2009/06/23 No.126欧州議会選挙終わる〜与党が第1党維持
田中信世
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員
欧州議会選挙が2009年6月4日から7日にかけて、EU加盟各国で実施された。
欧州議会はEECが発足した1958年に創設されたが、発足後の20年間は欧州議会の議員は加盟国の国会議員が加盟国政府によって任命され、加盟国の国会議員が兼務していた。現在の直接選挙に切り替えられたのは1979年で、以降5年ごとに改選されて今回の選挙は7回目の選挙にあたる。
欧州議会の議員数は発足当初の58年には142名であったが、その後、加盟国が増加するにつれて議員数も増加し、今回の改選前の会期(2004〜09年)においては785名に増加していた。しかし、07年1月にブルガリアとルーマニアがEU加盟したことに伴い、現行の基本条約であるニース条約が改正され、09年の選挙では、加盟国の議席数が調整されるとともに、議員総数も全体で736名に削減された(改選前と今回の選挙における加盟国別議席数については表1参照)(注2)。
今回の選挙はこの736議席をめぐって争われたわけだが、具体的には人口規模など(注1)に基づいて加盟各国に割り振られた議席数に基づき、加盟国の政党に所属する立候補者や無所属候補者に対して加盟国の市民が投票する形で選挙が行われた。そして各国から選ばれた当選者は欧州議会議員で構成される自己の政治信条に近い会派(グループ)に参加し政治活動を行うことになる。欧州議会において会派を形成する場合、改選前の会期(2004〜09年)の場合、議員数で最低20名、最低6カ国の議員が要件とされていたが、09年選挙からは、この要件が最低25名、最低7カ国の議員に改定された。現在、欧州議会では7つの会派が形成されている(表1)。
加盟国の選挙においては、選挙方法として、候補者を直接選ぶオープン・リスト方式(オーストリア、ベルギー、デンマーク、アイルランド、イタリアなど)をとるか、政党に投票して比例代表で当選者を決めるクローズド・リスト方式(フランス、ドイツ、英国、スペインなど)をとるかは、加盟国にまかされている。また、国全体を1選挙区とするか、複数の選挙区に分割して選挙を行うかについても加盟国の自由とされている。
なお、欧州議会議員の議員報酬は、これまで、加盟国が政府予算から出身議員に対して報酬を支払ってきたが、為替変動などによる加盟国議員間の報酬額の不平等をなくすために、09年選挙以降は、EU予算によりグロスで一律月額7,665ユーロ(健康保険、年金、諸手当を含む)が支払われることになった。
<中道右派が最大勢力を維持>
欧州議会の速報結果で会派(グループ)別の獲得議席数を見ると、まず、最大勢力で中道右派政党からなる「欧州人民・欧州民主党(EPP-ED)」グループが、最大の263議席(総議席数の35.7%で改選前と比べて1.0ポイント減)を獲得して第1党を維持した。EPP-EDは中道右派政党として、フランス、イタリアなどで議席を確実に獲得したが、ドイツではやや議席数を減らし、英国ではこれまでEPP-EDに所属していた英国保守党がチェコ自由党(ODS)およびポーランド保守党(PiS)との間で与党(EPP-ED)に批判的な新グループ結成の動きをみせており、EPD-EDとしての議席数はゼロとなった。ただし前述のように、09年の選挙から欧州議会で新たなグループを結成するためには少なくとも7つの加盟国からの議員が必要との条件があるため、英国保守党が今回獲得した29議席(表1の分類では「その他」に計上されている)の今後の動きが注目される。
一方、社会民主主義勢力の「欧州社会主義グループ(PES)は161議席を獲得して第2党を維持したが、総議席数に占める割合は21.9%と5.7ポイント低下した。選挙前のフランスの欧州議会議員はEPP-EDの18議席に対してPESは31議席だったが、今回の選挙でEPP-EDの29議席に対してPESは14議席と逆転された。またイタリアでは、選挙前はEPP-EDの24議席に対してPESは17議席だったが、今回の選挙でEPP-EDが34議席、PESは10議席となった。また、「欧州民主主義グループ(ALDE)」は80議席を確保して第3党を維持した一方、環境保護勢力の「緑のグループ・欧州自由連盟(GREENS/EFA)が52議席を確保し、第4党の地位を確保した。GREENS/EFAは特にフランスで躍進し、PESと同じ14議席を獲得した。
