一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2020/06/18 No.79日本化をデジタル化で防げ

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

日本のデジタル化の遅れと影響

米国などのデジタルシフトが進む中で、新型コロナの出現により、日本のデジタル化の遅れが鮮明になった。例えば、ドイツでは、コロナで損害を被った事業者向けの給付金は、その申請から数日で口座に振り込まれたと伝えられる。ところが、日本ではオンラインでの申請手続きに次から次へと問題が発生し、結局は利用できないケースが増えている。たとえ、オンラインで受け付けても、それからは人手により確認や承認、振り込み手続きが行われているようだ。もしも、デジタル化が進めば、一連の作業はかなり簡素化され、それこそドイツ並みの迅速な処理が可能なはずだ。

そもそも、デジタルシフトとは何かであるが、例えば、ウーバーのように車を運転するドライバーと移動・宅配手段を求めるユーザーをアプリで繋ぎ、その対価としてサービス手数料を得るというビジネスモデルを挙げることができる。この他には、コロナ対策として、大学などでは対面式授業を避けるためオンライン授業に切り替わっているし、英会話・ヨガ教室や学習塾などでもオンライン形式のレッスンが広がっている。さらに、医療の現場におけるオンライン診療や遠隔医療が進展しているし、スマホや各種センサーから得られた大量のデータを分析しマーケティングに応用するケースも増えている。

こうした社会のデジタルシフトはコロナ後においてはより不可欠なものになっているが、日本におけるデジタル化の遅れが懸念される。そもそも、日本では初等教育の現場にパソコンやタブレットのような電子機器を導入することが遅れたという事実がある。

20年近くも前の話になるが、トロントの中学校の教室に企業からの寄贈によるパソコンがずらりと並んでいる光景を目にしたことがある。これは、学生時代からその企業のパソコンに慣れ親しんでもらい、成人後の購入に繋げようとのマーケティング戦略の一環でもあるようだ。その当時から、米国やカナダの大学においては学内のインターネット環境を整備し、学内のカリキュラムの概要把握や授業選択の手続きに役立てていた。米国は早くから教育の現場にITプログラム・機器を導入し、社会・産業システムのデジタル化を促進しており、それが今日のデジタル競争力の高さに結びついている。

日本のデジタル競争力は63か国中23位

スイスに本部を置く世界経済フォーラム(WEF)は、毎年「世界競争力報告」を発表しているが、2019年版によれば、日本の競争力ランキングは6位と前年より1つ順位を下げた。それでも、まだ日本は主要国の中では、米国の2位を下回るものの、7位のドイツ、9位の英国を上回っている。

ところが、同じくスイスに本拠地を置く国際経営開発研究所(IMD)は1989年から「世界競争力ランキング」を発表しているが、日本の順位は2019年には前年から5つ落とし30位であり、世界経済フォーラムよりも競争力でかなり低い評価となった。IMDはこの理由として、ビジネスの効率性の低さや政府債務の多さなどを挙げた。日本はIMDのランキングで最初の発表年から4年連続で世界1位を記録したこともあったが、2010年以降は25位前後で推移しており、競争力を低下させている。

IMDは同時に、2017年から「デジタル競争力ランキング」も公表している。3回目に当たる2019年のデジタル競争力ランキングによれば、最も高いデジタル競争力を有する国は米国、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、スイスの順番で、日本は63か国中23位であった。ちなみに韓国は10位、台湾13位、中国は22位であり、いずれも日本の順位を上回った。

なお、日本は2015年の時点でも23位であり、2019年と変わらない。ところが、韓国は2015年では18位、中国は33位であったので、2019年には共に大きく順位を引き上げている。IMDのデジタル競争力ランキングでは、日本は米欧だけでなく、アジアのライバルにも水をあけられた格好だ。なぜこのような結果になったのかを探ることは、日本のコロナ後のデジタル経済へのシフトやグローバル競争力の向上を図る上で極めて重要と思われる。

