一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2022/03/02 No.92コロナ禍が炙り出したグローバリゼーションの課題

鈴木裕明
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大から早くも2年が経過した。今回のパンデミックは世界の政治・経済・社会に広範かつ甚大な影響を及ぼしたが、貿易・投資分野も例外ではない。いまだコロナ禍は終息には遠いものの、筆者は、1月刊行の公益叢書第七輯において、いわば中間総括としてこの分野で何が起こったのかを取り纏めた(注1)。本稿ではその概要について、昨秋の脱稿後の状況を交えて紹介したい。

マスク争奪戦はルール破りとは言えない

まず、コロナ禍初期に問題となったのは、医療用品・器具不足であった。当時はマスクが市場から蒸発、政府が布マスクを緊急手配・配布する事態となった。不織布マスクの一大生産地であった中国でまず感染が拡がったために、商品が世界に行き渡るまでに何か月もの時間がかかった。2020年4月時点で80か国・関税地域が重要物資確保のため輸出制限に走り(注2)、メディアには批判が満ちたが、実はWTOルール上、非常時における一時的な制限は容認されており(注3)、倫理的にも国家が自国民を優遇することを正当化する考え方がある。技術進化も手伝い平時の経済活動においてはグローバリゼーションが深まる一方で、世界はあくまで国家単位で運営されており、そこに大きなギャップが生じていることが、こうした非常時には明らかにされるのである。

重要物資の供給途絶への備えとしては、備蓄、自給力向上、輸入元分散が3本柱となるが、過去の事例(石油危機、食糧危機)を振り返ってみても、実現するのはなかなか難しい。実際、今回のマスク不足にしても、今では市場に十分なマスクが安価で出回っているものの、自給力向上は限定的であり、健闘した日本でも自給率は2019年度の22%が2020年度には27%と5ポイント上昇したに過ぎない(注4)。マスクに関して、日本を含めて世界の中国への一極依存状況は、依然として変わってはいない。

ワクチンのいびつな分配

中国はじめ各国での生産増によりマスク争奪戦が一段落すると、次に、ワクチンの生産・貿易・分配にかかる問題が浮上した。新型コロナウイルスのワクチンは、当初の一般的な予想より早く、わずか1年以内で完成した。ただし、ワクチンの開発生産が可能となったのは、米、英、EU、中国、インド、ロシアくらいであり、圧倒的な供給不足が生じた。

ワクチン争奪戦は、完成品のほかにも投入財のレベルでも生じた。米国もEUも、自国での需要を優先する法制度を適用、事実上、輸出制限がかけられる状態となった。中国なども含め、各国とも自国民向けを優先しつつ、バランスを考慮して輸出を行うスタンスが示されたのである。その結果、概ね、自国での感染状況が深刻な国(英、米など)ほど輸出は少なく、逆に、感染が制御されている国(中国)ほど輸出が多いという傾向がみられた。

米国国内でワクチン接種が進捗してきた2021年5月頃になると、バイデン政権は輸出強化に舵を切り始める。これは、自地域内感染状況との対比で輸出が多かったEUからの督促に答えたものでもあった。バイデン政権は、5月17日に8,000万回分、6月10日に5億回分、9月22日にさらに5億回分を世界に提供していくことを表明している。

ワクチン輸出に当たっては、これを外交上のツールとして利用する、いわゆる「ワクチン外交」が問題となった。輸出で先行していた中国がこの面でもしばしば取り上げられ、これに対してバイデン政権は、米国はワクチン外交は行わないと表明した。ただし、輸出に関する演説では“democracy”を連発、輸出先として優先した国・地域をみても、台湾、ウクライナ、ジョージアなどが並んでおり、広い意味ではワクチンが外交ツールとなっていることが示唆される。

ワクチンについては依然供給不足が続いて備蓄や輸入元分散を図るフェーズになく、また、日本はじめ多くの国では、一部生産受託はしていたとしても自国開発ワクチンは未完成であることから、いまだ需給は綱渡りを続けている。ワクチン開発生産国は、サプライチェーンの状況、同盟関係、世界経済での位置づけなどを変数とする連立方程式を解くようにして、供給先を定めており、その結果として、アフリカなど途上国でのワクチン接種が極端に遅れる、いびつなワクチン分配状況が現出している。2022年2月14日時点でみると、アフリカの接種完了率が11.5%にとどまるのに対して、それ以外のアジア、欧州、北米、南米はいずれも6割を超えている。昨年9月末時点では、欧州52%、アジア37%などバラつきがあった各地域は現在では6割超でほぼ収束してきているのに対して、アフリカだけ立ち遅れが著しい。他方、同じ地域内でも接種率に幅はある。たとえばアジア内では、8割超の中国、8割の日本に対して、ミャンマーやバングラデシュは4割に満たない(注5)。

