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2014/09/10 No.205変わるフランス人の「人権・平等」意識、揺らぐ政府・EUへの信頼感-反移民・反EUポピュリズムに共感する世論-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

去る5月の欧州議会選挙で、反移民、反EUを掲げるマリーヌ・ルペン率いる極右政党・国民戦線(FN)が、25%の支持票を獲得して第1党に躍進、フランスのみならず欧州社会に大きな衝撃を与えたことは広く知られているところだ。極右ポピュリスト政党をフランス人の4人に1人が支持した理由は一体何なのか。最近の世論調査から、フランス人の伝統的な「平等・人権」意識が大きく変わりつつある状況や、好転しない経済・雇用情勢に効果的な手が打てない現政権やEUに対するフランス国民の信頼感が一段と揺らいでいる様子がみえてくる。

高まる移民への差別・排斥意識

フランス人はこれまで自国について「人権・平等の祖国」という自負をもち、移民の社会的受け入れに「寛容に」対応してきた。そのフランス人の7割強が「移民は多すぎる」と考えているというのである。フランス政府が発表した報告書「2011年における移民の雇用と失業」(注1)によると、2011年のフランス本土の15歳以上65歳未満の年齢階層人口のうち、移民人口は400万人で、フランスの生産年齢人口の10%に相当、この比率は上昇傾向にある。同年齢階層の移民の270万人が労働力、すなわち就業者か失業者である。移民の失業率は16.3%と非移民の約2倍の高い水準となっており、特に、移民全体の約30%を占めるモロッコ、アルジェリア、チュニジアのマグレブ3国出身者の失業率は23%と高い水準となっている(表1)。

表1 フランスの移民の動向(%)

 

非移民

移民

移民の内訳

EU

マグレブ

サハラ砂漠以南

その他

生産年齢人口に占める比率:
2003年
2011年
失業率:
2003年
2011年


91.4
90.0

7.9
8.5


8.6
10.0

15.9
16.3


3.0
3.0

7.0
8.0


2.8
3.1

24.0
23.0


1.0
1.5

24.0
22.0


1.8
2.5

16.0
16.0

(出所)フランス労働・雇用省・調査報告(No.077 )から作成。

フランスの人権諮問委員会が2014年4月、フランス政府に提出した「人種差別報告書」(注2)によると、「移民が多すぎる」と考える国民の割合が年々上昇、2009年の47%から2013年の74%へと最高の水準に達した。移民を経済や社会の不安要因としてあげた人が全体の16%と, 同調査が始まった2002年の11%以来最高値となった。また、「移民は過去10年間の間に増加している」との認識を示した回答者が76%、「移民は社会的保護を受けるためにだけフランスに来る」と回答したものが77%となっている。

また、この報告書では、84%の回答者が「人種による抑圧や偏見が広がっている」との認識を示しており、ロマ人(かつてはジプシーと呼ばれていたが、差別的な意味合いがあるため、現在はロマ人と称している)への差別意識の高まりや「ユダヤ人排斥」「ムスリム(イスラム教徒)排斥」といった差別的行為の認識も増加傾向にあることが指摘されている(注3)。

現実には、ここ数年来フランス政府は、不法移民のロマ人をルーマニアやコソボなどへの強制送還、イスラム教徒の公的場所でのブルカ(イスラム教徒の女性が使用する顔や前進を覆う衣服)の着用を禁止する法律の施行などの動きを強めてきている。さらに、フランスは移民・難民受入規制を強化し、人の自由移動を実現するというEU統合の理念の象徴ともなってきたシェンゲン協定(注4)の見直しにも賛成している。好転しない経済・雇用情勢や、移民問題に不満を募らせ、極右ポピュリスト政党を支持するフランス国民の投票行動の変化に政権与党やその他の既成政党の間で警戒感が広がっている。

「人権の祖国」であり、「移民社会」といわれるフランスが、政府も国民も外国からの移民・難民などを受け入れるこれまでの「寛容さ」をすっかり失っているようにみえるのは杞憂に過ぎないのだろうか。

国も、EUも間違った方向に進んでいる

フランス人のこのような意識変化は、政府やEUに対する信頼度などにも影響を及ぼしているように思われる。現にフランスでは、オランド大統領や政権与党の社会党、あるいはEU(ブリュッセル所在のEU諸機関)が今や「信頼の危機」に揺れている状況だ。経済・雇用悪化の長期化で社会の閉塞感が強まる中、政府やEUが効果的な施策を一向に実行に移してくれないと強く感じているフランス人が多いことは事実である。

