2010/11/02 No.137TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加を巡る論点
石川幸一
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員
亜細亜大学 教授
TPPへの参加を巡り、激しい議論が起きている。TPPについては、季報81号に論考を掲載したが、その後の動きも踏まえて論点を検討してみたい。
「即時全面自由化ではない」
TPPは発効と同時に関税を撤廃すると規定されているが、この通り実行しているのはシンガポールだけであり、他の3カ国は段階的に関税を撤廃している。シンガポールは、関税が残っているのはビールなど6品目のみという自由貿易国であり、他のFTAでも発効と同時に関税を撤廃するのが普通だ。ブルネイとニュージーランドは9年、チリは11年かけて関税を撤廃する。輸入が急増した場合は、WTOのセーフガード協定に基づくセーフガードの発動が可能である(第6条)。チリは乳製品に関する農業特別セーフガードが条件付で認められている(第3条)。
「実現性高いアジア太平洋の広域FTA」
東アジアの広域FTAには、ASEAN+3(日中韓)で構成する東アジアFTA(EAFTA)、ASEAN+6(日中韓とインド、豪州、ニュージーランド)で構成する東アジア包括的経済連携協定(CEPEA)、APEC・FTA(FTAAP)の3つの構想があるが、いずれも研究段階である。EAFTAとCEPEAは、ASEANと他のメンバー間にはFTAが締結されているが、日中韓でFTAが締結されていない。日中韓の間で2国間あるいは3国間のFTAの合意がなければ進展の可能性はない。APEC21カ国のFTAも長期的な目標である。一方、TPPはアジア、オセアニア、中南米の小国4カ国でスタートしたが、現在は9カ国で交渉中であり、アジア太平洋の広域FTAとして最も実現性が高いFTAである。
「内包されている拡大メカニズム」
アジア太平洋のFTAとして実現する可能性が高い理由は拡大メカニズムを内包していることである。2002年にシンガポール、ニュージーランド、チリの3カ国首脳が交渉に合意したP3SEP(太平洋3カ国戦略的経済連携協定)は初めからアジア太平洋のFTAの実現を意図していた。TPPは、参加国の合意により他の地域に拡大できると規定されており、加盟国の拡大を織り込んでいる。さらに、米国がASEANとのFTA交渉では2国間でなくTPPを優先する方針を採用しており、ASEANのメンバーがTPPに参加する可能性が高く、すでにフィリピンが関心を表明している。交渉参加国が増加すればするほどFTAのドミノ効果で参加国は増えてくる。
「現TPPと新TPP」
現在のTPPは、貿易自由化が進んだ小国でFTAに積極的な国々で構成されている。いわば、FTA先進国のFTAである。ジェトロによると、チリは合計49カ国とFTAを締結し、シンガポールは18件、ニュージーランドは12件のFTAを締結している。一方、TPP交渉に新たに参加している国々は、国内に課題を抱えている国が多い。たとえば、米国の酪農業界はニュージーランドからの乳製品輸入増に懸念を示しTPPから米国とニュージーランドの酪農製品を除外することを要求している。マレーシアは国民車とマレー人優遇政策問題があり、ベトナムは高い関税率が残っている。身軽で小回りの利く国だけのTPPから調整に時間とコストのかかる国の加わった新TPPに変わってきており、交渉次第であるが従来よりも柔軟な対応が必要になる可能性も出てくるのではないか。
「米国とのFTA交渉」
TPP交渉参加国のうち、日本は5カ国(シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、チリ)とFTAを締結し、2カ国(ペルー、豪州)と交渉中である。FTA交渉が行われていないのは米国とニュージーランドの2カ国である。ニュージーランドはCEPEAで研究が行われており、実態的には米国とのFTA交渉とも言える。(既存のFTAとの調整は交渉の対象となると思われるが。)中国も同じである。中国は、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、チリ、ペルー、ニュージーランドの7カ国とFTAを締結しており、豪州とは交渉中であり、FTAがないのは米国のみである。TPPに加わらないとTPP加盟国に比べ米国への輸出で確実に不利になる。
「中国参加・日本不参加は最悪シナリオ」
中国が事務レベル協議に参加するという報道がある。中国が参加する誘因は、競合国のASEANと比べての対米輸出での不利化の回避だろう。一方で、TPP参加には自動車の関税、知的財産権の保護、政府調達の開放、労働などの多くのハードルがある。仮に中国が参加し、日本が不参加となると、米中という2大輸出市場へのアクセスでTPP加盟国に比べ極めて不利になる。TPP加盟国が増加するのは確実だから不利な状況は時間が経つにつれ深刻になるだろう。また、米国、中国を含むTPP参加国でアジア太平洋地域の包括的なFTAのルールが決められることになり、日本にマイナスである。
「韓国に学ぶ」
日本から見ると、米国とニュージーランドとのFTA交渉となり、農業への影響が大きな懸念材料である。韓国は米国とのFTA締結を契機に、競争力強化、所得対策、農村対策など合計119兆ウォンの支出を10年間で行う計画を決めた。加えて、韓米FTAに関連して品目別競争力強化、体質改善、短期的被害補償のために合計20兆ウォンの補完対策が決められた(奥田聡「韓国のFTA」アジア経済研究所)。日本がTPP交渉に参加するためには直接支払いに加えて将来構想に基づく競争力強化のための計画と支援が必要である。牛肉、オレンジ、サクランボの輸入自由化の際に日本の農業への大打撃が懸念されたが、日本人は和牛、ミカン、日本産サクランボを賞味している。政府は、こうした経験や韓国の事例を踏まえ、輸出を視野に入れた農業の競争力強化策を用意すべきであろう。
参考資料:日本機械輸出組合「アジア・太平洋におけるFTAの在り方」、奥田聡「韓国のFTA」アジア経済研究所
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