こうしたワクチンの分配問題について、グローバルな取組みも行われてはいて、2020年にCOVAX(COVID-19 Vaccine Global Access)が発足。米国などもワクチン供与の多くをこの枠組みを通じて行っており、COVAXは今年1月までに10億回分を超えるワクチンを出荷している(注6)。しかし、上述のようなアフリカなどの低接種率、COVAX経由が全世界での接種回数(100億回超)の1割程度に過ぎないことを踏まえると、ワクチンのグローバル・アクセス達成への道程は遠い。

進まない知的財産権措置

このように接種で出遅れている途上国としては自国での生産拡大を望むことになるが、こうした国々がその妨げになっていると主張しているのが、知的財産権の問題である。WTOルール(注7)では、これまでの改定によって、感染症などで国家が緊急事態と認定した場合には、その国の政府は特許権者の意思に反してでも第三者に特許使用を許諾でき、その産出物を輸出することも可能となっている。しかしそれでもなお、煩雑な手続き等の理由によりこの措置を取ることは困難であるとして、2020年10月に南アフリカ共和国とインドが、WTOルール関連条項からの新型コロナウイルス関連の免除提案を、WTOに提出した。

本提案によりワクチンの生産拡大や価格低下が期待できるため、途上国などから多数の賛同を得る一方で、多くの先進国は反対に回った。先進国側は、既存のWTOルールを適用すれば知財権の問題はクリアできるのではないか(注8)、むしろ、途上国での生産を阻むのは技術・物流等が不十分であるためではないか(注9)等の指摘を行った。その後も交渉が続くものの両者はなかなか歩み寄れないまま、1年以上が経過している。実効性があり、両者が妥協できるような落しどころが早急につめられることが望まれる。

さらに困難な時代へ

こうして見てくると、コロナ禍は、重要物資をめぐっての自国優先主義・輸出規制、知的財産権の取り扱いを含め南北問題を彷彿とさせるようなワクチン分配の格差など、いわば、グローバリゼーションの影の部分を炙り出した。その根本的な背景には、上述のとおり、経済面(=グローバル化進展)と政治面(=厳然とした国境の存在)の対立がある。

とはいえ、アフリカなど途上国におけるワクチン低接種率のような状況は看過できるものではない。国際公益の観点からも、SDGs(持続可能な開発目標)でいえば、SDGs目標3(すべての人に健康と福祉を:Good Health and Well-being)に規定されている、全世界の人々の医薬品へのアクセス確保達成に向けて、COVAXのような取り組みを前進させる必要がある。そのためにも各国は、生産性向上や物流網などのグローバル化のメリットを活かし、格差拡大などのデメリットを抑制する形で、世界最適の発想をより強く意識し、経済面と政治面の折り合いを付けて行くことが望ましい道筋であろう。

しかし、近年の実情は残念ながらむしろ逆で、両者の隙間は開く一方といえる。最近では、米中対立、NATOとロシアの対立といった安全保障の観点からも、世界最適ではなく世界分割に向けて状況悪化が加速している。パンデミックが終息しない中で、我々はますます困難な時代を迎えている。

(注1)鈴木裕明(2022)「第3章 コロナ禍で炙り出されたグローバリゼーションの影とその対応」現代公益学会編(2022)『SDGsとパンデミックに対応した公益の実現』文眞堂

(注2)WTO (2020), EXPORT PROHIBITIONS AND RESTRICTIONS, 23 April 2020 https://www.wto.org/english/tratop_e/covid19_e/export_prohibitions_report_e.pdf

(注3)GATT 11条2項(a)、同20条(b) (j)、21条(b)(ii)が根拠条文として考えられる。(川瀬剛志 (2020),「新型コロナウイルスと国際通商ルール」, (独)経済産業研究所 https://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/115.html

(注4)一般社団法人日本衛生材料工業連合会調べ

(注5)数値はOur World in Dataデータ

(注6)数値はGaviデータ

(注7)TRIPS(The WTO Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)

(注8)山田広樹 (2021), 「ワクチン増産に向け、WTOで知財を巡る議論が加熱」, 『地域分析レポート』, 2021年3月24日, JETRO https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/48d7cf40c1dd0dab.html

(注9)Gary Winslett (2021), A Compromise Moratorium, R Street Institute, MAR 2, 2021 https://www.rstreet.org/2021/03/02/a-compromise-moratorium/

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