2001/10/17 No.20テロは米経済の流れを変える分水嶺か(その2)
—経済の好循環に暗雲—
木内惠
国際貿易投資研究所 研究主幹
年年歳歳花相似 歳歳年年人不同 (劉廷芝)
冷戦の終焉は国防費削減と軍事技術の民間移転を促し、90年代における米国の「繁栄の10年」の礎の一つとなった。いわゆる「平和の配当」である。だが、同時多発テロは、「平和の配当」の流れを逆行させる方向で働く。何故か。第1に、テロは安全保障分野への支出増を促すからだ。安全保障経費や国防費の増強が財政収支に及ぼす影響については昨16日付けフラッシュ19「テロは米経済の流れを変える分水嶺か(その1)」にて報告済み。
同時多発テロが「平和の配当」の流れを逆行させる理由は他にもある。今回のテーマ、企業活動へのインパクトがそれである。
企業活力にも暗雲
安全保障分野への支出増は財政のみならず、企業活動にもネガティブな影響を及ぼす。今回のテロ事件を機に企業はセキュリティ分野への投資増を強いられよう。問題はこの分野への支出は生産性の向上には直結しないことである。また、軍民転換によるプラス効果もこれまでのようには期待できないかもしれない。
前回フラッシュ記事中に記したレーガノミックスの流れのなかで、「国防費削減」以降の歳入面でのプロセスは以下のように変質する可能性がある。
「ポスト冷戦時代の到来により軍縮の環境醸成」→「テロ事件を機に安全保障再検討の機運醸成」
「軍事分野での技術、人的資源の民間移転の推進」→「軍民移転に制約」
「新規ビジネスの拡大(規制緩和がこれを後押し)」→「ビジネス創出環境に暗雲(安全保障分野での規制強化も)」
「生産性の向上」→「生産性向上の減速あるいは低下」
「企業収益増加」→「企業収益減少」
「歳入増」→「歳入減」
「財政収支の好転(主因は歳入増)」→「財政収支の暗転(主因は歳入減)」
軍と民の違いは何処に
国防関連プロジェクトの最優先課題は最高レベルのセキュリティの実現にある。これに対し、民間企業のR&D(研究開発)の目的は経済的利益の追求だ。国防部門で開発された技術が民間に移転され、産業として花開いたものもある。インターネット技術がその好例。だが、これはあくまでも冷戦終了を一つの契機とした結果だ。国防の最優先課題が安全保障の実現にあり、民間のそれが収益性、つまり最も少ないインプットで最も大きいアウトプット確保を目指すことには変わりがない。この点は別の表現を使えば、民は生産性を無視できぬが、軍は生産性向上にさほど意を用いる必要はないということになる。
冷戦終焉後の90年代、クリントン政権の下で長期経済繁栄を享受し得たのは、技術の軍民転換を背景に、IT革命に代表されるような生産性の向上とベンチャー企業の発展・成長が景気拡大をもたらし、更にそれにより株式市場からのキャピタルゲイン税収も増加する、といった経済の好転が生み出したものといえる。
繰り返す。同時多発テロは、これまでの好循環経済の流れを逆転させる恐れがあるのみならず、生産性向上といったグローバリズム時代の「御託宣」の神通力をも変質させる可能性すらある。
テロ対策税
今回のテロ事件を機に増加が見込まれる安全保障分野への支出が経済に及ぼす影響について、下院経済合同委員会(サックストン委員長)は9月28日、見通しを発表した。プレスリリースのタイトルは、「安全保障分野への支出増が経済に及ぼす影響——追加的安全保障関連支出が経済成長を阻害」と記してある。このタイトルをみれば、内容について説明の必要はあるまい。テロ事件が米国に及ぼす短期、中期、長期の影響について分析している。興味深いのは、証言の中で「安全保障税」(a security tax)、「テロ対策税」(a terrorism tax)などの造語を用いている点。これらキーワードの意味するところが安全保障分野への支出増にあることはいうまでもない。
現代アメリカ版「方丈記」
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」(河の流れは変わらなくとも、そこに流れる水はかつての水ではない)
「年年歳歳花あい似たり、歳歳年年人同じからず」(美しい花は毎年同じように咲くが、花を愛でる人は毎年同じ人ではない)
本稿(その1)、(その2)それぞれの冒頭に掲げた鴨長明の詠嘆と唐代詩人、劉廷芝の感慨。時代と国を違えた日中の両文人の感性は全く同じように私には思える。いずれも不変の中に変化を見ている。東洋的無常観というべきか。
鴨長明は、無常観を水に託した。「流れは同じでも、それを構成する水が違う」。ここでは、「流れ」という不変のものを「水」という変わりうるものと対置することによって、無常をより一層際立たせている。
だが、今回の同時多発テロは東洋的無常観では把握しきれない衝撃度を持つ。テロは従来の経済好循環の流れの「方向」それ自体を変え得る力を秘めているかもしれないからだ。
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