一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2011/10/18 No.148カナダとTPP

高橋俊樹
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

日本ではTPP(環太平洋戦略経済連携協定)への関心が高まっており、連日、新聞をにぎわせている。一方、米国もそうであるが、カナダの新聞やネットでTPPが取り上げられることはあまりなく、国民の関心は低い。また、日本でもカナダのTPPへの参加についてはあまり関心がなく、もっぱら米国の動向や農業問題に焦点が当てられている。しかし、カナダは日本と同じように農業問題を抱えており、カナダがTPPへ参加するかどうかは、日本としても無関心ではいられないのではなかろうか。

米とNZがカナダの参加を拒む

2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリに加えてブルネイの4カ国で形成されたFTA(P4)は、TPPの前身であり、APEC(アジア太平洋経済協力)の自由化を先取りするものであった。2008年には米ブッシュ政権がTPPに交渉参加することを決定。2009年には、オバマ大統領がAPECサミットに合わせて、TPPの交渉に参加する方針を表明した。2010年の3月には、オーストラリア、ペルー、ベトナムを含む8カ国で交渉が開始された。現在では、これにマレーシアが加わり、交渉メンバーは9カ国に達している。

カナダは2006年の時点で、P4への交渉参加を断念した経緯がある。これは、ニュージーランドの酪農製品との競合を避けたためだ。ニュージーランドは、人口が少ないものの、酪農の分野で高い競争力を誇る。

一旦は断念したカナダであったが、米国の交渉参加表明でハーパー首相は翻意し、TPP交渉への参加の意思を強めた。2010年3月には、レターで交渉メンバーにその意思を非公式に伝えた。これに対し、米国とニュージーランドがカナダの交渉国入りを反対。その後、メンバー国からカナダに対し、まだカナダの準備が整っていないとの連絡が行われたようだ。

ニュージーランドは酪農製品のカナダへの輸出を拡大したいが、カナダは酪農製品や家禽類(鶏、七面鳥など)の分野で供給管理制度を設けており、生産や価格をコントロールしている。当然のことながら、輸出や輸入も、生産を各生産者に割り当てている影響から、限定されることになる。カナダは、この2度目のTPP交渉への参加機会に際しても、ケベックとオンタリオ東部の酪農家5万7,500人の雇用を優先したのであった。

米国がカナダの交渉参加に反対する理由の1つには、これまでも繰り返し米加間で話し合われた知的所有権保護の問題がある。カナダは、この分野で2010年のスペシャル301条の優先監視リストに載っている。米国はカナダに国境での模造品・偽物の取締りの強化や、世界知的所有権機関(WIPO)の条約遵守を要求している。

米国は94年のNAFTA(北米自由貿易協定)の発効により、TPP交渉でカナダから得られる利益は少ないものの、当然のことながら、積み残しはある。代表的なものとしては、テレビ・ラジオ番組で一定割合のカナダ文化コンテンツを義務付けたり、ハリウッドの映画産業を惹きつける文化産業への補助・支援策がある。さらには、カナダ投資法による資源関連や文化産業等への投資規制、酪農製品・家禽類の供給管理制度、保健医療・教育などのサービス分野の開放、等が挙げられる。

米国はこのように、表向きは知的所有権問題やNAFTAの積み残しをカナダに対する拒否の理由としている。これは、ある意味では議会対策でもある。カナダから一定の譲歩を勝ち取らない限り、議会の賛同を得ることは難しいことを承知しているからだ。

しかし、米国が同じ農業問題を抱える日本にはTPP参加を切望しているのに対し、カナダには酪農製品や知的所有権の自由化の準備が整っていないとの理由だけで、参加の拒否を行ったのではないとの見方もある(注1)。交渉の過程で米国にとって煙たい存在となりうるカナダと、参加によりTPPに重みが加わり、農業交渉に進展の可能性がある日本との差が、米国のカナダ拒否という対応に現れたとも考えられる。

米国の強気、カナダの消極性の背景

米国がこのようにカナダに対して強気になれるのは、それだけの理由がある。カナダのように対米輸出シェアが75%もあるのではなく、米国の対加輸出シェアが2割にすぎないことも原因の1つだ。

