サービス、クラウド・コンピューティング、オンライン授業、遠隔治療などの需要が拡大しており、生活様式の変化に対応した産業が勃興している。
米国で誕生したGAFAは、これまで個人情報の流出や反トラスト法への違反などで米国の司法省や州裁判所及び連邦取引委員会から調査を受けている。特に、2018年春に最大8,700万人分の個人情報の不正流用が発覚したフェイスブックは、今も捜査当局への対応に追われている。また、アップルは自社製品に個人データの収集を難しくする機能を搭載するなど、広告収入に依存するライバルとの違いを打ち出している。
さらには、フランスや英国、イタリア、スペインはアマゾンなどのGAFAの売り上げに対して、2〜3%の課税を表明し、米欧摩擦の要因の1つになっている。何しろ、GAFAが米国以外で支払っている法人税率は10%台にとどまっており、20%を超える日米の負担率を大きく下回る。現在のルールでは、原則として工場や支店などの物理的拠点がある国でなければ、企業に課税できない。インターネットを介し、国境を越えてビジネスを展開するGAFAのようなグローバル企業に対して、既存の国際課税ルールが対応しきれていないのだ。
90年代後半から2000年代代前半に誕生
GAFAのこれまでの歴史を振り返ってみると、アップルはスティーブ・ジョブズが1976年に創業したが、一度は会社を追われており、実質的には1997年から快進撃が始まっている。グーグルは1998年、アマゾンは1994年の操業であるし、フェイスブックは2004年であることから、GAFAは総じて1990年代後半から2000年代前半に誕生したことになる。
アマゾンは当初は書籍の通信販売からスタートしたが、その後は次々と他の商品の取り扱いを打診され、現在ではあらゆる商品のオンライン・ショッピングに幅を広げ、巨大な物流サービス網を展開している。つまりは、顧客のニーズを最大限取り込むことで、これまでにないサービスと販売形態でのイノベーションを達成したのだ。グーグルはインターネットによる検索サービスを提供しており、フェイスブックとともに、世界の6割以上のインターネット広告事業のシェアを占めている。
コロナ後においては、人工知能(AI)を用い思考を持ち判断しながら作業をするロボット、AIロボットを活用した半導体および半導体製造装置、遠隔医療やその装置、などの開発が進展すると思われる。また、AIによる相手の能力や判断に応じた様々な教育プログラムの進展が期待されるが、特に日本では、年齢別あるいはセレモニー・セミナー・シンポジウムといったテーマ別に応じたオンライン英語学習などのニーズが高いと思われる。
こうした中で、新NAFTA(USMCA)や日米デジタル貿易協定には、「アマゾンなどのインターネット上のプラットフォームを利用した企業を民事責任から守る条項」が盛り込まれた。これは、ネット上に投稿された情報が虚偽や人権侵害、名誉棄損に当たる場合であっても、その情報を媒介したプロバイダーやプラットフォーマーの責任は問われない、というものだ。こうしたGAFAによる今後のデジタル経済への布石が整う中で、コロナショックが発生したが、その世界経済への影響力が増々拡大することが予想される。これは、今後の米国経済の競争力を考える上では、プラスの材料となる。
しかしながら、GAFAは将来のモノづくりをリードする技術革新を生むというよりも、既存の情報通信技術や物流を応用して社会の変革を促した。GAFAは著しく改善されたサービスの導入を示す「プロダクト・イノベーション」や販売・配送方法のプロセスの改良である「プロセス・イノベーション」をもたらしたが、2%台まで鈍化した米国の経済成長率を、かつての3%〜4%台まで引き上げることができなかった。したがって、コロナショック後の米国経済を考えるならば、グーグルの量子コンピューターや人工知能(AI)などの技術開発も含めて、一段の米製造技術のイノベーションが必要と考えられる。
求められる政府支出や生産性の拡大
米国は、各大学・研究機関に設置されたベンチャービジネス支援システムである「インキュベーター」の運営ではこれまで多くの成功を収めてきた。インキュベーターはベンチャービジネスをふ卵器のように育て、数多くの技術開発を促してきた。すなわち、米国はこれまでイノベーションを生み出す環境整備を積極的に展開し、歴史的な発明を生んできた。
ワシントンポストの2018年11月の記事によると、米国の過去180年間の発明において、最初のブームは1880年〜1990年、2番目は1930年〜1940年、3番目は1990年〜2010年である。1878年には電話機、1980・84年には遺伝子組み換え技術、1988年には輸送機械関連である電磁モーター、1938年にはデュポンによるナイロン繊維、1999年にはインターネットから1回のクリックで購入できるシステムの発明が行われた。
米国の産業競争力の向上、賃金・雇用の拡大、長期的な経済成長にはイノベーションが欠かせないが、それには基礎研究、教育、インフラに対する公的支援が必要である。基礎研究への政府支援の例としては、ベル研究所による真空管からトランジスタへの移行、1960年代の宇宙競争でのリード、国防高等研究計画局(DARPA)によるインターネットの発明が挙げられる。インフラ整備としては、1800年代の鉄道建設に代表されるように、道路や橋、港湾などの拡充が挙げられる。
しかし、21世紀のインフラ整備はブロードバンドのような情報通信インフラが主体となるが、米国はこの面では他の先進国と比べて突出しているわけではない。予算の縮小の傾向は基礎研究にも及んでおり、政府支出の割合は1980年には70.3%であったが、それ以降には57%に低下している。教育に関しては、大学などでの高コスト化が進み、満足な環境を維持することが難しくなっている。
すなわち、米国のイノベーション能力は世界をリードしているものの、連邦予算や労働者一人当たりの生産性の低下が目立つようになっており、最近の経済成長率の減退と製造業での競争力の低迷に結びついている。コロナを契機としてこの問題を解決するには、GAFAに頼るだけでなく、人工知能(AI)やデジタル経済を十分に活用し生産性を上げるとともに、情報インフラや教育予算の拡充を図らなければならない。同時に、中国等の台頭に対しては、輸出入銀行を通じたハイテク分野への融資・支援などで輸出競争力を高める必要がある。
教育を含めた政府予算や生産性の拡大でイノベーションを促進し、産業・輸出競争力の向上を図らなければならないのは、何も米国だけでなく、日本にもそのまま当てはまる。高齢化社会に一早く突入した日本は、社会保障費などの負担が重く、そのしわ寄せが基礎研究や教育への政府支出に表れている。リーマンショックを経て、日本企業は国内の設備投資を抑えるだけでなく、社内の教育・インフラ投資も縮小せざるを得ない。コロナショックを契機に、こうした負の連鎖を断ち切る官民のイノベーションへの投資が求められる。
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