一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2012/01/16 No.151_3ドイツのエネルギーシフト(3/3)

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員

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4.エネルギーシフトの経済効果

倫理委員会が答申書の中で触れているように、エネルギーシフトは大きな経済効果を及ぼすものと期待されている。以下に、エネルギーシフトによってどのような経済効果が期待されるのかについて概観してみよう。

<期待される投資の活溌化と雇用創出効果>

ドイツのエネルギーシフトは再生可能エネルギー分野への投資を活発化させるものと期待されている

連邦環境省の資料「Erneuerbare Energien 2010)」によれば、2010年におけるドイツの再生可能エネルギー関連の設備投資額は、世界的な金融・経済危機の影響下にあったにもかかわらず、前年比33.7%増の266億ユーロと過去最高を記録した。

ドイツでは再生可能エネルギー電力の供給比率を高めるために、例えば風力エネルギーの利用を拡大する計画が進められており、北海およびバルト海の海上風力発電所(ウインドファーム)建設、高圧送電線網の拡充(現在の電力網の約1割増)といった大規模プロジェクトが予定されている。計画が実現すれば、ドイツ北部で生産された再生可能エネルギー電力を、より効率的に需要の高い西南部の人口・産業密集地に送電できるようになると期待されている。

こうした再生可能エネルギー産業部門の活況に伴い、同部門の雇用者数も増加している。連邦環境省の再生可能エネルギー統計作業グループが作成したデータ集「再生可能エネルギー統計2010」によれば、ドイツの再生可能エネルギー業界には、2010年現在、前年比8.2%増の36万7,400人(設備への投資、設備の稼動・保守、燃料生産の従業員数の合計)が働いている。エネルギー源別にみると、従業員数が多かったのは太陽光発電の10万7,800人、陸上風力の8万9,200人(海上風力は6,900人)などであった。

連邦環境省では、この数は今後もさらに増え続け、2030年までには50万人を超えるものと予測している。またドイツの6大経済研究所のひとつであるドイツ経済研究所(DIW)では、エネルギーシフトはさらに廃棄物処理、リサイクル、水処理などの環境保全技術の分野にも大きなブームをもたらすと予測しており、エネルギーシフトによる雇用創出効果は全体で100万人にも達するという。

ドイツの再生可能エネルギー産業は、海外への設備輸出や技術輸出でも大きな成功を収めている。その結果、再生可能エネルギー業界の売上高は、2005年の86億ユーロから10年には253億ユーロへと大幅に増加した。

<再生可能エネルギー関連技術革新に期待>

研究開発の分野でも再生可能エネルギー関連の研究・開発が活発に行われている。

連邦研究省が助成している技術革新関連の研究テーマは、発電効率の高い有機太陽電池をはじめ、地熱発電のための新しい資源・立地調査技術など広範囲にわたっている。

連邦環境省の助成プログラムもあり、具体的な研究例としては、例えばドイツの複数の研究機関とGEウインドエナジー社が共同で設計し、実験にもすでに成功している騒音の少ない風力発電機が挙げられる。騒音の抑制は風力発電が広く社会に受け入れられるために重要とされている。また、その他の研究例としては、バーデン・ビュルテンベルク太陽エネルギー・水素研究センターが2010年に発表した薄膜太陽電池が挙げられる。この薄膜太陽電池は20.3%という高い変換効率を達成して世界記録を更新した。さらに、シュツットガルト大学建築構造研究所が中心となって開発したガラスファサード用太陽熱コレクターシステムは、エネルギー変換効率が極めて高いばかりでなく、日除け・採光調節機能も兼ね備えるものとして注目されている。

なお再生可能エネルギー分野では、ドイツは世界でも有数の研究拠点となっており、国内の11の研究機関が再生可能エネルギー研究連盟(FVEE)を設立して、ヨーロッパ最大の再生可能エネルギー研究ネットワークを形づくっている。FVEEは、再生可能エネルギーとそのエネルギーシステムへの統合に関する技術、エネルギー効率やエネルギー貯蔵に関する技術の研究・開発に取り組んでいる。

ちなみに、連邦政府による先端エネルギー技術研究開発関連の予算は2011~14年に総額でおよそ35億ユーロである。

5.エネルギーシフト/再生可能エネルギーの拡大に向けた課題

エネルギーシフト、特に再生可能エネルギーの利用拡大のためには、今後解決しなければならない課題も多い。

まず、再生可能エネルギーの特徴として、太陽光、風力、水力、地熱など再生可能エネルギーは極めて密度の低い拡散した状態で自然界に存在しているということが挙げられる。このため、再生可能エネルギーを有効に利用するためには、それを集め凝縮する作業が必要となる。また、これらの再生可能エネルギーを利用するためには、必要なときに必要な場所で使える状態にしておく必要がある。

さらに、再生可能エネルギーと化石燃料エネルギーのもうひとつの大きな違いとして、太陽光や風力による発電は24時間コンスタントに行うことができないということが挙げられる。ドイツの気象条件の下では太陽電池モジュールが最大出力を発揮できるのは、年間9,000時間近い日照時間に対して1,000時間未満であり、内陸に設置された風力発電機のフル出力運転時間は2,000時間程度にすぎないとされている。