しかし、もっと大事なポイントは米加FTAやNAFTAが成立した80年代・90年代と違い、貿易自由化交渉におけるカナダの重みが減ってきていることだ。米国は2000年代に入り、チリ、シンガポール、豪、ペルーなどとFTAを発効させ、韓国、コロンビア、パナマなどとのFTAを締結したものの、NAFTAに匹敵するような大きな成果を得ていない。

したがって、成長するアジアとのFTAに米国のくさびを打ち込むことは重要である。この意味で、米国にとって日本のTPP参加は大きな重みを持つ。しかし、日本に対するラブコールの一方で、カナダに対して厳しく対応し、農業交渉などのハードルを引き上げた。これは、結果として日本の交渉参加へのハードルを高くしたことも事実だ。

カナダ政府は、TPP交渉メンバー入りを拒絶されてから、それに対して表立った反応は見せていない。ハーパー政権の酪農産業への配慮を見せる姿勢に対して、カルガリー大学のウエンディ・ドブソン教授は、成長するアジア市場を取り込むことができないのは、より大きな損失を被るとして、TPPへの参加を促した。

ドブソン教授は、日加間のFTAの可能性を展望した「ドブソン・レポート」(1999年)でも知られる(注2)。最近の論文では、米国と協調しながら、TPPへの参加を求めるとともに、北米気候変動政策の実行を提案した(注3)。カナダの経済者協議会(CCCE)においては(注4)、いまや優先分野はカナダのエネルギー分野の強みを活用した米国との環境・エネルギー協力の合意形成である。

また、カナダ政府の喫緊の通商課題は、NAFTA以来の最大の懸案であるカナダEU・FTA(CETA)の交渉である。EUとカナダは2004年にCETAの前段階である枠組み協定に合意し、2011年6月末までに計7回の交渉会合を行った。

TPPに関心はあるものの、とりあえずはCETAの2011年末までの合意を目指している(注5)。これが発効すれば、カナダは先進国では初めて米国とEUの2つの大きな経済圏とFTAを結ぶことになる。

EU側はカナダに対し、特に課題として挙げているのは、カナダの政府調達市場の開放や供給管理制度の変更、そして原産地規則の問題である。原産地規則に関しては、EUでは家畜が生まれた国が原産国となるが、カナダでは処分された場所を原産国としている。このためEUは、米国で生まれカナダで処分された家畜の原産国はカナダとなり、CETAにより米国産が間接的にEU市場に無関税で入り込むことに懸念を表明している。

今後のカナダの選択

米国がカナダのTPP交渉参加に反対したのは、前述のように、単にカナダの酪農製品の開放や知的所有権問題への姿勢に不満であっただけではない。

カナダはCETA交渉と同様に、各分野別の交渉の前に包括的な枠組み交渉を行いたかったのであろうが、米国には2011年11月のAPECハワイ会議前までに全体の分野別の協議で大まかな合意を取り付けたいという思惑があった。また、米国はカナダをニュージーランドやオーストラリアから遠ざけ、早期の交渉妥結のため、自ら主張する2国間交渉の成果を活用するアプローチをやり易くしたかったとも考えられる。

米国自身も農業やその他の問題を抱えていることは周知の事実である。砂糖を含む製品や酪農製品の輸入規制、外国投資規制、さらには、米国内の旅客・貨物運輸を、米国人が所有し米国内建造・米国人船員乗り込みの船舶に限定している「ジョーンズ法(1920年制定)」、などがその代表例だ。

したがって、TPP交渉への参加に「NO」を突きつけられたカナダとしては、3つの選択が考えられる。1つにはアジアの主要国の交渉参加の状況次第で、交渉参加に転じるというものだ。2つ目には、当面の交渉には参加しないが、将来的にアジア全体を巻き込む経済圏に成長した段階でTPPのメンバー国になるというもの。3番目としては、今後はアジアとの貿易投資の自由化は、2国間のFTAを中心に達成するというものだ。

カナダにとって、酪農製品や鶏肉・七面鳥などの供給管理制度を廃止し自由化を進めることは、国内対策から容易ではない。もしも、これを実行するとすれば日中韓のようなアジアの主要国がこぞってTPPに参加するような劇的な状況の変化がなければならない。

