一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2011/07/08 No.143米国の経常赤字は海外収益の増加で持続可能〜回復の兆しが見える米国のヘゲモニー〜

高橋俊樹
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

今日の米国が抱える大きな問題はリーマンショックからの脱却である。米国は、これまでに金融緩和策や財政の出動を行ってきたが、引き続き鈍化を示す直近の経済指標や長期にわたる住宅市場の低迷からの回復を図っている。

しかし、財政支出の増加やエネルギー輸入の拡大により、財政赤字と経常赤字の双子の赤字問題は再燃している。80年代からの経常収支(注1)の赤字定着は大きな米国の問題であり、経常赤字に相当する資金が米国へ還流しなければ米国内の資金が不足してしまう。資金が不足すれば、米国内での投資や消費の活動が縮小せざるを得ない。

さらに、経常赤字の累積分だけ対外債務残高が膨れ上がり、外国への利子・配当の支払いにより米国の富が流出し、米国経済に対する不安が増大し、米国への資金還流が滞る事態が想定される。85年のプラザ合意時のようなドル安転換の他に、こうした負の連鎖を防ぐ糸口が見いだせるかどうか、米国の国際収支構造や海外投資構造の変化からその可能性を探ることとする。

2011年第1四半期の所得収支の黒字が大きく増加

まず、最近の米国の国際収支の動向において、どのような変化が生じているのかを見てみたい。米国の、11年第1四半期の経常収支は1,192億ドルの赤字となり、前期よりも赤字が71億ドル増加した(図1参照)。

(注)左目盛は棒グラフの貿易収支、サービス収支、右目盛は折れ線グラフの所得収支、経常収支
(資料)米国商務省経済分析局データより作成

11年第1四半期の経常赤字の増加は、貿易収支(注2)の赤字の拡大で多くを説明することができる。これは近年における米国の経常収支動向の特徴の1つであり、貿易収支の赤字と経常収支の赤字はほとんど並行して動いている(図2参照)。

(資料)米国商務省経済分析局データより作成

11年第1四半期の貿易赤字は1,825億ドルで、前期から232億ドルの赤字増であった。貿易赤字の増加は輸出を上回る輸入の伸びが原因で、多くはエネルギー価格の上昇を起因とする工業用原材料の輸入増によるものだ。

一方、11年第1四半期のサービス収支(注3)は前期から12億ドルしか増加しなかったが、所得収支(注4)は148億ドルも上昇し548億ドルの黒字に達した。所得収支の黒字増により、経常赤字の増加はそれほど大きなものにはならなかった。すなわち、最近の経常収支の動きの中で、新たな特徴を挙げるならば、それは所得収支の黒字が拡大し続けていることである。

この所得収支の黒字は04年、05年に増加し、06年に減少した後、07年の後半から08年のリーマンショックまで拡大した。リーマンショック後は大きく落ち込んだが、それから四半期ベースでは徐々に増加を続け、11年第1四半期には2000年以降の最高額を記録した。

所得収支の黒字拡大は、構成項目の中でも米企業の海外現地法人からの利子・配当金による直接投資収益の増加でそのほとんどを説明できる。同じく所得収支の構成項目である証券投資収益(注5)の黒字額は、直接投資収益の黒字額よりも一桁小さく、所得収支の黒字拡大には直接投資収益ほど貢献していない。

すなわち、最近の米国における海外からの投資収益の拡大は、直接投資(注6)による海外現地法人からの配当金の増加によるところが大きく、国債や金融市場商品などの証券投資からの利益の占める割合は小さい。

2010年の米経常収支は4,709億ドルの赤字であったが、所得収支は1,652億ドルの黒字であった。しかし、直接投資収益の黒字は2,806億ドルで、所得収支の黒字よりも大きかった。これは、所得収支の他の構成項目である米政府受取支払いが1,346億ドルの赤字を計上したためであった。近年の所得収支は、このように直接投資収益に支えられて増加を続けており、米国系海外子会社の高い収益力がその源泉である。