表1:2019年の日米のデジタル競争力ランキング(63か国中何位)

(資料)IMD WORLD DISITAL COMPETITIVENESS RANKING 2019より作成

日本のデジタル化で何が問題か

IMDは日米などのデジタル競争力ランキングを、表1のように、「知識」、「テクノロジー」、「将来への準備」、という3つの「構成要素」から分析・評価している。この3つの「構成要素」はさらに3つの「副構成要素」に細分化され、表1では表示されていないが、「副構成要素」はさらに次のレベルである「副々構成要素」に分かれ、それぞれ63か国中何番目に位置するかが示されている。

例えば、日本は「構成要素」の1つである「テクノロジー」の分野では24位であるが、同分野はさらに「副構成要素」の規制(42位)、資本(37位)、技術的フレームワーク(2位)の3つに分解される。さらに、「副構成要素」の「技術的フレームワーク」は、「副々構成要素」である通信技術(36位)、モバイル・ブロードバンド加入者(1位)、無線ブロードバンド普及率(2位)、インターネット利用者(5位)、インターネット帯域幅速度(14位)、ハイテク輸出の割合(21位)、に分かれて評価される。

つまり、日本においては、デジタル競争力の「構成要素」における「テクノロジー」の順位は24位にとどまるものの、その次のレベルの「副構成要素」である「技術的フレームワーク」は2位となっており、IMDから競争力が高いと判断されている。その理由は、「副々構成要素」であるモバイル・ブロードバンド加入者の多さや無線ブロードバンド普及率の高さにある。

日本が「構成要素」の「知識」で競争力を低下させている要因(順位が低い分野)を見てみると、「副々構成要素」のレベルでは、国際性(管理職の外国での業務経験)(63位)の不足、デジタル技術力(60位)や教育への公共支出のGDP比(55位)の低さ、外国人技術者数 (51位)や女性研究者数(54位)が少ないこと、という分野を挙げることができる。

同様に、「テクノロジー」では、事業開始手続きに関する規制の煩雑さ(42位)、電気通信投資のGDP比の低さ(57位)、銀行・金融サービスの効率的なサポートが行われていないこと(45位)、を列挙することができる。

「将来への準備」では、グローバル化(44位)の遅れ、機会や脅威への素早い対応ができない(63位)、企業の敏捷性(63位)やビッグデータの分析・応用(63位)及びサイバーセキュリティ(41位)に問題があること、が競争力を低下させている要因である。

改善しなければ何が起きるか

日本のデジタル競争力を低下させている要因の中で、日本企業が機会や脅威への対応や敏捷性に欠けるという問題は、新規事業への転換・決定が遅れることを意味している。それは、トヨタ自動車が豊田自動織機製作所から分離独立(1937年)するという大いなる決断やサクセスストーリーが生まれ難いし、スマートフォンのようなこれまでにない製品の開発が進展しないことを示唆している。つまり、このまま稟議制度などの日本の伝統的なビジネス慣行に固執し、日本企業のパンデミック対策への決断が遅れるならば、スピーディなコロナ後の新規事業への転換が進まない可能性がある。

また、ベンチャービジネスへの支援も含めて、銀行・金融サービスの効率的支援に問題があることにより、デジタル経済に対応する新規企業が出現し難くなっている。かつては、日本にはソニー、ホンダ、パナソニックのような進取の気性に富む企業が新たに誕生した。コロナを契機とした金融支援などの環境整備によって、今日のアマゾンやグーグルに匹敵するような、従来の慣習にとらわれず新しいことにチャレンジする多くの日本企業の登場が望まれる。

そして、日本企業は敏捷性に欠けるという面だけでなく、国際性(海外経験の少なさ)やビッグデータの分析・応用、あるいは外国人技術者や女性研究者・管理職の登用で問題を抱えている。したがって、効率的な経営を目指すべく、日本の伝統的な企業文化である終身雇用制度の今後のあるべき姿を検討せざるを得ないし、雇用形態などの改革を積極的に推進しなければならない。