直近のフランスのTNS Sofresの世論調査(7月) (注5)によると、オランド大統領を「支持する」比率が18%であったのに対して、「支持しない」が79%、「無回答」3%と、惨憺たる結果だった。2012年5月の就任時の55%の支持率の3分の1弱まで急落している。2桁の失業率に悩まされ続けるフランス人は、これまで享受してきた雇用安定や週35時間労働などの労働条件、恵まれた社会保障制度が脅かされるのではないかという不安に苛まれている。高い失業率を抑えるという公約を果たせず、国民の政治不信に直面しているオランド大統領の政治指導力や政治的意思が大きく低下し、EUでの存在感も薄れている。今や、大統領は自国優先の内向き志向を強めざるを得ず、ドイツ主導のEUの財政緊縮化路線を非難するなど、深刻なジレンマに直面している。

信頼の危機は、欧州委員会が2013年11月に公表した世論調査「ユーロバロメーター80」(注6)の結果にもはっきりと表れている。表2にみられるように、EUの方向性については「事態は間違った方向に進んでいる」(47%)に対して、「事態は正しい方向に進んでいる」(26%)、「どちらとも言えない」(18%)、「無回答」(9%)となっている。また、自国の方向性については「事態は間違った方向に進んでいる」(56%)に対して、「事態は、正しい方向に進んでいる」(26%)、「どちらとも言えない」(15%)、「無回答」(3%)と、EUおよび自国の方向性についてはいずれも否定的な意見が50%前後となっている(以上は、EU28カ国を対象とした回答)。EU主要3ヵ国の中で、フランス人がEUおよび自国の方向性について驚くほど厳しい評価をしていることである。このところ、「欧州の病人」と欧米メディアに揶揄されるフランスの危機の更なる深刻化を予期する結果が出ているような感じがする。

表2  EUおよび自国の方向性について(単位:%)

 

事態は正しい方向に進んでいる

事態は間違った方向に進んでいる

どちらともいえない

無回答

EUの方向性

  EU(28カ国)
  フランス
  ドイツ
  英国

26
14
25
24

47
63
43
51

18
11
25
10

9
12
7
15

自国の方向性

  EU(28カ国)
  フランス
  ドイツ 
  英国

26
10
40
39

56
78
30
48

15
8
25
9

3
4
5
4

(出所)Eurobarometer80から作成。

低い政府やEUへの信頼度

さらに、欧州委員会が本年5月に発表した世論調査「ユーロバロメーター415」(注7)は、EU各国において自国政府やEU(諸機関)への信頼度が低下している状況をより具体的に示している。

表3 自国政府およびEU(諸機関)への信頼度(単位:%)

 

 

自国政府

EU

欧州議会

欧州委員会

欧州中央銀行

EU(28カ国)

(どちらかというと)信頼する

(どちらかというと)信頼しない

  わからない

26

71

3

32

59

9

34

53

13

33

51

16

31

54

15

フランス

(どちらかというと)信頼する

(どちらかというと)信頼しない

  わからない

17

80

3

28

63

9

30

54

16

27

55

18

26

57

17

ドイツ

(どちらかというと)信頼する

(どちらかというと)信頼しない

  わからない

46

50

4

31

59

10

36

51

13

31

51

18

36

52

12

英国

(どちらかというと)信頼する

(どちらかというと)信頼しない

  わからない

25

72

3

22

66

12

21

63

16

19

58

23

19

58

23

(出所)Eurobarometer415から作成。

表3は、自国およびEU(諸機関)に対する信頼度を示した結果であるが、EU28ヵ国全体でみても、「信頼する」が「信頼しない」を大幅に下回っている。自国政府やブリュッセルEU当局の財政危機や金融危機への対応問題での迷走ぶりや、問題処理能力に大きな疑問符がついてしまったことが最大の理由だとみてよい。そうした中で、ドイツではメルケル首相率いる現政権に対する信頼度が46%とドイツ人の2人に1人が支持している。それに対して、フランス人や英国人の自国政府やEUに対する信頼度は非常に低いことがわかる。特に、フランス人のオランド大統領および社会党政権に対する17%という信頼度の低さは、前述のTNS Sofres世論調査のオランド大統領支持率の18%と近似している。

社会党政権は、EUの要求に沿って2015年からの3年間に500億ユーロの歳出削減を実施するとしている一方、300億ユーロに上る企業の社会保険負担の大幅な軽減、法人税の引き下げなどによって雇用拡大、投資促進、輸出促進などを目指している。これらの政策に対して、国民に厳しい財政削減の受け入れを求めながら、企業よりの優遇策に取り組む政府の姿勢がオランド大統領の就任時の公約違反だという意見を持つフランス人も少なくない。