欧州委員会のバローゾ委員長は6月7日、欧州議会選挙の結果を受けて、「全体として、選挙の結果は欧州の政策を支持し、日々の関心事項に対する政策を扱うEUに期待する政党や候補者らの紛れもない勝利だ」と述べ、今回の結果に満足の意を表明した。また、「欧州は、特に失業に直面している人々など社会的に最も弱い人々を支援しなければならない。また、よりスマートに、より環境を重視した成長をもたらすために気候変動問題に果敢に取り組み、新たな社会市場経済を構築する機会を得なければならない」と述べ、改めて自信と使命感を表した(ジェトロ通商弘報、6月9日付)。
欧州議会は、7月14〜16日にストラスブールで初議会を開く予定である。EUは10月末の欧州委員の任期切れを前に、現在の基本条約であるニース条約の下で欧州委員長を決め必要がある。同条約では、欧州委員長は、欧州理事会(EU首脳会議)で委員長を指名し、欧州議会が承認するという規定になっている。今回の選挙で、バローゾ現欧州委員長の支持基盤であるEDP-EDが第1勢力を維持したことから、次回のEU首脳会議(6月18〜19日)で現バローゾ欧州委員会委員長が再度指名され、7月のストラスブールの議会での承認で再任されることが有力視されている。
以上のように、今回の欧州議会の選挙結果を見る限り、バローゾ欧州委員会委員長率いる欧州委員会が進める諸政策が一応信任されたように見える。
しかし、今回の選挙でも顕著にあらわれた投票率の低さが気になるところである。欧州議会選挙の投票率は1979年の第1回選挙では61.99%であったが、その後、58.98%(84年選挙)、58.41%(89年選挙)、56.67%(94年選挙)、49.51%(99年選挙)、45.47%(04年選挙)と回を追うごとに低下し、今回の選挙では43.24%とさらに低下して過去最低を記録した。
投票率を国別に見ると、スロバキアが19.64%と最も低い投票率を記録したのをはじめ、ポーランド(24.53%)、ルーマニア(27.4%)、チェコ(28.22%)、スロベニア(28.25%)など新規加盟国、EUの周辺国で投票率の低さが目立つ。こうした国々で投票率が低かった背景には、EU加盟によって期待した効果が十分にみられないという不満もあると見られるが、こうした国々から見て、EUの政治がブリュッセル(EU本部)、ストラスブール(欧州議会)(注3)など物理的・心理的に遠い(手の届かない)ところで行われており、身近な政治が行われていないという不満や疎外感が底辺にあるものと思われる。そして、こうした不満は今回の欧州議会選挙だけにとどまらず、古くはマーストリヒト条約(1992年2月調印、93年11月発効)の批准時におけるデンマークの国民投票(92年6月)における批准反対、EU憲法条約批准時のフランスとオランダの国民投票(05年5月と同年6月)での批准反対、さらに最近では現在批准手続き中のリスボン条約のアイルランド国民投票(08年6月)での批准反対など、一連の“つまずき”にも通底した加盟国の市民感情であるように思える。
もちろん、欧州理事会や欧州委員会はこれまでもEU市民重視の政治姿勢を強めており、また、欧州議会の権限も、1958年の議会創設当時の諮問機関的な性格から、意思決定に際して欧州理事会との共同決定の分野を増やしたり、欧州委員会の委員長や委員の事前承認権、EU予算の承認権を議会に与えるなど権限が大幅に強化されてきた。
今回の議会選挙における中・東欧諸国での投票率の低さは、ある意味でEUが急速に拡大してきたことへの“ツケ”という側面もあると思われるが、いずれにしても、欧州委員会は、統合のさらなる深化を図るためにも今後の政策展開において、EU市民重視の姿勢をさらに強力に打ち出す必要に迫られることになろう。
表1 EU加盟国ごとの政党グループ別獲得議席数
注;
1)人口の少ない「小国」の発言権を確保するという観点から、最低の議員割り当て数を5~6(マルタ5、エストニア、ルクセンブルク各6)名に設定している。
2)現在各国で批准手続き中のリスボン条約においては、欧州議会の議員定数は751名と定められている。この議員定数を各国別にみると、最大の議員定数を持つドイツが99名から96名に削減される一方、その他の加盟国の議員数は09年選挙時と比べて現状維持か微増となっている。このため、2008年12月の欧州理事会の決定により、リスボン条約発効後も次回(2014年)選挙まではドイツは暫定的に99名の議員数を維持することが認められており、次回選挙がリスボン条約のもとで行われる場合には、議員定数は暫定的に754名となる。
3)欧州議会の建物は、ストラスブールのほか、ブリュッセルとルクセンブルクにもある。
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