このため、それ以外のときに不足する電力は他の場所から、あるいは他の方法で調達するか、再生可能エネルギー電力を貯蔵できる蓄電システムから取り出すようにしなければならない。そうした“バッテリー”として優れた機能を持つ設備には、例えば揚水発電所がある。しかし、揚水発電所に対しては風力発電所の風車や高圧送電線と同様、景観を損ねるという批判も出ており、こうした批判はエネルギーシフトが今後加速すれば、さらに強まることも予想される。

<インフラの拡充・整備が必要>

原子力エネルギーが使えなくなる分、再生可能エネルギーなどその他のエネルギーを最大限効率よく活用する必要があり、そのためには電力網の整備拡充が不可欠である。

原発廃止の影響を受けるのは主として中部以南の州(バーデン・ビュルテンベルク州、バイエルン州、ヘッセン州)であるため、北部などで風力発電された電力を、できるだけロスの少ない方法で南部へ送電することが重要となる。損失の少ない長距離送電技術として、とくに期待されているのは高圧直流送電である。

また、連邦経済省はいわゆる「スマートグリッド」――再生可能エネルギー発電特有の出力変動に対応して、柔軟に需給バランスを調整できる次世代送電網技術――の研究を重点的に助成している。この技術は、需要予測に基づいて大規模発電された電力を、生産側から消費側へ一方的に供給する従来の「消費本位の発電」から、生産・消費の両方の拠点を統合したネットワークによる「供給が最適化された電力消費」への転換を可能にするものとして期待されている。

そのほか、ドイツでは再生可能エネルギー分野でモデルプロジェクトも多数実施されており、例えばニーダーザクセン州のユーンデ村では、化石燃料を一切使わずにバイオエネルギーで電気と熱供給を賄うモデル事業が2005年に始まり、同村はドイツで最初の化石燃料に依存しない自治体となった。

<エネルギー利用効率の改善も重要>

一方、エネルギーシフトを推進するためには「効率」の徹底的な追求も重要となる。前述の倫理委員会の答申書も、電力などエネルギー需要そのものを抑えるためにエネルギー利用効率の改善を求めている。特に、民生分野では「現在に比べ60%の利用効率の改善が潜在的に可能」とし、一層の省エネが可能な分野として家屋の改修などを挙げた。

倫理委員会は答申書の中で、「2010年には約100万戸の建物が省エネ改築された」としたうえで、「現在改築が必要な建物が2,400万戸以上に達していることから考えると、建物の改築件数をさらに増やす必要がある」と記述している。そして、そのうえで「建物の改築はいまや新たな段階に入らなければならない。すなわち主要な居住地域においてはエネルギー効率的な都市への改造、地方においては村落全体のエネルギー効率ためのソリューションを推進することが必要になる」と提言している。

ドイツではエネルギーの約40%が建物に関連して消費されているといわれ、建物の改修によって建物関連のエネルギー消費を抑制することは、総合的なエネルギー政策の観点から極めて重要な意味を持つと考えられている。

このため、政府は2011年版の「ドイツの国家エネルギー効率行動計画(第2次)」で、2050年までに建物のエネルギー需要量を極めて少なくして、建物のほとんどをエネルギー収支がゼロに近い「気候中立的」(klimaneutral)にするとともに、エネルギー需要の大部分を再生可能エネルギーで賄えるようにするという目標を設定した。

そしてこの目標を達成するために、①建物のエネルギー関連設備の近代化改修率を1%から2%へと2倍に引き上げる、②建物関連の暖房需要を2020年までに20%削減する、③2020年以降はすべての新築建物を一次エネルギーベースで「気候中立的」にする、④建物関連の一次エネルギーの需要量を2050年までに80%削減する、などの中長期目標を掲げている。

前述の倫理委員会は、建物の改修やエネルギー効率的な都市への改造などを推進するためには、促進資金を大幅に増やす必要があるとし、EUの排出権取引システムから得られる収益を利用するなど追加的な財政メカニズムを導入することを勧告している。

6.ドイツのエネルギーシフトと欧州各国の原子力発電政策(まとめ)

欧州では、福島の原発事故以降、ドイツが2022年までに原発の稼働を停止することを決定したほか、スイスが34年までの原発の稼動停止を打ち出している。また、いったん廃止した原発を新設する意向を示していたイタリアも福島原発事故を受けて、新設計画を凍結する方針を打ち出すなど「脱原発」の動きが加速している。

しかし一方では、フランスと英国が福島原発事故後も原発推進政策の堅持を掲げているほか、ポーランドとオランダが化石燃料依存から脱却するために原発の新増設を計画するなど、欧州各国の原発を巡る政策の方向性は大きく異なる。

このように原発政策をめぐる欧州各国の態度はさまざまであるが、ドイツのエネルギーシフト決定は欧州各国の原発政策に大きな影響を与え、イタリアやスイスの「脱原発」につながった。

また、欧州で最大の原発保有国であるフランスにおいても、最大野党の社会党が2012年春の大統領選挙で、環境政党である欧州エコロジー・緑の党と選挙協力を結ぶために、①原発の新規着工はすべて中止し、②既存の原発は耐用年数を迎えたものから順次廃炉とする、などとした原発縮小の方針を公約しており、大統領選挙の結果次第では、現政権の原発推進の政策が大きく変わる可能性もある。

このようにドイツのエネルギーシフトは今後、原発推進の立場をとる欧州の国々にも影響を与え、ひいては世界の原発保有国のエネルギー政策や原発導入を検討している国々などに対しても大きな影響を与えることが予想される。(了)

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