(注1)「経常収支」=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支、「経常移転収支」は無償資金援助、国際機関への拠出金、労働者送金等

(注2)「貿易収支」は、自動車・半導体などのモノの輸出入収支

(注3)「サービス収支」は、輸送、旅行、金融・保険サービス、特許等使用料、仲介貿易等の受取支払

(注4)「所得収支」は、居住者・非居住者間の雇用報酬、直接投資収益、証券投資収益、直接・証券投資収益以外の債権・債務に係わる利子受取・支払、ただし、所得収支には直接投資先企業に配分されず内部留保という積み立てられた収益である「再投資収益」が含まれており、必ずしも親会社に送金されているとは限らない

(注5)「証券投資収益」とは、直接投資先以外からの配当金、国債等の債権の利子および金融市場商品に係わる利子の受取・支払

(注6)「直接投資」とは、親企業が海外投資先企業の株や議決権の10%以上を所有すること

対外純債務残高が増加しても所得収支が黒字の背景

米国の経常赤字は83年頃から顕著に増加し続けているが、既に説明したように、主な理由は貿易赤字の増大にある。米国の貿易赤字は第2次オイルショックが発生した78年から増え始めた。ピークは06年の8,357億ドルの赤字であった。09年にはリーマンショックにより5,059億ドルの赤字まで縮小したが、10年には6,458億ドルの赤字と再び膨れ上がった。過去2年の貿易赤字は、06年〜08年までの8,000億ドル以上の赤字の水準からは低いものの、今後の貿易赤字が急速に減少する事態は想定しにくい。

このため、最近の経常赤字はピークであった06年の8,006億ドルよりは減少傾向にあるものの、このまま加速的に縮小していく可能性は少ないものと思われる。経常収支の赤字傾向が続くとすれば、その埋め合わせのために資金が米国に投資される必要がある。そうならなければ、冒頭に述べたように、米国経済の投資・消費活動の資金が欠乏する。したがって、結果としてこれまで通り外国企業の米国資産の取得は増え続け、米国の外国への利子・配当支払いがさらに拡大することになる。

実際に米国の対外支払いの負担を見るために、米国の対外純債務残高の名目GDP比率を算出した。対外純債務残高は米国の対外総債務残高から外国の対米総資産残高を差し引いた値で、図3のように02年には2兆ドルを超え、08年には3.3兆ドルのピークつけた。対外純債務残高のGDP比率は、2000年代前半には20%近くに達し、08年には22.7%に達した。10年には17%にまで低下しているものの、依然として高い値である。

(資料)米国商務省経済分析局データより作成

このように米国の対外支払いの負担が減らない中で、所得収支が黒字を拡大しているのはなぜであろうか。一般には、外国に対する直接投資、証券投資等への利子・配当支払いの増大により、所得収支は既に大きく赤字転換しているはずである。しかし、現実には直接投資収益は黒字を増加させている。

国際決済銀行(BIS)の06年版76回年次報告書で米国の対外純債務残高の赤字の持続可能性について分析している。対外純債務残高のGDP比が増加しても、所得収支が黒字である理由として、米国の対外資産の多くはハイリスク、ハイリターンの直接投資から構成されており、外国の対米資産は国債などのローリスク、ローリターンのケースが多いことを指摘している。

米国の海外直接投資がハイリターンであるのは、国内よりもハイリスクであり、金融を含む知的資産やブランド力があるからである。一方、外国の対米投資に関しては、米国は流動性や保険を提供しているため、ローリターンとなっているとしている。

また、米国の海外投資は第2次大戦後から欧州などへ進出しているが、これに対して外国は80年代以降に急速な対米進出を行っており、この進出時期のズレによる成熟度の違いを収益格差が生じる要因に挙げている。しかし、近年はこの収益率の差は縮まっているとし、米国の優位性は低下していると指摘している。さらに、外国企業の対米収益が小さいのは、米国の税が高いため、在米国子会社の利益を圧縮しているためとも分析している。

