一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2021/11/09 No.86見え始めたバイデン政権の通商問題への対応
~優先事項から外れるCPTPPや第2段階の日米貿易協定~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

改善に向かう米EU貿易摩擦

バイデン大統領は就任して以来、新型コロナに対する大型の景気刺激策とともに、環境問題への対応を重視する姿勢を示してきた。環境対策として、バッテリー技術やクリーンエネルギーなどの研究・開発(R&D)の推進、電気自動車(EV)の充電施設の50万か所設置、EVへの買い替え促進、などに重点的に取り組む方針である。

また、様々な分野における中国との覇権争いが激化する中で、対中政策をどのように進めていくかが引き続き重要な国家戦略になっている。その結果、欧州や日本などとの同盟関係やアメリカ・ファーストに基づく製造業における競争力の強化が必要不可欠になっている。

こうしたことを背景に、トランプ前大統領の時代に悪化した米EU関係の修復が急ピッチで進められている。例えば、米国とEUは2021年5月17日、鉄鋼やアルミなどに対して課している追加関税の解決に向けた協議の開始を共同で発表した。EUはこれまでヨット、ピーナツバター、バーボンウイスキーなどの米国製品に報復関税を課しており、6月から一部品目の関税を引き上げる予定であったが、それを取りやめ2021年内の協議の合意を目指すことになる。

米国は対中政策でEUから全面的な協力を得られるか

トランプ前大統領は、基本的には欧州とのwin-winの関係に疑問を持ち、西欧の政治経済的な基盤は脆弱化しており、米国が欧州を必要としているよりも欧州が米国を必要としていると主張した。例えば、ドイツなどは米国の北大西洋条約機構(NATO)支援や欧州への投資のメリットを一方的に受けており、それに比べて米国の欧州からの恩恵は少ないとするフリーライダー論を展開した。

この結果、トランプ前政権下での米EU関係は悪化したが、バイデン大統領の就任でEUはその巻き返しを図っている。EUはバイデン大統領の就任に先立つ2020年12月にパンデミックや気候変動及び世界基準に関する「環大西洋アジェンダ」を発表し、「環大西洋貿易技術会議(Transatlantic Trade and Technology Council)」の創設を提唱した。この環大西洋における米EUパートナーシップの強化は、かつての米EU間のアライアンス(alliance)の復活を狙ったものである。

このEUの提案に対して、キャサリン・タイ米国通商代表部代表(以下、タイUSTR代表)は、2021年5月中旬の議会証言において「非常に興味がある」と発言した。トランプ前政権とは異なるバイデン政権のEUへの姿勢が改めて明確に示された瞬間であった。

しかしながら、果たしてEUはバイデン政権の期待と思惑通り、対中政策において一枚岩のように行動を共にするパートナーになりうるのであろうか。確かに、EUは米国とともに、中国の不公正貿易慣行や人権問題に対しては共通の価値観と権益を有している。この意味においては、米EUがパートナーを組んで対応する余地は十分にあるし、実際に協調しながら中国と対峙する場面も見られると思われる。

ただし、EUはトランプ前政権に見られたような一方的な措置による対抗策は上手く機能しないと考えており、米EUが手を携えて中国に強硬な手段を講じることには賛同しかねると思われる。そもそも、EUの中においても対中アプローチは国ごとに違っており、中国に対する脅威を感じる度合いはそれぞれ濃淡があることは事実である。地政学的にも、EUにとっての中国の脅威は太平洋で向き合う米国とは同じでないことは明白である。

また、EUは日本と同様に中国市場への依存度を深めており、人権問題等もあり中国との貿易投資を慎重に進める必要はあるものの、規制を強めてサプライチェーンを取り壊すことにはためらいを覚えるものと思われる。同時に、米中対立は本質的に両国の様々な分野における覇権争いであることから、EUは米国の権益を守るために中国と対立することには躊躇せざるを得ない。

