一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2014/08/19 No.201日本のシンガポールへの著作権料支払い額は約2000億円

増田耕太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

≪約2000億円の対シンガポール著作権料の支払い≫

2013年の日本の著作権収支は6,222億円の支払い超過である。支払い超過額を相手国別にみると最も大きいのは米国の3,512億円、 次いで、シンガポールの1,934億円である。この2か国で著作権収支赤字の87.5%を占める。

シンガポールに対する日本の著作権収支は一貫して支払超過で増加している。シンガポールからの受取額は2006年が過去最高の31億円。近年は10億円台で推移し2013年は15億円である。一方、支払額は2005年に1,000億円2012年に1,500億円を超え、2013年の支払額は過去最高の2,000億円に近い1,949億円である(下図 参照)。

シンガポール向け著作権料の支払の詳細を知る手がかりは乏しい。支払い先はシンガポールの地場企業ばかりでなはない。むしろ、シンガポールにある外資系企業が多いと推測できる。その中に日本企業のシンガポール法人が含まれている可能性がある。

注: 支払超過額(折れ線グラフで表示)は、目盛を逆転させて作図している
出所; 地域別国際収支データ(日本銀行発表)をもとに作成

≪シンガポールに集積する知的財産権ビジネス≫

シンガポールへの著作権等の支払対象の多くが伝統的な書物やCDなどで占め、その支払が急増しているとは考えにくい。むしろ、世界的に急拡大しているネット販売によるコンテンツ流通にともなう著作権料支払が増え、近年はネット販売によるコンテンツ流通の拡大によると考えられる。

シンガポールには、映画制作のLucasfilm、Industrial Light & Magic(ILM)、Double Negative等、ゲーム制作ではLucasArts、Ubisoft等のデジタルコンテンツの大手外資系企業が進出している。コンテンツ流通分野ではAmazon、Apple、Google、Yahoo等がシンガポールを主要拠点にしているので、シンガポール向けの著作権料支払いにはネット販売によるコンテンツ流通分があるとみても間違いがない。

日本との関係を念頭に近年の著作権関連ビジネスの外資系企業の進出状況をみると、日本企業によるソーシャル・ゲームの知的財産権をシンガポールに集積し、グローバル展開を図ろうとする動きが目立つ。日本企業の進出例をまとめたのが表-1である。ソーシャル・ゲームの企画・開発拠点を設けている日本法人が多く進出している。

こうしたことから、著作権料支払いの一部にソーシャル・ゲームなどのコンテンツに対する著作権料が含まれていると考えることができる。ただし、それらが2,000億円近い著作権料支払いに占める割合を推測する手がかりはない。

≪ソーシャル・ゲームの企画・開発拠点のシンガポール進出の特徴≫

各社の進出に関するニュースリリース等を手掛かりに日本企業がシンガポールにソーシャル・ゲームの企画開発拠点を設けている背景には、次の点があげられる(注-1)。

  1. 世界的なスマートフォンの普及によって、国内で人気が高いソーシャル・ゲームを国際展開しやすい状況にある。例えば、コナミは2012年より本格的海外展開を開始し、『日本で培ってきた実績とノウハウをもって、「世界NO.1のソーシャルコンテンツスタジオ」を目指すべく、サンフランシスコ、シンガポールに拠点を構え、現地のニーズに根差した開発・運営を行っている』(同社HPより引用)。
  2. 国際展開には、英語他の多様な言語への対応、国ごとに異なる趣向を考慮したカスタマイズが不可欠である。シンガポールは多様な人材が豊富で、グローバル展開に必要な多言語対応の開発やサービスを行う拠点に最適である。
  3. シンガポールは、成長するアジア市場向けだけでなく、欧州向けなどグローバル展開の企画・開発する戦略拠点に位置付けることができる進出地としても適している。
  4. シンガポール政府が提供する優遇措置を活用することができる
    その中にはシンガポールが日本に比べると法人税率が低いこともあげられる。

≪シンガポールを選ぶ背景は、優遇策とグローバル展開拠点の魅力≫

日本企業がシンガポールに進出の要因に一つが、シンガポール政府の知的財産権ビジネスの支援策である。シンガポール政府は知的財産権のビジネス拠点について企業立地優遇策を採り、研究開発や特許登録等を行う多国籍企業の進出に対し税法上の特典を与えている。

特に、シンガポールで取得した知的財産をシンガポール法人に属することを条件に、税務上の減価償却による減税、研究開発事業資金免税、特許登録費用の所得控除などを認めている。

シンガポールは、コンテンツの開発だけではなく、ITインフラを活用しコンテンツの“流通のハブ”“アジアの首都”を目指している。シンガポール国内で開発されるコンテンツの量には限りがあるから、外国で開発されたものも含めコンテンツ売買取引のハブを目指し、諸外国の力を取り入れる戦略をとるのも特徴といえる。

