一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2022/03/24 No.93ロシア経済制裁の中国へのインパクト

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

はじめに

ロシアによるウクライナへの砲撃などの軍事侵攻は、2022年2月24日に始まった。この侵攻は2014年のロシア-ウクライナ戦争の拡大版であり、第2次大戦以降におけるヨーロッパでの最大の軍事衝突になる。

米国や欧州及び日本などは、ロシアのウクライナ侵攻直後から経済制裁を次々と打ち出した。金融から物品・サービスの取引にわたる広範な対ロ経済制裁は、ロシアだけでなく世界の経済にも大きな影響を与えている。本稿の執筆時点である3月17日現在において、ロシアとウクライナとの停戦交渉が進展しつつあるとの報道も伝えられるが、たとえ停戦が実現しても、ロシアへの経済制裁は直ちに撤廃されるわけではなく、その影響は当面は残ると考えられる。

米国のロシア向けの経済制裁は、これまでにないほど強力で幅広い分野から成っている。例えば、指定したロシアの人物の在米資産の凍結、一部のロシア銀行に対する国際銀行間通信協会(以下、SWIFT)のネットワークからの排除、ロシア向けの輸出への輸出管理規則の適用強化、ロシア産原油の輸入の禁止、ロシアへの最恵国待遇の撤回、などを挙げることができる。

米国の輸出管理規則は、ファーウェイ問題などの米中対立を契機に強化された。それを応用した対ロ輸出管理規制あるいはその他の一連の経済制裁措置は、巡り巡って台湾問題を抱える中国への大きなメッセージに繋がるものと思われる。

次々に経済制裁を発表

バイデン大統領は2022年2月22日、ロシアがウクライナ東部の新ロシア派地域の独立を一方的に承認したことに関して、ウクライナへの軍事侵攻に繋がるとして第1弾の経済制裁を発表した。その中身は、特別指定国民(以下、SDN)へ指定したロシアの人物や機関に対する在米資産の凍結や米国人との取引の禁止、ロシアの中央銀行や財務省が新規に発行した債権の米国金融機関によるマーケットでの取引禁止、などから成っている。

そして、2月24日のロシアのウクライナ軍事侵攻を受け、第1弾で指定した制裁対象の拡大に加え、米国人によるロシアの主な国有企業の債権・株式取引の禁止などから成る第2弾の経済制裁を公表した。

バイデン政権は3月2日、ウクライナへの侵攻に対するロシアとベラルーシへの追加経済制裁を明らかにした。すなわち、両国の防衛関連の事業体をSDNに指定しその在米資産の凍結などを禁止、さらには石油・ガス抽出装置のロシアへの輸出規制を通じてロシアの精製能力を支える技術輸出に制限を課すことを表明した。また、バイデン大統領は3月6日、ロシア産原油の輸入の禁止を発表した。

さらに、バイデン大統領は3月11日、G7諸国およびEUと協調した対ロシア追加制裁措置を公表した。追加制裁措置の1つとしては、ロシアに対する貿易上の最恵国(以下、MFN)待遇の撤回が挙げられる。同措置の実施にはまず、議会がロシアとの恒久的正常貿易関係(以下、PNTR)を撤回する法案を可決する必要がある。PNTRが撤回されれば、行政府の権限でMFN待遇を撤回し、ロシアからの輸入に高い関税を賦課することができる。

バイデン大統領が同時に発表したその他の追加制裁措置には、ロシアへの高級腕時計、乗用車などの奢侈品輸出の禁止、ロシアからの水産物やウオッカ、ダイヤモンドなどの輸入の禁止、指定したロシアの産業への米国人による新規投資を制限する権限の創設、などが盛り込まれた。バイデン大統領はこれらの追加措置に法令上の根拠を与えるため、新たな大統領令を発令した。

なお、日本政府は3月16日、ロシアへの追加の経済制裁として貿易上の優遇措置を保障するMFN待遇を撤回することを表明。これにより、G7(主要7か国)と足並みを揃えて一部のロシア製品の関税率を引き上げることにより、対ロ制裁の強化を図ることを明らかにした。

事前の許可が必要になったファーウェイへの輸出

周知のように、米国は今回の対ロ経済制裁の発動の前に、数年前から中国に対する色々な規制を強化してきた。米国は中国に対して貿易不均衡や技術移転の強要の是正、知的財産権の侵害への対応、国有企業への補助金の削減などを要求し、2018年から米国通商法を発動し追加関税を賦課するに至った。対中追加関税は、今日においてもまだ引き上げられたままである。

こうした米中対立の進展の結果、米国商務省は 2019 年 5 月 15 日、輸出管理規則の新たな対象としてファーウェイと関連会社をエンティティリスト(以下、EL)に加えると発表。ELに記載された事業体へ米国原産の製品(物品・ソフトウエア・技術)を輸出・再輸出をする際は、BIS(商務省産業安全保障局)から事前の許可が必要になった。

米国商務省はその1年後の2020 年 5 月 15 日、ある特定の国以外を仕向地とする場合には、米国原産の製品を組み込んだ割合が25%以下である外国製品は規制対象外とする「デミニマスルール」という抜け道を防ぐため、「米国の技術・ソフトウェアに基づき米国外で製造された製品である外国直接製品(FDP)」に関する規則(FDPルール)を設けることになった。これにより、FDP自体に米国原産の製品を含まなくても輸出管理規則の規制対象になり、FDPをファーウェイなどの特定企業へ米国外から輸出・再輸出をする場合には、BISの事前の許可が必要になった。