同報告書では、所得収支が安定的に黒字となり、対外資産からの収益の受取が対外支払いを超過し続ける可能性についても分析している。いくつかのシナリオの内、米国の海外子会社収益率と外国企業の対米資産からの収益率格差が縮小していることを前提としたシナリオでは、所得収支が大きく悪化する可能性があることを指摘している。

米国の海外子会社の利益は拡大傾向

米国の所得収支の黒字幅が拡大しており、これは海外直接投資収益の黒字増によりもたらされている。その大きな背景として、BISも指摘するように米国の海外子会社の収益やブランド力が高いことが想定される。しかも、その収益力は国際収支統計で見る限り増加している。

日本の海外現地法人の当期純利益/売上高比率は、03年も08年においても全世界平均では2.2%であった(図4参照)。これに対して、米国の非銀行海外子会社は03年においては10.8%、08年においては15.7%と日本よりもかなり高い利益率を達成している(図5参照)。しかも、日本の海外子会社の利益率は03年から08年に変化はないが、米国の場合は5%も上昇している。

日本の海外現地法人の利益率は、中東、中南米、アフリカにおいては、03年よりも08年の方が高かった。しかし、米国、欧州においては、08年は03年よりも利益率を低めた。中国においても、同様に利益率が下落している。これは、先進国や中国のように、時には日本企業同士でも激しい競争が行われている市場において、日本企業は価格競争に巻き込まれ、利益の確保に苦慮したためと思われる。

(資料)経済産業省海外事業活動基本調査データより作成
(資料)米国商務省経済分析局データより作成

一方、米国子会社は中国と日本を除き、その他の地域においては万遍なく03年よりも08年の利益率を拡大した。中でも、アフリカ、中南米における利益率の増加には顕著なものがあった。米国企業の収益拡大の背景として、BISが指摘するように、高い技術力と早くから海外に進出していることがハイリターンにつながっていると思われる。しかし、それだけではなぜ2000年代以降の最近において、海外直接投資収益を大きく増加させているかということを説明できない。

最近における米国企業の高収益の背景としては、①米国の生産委託やアウトソーシングを用いたグローバル・ビジネスモデルの成功、②米国ブランドは日本企業のように激しい競争下にはさらされていないこと、③ITや金融上の技術革新により高収益なビジネスや資産運用を達成、などの要因を挙げることができる。

例えば、アップルはiPhoneを500ドルで販売しているが、その中で部品代は179ドルにすぎない(米TIME誌5月16日号より)。日本が供給した部品の代金は構成国の中ではトップの61ドル、ドイツは30ドル、韓国は23ドル、米国11ドル、中国は7ドルであった。しかし、アップルは部品代以外の321ドルの高収益を上げている。こうしたビジネスモデルの違いが、米国とそれ以外の国との収益格差を生んでいるというものだ。

以上をまとめると、米国の経常赤字問題の解決には貿易赤字を削減しなければならないが、現実には依然として顕著な改善が見られない。しかしながら、最近においては、海外直接投資による対外資産からの受け取りが外国企業の対米資産への支払いを超過することで、所得収支の黒字が拡大している。

すなわち、所得収支の黒字が定着し、外国から米国への資金の還流が続くならば、米国経済に信頼感と好循環がもたらされ、米国の対外ポジション(経常収支あるいは対外純債務残高の赤字)の持続可能性が高まる。これを支えているのが、海外での米国企業の高収益構造である。

したがって、このような経常赤字問題の改善が進めば、その分だけ急激なドル安や米国への資金還流に対する懸念が減退し、米国の経済運営や海外からの対米投資にポジティブな影響を与えることになる。

新興国が台頭する中で、ドルを基軸にしたブレトンウッズ体制に代わる新たな世界秩序を模索する動きが始まっている。その中で、国際収支の動きを見る限り、米国の海外からの純受取は増加しており、米国の企業収益力の高まりが見られる。今後の世界経済秩序を見通す上で、そうした米国の潜在力や変化を見過ごしてはならない。

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