日本化からの脱却を目指せ

米国の消費者物価は1990年〜2019年の約30年の間に倍増した。ところが、日本の消費者物価はこの間にわずかに1割強しか上昇していない。米国に比べるとほとんど上昇していないに等しく、いわゆるデフレ経済が長期にわたって続いている。物価が上昇しないのは、需要が供給よりも少ないためで、それを反映した物やサービスの値段は上がり難い。日本の需給ギャップ(一国の経済全体の総需要と供給力の差)の潜在的なGDP に対する割合は、バブルが弾けた1993年以降、96年・97年及び2006年・2007年を除き全てマイナスとなり、需要不足を示している。

日本と海外との物価格差により、日本人が欧州などに滞在するときには、日本のホテル代よりもかなり高額な料金を支払わなければならなくなった。これは、アパレル製品やバッグなどの買い物をする時においてもそうであるし、レストランで食事をする時も同様である。

日本国内で生活する上では、日本の所得が増えなくても物価が上がらなければ実質的な生活水準は同じである。しかし、これが海外に行った場合には、円の変動を無視すれば、海外での物価の上昇分だけ従来よりも多く円を支払わなければならず、その分だけ日本の実質的な所得は失われてしまうことになる。

日本が諸外国と比べて相対的に豊かさを失いつつあるのは、日本の物価水準と所得が長期にわたって上がらないのに対して、米欧だけでなくアジアでも所得の上昇が著しいためだ。つまり、日本は諸外国と比べて経済成長と物価の伸びを鈍化させ、経済規模は一定のままに留まっており、企業も将来に対する不安から収益を内部留保に回すなど、家計の所得が増えない構造が定着している。この低成長と低インフレは既に世界中に「日本化(Japanification)」として知られており、最近では米欧にもその兆候が見られるようになっている。

日本の豊かさをデジタルシフトで取り戻せ

日本化を克服し経済成長と物価を引き上げ、かつての豊かさを取り戻すには、巨額なコロナへの需要喚起策をきっかけとして、AI(人工知能)などを活用したデジタルシフトを促進し、一気に日本の生産性と国内需要を高めることが考えられる。

実際に、日本のコロナ後のデジタル経済へのシフトは米国同様に急速に進展していくことは間違いない。人工知能を使った産業用・医療用・介護用のロボット及び機器、あるいは半導体製造装置及び学習用機材の開発は日本企業の得意とするところであり、これらの装置・機材をオンラインで繋げることにより生産性拡大とデジタルシフトを引き起こすことができる。

IMDが指摘する日本の自然科学研究者数やハイテク特許件数の多さとともに、官民における従来の手続き・承認制度からデジタル化への急速な動き(印鑑から電子認証制度への転換、役所の行政手続きのオンライン化等)は、デジタルシフトを強く後押しするものと思われる。

さらに、新型コロナは日本の教育環境を劇的に変えている。9月入学のアイデアも検討されており、密室性を避けるために教室内の授業環境が変化しているし、オンライン授業も導入されている。テレワークに見られるように、企業の執務環境も大幅に変わっており、オンライン会議や電子認証制度の導入が広がっている。したがって、必ずこうした大きな変化に対応するプログラムや教材・機器の革新が始まるはずだ。

しかし、IMDから指摘されたように、日本は国際性や敏捷性及び金融支援などの幾つかの点でコロナ後のデジタルシフトを円滑に遂行できない問題を抱えており、その一つ一つを丁寧につぶしていかなければならない。

すなわち、コロナを契機として、デジタルシフトの阻害要因を徹底的に改善しなければ、日本は海外とのデジタル競争力の格差を縮めることは困難になる。日本は今正にデジタル競争力を飛躍的に高められるかどうかの正念場を迎えている。

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