今や雇用が最大の関心事

表4はEUおよび自国が直面している主要課題を示したものである。EUレベルの重要課題としては、EU28ヵ国全体では「経済情勢」(40%)、「失業」(33%)、「(加盟国)財政」(25%)、「移民」(16%)、「物価上昇」(12%)の5つの主要分野である。フランス、ドイツ、英国の回答者もほぼ同様の内容である。他方、自国レベルの主要課題として、EU全体でみると、「失業」(49%)、「経済情勢」(29%)、「厚生・社会保障(年金)」(23%(10%))、「物価上昇」(20%)、「財政」(13%)、「犯罪」(13%)などとなっている。

また、主要3カ国の回答結果をみると、失業率が5%台のドイツ、6%台の英国に比べて、10%台の高失業率に悩み続けているフラン

表4 EUおよび自国が直面している主要課題(複数回答、単位:%)(注)

 

経済情勢

失業

財政

移民

物価上昇

犯罪

厚生社会保障(年金)

租税

環境・
気候変動

EU全般

EU(28カ国)

40

33

25

16

12

8

(3)

6

9

フランス

42

33

25

18

15

8

(5)

4

16

ドイツ

36

29

42

22

10

10

(3)

3

12

英国

39

22

19

20

11

5

(2)

3

7

自国

EU(28カ国)

29

49

13

11

20

13

23(10)

12

6

フランス

30

63

13

9

16

17

17(12)

12

7

ドイツ

10

21

20

19

22

18

30(18)

7

17

英国

22

33

14

25

23

15

23(7)

6

5

(注)作表の都合上以下の項目が除外されている。EU:国際影響力10%、ドイツ:教育制度20%、英国:住居13%
(出所)表3と同じ。

危機を「無駄」にする国になるのか

反移民、反EUを唱えるポピュリスト政党のプロパガンダに共感を示すフランスの世論の高まりにどのように向き合えばよいのだろうか。国民戦線(FN)の大躍進で一段と窮地に追い込まれ、態勢の立て直しを迫られるフランスのオランド大統領は、これまでも、英エコノミスト誌などが「大統領は、労働市場や年金、社会福祉などの構造改革に及び腰だ。国民も大統領も危機に本気で取り組もうとしているようには見えない。真に必要な緊縮策の多くを先送りすることを選択した」と厳しく批判するなど、フランスは危機を「無駄」にした国だと見做されてきた(注8)。

さる8月末、オランド大統領は、政権の経済政策に批判的な有力閣僚らを更迭し、財政緊縮方針を貫くという賭けに出た。これら閣僚の「企業優遇策が多く、生活が軽視されている」「成長を阻害する歳出削減は常軌を逸している」「ドイツは緊縮財政を主導し、欧州経済を破壊した」などの発言は、大統領が進める政策に対する批判がずらりと並び、大統領らは政権批判が広がると危機感を募らせた上での決断であった(注9)。オランド大統領の構造改革に取り組む「本気度」が試される最初の試練は、9月に議会に提出され、本年末までに採決が予定されている来年度予算案の可否である。再び、危機を「無駄」にした国と見做されないように、今度こそ改革の先送りは許されないだろう。

注および参考資料:

1. フランス労働・雇用・職業訓練・社会的対話省「調査報告」(2012年10月・No.077) DARES Analyses, Emploi et Chômage des Immigrés en 2011”( Octobre 2012・No077,Ministère du L’Emploi,de la Formation professionelle et du Dialogue Social)

2. 人権諮問委員会・報告書「人種差別・ユダヤ人排斥・外国人嫌悪との闘い」(2013年度)Commission Nationale Cousultative des Droits de l’Homme, Rapport de la Lutte contre Le Racisme, l’Antisémitisme et La Xénophobie(Année2013,La documentation Française)

3. 労働政策研究・研修機構「移民への警戒感の高まり-人種差別に関する報告書を政府は発表」(海外労働情報:フランス、2014年5月)

4. 1985年6月、域内自由移動、亡命・難民申請の取り扱いなどを規定した協定。現在EU22カ国、非加盟のアイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタインの合計26カ国が参加している。EUについては、1999年からシェンゲン条約はEU条約に統合されている。

5. TNS Sofres (Le Figaro Magazine,Juillet2014)

6. European Commission, Public Opinion in the European Union Report (Eurobarometer80,November2013)

7. European Commission, Europeans in 2014 (Eurobarometer415、May,2014)

8. 田中 友義「『AAプラス』へ格下げのフランス―及び腰のオランド改革に厳しい評価―」(ITIフラッシュ172、2013年9月6日)

9. 日本経済新聞(電子版)(2014年8月26日)、Reuiters(August26,2014)、Financial Times(August27,2014)

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