特に、日本のように農産物の解放を求められている国が交渉に参加し、ニュージーランドや米国に対抗する勢力の形成が必要になる。そうすれば、農産物の解放において、米国やニュージーランドなどの譲歩を勝ち取りやすいからだ。一方では、2国間交渉ベースのアプローチを掲げる米国に対抗するためには、ニュージーランドやオーストラリアなどと組んで、米国を孤立させる戦術が必要になる。

しかし、TPP交渉の経緯を見ると、2010年3月にはメルボルンで第1回政府間交渉が開催され、2011年2月にはチリで第5回目の交渉が行われた。8月にはシカゴで第8回目の政府間交渉が行われ、貿易円滑化、SPS、TBT、通信、政府調達等の分野横断的事項は議論が進んでいると発表された。ただし、知的所有権、投資はまだ議論が必要であるし、市場アクセスは交渉の順番としては最後になる見込みのようだ。

このように、TPPの分野別交渉においては、カナダはアウトサイダーであり、大枠の合意がAPECハワイ会議までに表明される予定だ。したがって、カナダが米国を孤立させる戦術を実行できる時間的余裕は、もはやなくなってきている。

第2の選択は、当面の交渉には参加しないで、アジア主要国の参加が確定しTPPの骨格が固まった後、十分に参加の利益・不利益を検討してからメンバー国になるというものだ。これは、時間をかける分だけ自国に不利になるという面を持つ。

この選択が現実のものになるとすれば、1つ目と同様に、TPPがブラックホールのように次から次へとアジアの主要国をメンバーに引寄せることが必要だ。

カナダが3つ目の選択としてTPPに参加せず、アジアのそれぞれの国と2国間のFTAを形成し、TPPを活用できないデメリットを補うことは可能だ。既に、シンガポールと韓国との間ではFTAを交渉中であるし、アジアの3番目としてインドとも包括的経済連携協定の交渉を開始した。日本とは、日加FTAに関する共同研究を開始することで合意している。

第3の選択の場合、APECの自由化の先鋒であるTPPに参加しないのは形式的にも痛手であるので、ASEAN+3(日・中・韓)やASEAN+6(日・中・韓+豪・NZ・インド)、あるいはFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)をバックアップせざるを得なくなると思われる。

今のところ、この3つのシナリオの内、状況としては(あるいは結果として)、3番目の流れになっている。しかし、自ら望んで積極的に選択したわけではないので、今後は日本、韓国、中国などのアジア主要国のTPPへの参加次第で、他の選択肢に乗り換える可能性は残されている。

要するに、ありていに言えば、米国はアジア市場に活路を見出し、TPPに自らの主導権を持ち込み、より大きな自由貿易経済圏を生み出そうとした。カナダは米国の土俵で振舞うのは窮屈だが、国内の問題を温存する形ならば、バスに乗り遅れないようにしようとした。しかし、米国はカナダに乗車拒否を行った。

したがって、カナダは次のバスを待つか、路線を変えるか、タクシーを拾うかどうかの選択を迫られた。すなわち、TPPが成果を出し、大きく成長するかどうかを見極めてから、結論を出さざるを得なくなったということだ。

ハーパー政権は、TPPが順調に成長するかどうかにためらいがあったかもしれない。また、CETAや米国との環境・エネルギー政策に軸足を置いていたことも、このような状況を生む要因になったと思われる。

日本としては、米国の意図を汲みながらも、カナダと組んで農業交渉などを有利に進めることが得策と考えられるが、この戦術を選択するにはやや時間的に厳しくなっているのが気がかりだ。

(注1)NationalPost「Canadafrozenout;USkeepingOttawaoutofTrans-PacificPartnershiptalks」PeterClarkaformerCanadiantradenegotiator

(注2)ドブソン・レポートは、日本とカナダの民間のビジネスマンの意見などを集約して、日加FTAの可能性についてまとめたもの。

(注3)「DifferentiatingCanadaTheFutureoftheCanada?USRelationship」UniversityofCalgaryWendyDobsonandDianaKuzmanovic

(注4)カナダの有力企業のCEOから構成される非営利団体で、過去には、日本とのFTA締結などを提言している。

(注5)「カナダEU・FTA(CETA)の交渉の課題」、ジェトロユーロトレンド2011年7月

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