ロシア向けの輸出管理の強化を促進

米国商務省は2022年2月24日、今回のロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁の一つとして、ファーウェイなどを念頭に強化された輸出管理規則を適用することを発表した。これにより、海外で米国の先端技術やソフトウェアを用いた直接製品を製造する企業がロシアに輸出する場合に「FDPルール」が適用され、BISの許可が必要になる。ウクライナ侵攻に伴うBISのロシアに対する輸出管理措置の新たな対象として、半導体、コンピュータ、通信、情報セキュリティ機器、レーザー、センサーなどの項目を挙げることができる。また、BISはELに追加された49のロシア軍と関係の深い企業に対して厳しい規制を課すことを明らかにした。

そして、米商務省はEU、日本、オーストラリア、英国、カナダ、ニュージーランドは、実質的に同様の制限を実施する計画を発表していることから、日本を含むこれらの国・地域はFDPルールの適用から免除されることを表明した。

米国のジナ・レモンド商務長官は3月8日、ウクライナ侵攻の中でロシアに半導体やその他の製品を輸出し続けることにより米国の経済制裁に違反するような中国企業の活動をシャットアウトする可能性があることを示唆した。これは、既にファーウェイなどに発動している輸出管理規則の適用を念頭に置いた発言であると思われる。

最終的には韓国をFDPルールから免除

韓国は当初においては、独自の対ロ制裁措置を打ち出さなかったとして、この商務省によるFDPルールの適用免除から外されていた。FDPルールによれば、米国のソフトウェア・技術を使用して国外で生産された製品は規制対象になるため、韓国企業が米国の半導体技術などを使用して製造した製品の対ロ輸出に影響が及ぶことになる。

こうしたことから、韓国は直ちに対米交渉を開始し、ロシアに対する厳しい輸出管理政策を実施することを約束した。その結果、FDPルールの韓国への適用が免除されることになった。これを受けて、韓国は3月7日、米国との間で対ロシア・ベラルーシFDPルールの免除国確定に関する共同声明に合意したことを発表した。

ロシア事業の見直しを進める企業

ロシアのウクライナ侵攻を契機として、主要国に預けられていたロシア中央銀行の資産が凍結されたため、ロシア通貨のルーブルは主要国通貨に対して価値を激減させた。また、今後は指定するロシアの銀行をSWIFTのネットワークから排除する金融制裁の影響が浸透するため、ロシア経済は大きなダメージを受けるものと思われる。

さらには、米国を中心に主要国の企業はロシアでの事業を見直す動きが顕著になっている。例えば、エクソン・モービルやシェルなどの石油企業、ビザやマスターカード及びアメックスなどのカード会社、デルタやアメリカン航空及びボーイングなどの企業のロシア事業の見直しが見込まれる。さらには、GAFAMとして知られるグーグル、アマゾン、メタ(旧フェイスブック)、アップル、マイクロソフトとともに、GMなどもロシア事業を見直す模様である。英国の石油大手BPもロシア事業からの撤退を表明したし、トヨタも現地生産を一時的に停止することを発表した。

中国へのメッセージとは

今回の米国のロシア向けの経済制裁は、当然のことながら一義的にはロシアのウクライナ侵攻への対抗策である。しかしながら、意図したかどうかは別として、同盟国と連携した米国の強力な対ロ経済制裁は、結果として台湾問題を抱える中国への暗黙のメッセージを含んでいるように思われる。

今回の対ロ経済制裁の特徴として、米国はこれまでの米中摩擦における中国への対応と違い、欧州、日本、韓国、カナダ、オーストラリアなどの同盟国と緊密に協調しながら対抗策を打ち出している点を挙げることができる。ロシアのウクライナ侵攻は、本質的には欧州を舞台とする問題であるが、バイデン政権は同盟国との協調を重視する方針の一環として、ロシアへの積極的な経済制裁を発表している。それにとどまらず、同政権が見据える方向先の1つとして中国との覇権争いが視野に入っているようにも思える。

そして、発表した対ロ経済制裁には、SWIFTのネットワークからロシアの銀行を排除することやロシアの資産凍結、あるいはロシアへのMFN待遇の撤廃などが含まれており、米中貿易摩擦での対応と比べて、より洗練された手段が講じられている。換言すれば、「経済的な封じ込め」が強化されていると考えられる。さらには、国連での決議に見られるように、ロシアは米欧やその同盟国だけでなく世界中の多くの国からウクライナ領土からの撤退を求められており、ロシアへの経済制裁に反対する中国もこうした声を考慮せざるを得なくなりつつあるようにも思われる(注)。

また、米国は上院(2021年6月)に続き下院(2022年2月)において中国を念頭に置いた「競争力法案:America COMPETES Act of 2022」を222対210の賛成多数で可決した。対中政策関連の法案は超党派でスムースに成立すると思われがちであるが、今回の競争力法案のように様々な意見を抱える議会内でのコンセンサスを得ることが難しかったのも事実である。しかし、バイデン政権は今回の中露間の緊密な関係を利用し、民主主義への危機感を煽ることで、米国が一枚岩で中国関連対策を推進できるというメッセージを送ることも可能である。

なお、日本企業のロシア市場への対応であるが、遅すぎもせず早すぎもしない事業の見直しや再開のタイミングを図ることが求められる。そのためには、大企業にとどまらず中堅・中小企業においても米欧の政府・企業の対ロ制裁の情報を十分に収集することが肝要で、社内の経済安全保障対策の部署等を活用した的確な判断が不可欠である。

注. 本稿の脱稿直後の3月18日、バイデン大統領は習近平国家主席とテレビ会談を行い、もしも中国がロシア支援を行うならば制裁を課す可能性があることを示唆したとのことである。これは、ロシア支援そのものに対する懸念だけでなく、中露関係の緊密化への牽制や今後の米中対立をも念頭に置いたものと思われる。これに対して、中国は米国だけでなく欧州などの同盟国の動きを注意深く見ながら対応を判断する可能性がある。

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