≪日本から日系シンガポール企業に著作権料の支払いの要件を考える≫

対シンガポール著作権の支払い額のうち、ネット上のコンテンツをダウンロードした≪ネット販売によるコンテンツ流通≫にともなう支払いのケースを想定すると、米系、韓国系、中国系等の多国籍企業やシンガポールの地場企業向けの支払いがある。

さらに、日本から日系のシンガポール法人向けに著作権料を支払っていることが推測できる。

日本から日系シンガポール法人に著作権料の支払いを行うには、次の状況を想定することができる。

  1. ≪ネット販売によるコンテンツ流通≫の対価として、日本から日系シンガポール法人向の支払いをすることは十分にありうる。表-1の日本企業はシンガポール法人を設立し、ソーシャル・ゲーム等の開発を行っているからだ。
    日本のコンテンツは人気がある。 APPLEの“App Store”、GOOGLEの“Google Play”(旧・Android Market)の売り上げランキングを見ると、上位に日本のコンテンツが含まれている。東南アジアの国別にみても日本のコンテンツの人気が高くアクセスランキングの上位にある。ただし、ネット上の購入先がApp Store等を利用した場合であっても、国際収支における対外支払いになるとは限らない。 例えば、日本市場向けのコンテンツの企画を日本で行い日本からApp Storeに申請し日本にあるサーバーから配信、課金している場合には日本法人の売り上げになる。
  2. シンガポール籍の法人があり、シンガポールでグローバル向けの知的財産の開発や制作の企画・管理をしていることで、シンガポールで開発されたものであることが、著作権料を支払う要件になる。
    表-1の進出事例は、開発や制作の企画・管理を目的にした現地法人を設立している。
    ただし、実際のコンテンツ制作はベトナムなどの外国でのオフショア開発あっても良く、シンガポールで行うことは義務づけられていない。
  3. シンガポールにはシンガポールで取得した広範な知的財産(特許権、著作権、商標権、意匠権、企業秘密情報等)をシンガポールの法人に帰属することを条件に税法上の特典がうけられる制度がある。
    開発された知的財産をシンガポールに帰属させ、そのためのオフィスや拠点が現実に存在し、活動実態があること、コンテンツを提供するサーバーがシンガポールにあることなどを満たしていることなども、著作権料の支払いをするために必要になる。

おそらく、上記の状況のうち全部ないし多くの要件を満たしている場合に、日本からシンガポールの日系法人に対し著作権料の支払いとなる。

表-1 シンガポールに進出した日本企業の例(ゲーム開発関連のもの~一部)

注: 多数ある進出例から、最近のものを選び表にしている。日本企業の進出は近年に限らず、Koei Tecmo Singapore (KTS)は2004年に設立している。
出所:各社のニュースリリースをもとに作成

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日本のコンテンツは世界各地に多数のユーザーがいて人気が高い。そのために、諸外国のサーバーを使いコンテンツを提供するためには、知的財産に対し積極的にかかわり支援する国を活用するビジネスモデルを追求する時代である。最近の日本の対シンガポール著作権料の支払い増加(あるいは支払超過の拡大)は、シンガポールを舞台にしたビジネス展開を反映したものが含まれている。

このことは、優れたコンテンツを開発することだけが「競争」ではない。新たな魅力あるコンテンツを開発し続けていくには、著作権料をいかに稼いでいくのかビジネスモデルの開発競争でもあることを示している。

注: シンガポール法人を設立する理由の例

NAMCO BANDAI Studios Singapore Pte. Ltdの場合

同社のニュースリリース資料を引用すると『成長著しいアジアにおいて、地政学的に重要な拠点であるシンガポール共和国は近年、デジタルコンテンツ開発を重要な産業と位置づけ、シンガポール経済開発庁を中心に関連企業、教育機関の誘致を積極的に進めています。また東南アジア地域は、バンダイナムコスタジオにおけるコンテンツ開発の重要なパートナーである開発協力企業が集積しており、市場としてだけでなく、コンテンツ開発拠点としても重要度を増しています』

『「NAMCO BANDAI Studios Singapore Pte. Ltd.」は、バンダイナムコスタジオにおけるアジア地域の開発統括拠点と位置づけ、周辺各国に所在する開発協力企業とのさらなる関係強化、およびアジア・太平洋地域を中心とするお客様に向けたコンテンツ開発を行ってまいります。同社は、シンガポール政府がメディア関連企業の集積を目指すOne North 地区の「Media Polis」に設置し、シンガポール政府、および教育機関との連携を通じた人材の育成・獲得を進めるとともに、発展途上にある地域ゲーム産業の活性化に貢献してまいります』と説明している。

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