韓国は日本よりも中国との関わり合いが密であり、日本以上に米国との連携による対中包囲網の形成には慎重である。EUも程度の差こそあれ、同じような力学が働くことは避けられないと考えられる。結局、米国の同盟国と手を組んだ対中政策は、同盟国側の論理を尊重しながら、局面ごとに最適解を求めていくものにならざるを得ないと思慮される。

中国との競争に対抗するツールとは

タイUSTR代表はアジア系米国人、非白人女性として初めて米国通商代表部のトップに任命された。中国問題の専門家で、両親が台湾出身である。中国語も堪能であるようだ。

タイUSTR代表は5月13日の上院財政委員会での証言において、中国との競争に対抗するツール(tools)があるかとの質問に「no」と答えた。そして、米国は既存の通商法などの数十年前の措置に頼るのではなく、2021年の問題に対応するには2021年のツールが必要であるとした。これは、貿易摩擦への対応について、被害が発生してから対応するのではなく、事前に予防できるような新たな通商関連法制度が不可欠だということを意味している。

その後、タイUSTR代表は下院歳入委員会の公聴会において、ツールに関する同盟国との連携と協力の一環としてEUとの「環大西洋貿易技術会議」を挙げ、米国通商代表部の関心が高いことを強調した。同会議は、規制アプローチや基準設定、サイバーセキュリティ、新興技術を議論する2つの巨大貿易圏における高いレベルのフォーラム(forum)、と位置付けられる。米国は、こうしたツールなどを用いてEUを取り込むことにより、対中競争政策を効果的で盤石なものにしようとしている。

慎重な姿勢を見せるCPTPPへの参加

日本が注目する米国のTPP11(CPTPP)への再加入の問題であるが、タイUSTR代表はその議会証言において優先事項ではないとし、消極的な見解を示した。なぜ優先されないかとの理由として、広範な超党派での賛成を得られにくいことを挙げた。一部の超党派の議員はCPTPPへの不参加はアジアの成長力の取り組みの失敗を意味し米国の損失と考えているが、生産と雇用の減退を危ぶむ他の超党派の議員の反対にも根強いものがあり、米議会全体の支持を得るには時期尚早と考えているようだ。超党派での支持を得やすいのは、中国への競争政策や多国間での貿易政策であるとした。

CPTPPへの加入に関して注目されるのはフィリピンの動きである。フィリピンでは、ラモン・ロペス貿易産業相は2021年1月、関係各省庁へCPTPP参加の可能性を探るための調査の再開を指示している。最近の動きとしては、同国はニュージーランドに加盟手続きを問い合わせるとともに、CPTPPメンバーとの非公式な協議を行っている。これは、農業や医療の関係者からの反対もあり、当面はコロナ対策を優先し、国会での審議を待ってから結論を出すとの慎重な姿勢を見せているタイの動きとは全く異なるものである。

また、フィリピンに先行する動きとしては、英国は既に2021年1月30日に正式にCPTPPへの参加を表明し、同加盟国に加入の打診をしている。台湾も非公式にTPPメンバーと協議を進めていると伝えられる。また、中国の習近平国家主席などがCPTPPへの関心を示しているが、バイデン政権と同様に、中国でもCPTPPへの参加へのアクションを取るとしても、それには時間がかかるものと思われる。したがって、英国やフィリピン、台湾などのCPTPP加入の動きの方が先行する可能性がある(本稿の執筆時点である5月26日から1週間後の6月2日、TPP11か国は閣僚級会合で英国の加入手続きの開始を決定したことが報じられた)。

なお、タイUSTR代表の議会証言を伝える報道は、これまで触れてきた分野以外では米英貿易協定、半導体不足の問題、米EU間のエアバス補助金問題、カナダとの針葉樹問題等が中心であり、第2段階の日米貿易協定は焦点にはなっておらず、関心が薄いことは明らかである。

日本としては、第2段階の日米貿易協定への米側の関心が低いことは好都合な面もあるが、日本のプレゼンスの低下に結びつく面もあることから、英国、フィリピン、タイなどのCPTPPへの加入促進や、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想におけるリーダーシップの発揮を図っていくことが求められる。

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