2022/09/16 No.98カンボジア見聞記(2)カンボジアの地政学的ルール
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
中国のリゾート開発と軍事基地建設
WSJ紙(2019年7月22日付け)は、シアヌークビル近郊のリアム海軍基地が中国の軍事拠点化する動きを報じた。中国政府がカンボジア海軍の基地利用を巡り同国政府とひそかに合意を結び、最終的な合意の詳細は明らかにされていないが、中国はタイランド湾にあるカンボジア軍基地の一部を独占的に使用することが可能になる。
素案に目を通した米政府当局者によれば30年間契約で、その後は10年ごとに自動的に更新される内容だという。中国は軍関係者を駐在させられるだけでなく、兵器の保管や軍艦の停泊も可能になる。中国は新たな桟橋を2か所建設し、1か所は中国、もう1か所はカンボジアが使用することを計画しているという。
リアム海軍基地は、シアヌークビル空港から車で 15 分ほどの距離に位置し、リアム国立公園に囲まれた一角に陣取っている。「地球の歩き方」によれば、リアム国立公園は、1993 年に保護地区に指定され、海沿いの 2 万1,000ha の広大な敷地内には、マングローブ林、白砂のビーチ、2つの島のほかに、沖合にはサンゴ礁もある。手つかずの自然のなかでは、約 160 種の野鳥をはじめ、鹿、猿などの野生動物が生息している。
このリアム国立公園で、中国企業によるリゾート開発事業、「ゴールデン シルバー ガルフ(金銀湾)国際観光リゾート開発区(以下、金銀湾開発区)」が進行中である。中国系不動産デベロッパーの宜佳旅遊発展(Yi Giay Thie Zhi Development Co. Ltd.)が開発主体となり、中国国有企業の中国中信集団(CITIC)系の金融サービス会社、中信国通投資管理が金銀湾開発区のインフラ整備向けの開発費などを金融支援する。宜佳旅遊発展は中国北京国際友好聯絡会がカンボジアに設立した、共発国際カンボジア投資集団(Unite International Investment Group)の傘下企業である。
「金銀湾開発区」は、将来的には会議施設、健康保養センター、インターネット診療や介護の訓練拠点、国際的な職業技能教育拠点、スマートホテル、人民元のオフショア清算拠点など一大リゾート地に加えて様々な機能を備えたスマートシティ構想を描いているようである。
リゾート開発と軍事基地化の組み合わせはもう一つある。リアムの約64キロ北西にあるダラサコル新空港である。同空港は、中国の民間企業が建設したもので、滑走路は、首都のプノンペン国際空港(3,000m)よりも長い3,200m。軍用機の離発着も可能であることで、米国が「軍事転用の可能性」を疑っている空港である。
ダラサコル空港がある大規模リゾート開発地(総面積 360㎢ 、シンガポールの約半分)は、カンボジア政府が2008年に中国企業、ユニオングループ(Union Development Group Co. Ltd.、天津优联发展集团有限公司)と 99年間の借地契約を締結した。4万5,000haの広大な敷地に5つ星ホテル、ゴルフコース、商業オフィスビルのほか、大型船が寄港できる深海港の建設も予定されている。
アジア流の現実的思考
米国は中国政府がシアヌークビルを世界的な軍事および軍民両用施設ネットワークの前哨基地にするとみている。中国がシアヌークビルに軍事拠点を確保すれば、欧州、中東とアジアを結ぶ主要なシーレーンである南シナ海、マラッカ海峡、ロンボク海峡へのアクセスが容易になる。米ペンス副大統領(当時)は2018 年 11 月に、ダラサコル空港が中国によって軍事目的に使用される恐れがあると指摘した。これに対しフン・セン首相は「カンボジアで外国の軍事基地の設置は憲法違反になる」と強く反発したという。
カンボジアにとって中国は、最大の投資国である。中国は国営企業による道路・港湾・大型工業団地など物流拠点の整備、民間資本による不動産・都市開発、リゾート開発等、官民でカンボジアに投資をしている。ただし、カンボジア政府は借金を嫌がり、中国の融資に対しても政府保証を出していない。他方、カンボジアにとって米国は、最大の輸出先である。アパレル、家具、革製品等労働集約財の対米輸出拠点となり、これらはドルを稼ぎ出す重要な輸出産業である。中国(資本)も重要だが、米国(市場)も必要不可欠だ。
フン・セン首相は、78年から79年にかけてベトナム軍とともにカンボジアに侵攻し、ポル・ポト政権を崩壊させた。一方で、米国や中国は反ソ連、反ベトナムの立場からポル・ポト派を支援した経緯がある。
カンボジアは東南アジアの小国ゆえに、大国の「パワーゲーム」に翻弄され続けてきた国の一つである。W.R.ミードのWSJ紙の寄稿論文によれば、インド太平洋の小国の地政学的ルールは、主導権争いをする大国の中から1国を選ぶのではなく、いつでも公開入札で適切なパートナーを選ぶことを可能な状態にしておくことを基本に据えているという。他方、彼らはいずれかの大国の強い反感を買うことも避けようとする。アジア流の現実主義的思考は、決して、どちらかを選ぶことではない。
今回、プノンペンの面談で聞いたフン・セン首相に対する評価は高かった。日系企業の要望を真摯に受け止めて迅速に対応してくれるなどの声が聞かれた。米中のせめぎあいの中で、カンボジアの国つくりに協力してくれる日本への信頼感は、中国に対するそれより勝ると感じた。
フン・セン首相は、2021年12月2日、長男で陸軍司令官のフン・マネットを後継首相に指名すると発表した。フン・マネット氏の経歴を見ると、米国陸軍士官学校(BS)、ニューヨーク大学(MA)、英国のブリストル大学(Ph. D.経済学)と米国、英国で経歴を磨いてきている。2000年代初めの韓国では、最も優秀な学生の進学先は、ソウル大学でも米国の一流大学でもなく、中国の北京大学であると、某有名学者が力説していたことを思い出した。韓国人は、中国経済の成長を見越して目先の利益を追った。カンボジアの英才教育は、中国より欧米を選んだようである。
(本調査は令和4年度JKA補助事業で実施)
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